17 河川敷での殴り合い
「お二人とも、楽しんできてくださいね!」
そんなラフィリアの言葉と共に家を出た。
アンナにも思ったけど、武器屋言ってご飯食べて帰るだけなのに楽しむもなにもあるだろうか。
女の子は恋バナが好きという事は知っている。前世の友達のハナちゃんだって常に彼氏がどーのこーの言ってたのを覚えてる。
しかし、私と彼に女の子の望むような甘い恋愛が出来るかと考えると答えはNOだ。
もしかしたらラフィリアはそこら辺ちゃんと分かってないのかもしれない。帰ったら絶対に婚約破棄することを伝えとかないと。
ラフィリアのあの顔は将来彼が義兄になるかもしれないという期待に満ちた顔だ。
そんなラフィリアの期待を裏切るのは本当に申し訳なく感じるが、やっぱり結婚したくない。
だって、夢にまで見た異世界転生。しかも魔術師団長の娘とかいう強キャラで、悪役令嬢というキャラ付けもあり、なかなかに整った顔で生まれたのだ。
別に彼に非はないけど婚約破棄したい。私の勝手だと分かっているけど婚約破棄したい。魔道士団長になりたい。そのために小さな頃からずっと頑張ってきた。
この婚約にはちゃんとした意味があるのは理解している。両親がこの婚約をするかどうかで悩んでいたことも知っている。
だがしかし、絶対に嫌だ。いや、まずなんでこんなに結婚拒否するかっていうと、前に話したルーカス殿下が魔道士団長になる姿が思い描けないのとあと一つ。
結婚したら魔道士団長にはなれないし、ネムレストとの戦争では騎士団と魔道士団と国中から集められた傭兵が国境を守り、相手の国を侵略する。
もちろんその戦いには双方の団長だって参戦する。
むしろ参戦しなかったら、国最強の戦力を使わずして何が戦争かって話だよな。
ここの戦争ってだいたい強いのと強いのがぶつかり合って戦力の削り合いしてくんだけど、最初に殴り合いになるのは互いの国の騎士団長同士か、騎士団長VS魔道士団長。
つまりである。私が彼と結婚して魔道士団長になれなかった場合、私は戦争中も屋敷でお留守番状態になるだろう?で、彼が騎士団長になった後くらいに戦争が始まるとする。
もしかしたら、死ぬかもしれないじゃん?私と結婚してるのに。そしたら私、若くして未亡人になるんだけど。
私、別に彼のこと嫌いじゃないから結婚した状態で若くして死なれたらさすがに泣くし、絶対辛いやつじゃん?
そんなんだったら結婚しないで友達として付き合ってた方が楽だよねって話。
うん、そんな感じでグダグダ考えてたんだけどさ。
そろそろこの現実に対して向き合った方が良さそう。え?一体何が起こってるのかって?
可愛い十代後半の男女達が河川敷で殴り合いしてるんだよクソが!!
え、いやほんとに何やってんのと思わず彼の方を見るのだが、もう既に彼はいなかった。
「…………って!なにやってんの!?」
なんと彼、一人で制圧に向かったのである。剣は持ってなかったけど、あそこにいるのは学園に通っていない、つまり魔力持ちではない一般市民である。
そこに剣はないとはいえ、次期騎士団長とも呼ばれる彼をぶち込んだらどうなるか。
もしかして:オーバーキル
いや、もしかしなくともオーバーキルだわクソが。
一体なぜこんなことになるのかと嘆きながら回復魔法の準備をする。騎士団員がいくらお忍び中とはいえ、一般市民に怪我させたとか本当に批判の種だし、しかもそれがあのノア・イグレシアスとか!
公爵家の人間は良くも悪くも顔が知れている。
ラフィリアや母のようなファッション会に革命起こしたパターンからハミルトン夫人の兄が起こした不祥事とかとにかく色々。
領民の中には領主が気に入らないから失脚させたいとか、税収が嫌だからとにかく領主一家消えろとか、そんな考えを持つ人も一定数いる。
そんな人達にとって貴族のスキャンダルとはまさに…えーと、なんだっけ?渡りに船?鴨が葱背負ってきた?前世で真面目に国語を勉強してこなかったことが仇になったな、語彙力が乏し過ぎてやばい。
いや、そんなことは今はどうでもいいのだ。
軍服来てたなら話は別だけど、今は私服。私、今は可愛いヒラヒラワンピース。
そして、彼も完全にお忍びで来たから軍服なんて着てない。
もちろん武器も持ってないから普通に拳と拳のぶつけ合いになっている。すぐに終わると思ってたんだけど、意外とあちらさんも強い。
なんか、少年漫画のように二つのでっかい不良グループが対立してるんだけど、そのリーダー格が強いのよね。下っ端らしき少年少女は彼に顔面ぶん殴られただけで気絶したけど。
終業式の日に先生から魔法使ったら退学処分とか言われたけど、実はやむを得ない場合ならば仕方ないと反省文三枚で済ませられるので片っ端から回復魔法をかけていく。
さて、あの殴り合いはいつ終わるんだか。
………
殴る、避ける。蹴る、避ける。
ずっとそれを繰り返す。
早くこれを終わらせてレティシアの所に行きたいのに、こいつらはなかなか倒れてくれない。
顔面が鼻血で汚れてるし、僕が割って入る前から殴りあってるからこいつらの手にはお互いの血がついてる。
その手で殴ろうとしてくるのに止めてくれないかな。これからレティシアと逢い引きなのに服が血で汚れてたら最悪じゃないか。
今は任務じゃないから手っ取り早く魔法で捕縛出来ないし、剣は整備に出してるから今はない。
ああ、こっちをレティシアがつまらなさそうに見てる。
ちがう、違うよ、僕本当はもっと強いよ?
殴り合いだし、相手が一般市民だから本気でぶん殴れないだけで、本当はもっと強いんだ。アストリッド辺境伯にだってお墨付きをもらったし、君を守れるくらい強くなった。
それでも君は僕のことが嫌い……ではなかったのは分かったけど、きっとどうでもいいんだろうな。好きでも嫌いでもないって感じ?
彼女が一番大切なのってラフィリアだろうし。ぶっちゃけ僕のことなんか眼中にないってことは分かってる。
でも、いいじゃないか。僕が勝手に君のことを好きって思ってる分には。
君の好きな強い男になりたかった。ラフィリアから君の好みを聞いたからアストリッド辺境伯に弟子入りもした。……褐色肌にはなれなかったけど。大きくなっていくにつれて、筋肉だって……そこそこ、うん。そこそこ着いてきたし。
いつかちゃんと君に好きって言って、指輪を渡して……
「余計なこと考えてんじゃねえぞクソが!」
あ、殴られる。
片方は避けられるけど、もう片方はこの距離じゃ無理。諦めてまともに受ける覚悟をし、腹に力を入れる。
うん、大丈夫。レティシアにクソみたいな失態晒すこと以外は別に何も問題ない。
後頭部目掛けて振り下ろされた拳を避けて、その後のもう一発を
「クソはお前だろうが殴るぞ」
…………は?
レティシアなんでいるの?興味なさそうに見てたじゃん。いや、それよりそこそこ重いはずの一撃を片手で止めたんだから衝撃があるはず。
早くここから移動させないと。てか、レティシアって意外に……
「君ってそんなに口悪かったんだ。意外」
あ"あ"あ"あ"あ"!!!!違う違う違う!!僕が言いたかったのはこんなんじゃ
「……あいにく、貴方が求めるようなお上品な育ち方をしていないのでね」
………最悪だ。絶対嫌われた。嫌われてないってわかったその日に嫌われた。泣きそう。