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苦手な方はご注意ください。

アビラ視察報告書

作者: ゆーる

第一話〜第四話

竜族のタルトゥ視点です。

世界観の説明が多め。


第五話〜第七話

魔人ネヴァン視点です。

タルトゥとの出会いから事件解決までの心情が多め。

第一話


「んーーーっ」

長い伸びとともに、女はベッドから立ち上がった。

茶色の薄い毛布がハラリと床に落ちる。

見た目は二十歳中頃程だろうか、細身な身体に淡い水色のワンピースを着ている。

腰程ある髪はサラサラで光を反射するような白髪。

パッチリとした目の瞳の色は引き込まれるような金色。

両開きの窓を開けると涼しい風が室内に緩く入ってくる。

朝方の外は涼しく、アパートの二階からは街並みの向こうに広がる広大な砂漠が見渡せる。

女は枕元の台に置いておいたグラスを取り、中の水を一気に煽った。

乾いた身体に少しぬるめの水が心地いい。

飲み干した空のグラスを持ったまま窓際に腰掛け、忙しなく動き出した朝の街を眺める。

この時間が一日のちょっとした楽しみだ。


ふとバサバサと羽ばたく音と共に、窓から一羽の小鳥が入り込んで来た。

そのまま女の足元に降り立つ。

足には紙のようなものが括られていた。

「おいで」

優しく声を掛けると、小鳥はピョンと跳ね女の膝の上に移る。

女が小鳥の足から青い糸で固定されていた紙を外し、開いてみると見慣れた筆跡で短い文章が書かれていた。


“愛しの我が義娘タルトゥへ

二層を満喫している事と思うが、少し面倒な案件が見つかり、不甲斐ないが俺だけでは急ぎ対応しきれない状態だ。

お前を頼るのは些か気がひけるんだが、手伝って欲しい。

最近顔を見せに来ないから少し寂しいぞ。

パパより”


