愛しいペットの美味しいご飯
「私のペットのヒョウが逃げ出してしまった。リボンのついた首輪をつけている真っ黒いヒョウだ。一番先に捕まえたものには賞金を与える。」
またか、と僕は思った。
この街に引っ越してきて数ヶ月、金持ちがペットを逃したのはこれで17回目だ。
妹の病気の薬を買うために、ある金持ちが統治するこの小さな街に引っ越してきた。金持ちは気前がよく、この街の住人は住んでいるだけで生活が保障される。食料も住居費も無料だ。
おかげで働いた金を薬代に使うことができた。最初は妹と移り住もうと思ったが、やはり置いてきてよかった。病気の妹に負担をかけるわけにはいかないし、何より金持ちのペットの問題もある。
いつもならペットが逃げた知らせが来た時は家に籠って誰かが捕まえるのを待っていた。
しかし、今回だけは参加せざるを得ない理由ができた。
つい先日、叔母から手紙が届いたのだ。妹の容体が悪くなったことと、手術には莫大なお金がかかるということだった。
今度こそペットを捕まえる、賞金は1億円。捕まえようとして返り討ちになった人も大勢いる。金額への喜びと、ヒョウに立ち向かう恐怖で、街の住民の証として胸元につけられた鈴がチリンとなった。
ヒョウの捕まえ方なんてさっぱりわからない。誰かが襲われているうちに後ろから飛びついて捕まえる、そんな間抜けな作戦を考え近所の雑貨屋で丈夫そうなロープを買った。運動神経が良いわけでも、素晴らしい計画を思いつくような知識を持っているわけでもない僕にはこれくらいしか思いつかなかった。
帰り道、歩きながらロープの強度を確かめる。きっとこれなら…
チリン、チリン
足元で鈴の音がした。目をやると小さな鈴に真っ赤な血がついていた。
転がってきた方に目をやると、男がヒョウに馬乗りになられて今にも食われそうになっていた。
見覚えがある顔だ。…妹のことを心配し、一人暮らしの僕を何かと気にかけてくれたおじさんだった。
目が合ったおじさんは僕に向かって絞り出すような声で叫んだ。
「助けてくれ!頼む!頼む!」
助けなくちゃ…しかし頭に妹の顔がよぎった。
おじさんから目を逸らし、僕はロープを握りしめ胸元の鈴を鳴らさないよう、そろり、そろりと後ずさった。
叫んでいたおじさんは、ぐちゃり、という音とともに静かになった。
罪悪感と恐怖で押し潰されそうになったが妹のことを考えてなんとか冷静さを取り戻した。
肉の塊に夢中になっているヒョウに目をやった。顔は真っ赤に染まり辺りには肉の塊から飛び出た内臓が飛び散っていた。今まで見たこともない光景に気を取られ、足元の小さな段差に気がつくのが遅れてしまった。
チリン
ガクン、と尻餅を着いた瞬間、胸元の鈴がなった。
ヒョウと目があう。首元についた真っ赤なリボンはきっと金持ちの飼い主がつけたものだろう。
首元のリボンの下には名前のほったプレートがついていた。文字が読めるほどにヒョウは僕に近づき、馬乗りになり、真っ赤に染まった口を開け
妹を案じながら涙を流す肉の塊にむしゃむしゃとかぶりついた。
✳︎✳︎✳︎
コンコン、とノックの音がしてスーツを着た女性が入ってきた。
広いアンティーク調の部屋、窓の近くにロッキングチェアに座っている金持ちがヒョウを撫でているのが見えた。
「今回は4人、掃除、証拠隠滅全て完了しております」
「4つも!、エリザベスはよく食べるなぁ、よしよし」
金持ちは、ヒョウの頭を優しく撫でながら返事をする。
ヒョウの首についた真っ白なリボンが少々斜めになっていた、女の子はおしゃれにも気を遣わないとね、と微笑みながら向きを直す。
「新しい餌を補充しておいて。
「…差し出がましいようですが、少々食べさせすぎかと思われます」
「確かに。いつまでもこのままじゃいけないよね。」
「…よし、今度は足の早そうなのを入れておくれよ。めいいっぱい運動させてあげたいしさ。」
金持ちはニッコリと微笑んだ。
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「ヒョウ」「金持ち」「餌」テーマ縛りで描いたものです。