にんじゃ、もんじゃ、なんじゃ
ほおずき団地の今日のお話。
「なあなあ、もんじゃって知ってる?」
小学校の帰り道、幼なじみの夕貴がたずねてきた。ちょうど二人の住んでいる団地——ほおずき団地の入り口である。
「モンジャ?」
卓は聞き返す。急に飛び出してきた聞いたことのない言葉を怪訝な顔で繰り返した。
「そう!今日クラスの女子たちが話しててさ。よく聞こえなかったんだけど、卓なら知ってるかなって。物知りだし。」
隣を歩く夕貴の横顔をちらっと見た。いつもより早口で、どことなくそわそわしている。卓は察した。
(クラスの女子たちって花守さんのことかな。)
なるほど。幼なじみは好きな女の子とおしゃべりするきっかけが欲しいわけである。もちろん卓は夕貴の恋を応援してあげたいのだが、話題のもんじゃについてはさっぱりであった。小学2年生。まだまだ知らないことだらけである。
「おれはさ、もんじゃってにんじゃの仲間みたいなのだと思うんだよね!なんか似てるじゃん、もんじゃとにんじゃ。にんじゃの進化がもんじゃ、みたいな感じじゃないかなって!」
自信たっぷりに夕貴が自分の説を語る。これが正解だと言わんばかりである。しかし卓はそうは思えなかった。もんじゃについて知っていることは全くないのだが、夕貴の考えが間違っているということだけは感じていた。歴史好きな卓である。忍者の進化など聞いたことがない。
(このままだと夕貴くんが恥ずかしい目に…)
明日すぐにでも好きな女の子に“もんじゃ”について話に行ってしまいそうである。幼なじみのためになんとかせねば。卓はひそかに決意した。
「帰ったらお母さんに聞いてみなよ。」
「ぜったいだめ。なんでそんなこと聞くのって言うにきまってる。」
さりげなく誘導するが失敗した。男子小学生の心は複雑なのである。
卓の家、105号室についてしまった。
「じゃあまた明日な!卓もおばさんに聞くなよ!」
夕貴は勘違いしたまま帰って行った。卓にはどうすることもできず、部屋で無意味に歴史の本を開いた。
昨日と同じ道をふたりは歩いていた。
「花守さんともんじゃのこと話したの?」
「な、なんで急に花守さんが出て来るんだよ!話してねえよ!」
夕貴が慌てて言う。いつも通り好きな女の子とは話せなかったらしい。
ほおずき団地の入り口についた。
「結局、にんじゃってなんじゃ?」
夕貴がどや顔で言う。ちがう。
「それを言うなら、もんじゃってなんじゃ、だよ。」
幼なじみの片思いはまだまだ続きそうである。
ほおずき団地という名前の架空の団地を舞台に、そこに住む人々のさまざまな日常を描いています。一話完結の物語ではありますが、この話に出てきた人物が別の話にちょこっと登場することもあります。ぜひ、ほかの小説も読んでいただけると嬉しいです。