「パパ絶対最後がメインだったでしょ!」

タルトゥはクスクス笑いながら手紙を折り畳み、わかったよと小鳥を指先で撫でる。

小鳥は少し首を傾げ、窓から飛び立って行った。

その姿を見送った後、タルトゥは窓枠からストッと降りてグラスをコトンと元の台に置いた。

「さて、準備したら行こうかな」


第二話


世界の中心部に位置する巨大な大樹を、人々は畏敬の念を込め″世界樹エル・ドラード″と呼称し崇めている。

大樹と言ってもあまりに巨大で、目視出来るのは前方にそびえる幹の部分のみだ。

見上げると上の方には薄い霧のようなものが掛かっており、その全貌を見ることは叶わない。

その幹の表面に、数十メートル程もある重厚な扉が佇んでいる。

おそらく木製であろう扉の表面には文字のようなものが所狭しと刻まれており、側面には蔦が覆っていて独特の雰囲気を醸している。


文が届いた同日、タルトゥは目的地へ赴くべく扉の正面に立っていた。

″転移門″と呼ばれるこの扉は、彼女が暮らす砂漠地帯からはそう遠くない距離にある。

この辺り一帯は聖地として扱われおり、門番は疎か人の姿は見えない。

ここを訪れるのは転移門に用のある者だけだ。


タルトゥは少し後方へ距離を取った後、転移門に向かって久方ぶりの決まり文句を口にした。

「転移、三門」

金の瞳と同じ色をした左耳のピアスがキラリと光る。

数秒後、ゴゴゴゴと地響きのような重々しい音と共にゆっくりと門が開いた。

門の内は薄い膜のようなものが張っていて、ゆらゆらと揺らいで見える。

タルトゥが膜の中へ入ると波紋が膜を伝い、再びゆっくりと門が閉まった。


ゆらりと揺らいだ視界がスッと晴れると、先程とは異なる景色が前方に広がる。

それと同時に背後で轟音と共に転移門が閉じていった。

ふつふつと沸き立つ高温の大地と、その合間に鋭く突き出る氷塊。

熱気と冷気が入り混じる奇妙な環境は、此処が先程いた場所とはあまりにかけ離れた過酷な地である事を物語っている。

この地、第三層出身のタルトゥにとっては住み慣れた故郷の景色だ。

何時ぶりになるだろうか、定期的に帰ると約束してはいたが、暫く帰っていなかったような気がする。

恐らく拗ねているであろう義父の顔を思い浮かべて、タルトゥはクスリと頬を緩ませる。

「早く顔見せてあげよっと」

呟きつつ前屈みの姿勢を取ると、肩甲骨の下部辺りから白い両翼が現れる。

鳥のような軽やかな羽毛の羽根ではなく、ズッシリとした力強い骨格の間に硬い飛膜が張っている。

そして少しの助走の後、両脚にグッと力を込め高く跳び上がった。

「久々に羽出したら解放感あるなぁ」

空を切る感覚を噛み締めつつ、義父の住む屋敷へ向かう。

転移門が見えなくなる頃には熱気は消え去り、辺りは突き刺すような冷気に包まれる。見渡す限り高い氷壁に囲まれた″氷の地イエロ″此処がタルトゥの育った国だ。

国の中心部から少し離れた位置、小高い氷山の上に建つ屋敷の正面に降り立った。


第三話


タルトゥの義父であるロゼ・リリはかつて″レイ″と呼ばれるイエロ地方の統治者を務めていた。

魔術が発展した事で実力主義が深く根付いたイエロ地方では血族等は重視されず、素質のある者が王族のリリ家へと推薦される。

ロゼは魔力の強い血筋の出身に加え、非常にプライドが高く努力家であった。

地道な積み重ねによりレイとなったロゼは数百年に渡りイエロを統治し続けた。

実弟であるアリスタに王位を譲ってからは王宮を離れ、自らの所有する屋敷で隠居生活を送っている。


