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注目の的

 重い木の軋む音を奏でながら開く見上げる程に巨大な入り口。

 あまりの大きさに門のように見えたが、城の中へ通じる以上は扉なのであろう。

 そんな扉を潜れば宝石をちりばめたような通路が伸びており、強い光量もあってチカチカと何処にいても光が目に飛び込んでくるので痛く感じる。

 手をかざしたり、目を細めたりして何とか前を見ながらリオンは歩く。

 左右には貴金属と宝石に飾られた甲冑騎士の巨大像が並んでおり、普通ならば威圧感の一つも感じるところなのだろうが、その見た目と眩しさで何処か空虚に感じてしまう。

 果たして他の客人たちはこの中が平気なのだろうかとチラリと見てみると、どうやら平気らしい。

 すまし顔で何でもないように歩き続ける姿から察するに、きっと日常的にこのような感じの環境に身を置いているのだろう。その身に聞かざる衣装やアクセサリーの類もこの場に妙に調和しており、ギラギラと周囲の光を反射してまるで喜んでいるかのようだ。

 完全い場違いな旅装で訪れているリオンとしては些か肩身が狭い。

 そんな気持ちも目を潰してくる光線によって直ぐにどうでも良くなってしまう。

 何度か角や分かれ道を越え過酷な行軍は終わりを告げる。

 通された先は巨大な広間だった。

 ここは少し装飾などは落ち着いて――それでもゴタゴタしているが――柔らかな天井からの明かりに照らされた四角い部屋であり、いくつもの円形テーブルが置かれている。テーブルの上には立食用の少量に分けられた料理の乗せられたプレートが並べられ、脇の方にはお酒の並ぶ棚とそれをグラスへそそぐ使用人たちの姿がある。

 客人たちは広間の中へ入る際に好きな飲み物を一つ選び、なみなみ注がれたグラスを貰うようになっていた。

 リオンは最後の方に並び、順番が来ると一人だけ酒ではなく果実ジュースを所望したために怪訝な顔をされてしまったが、飲み物そのものはちゃんと受け取る事が出来た。

 もしかしたら怪訝な顔は服装を見て作られたものかもしれないが、確かめる勇気はない。

「では皆さま、改めてとなりますが今日はお集まりいただき有難うございました。この場にご用意いたしましたのは日頃からお世話になっている皆さまに少しでも楽しい時を過ごして貰うためですので、どうぞ時間いっぱいご自由におくつろぎください。ああ、あともし中を見て回りたいという方がいらっしゃいましたら、後ほど私自らご案内いたしますので、どうぞお気軽にお声掛けください」

 再び長くなりそうな挨拶が始まるが、今度は思いのほか早く終わる。

 最後に「乾杯!」との一声があり、それに合わせて全員がグラスを掲げた。

「いやぁ、こんな素晴らしい席にご招待いただき――」

「ワタクシもこんな素晴らしい別荘が欲しいわ――」

「実は近々とある鉱山を買い取ろうと――」

「最近は従業員のやる気が足りなくて――」

「ああ、あそこの洋服は内の若い職人がデザインしたもので――」

 一斉に始まる世辞の言葉と自慢話。

 誰かが自慢をすればそれを褒めたたえ、その一方でそれよりも自分の方が凄いというように自慢話を始める。それが内容と共に声の大きさもエスカレーションしていき、あっという間に耳を塞ぎたくなるほどの喧騒がこの場に出来上がった。

 かといってお喋りに夢中なのかと思えば食事にも手を付けており、山盛りのパンは厳格であったかのように姿を消し、肉料理は猛獣たちに食い付かれたように骨だけが残される。一方でサラダなどは一向に減るそぶりが見えず、リオンが草食獣のようにポリポリと食べるだけだった。

 レクシロンは始まりと共に人混みに飲み込まれてしまったので、今はもう何処にいるのかも分からない状況である。

 大人しく野菜を食べるリオンの元へ客人たちは声をかけてこない。

 ただただ場違いな人間をチラリと見て鼻で笑ったり、見るからに不快そうな顔をしてそそくさと前を通り過ぎるだけである。

 ミュールはというと『さっさと肉を取って来い』と要求をしてくるばかり。

 新しく追加されても即座に消えてしまうあの料理を、果たして自分はどのようにすれば手に入れられるだろうか、というのが今のリオンの悩みとなっていた。

「おや、ご招待した覚えのない方がいらっしゃいますが、どなたの付き添いで?」

 声をかけてきたのはこの場の主役、フンブルである。

 その表情も態度も非常にわざとらしく、実際この男はリオンが誰と共に来たか知っているのだ。

 外の演説でレクシロンの方を見た時に、その視界にちゃんと入っているはずなのだから。

「この方は私がお連れしたんです」

 リオンよりも先に、人混みからようやく抜けてきたレクシロンが答える。

「そうでしたか。これはとんだ失礼を、しかし一体どのような御関係で?」

「彼は私の恩師に当たる方です。私は未だかつて、彼以上の魔法使いを見たことがありません」

 これは世辞だろう。

 レクシロンの学生時代においてクリフは既に辞職してしまっていたが、その教え子である教師たちはいくらでも学院に残っていた。経歴も実力も彼らの方が上であるとリオンは今も思っている。

 ただ世辞であろうと、この場でフンブルに並ぶ注目の的である人物からの紹介となれば影響力は絶大で、明らかに周囲から向けられる視線の種類が変わったのを感じた。野良犬に向けられる人の目からウサギに向けられる肉食獣の目へ、そんな印象を受ける欲深いギラつきを宿した視線だ。

 誰も声をかけていないのは、フンブルとレクシロンという主役二人がいるから自重しているに過ぎないだろう。

 あまり経験のない黒い感情に晒されてリオンに悪寒が走る。

「せっかくですから、恩師の方もご一緒に中を見て回りませんか?」

 偶然か、それともリオンの様子を察してか、フンブルはそのような提案を行った。

「本来であればご希望する方々と一緒に、というところですがね。レクシロン様の努力の結晶をゆっくり恩師の方に見てもらうのも悪くないように思いますが?」

「どうしますか先生?」

「是非お願いします」

 引きつった笑みを浮かべつつリオンは即選択する。

 果たして解放されれば次にどのような事がこの身に起きるか。ハッキリ言ってあまり考えたくない。

 フンブルは脂ぎった笑顔で承諾し、手近にいた使用人に少し中を見て回る事と、客人たちに失礼のないよう注意をして入って来た方とは違う手前の出入り口へと向かった。

「行きましょうか」

 そう言って歩き出すレクシロンに慌てて付いて行く。

 背中に無数の視線と溜息を受けながら、リオンは広間から解放された。

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