人殺しスキルをGET
「君の前世は珍しいから君をボクのおもちゃにしてあげる! そ~れ!」
全身が濃紺色の悪魔がそう言った瞬間、頭の中に膨大な何かが流れ込んできた。
かつての学校の記憶、友達の記憶、弟の記憶、テニス部での記憶、家族の記憶、大好きなアイドルの記憶、アイドルに会いにいった後、交通事故に遭った記憶……。
あ、死んだ。思い出されたばかりの過去の私は、すぐに死の瞬間に辿り着いた。
悪魔が言った通り、流れ込んできたのは前世の記憶だ。6歳のマリである私の前世は、17歳の女子高生、荒潮麻里だった。
「ね、思い出した? 前世の記憶、思い出した??」
人間の2倍くらいの巨大な悪魔は、心底楽しそうにぴょんぴょこ飛び跳ねている。前世がこの世界の人間じゃないのは珍しいらしい。
「お、思い出した……」
頭が回らないまま聞かれた通りに答えると、悪魔は一段と高く飛び跳ねた。着地すると同時に砂埃がまき散らされる。
「けほっけほっ」
それにしても、私は自分の守護神にユニークスキルを賜る洗礼式に来ていたはずだ。つまり、私の守護神は悪魔だったってことになるけど……。悪魔って神なの? いや、それよりも、なんでスキルをもらいにきたのに前世の記憶を呼び覚まされたのよ。
「ボクのおもちゃに決定した君には、特別に面白いユニークスキルをプレゼント!」
面白い? それよりも、おもちゃってなんだ。悪魔のおもちゃって、すごく嫌な響きがする。身構えていたら、すぐにユニークスキルが頭に思い浮かんだ。
魂剥奪。
人間の魂を奪うスキルだ。
いやいやいや。待って。
魂って、産まれたときに守護神に賜って、死んだら消失する人間の核じゃなかったっけ。それを奪うってことは、つまり、えっと。
「ユニークスキルはゲットできた? ボクは悪魔だから、魂に作用するスキルを今までにたくさんあげたけど、人間を殺せるスキルは珍しいし、奪えちゃうスキルは初めてだよ!」
上手く繋がらなかったところをスコーンと殴られて無理やり矯正されたような気分だ。人間を殺せるスキル。やっぱり人殺しのスキルじゃないか!
ユニークスキルってこんな犯罪にしか使えないスキルまであるの!?
それを、私が、もらったんだよね。
「あ、でもでも、魂を奪うって、絶対に殺すってことじゃないんだよ。魂の中の魔力を奪うだけってのもできるんだ。だけど、器ごと奪ったら、相手が死ぬ代わりに、君の器が大きくなるんだよ!」
それってすごく素敵だよね? と付け加えた。
魂の器は、自然に少しずつ大きくなるし、守護神に賜ったスキルを使えばもっと成長する。器が大きくなれば、持っているスキルの容量の余剰分、神々からコモンスキルをもらえる。
ユニークスキルは1人1つ、守護神から直接もらえるのに対して、コモンスキルは器の容量さえあればいくらでももらえるスキルだ。
「ボクは外神だからあんまり器を大きくしてあげられないけど、このユニークスキルなら自分で成長させられるんだよ!」
悪魔はまた楽しそうに高く跳ぶ。表情はよく見えないから、本当に楽しいのかどうかは分からない。
「外神ってなに?」
他にもたくさん聞きたいことや言いたいことがあるけど、上手くまとまらないので、ひとまず分からない単語について質問した。
外神は、天上神である神王の子どもで、でもちゃんと神と呼べる存在ではないらしい。うん、悪魔って神様じゃなさそうだもんね。神王の子は天使と悪魔の双子だそうだ。
ってなにそれ。悪魔、はずれじゃん! 天使がよかった。
ついでに、普通は守護神以外の神からは守護神より神階の低い神からしかもらえないけど、外神は神王以外の全ての神からコモンスキルをもらえるらしい。けれど、外神はまだ子どもだから小さな器しか与えられないし、大きく成長させることもできないから、結局大したスキルは得られず、守護神が外神だと人間社会で軽蔑されるらしい。
「でも、君は心配無用だよ! ユニークスキルをバンバン使って魂を大きくすれば、いくらでもコモンスキルをゲットできちゃうんだから!」
悪魔のテンションが上がるほど、私の気分は下がる。
「いやよ。私はこんなユニークスキル絶対に使わない! コモンスキルを使って生きていくわ」
普通はユニークスキルを活かせる仕事に就くけれど、ユニークスキルがどうしても合わない人はコモンスキルを活用する。ユニークスキルは必要不可欠ではない。
「でも、魂の器が大きくならないとどうにもならないよ? ボクはボクが期待していることをしてくれない人の魂を成長させてあげたりなんかしないよ?」
この悪魔め! 自分の思い通りにならないと気が済まないタイプのようだ。
「神に愛されなくても、魂の器はちょっとずつ大きくなるもの。あんたみたいな悪魔に大きくしてもらわなくたっていいわ!」