竜族として生まれたタルトゥは物心つく頃、王になる前のロゼに拾われ、言葉や魔術を学んだ。

竜族は魔族の中では貴族の階級を与えられるが、先王は無条件で幼かったタルトゥを王族リリ家へと招き入れた。

王宮で過ごした歳月も長かったがロゼの屋敷もタルトゥには思い出深い場所だ。


小さいながらも立派な屋敷の扉をノックすると、見慣れた初老の男性が出迎えた。

「じいや!」

「元気そうで何よりですお嬢様。」

タルトゥがぴょんと抱きつくと、柔らかな笑顔で優しく頭を撫でてくれる。

彼はロゼの執事で、幼い頃からタルトゥの面倒を見てくれていた。

「オルクス」

男性の背後で凛とした声が響く。

タルトゥが顔を上げると少し呆れ顔の少年が立っていた。

「おや坊ちゃん。出ていらしたのですか」

少年がオルクスの方をキッと睨むとオルクスは肩をすくめてみせる。

少年は溜息をついてタルトゥの方に向き直った。

「お前はいつまでも子供だな。はしゃぎ声が書斎まで響いて来たぞ」

「パパには言われたくないなぁ」

皮肉げな台詞に慣れた返しをして、ただいまと少年の頬に口付けた。

パパと呼ばれた少年、ロゼはくすぐったいような表情をして目を逸らす。

深紅の髪に深い紫の瞳、姿は如何にもひ弱そうな細身の少年だが、莫大な知識と魔力、経験を内に秘めている。

「話が長くかかるだろうから紅茶を用意させている。」

ロゼに入れと促され応接室へと向かった。


「坊ちゃんは文を出されてからずっと落ち着かず、お嬢様のお帰りを待ち構えていらしたんですよ」

カップに紅茶を注ぎながらじいやがが言う。

「オルクス。余計な事はいい」

そのやり取りが懐かしく、クスクスと笑う。

堅物で有名なロゼに軽口を叩けるのは極一部の者だけだ。

花柄のカップを手に取ると、茶葉の上品な香りが鼻腔をくすぐる。

紅茶にうるさいロゼらしい豪奢なティーセットだ。

香りも色もよく出ており、飲むと程よい酸味と甘みが口の中に広がった。

「相変わらずじいやの紅茶は美味しい! 」

彼が淹れる紅茶の繊細な風味は、なかなか表現出来るものではない。

「お嬢様のために心を込めて淹れましたから」

「いつものは心がこもってないのか?」

そう横目で言うロゼを軽く流し、じいやはおかわりもありますからねと付け加えた。

こうして家族でティータイムを共にするのは久方ぶりで、とても落ち着く。

一気に飲むのがなんだか勿体無くて、ゆっくりと味わった。


ひと時のティータイムを楽しんだ後、タルトゥは口を開いた。

「ところで、わざわざ手紙を寄越してまでぼくを呼んだって事は結構大きな件なの?」

暫く帰ってなかったからといっても、文を送ってくるのは珍しい。

ロゼはまぁなと答え、言葉を探るようにゆっくりと話し始めた。

「タルトゥ、魔族や魔獣の″共喰い″については知っているか?」

「あー 噂で聞いたくらいで実際に見たことはないよ」

そうか、とロゼは空のティーカップに視線を落とす。

「人型じゃない魔獣の間ではそう珍しい事じゃない、魔獣は弱肉強食だからな。だが俺達魔人の中では暗黙の領域で禁じられている。能力主義といっても品性を欠く行いは美しくないからな。何より″共喰い″によって得られる力は決して自らのものに出来るわけじゃない。」

「どういう意味?」

「力が制御しきれなくなる危険も伴うって事だ。闇雲に力を取り込んでも扱えなきゃ全く意味がない。にも関わらず最近、目立った共喰いが横行しているとの報告があった。しかも地方を管理する貴族が、ある地区一帯を拠点として共喰いを繰り返しているらしい。」


