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そして魔法使いは青空を見上げた

 晴れ渡る空は何処までも青く透き通っている。

 時折流れてくる千切れた雲はアクセントのような彩りとなって、その美しさを際立たせた。

 そんな清々しい陽気の中、多くの者たちが地に足のつかない様子でぼやぼやと村の中を行き交っている。

「で、色々と説明をしてくれるかい?」

 屋外に置かれたテーブルを囲むようにして並べられた椅子。

 そこに座る一人、このフワフワした空気を断固として拒否する険しい顔の女性。

 クリフは目の前に座り困り顔の後輩たるリオンに険しい顔で迫る。

「えっと、話せばながくなるんですが――」

「まずはあらましを言いな」

「あ、はい」

 その権幕がよほど凄かったのか、すぐ後ろに控えていた友人たる巨鳥がその嘴で肩を叩き落ち着くように促してくる。

 勿論、自分だって落ち着きたい。

 しかし、あれを経験して落ち着いていられる者が果たして何人いるやら。

「私は向こうの山の上でミュール、とある赤い竜の頼みを聞いて父親を復活させるため山を噴火させました」

「それで?」

「その後、復活した父親は私を生き返らせ、この村に押し寄せていた怪物たちを燃やし尽くしました。そのついでとして『近く起きたあらゆる不幸な運命を焼却』したそうです」

「そこだ」

 クリフは頭を抱える。

 今、目の前の後輩はとんでもない事を言ってのけた。

「それは“現実を改変した”という事だぞ?」

 まったくもってあり得ない、そう一笑に付したいところだがそういうわけにもいかない。

 何しろその証拠は辺りを見回せばいくらでも見つかる。というか我が身や友の事を考えれば見回す必要すらない事実であると確信できることだ。

 しかし今まで頭の中に築き上げてきた常識がその理解を拒む。

 神話の時代や御伽噺ならいざ知らず、この現代においてそんな事が起こりうるなど、いくら考えても納得のいく理論は作れない。

「まあいい、じゃあ次にその赤くなった左目はどうしたんだい?」

「これは『完全になくなっていたから、代わりに自分の力で作った』そうです。なんでも不要となった炉心を作り変えたものだとか」

「つまり、その目は古き竜の持つ炉心というわけだな?」

「そうは言っても別物に変わっていますし中の熱、精霊の力はすべて失われているので何の効果も無いと思います」

 リオンはそう言うが、クリフはこれにも頭を抱える。

 この愚鈍な後輩は気がついていない。

 竜の炉心を持つという事は、竜の炉心の力を得るということだ。つまりは世界に存在するあらゆる炎、熱をその身に取り込み己の力とすることができるという事。

 その気になれば世界中の熱の全てをその身に取り込んで、万物を焼き尽くす厄災となり果てる事すら可能なはずだ。

 勿論、このお節介な後輩がそんな事をするとは思わないが、これをリベリオ魔法学院や魔法協会の連中に知られたら果たしてどうなる事か。安全のために封印されるならまだいい、研究対象として利用などされる可能性は果てしなく大きいだろう。

 そうなればどうなるか――。

 クリフは最大の頭痛の元凶である存在へ視線を向ける。

 それはリオンの肩に乗っかっている小さな赤きトカゲのようで、トカゲと違うのは一対の翼を持っている事だろう。

 どうやら本来の大きさでは村の者たちを怯えさせてしまうとのリオンの気遣いにより、わざわざそんな小さな姿に変身してもらっているとのことだ。

 問題は、そのような姿でもなお、感じられる力はクリフを恐怖させるに足るものだという事。

 きっとこの竜にかかれば一国を滅ぼす程度は造作もない。

 リオンを下手に害そうとすれば、この恐るべき相手が敵に回ることになるのだ。

 生きているうちに自分の育った学び舎や暮らす国が亡ぶ姿なと見たくない。

 考えるほどに問題の山は数を増していく。

 冒険者たちとギルドに報告する内容を相談しないといけないし、村人たちに余計な事は言わないようにと口止めをする必要も出て来るだろう。それに危機感の無い後輩へ色々と注意と忠告もおこなわなければいけない。

「ああもう! 全部後だ! 年寄りに次から次へと仕事を持ち込みやがって!!」

 我慢の限界とクリフは叫ぶ。

 もう知った事か! 少なくとも今日くらいは休ませろ!!