そう宣言したのに、悪魔は今までで一番嬉しそうに、体を左右に揺らしながら飛び跳ねた。
「うふふ、うふふ~。君はな~んにも知らないんだねっ!」
「な、なにが?」
もの凄くバカにされた。けれど、産まれたときの診断で魂の器が異常に小さかったから、家族に期待されずに育った。だからうちではなんにも教わったことがない。
「器の成長は全部守護神のおかげなんだから、守護神のボクに嫌われたら一生成長しないよ!」
なにそれ。こいつの期待通りにしないと、魂の器はずっとこのままって言うの? ユニークスキルは洗礼時の器の容量を全部使うから、それじゃあコモンスキルを1つももらえないじゃない。
「でも、全く大きくならない人なんて聞いたことがないよ」
わずかながら現実に抵抗してみる。だってそんなの、常識ではあり得ない。私は、悪魔の言うことを信じたくなかった。
「そりゃ、神は担当する人間が膨大だから、いちいち人を嫌ったり、気にしたりしないよ。だけど、せっかくあげたユニークスキルを1回も使わない子の器なんて大きくしてあげないからね」
なんてことだ。これでは一生スキルというスキルを使えないじゃない。魂の器を奪わなくても、魂の中の魔力を奪うって方法もあるけど、それでもできるだけ使いたくない。
人から何かを奪うなんて、絶対に嫌だ。怖い。
悪魔を拒絶するように視線を落としていたら、ふと前が明るくなった。悪魔の顔が光った。表情が見えるようになった。
ちゃんと目が2つと口、鼻が1つあるのに、何とも言えない気味の悪い顔をしている。
「大丈夫。すぐに君はスキルを使いたくなるよ」
大きな手をあげてカクカク左右に動かしながらそう言った。
まるで、何かの予言のようだった。
気がついたら神の世界から元の場所に戻っていた。教会の下賜の場だ。こんなところに長居したくないので、早々に部屋から出る。
どっと疲れが出てきた。前世のことも、ユニークスキルのことも、まだ消化しきれていない。ひとまず、帰ってから考えることにする。家族は私に興味がなくて一緒に来ていないくらいだから、1晩は考える猶予があるだろう。
さて、洗礼式に一緒に来たクーシェを探さなきゃ。クーシェは私と同様、出生時の魂の器が小さくて、みんなからのけ者にされていた。私はクーシェ以外の子と遊んだことがないし、クーシェも私以外の子と遊んだことがない。
あいつは私より先に下賜の場に入ったから、とっくに終わっているはずだ。あいつの父さんが教会の外で待っているはずだから、一緒にいるかな?
そう思って外に出たけど、クーシェもクーシェの父さんもいなかった。おじさんまでいないってどういうことだろう。人混みの中をかき分けてしばらく探し回ったけど、どこにもいなかった。
普通に考えたら先に帰ったんだと思うけど、さっきから脳裏に嫌な予感がちらついている。まさか、と思いながら教会の奥に広がる森を一目見る。神の森だ。子どもが神隠しに遭うから神の森と言われている。出産直後や洗礼後はよく神隠しに遭うという。すなわち、使えない子どもを処分する森だ。
ここに来るときクーシェの父さんは無言だった。口を開けたのは教会へ送り出す直前に一度だけ。洗礼が終わったらどんなユニークスキルを賜ったかすぐに報告しなさいと言っていた。その結果が悪かったら、あの人は、子を殺すだろうか。器の小さいクーシェの守護神は神階が低いだろうし、神階が低ければ強いスキルや便利なスキルは望めない。
子殺しは、ここでは罪にならない。クーシェの魂の器が小さいのは分かっていたから、悪評が立つこともない。第一、いなくなったとしても神のせいだ。出産や洗礼の直後に神隠しが多いのは、神がせっかく与えたものを子がちゃんと受け取らなかったからだと言われている。
悩んだ末、神の森の様子を見にいくことにした。いなければそれでいい。あいつが先に帰っていたら、神の森に寄ったことは内緒にしておこう。
人に紛れながら、すっと教会の奥へ出る。さっきまで行くかどうか悩んでいたのに、人がいない空間に出たら、急にいても立ってもいられなくなった。
森に向かって走る。薄暗い森の中に入る。木々の間を駆け抜ける。足音も、人の声も聞こえない。
しばらく走るけれど、誰もいない。杞憂だったかもしれない。息が上がってきた。少し立ち止まって辺りを見渡す。そのとき、小さな声が聞こえた気がした。心臓がドクンと高鳴る。急いで声のもとへ走った。
「誰かいるの?」
今まで出さなかった声を出す。叫ぶ。
「マリ!」
クーシェだ。クーシェの声だ。足をもつれさせながら近寄ると、目に飛び込んできたのはクーシェの父さんがクーシェに短剣を振り上げた姿だった。
「魂剥奪」
気がついたら、叫んでいた。