単に乱暴に力を欲している低俗な輩か、何か別の目的があるのか。

後者であるとすれば随分と厄介な案件だ。

特に貴族の中には元々力の高い者も多いはず。

何にせよ真相が分からなければ動きようがない。

そうなると最善策は一つ。

「ぼくに現地に潜入して詳細を調べて来いって事だね」

「話が早くて助かる。アリスタは王位を継いで間もないし、俺もそのサポートに回っていてなかなか動ける状態じゃなくてな。」

けれど、とロゼは表情を曇らせる。

「二層に移住しているお前に頼むのは正直気が引ける。」

「パパがぼくに気をつかう必要なんてないよ。でもこの件、アリスタに伝えてないんじゃない?」

ロゼは少し目を見張ると流石だなと苦笑いした。

どうやら図星らしい。

この兄弟の関係は実にややこしい。

兄弟揃ってプライドが高く、捻くれ者で不器用だ。

ロゼが実弟を心配して裏で根回しをしている事を、アリスタは信頼されていないと受け止めるだろう。

アリスタは天才的な素質と確かな実力を備えている。

しかしここイエロでは、力の象徴とも呼べる王位を狙う者も多いのが事実。

心配な気持ちもわかる分、ぼくも大概甘いらしい。

「わかったよ。報告はパパだけにする。」

「すまない。だが相手がわからない以上危険な仕事に変わりはない。くれぐれも慎重に、無理だけはするな。」

全く心配性のパパらしい。

けれど戦闘種族である竜族の性か、戦いを望むぼくも居るのも事実。

「パパ。ぼくが万が一にも負けると思う?」

「・・・思わない」

「なら決まり! 場所はどの辺り?」


第四話 side T


冷んやりとした空気が髪を撫ぜる。

氷に覆われたこの地は、過酷な環境だが反射した氷の表面がキラキラと輝き美しい。

全く自分に翼があって良かったと思いつつ、地上の遥か上空を移動する。

目的地はアビラ地区。イエロの中でも最西端にあたる場所だ。

王家の目に届きにくい場所、ということを踏まえると王位狙いの疑いが強くなる。


ふと、イエロの最端なんて初めてかもと記憶を辿る。

子供の頃は、転移門付近がアリスタと決めた秘密の遊び場だった。

王宮に入ってからは実戦も交えた戦闘訓練をするようになり、先王の視察に付いて回ることもあったがイエロはとてつもなく広い。

領土で言うならば、二層の半分が一つの地方として統治されているのだ。

そう考えると、(レイ)というものは実に重責な職務だろう。


アリスタがレイを継いだ時の事はまだ記憶に新しい。

彼は常に自信に溢れていて、他者の評価などまるで顧みない。

古典的な制度を次々と一掃しては周囲を振り回していた。

当初は大騒ぎになったものだけれど、彼の力量と実力は本物で、段々と口を挟む者は減っていった。

パパも初めは頭を抱えていたけど、自ら後継者として見込んだ以上、口を挟むのはやめたらしい。

まぁ今回のように、極秘で視察に向かわせる所は相変わらずのようだ。


切り立った山のような氷塊を超えると、目的の場所が眼前に広がった。

「ここがアビラ地区・・・」

地区全体が高い氷塊に囲まれており、周囲とは隔絶されているかのような印象を受ける。想像していたよりも幾分か小規模で、閑静とした雰囲気が漂っている。

十、二十程の小さな建物の先に一際目を引く大きな屋敷を視界の端に捉えた。


遠目から一通り見渡した後、目立たないよう少し離れた場所に降り立つ。

一先ず情報をと呟きながら、勢いよく右手を下に振り下ろす。

その瞬間、膝上長さ程の氷に溶け込むような白いマントが出現し身体を包んだ。


魔人の特徴は紫の瞳だ。

白竜としての己の能力は、想像したものを具現化することは容易なものの、自らの髪や瞳の色、容姿を変化させる事は出来ない。

翼は仕舞えても色は隠せないから。

なんにせよパパからお願いされたのだから、慎重に調べることが一番だよね。

そう考えていた矢先、不意に背後から落ち着いた低い声が響いた。


「余所者か?見慣れない風貌だ」

金の瞳を隠すため大きなフードを目深に被り振り返ると、色黒の男がこちらを見ていた。藤色の髪に同じ色の瞳、身長は高く屈強そうな見た目だ。

周囲には他に誰も見当たらない。

武装しているところを見ると、巡回中の兵といったところか。

兵士だろうが単独なのはこちらにとって好都合。

早々に情報源から出向いてくれるなんてラッキーだと、タルトゥはフードの下で目を細める。

「流れ者でね 偶然立ち寄ったところなの」

男は視線を落としそうか、と呟く。

今のところ疑われている様子はない。

早目にフードを出しておいて良かった。

「お前、今来たばかりならすぐにここを発った方がいい。」

今すぐにでもな・・・と周囲を見渡す。

何かあるの? と訊くと辺りを確認し終えた男が振り返る。

「噂は訊かなかったか? ここは数年前から主が変わってな。独裁共喰いやりたい放題の荒地状態。兎に角ヤベーんだよ。お前の事は見なかった事にしてやるから、他の奴に見つからねーうにとっとと去りな!」