 ただでさえ連日連夜の無茶で体が痛い、いや実際の痛みは白き炎のお陰で消えたし体力も回復しているのだが、精神的な辛さがもたらす錯覚は別物だ。

 この痛みが消えるまでは絶対に何もしないぞとクリフは硬く決める。

 決めてしまえばスッキリとするもので、強張っていた顔から力が抜けるのを感じた。

「そういえば、私の魔法回路を改良したみたいだが詳しく教えてくれるかい?」

「もしかしたら改悪かもしれませんよ?」

「その時はその時さ、たっぷりまた叩き込んでやるだけさね」

 クククと意地悪く笑って見せれば、リオンは嫌そうな嬉しそうな微妙な顔をする。

「あ、先生たちここにいたんだ」

 そう言って駆け寄って来たのはテルミスという槍使い。

 精神的な傷が相当に深いという話を村唯一の医師である老人から聞いていたのだが、とてもそのようには見えなかった。

 立ち直りの早さは冒険者の特権だと言っていたのは誰だったか。

「皆さん怪我はもういいんですか?」

「怪我も何も、全部消えて無くなっちゃったからねー。気を失って目が覚めて見たらあら不思議、壊れた壁はそのままにみんな元気に生きてるんだもん」

 肩をすくめながら困惑を伝えてくる顔は、嬉しさが我慢できない様子で少し笑みが漏れ出ている。

「そういや、私の教え子はどうしているんだい? 中々顔を出してこないわけだけど」

「あー……、私が言った事は内緒にしてね? 実はクリフさんから貰った杖を無くしちゃったってずっと探し回ってるの。ブレイスもそれに付き合って、私は今は休憩に入ってる感じかな」

「あんなの、素材があればいくらでも作れるってのに」

「それは先輩だけだと思いますよ?」

「おや、坊主も出来るはずだろ?」

「あー、えっと……魔法石や精霊石はダメと叱られるので…………」

 そう言う視線がチラリとドラゴンの方を向く。

 なるほど、上下関係は既にハッキリと決まっているわけか。

「あ、かわいい。その子なに?」

『ん? お前は……いや思い出せんな』

「わお、喋れるんだ!」

 はしゃぐテルミスにリオンが冷や汗を流した。

 手紙でクリフを呼び出す事となった元凶にして、冒険者たちを完膚なきまでに叩きのめしたドラゴンと、その被害者である冒険者の対面。互いに気がついていないというのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 そう言えばテルミスの槍を折ったのもミュールだったか。

 その事を思い出して、今度弁償しなければなと謎の義務感をリオンは抱く。

「ところで、お二人はこれからどうするんですか?」

 唐突にテルミスが切り出す。

「私たちはこれから来る予定の冒険者ギルドの人達に報告とかしなきゃいけないから、暫く村の復旧に協力しながら残る予定だけど」

「私も、少しここで休んでいくことにするよ。その報告ってのにも参加しときたいしね」

「あ、じゃあ私も――」

「坊主は来なくていい。暇ならたんまり残ってる論文の査読の続きをしな」

 クリフの強い口調にしょんぼりした犬みたいになるリオン。

 あのドラゴンがクリフと一緒にいる以上は、混乱を避けるために組合の連中に合わせるわけにはいかない。テルミスみたいな呑気な相手とは限らないのだ。下手に勘繰られ色々と面倒なことになるのは避けたい。

「ま、何にしても今はのんびりするべきだろうさ。色々あったからね」

 そう空を見上げてクリフは呟く。

 こんな歳になったというのに、まったく世界は驚かせてくれるものだ。

 次に驚かせてくるならもっと楽しく優しいものであって欲しいなと、そう願う。

 夏の日差しに、すっかり暖かくなった風が一つ吹いた。

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