そう乱暴に言い放ち、男は足早に立ち去ってしまった。

大まかにも程があるだろと心の中でツッコミつつも、タルトゥは溜息をついて立ち上がった。


貴族の血筋の者には確かに実力者が多い。そのため親を継いでそのまま領主になる、というケースが殆どだ。

高い魔力や戦闘力を持つ者は、高貴な血筋でなくとも王家のリリ家や貴族に養子として迎えられる。

数年前に変わったという領主が恐らく首謀者なのだろうが、実力で選ばれた者であれば厄介な相手かもしれない。

外からの監視より内部に潜入した方が手っ取り早いだろうかと首を傾げる。

「さっきの子、また会えるかな」

兵であれば内部事情に詳しい可能性は高い。

先程の話、詳しく聞き出せば良かったと若干の後悔がよぎる。

建物の外に人影は見えなかったが、気配がない訳では無かった。

となると、闇雲に喰らっている訳では無さそうだ。

やはり情報が欲しい。

町を見下ろしながら考えを巡らせていると目線の先、町の中心部の広場に向かって歩く一団を認め、慌てて氷塊の裏に身を潜めた。


広場には十数人程が中央を囲うように集まっているのが見える。

多少距離があるため見つかる事はないが、ここにいては話し声が聞き取れない。

タルトゥは気配を消して町へ降り、建物の影に隠れて様子を伺った。


魔人は十二人、全員武装しており物々しい雰囲気だ。

「集まったな。早速報告を聞かせて貰おう。」

中央部に立つ男が口を開くと、しんと場が静まり皆の視線が集まった。

男の周囲に護衛が四人控えている様子から察するに、恐らく奴が領主だろう。

護衛の中には、先程会った色黒男の姿もあった。

集団の内一人が、領主の前に跪き報告を始める。

「サラマンカの領主シィシャより返答 ″現王の姿勢は是認し兼ねるが、実力は本物ゆえ現状表立って動く気はない″ とのことです。」

サラマンカはここから東、そう遠くない位置にある古い地区だ。

「交渉の余地は?」

「非常に難しいかと」

領主は予想通りだったなと呟き、話を続ける。

「やむ得ないが、サラマンカの戦力は惜しい。」

「如何致しますか?」

問い掛けに領主はにたりと笑う。

「強攻策だ。協力しないと言うのであれば、屈従させるのみ。近々仕掛けるぞ。」

そう言い放ち、領主は傍の護衛に何か指示を出した。

小声でよく聞き取れない。

護衛が頷き、話を終えた領主が皆へ向き直る。

「細かな計画は後日説明する。クソ王の前にサラマンカのクソジジィを屈服させる。以上だ。各自戦闘準備をしておけ!」

ハイッと返事が響き渡り場は解散した。


領主は王家であるリリ家入りが目的ではないのだ。

嫌な予感が確信に変わる。

動機は不明だが、王家への反逆を企てている事は明確だろう。

特別強い魔力は感じなかったが、共喰いをしている以上油断は出来ない。


タルトゥは後方へ退きつつ、領主が護衛と共に屋敷へ入って行くのを視認した。

他のものは町に戻ったようだが、地区の規模を考えても集まっていた者が少な過ぎる。

一応気配を探りはしたが、広場に居た者達以外の気配は一切感じなかった。

領主と四人の護衛、そして七人の武装兵。

つまり現在アビラ地区に居るのは既に領主の息のかかった者だけ。

他の者は何処へ行ったのか、もしくはもういないのか。

色黒男の言葉も踏まえると、恐らく一枚岩ではないのだろう。

領主からは歪な魔力を感じた。

まるで一人の身体では無いような不快な気配、奴が主犯に違いない。

高台の氷塊の裏に忍び作戦を練る。

目的はわかった、後はどれ程の者が自らの意思で仕えているのかを見極める。

賛同者、協力者も場合によっては殺す事になる。

あの護衛の色黒男、彼から更に情報を引き出すのが最善。

そして屋敷へ侵入し、領主に具体的な計画と動機を吐かせる。

フルート(注:各層に存在する世界樹の実、光源を指す)の光が陰る。時間も時間だ、明日に備えタルトゥは座り込んだまま静かに眠りに就いた。



第五話 side N


変わり映えのしない高い氷塊群を眺めながら、俺は昨日の女の事を思い出していた。

流れ者だと言っていたが、見たところ強い魔力も感じない非力そうな印象だった。

脳裏に若干の違和感を感じたが、兎に角すぐに離れるよう警告した。

門兵として、余所者を見かけたら直ちに報告するよう命令されてはいるが、大した力もない女一人を見逃す事など些末事だろう。

何より偽領主などに忠義を尽くす気は毛頭無い。

だが無闇に刃向かう馬鹿な真似をする気も無い。

俺は奴の命令に従いつつ、反撃の機会を窺っているのだ。


昨日の女、深く被ったフードで表情は見えなかったが何か探るような視線を感じた。「偶然立ち寄った」と言っていたが、この地区の噂が広まっていないわけが無い。

知っいて来たのならば余程の世間知らずだ。


俺に力があれば、現状を打破するだけの力があればと、もどかしい思いに駆られない日は無い。

変わらない現状、殺された仲間、理不尽な世界、甚だ嫌気が差す。

唇を噛み締め地区周囲を巡回する。

兵としては有るまじき事に、考えに耽っていた俺は背後に迫る女の気配に気付かなかった。


「ねぇ」

突然の声にビクッと肩が跳ねる。

慌てて臨戦態勢を取ると視線の先には昨日の女。

フードを深く被ったまま両手を挙げた。

「ごめん、驚かせるつもりは無かったんだ。」

ヘラっと笑って言う姿に、俺は安堵の溜息を吐く。

「何故まだいる」

「君に聞きたい事が出来た」

人目に付きにくい場所に移動したい。

付いて来てくれるね? そう問い掛ける声音に逆らい難いものを感じ、俺は黙って頷いた。


俺は誘導されるがまま、地区を囲う大氷壁の裏に移動した。

まだ日が昇って間もない、時間的に怪しまれる事も無いだろう。

前を歩く女の背中に問い掛ける。

「お前何者だ。流れ者ってのは嘘だな」

一種の期待の様なモノが込み上げる。

コイツは意図的に此処へ来た。

立ち止まった背中が答えを如実に物語っていた。


女はくるりと振り返りフードの下で顔を綻ばせて言った。

「やっぱり、ぼくに嘘は付けないらしい。ぼくはタルトゥ、王家の遣いだ。君の名前は何て言うの?」

「ネヴァンだ」

「はじめましてネヴァン。ぼくの目的達成のため、君の力を借りたい。」


ああ、こんな事ってあるだろうか。俺は今、与えられた希望に縋りたいと思っている。

俺自身がきっと、誰かに助けを求めたくて堪らなかったのだ。

差し出された手をぎゅっと握り、俺は深く頷いた。


「先ずはこんな状況になった経緯を聞かせてくれる?」

「ああ」

俺はタルトゥに全てを話した。

現領主は前領主の実の息子である事。

前領主は後継者として息子を選ばなかった事。

新たに選ばれた領主は息子の幼馴染で、地区内でも非常に優秀であったこと。

プライドが高かった息子はその決定を許せず、計画的犯行によって実の父親と幼馴染を殺害し、遺体を喰らい力を取り込んだ事。


「そして反対していた地区の連中を片っ端から喰らっていった。凄まじい混乱だった。狂気染みた犯行の最中、奴は不気味な程冷静だった。俺らみたいな手駒に出来る者だけは殺さなかったんだ。」


タルトゥは黙って聞いていた。そうして俺が一通り話し終えた後ボソッと呟いた。

「君達も用済みになれば喰うつもりだろうね」

背筋が凍った。そうだ、そうに違いない。何故その考えに至らなかったのだろう。

奴は元から自分の事しか考えていない男だ。今は従順だろうが、己に恨みを抱いている者をいつまでも生かしておく理由は無い。

奴の目的は実力主義の王家への反逆。

他者を喰らって報復しようなどという歪んだ思想。


「ネヴァン。真っ青になってる。」

「あ、ああ」

「ぼくの目的は共喰いを繰り返す者の特定、その動機を突き止める事。そして協力者を含めた首謀者の抹殺だ。」

隠されていた殺気が僅かに漏れ、瞬時に襲った本能的恐怖に全身が固まる。

ほんの一瞬見せ付けられた何かに、畏怖の念を感じずにはいられなかった。


「ネヴァン、君は一旦戻るといい。ぼくは今夜屋敷に奇襲をかける。」

「今夜・・・」

「そんな顔しないで。君は協力者だ、襲いはしないよ。」

自分が今どういう顔をしているのか分からない。

今夜、全てが終わる。

それだけを胸に屋敷警備へと戻った。


当日深夜。

カツ、カツと暗い屋敷内に足音が響いた。

侵入者らしからぬ堂々とした登場に度肝を抜かれるも、ぐっと気を引き締め打ち合わせ通り大声で皆を集める。

「屋敷玄関ホールに侵入者! 全員集めろ!」

タルトゥはホール中央部に立ち止まる。

「領主は無事か⁉︎」

「町の者も呼んで来い!」

屋敷は混乱に包まれるも、瞬く間に騒ぎは広まり、地区の全ての者が集まった。

皆が臨戦態勢を取り、ピンと空気が張り詰める。

フードの下でクスっとした笑いが漏れた。

「女の子一人に大層なお出迎えだねぇ。ここの領主様は余程の臆病者のようだ」

「煽るな侵入者」

護衛を避け領主が前に出る。

「はじめまして領主様。貴方のお噂は耳にしており

言葉が終わらぬ内に領主が殴りかかる。

魔力を込めた拳は素早く空を切るが、タルトゥは軽いステップでひらりと躱す。

「あら乱暴」

続け様に向けられた蹴りを左手で掴み、そのまま宙空に放り投げる。

領主の重量のある肉体がいとも簡単に宙を舞った。

護衛であるはずの者は、誰しもが想定しなかった光景に凍りついていた。

揺れる土埃、視界の端で空気が揺らいだ。

俺の隣にいた護衛の一人が、にゅるりと伸びた腕に掴まれ煙の中へ引き摺りこまれる。


バギッ

おぞましい音にヒュっと喉が鳴る。

土埃の狭間、叫び声を上げる間も無く、心臓を喰われた護衛の死体がゴロリと横たわっていた。

頬の横を風が掠める。

口元を赤黒く染めた領主が、先程より幾分も速い動きでタルトゥに向け再度襲いかかる。

飛んで来た回し蹴りを、タルトゥは胸の前で腕をクロスし受け止める。

重い衝撃音と波動。

圧倒的な力の差を目の当たりにする。


「思ったよりやるね。おかげで準備運動ぐらいにはなったよ。」

タルトゥはクスクス笑いながら手をふらふら振ってみせる。

「武器を寄越せ‼︎」

激昂した領主の怒号がホールにビリビリと響く。

渡された大剣を乱暴に受け取り、鞘を後方へ投げ捨てる。

「只者じゃないな貴様。王家の刺客か‼︎」

タルトゥは返事を返さず、フードの下から両手剣を取り出し構える。

領主の大剣が赤いオーラを纏う。

奴は肉体強化系の魔力を得意としている。

幾らタルトゥと言えど、力押しでは叶わないのではないか。

危惧して口を開きかけるが、その一瞬タルトゥが俺の方を向き、にっと笑った。

そしてトンっと地を蹴り凄まじい勢いで接近し、俺の、ほんの近くまで迫っていた領主の大剣を右手の剣で弾いた。

ギィンと鈍い音がして領主が後方へ仰け反った。

衝撃でタルトゥのフードがハラリと捲れる。

初めて見た素顔。

ふわふわと舞う白髪の狭間、透き通った金の双眸と目が合った。


タルトゥは白マントを脱ぎ捨て、領主に向き直った。

「なっ⁉︎ お前ッ 魔族じゃない⁉︎」

驚く領主を無視して斬りかかる。マントの下には青いピチっとしたボディスーツを纏っていた。

「隠す必要が無くなったからね」

素早い連撃に領主は大剣で応戦する。

圧されて防戦一方となった領主は、背中の羽を出して空へ避ける。


「ぼくはね」

言葉を残し視界からタルトゥが消える。

ハッとなって見上げた空中で、斬られた領主の身体が地に落ちた。

「君を殺しに来たんだよ。領主さん」

すとんと着地したタルトゥが振り返る。

全員が息を呑み、到底敵わないであろう敵を前に硬直する。

殺される、本能的な恐怖が場を支配した。

周囲を見渡し、ニコッと微笑んでタルトゥは言った。

「自己紹介がまだだったね。ぼくはタルトゥ・リリ。正真正銘イエロの王家の者だ。」

タルトゥは続ける。

「此処には視察に来たわけだけれど、無事目的は達せられたわけだ。」

何だ? 何を言おうとしている?

「君達も役目を果たしたらどうだ?」

タルトゥが目を細めて護衛達を睨む。

その言葉に反応したかの様に、傍に立っていた護衛の身体がビクンと跳ねる。

次の瞬間、ゴトリと鈍い音を立てて力無く床に倒れた。

ゴトゴトッゴトッ

呼応するかの如く俺以外の魔人、立ち尽くしていた残り八体の肉体が、糸が切れた人形のように崩れゆく。

「ヒッッ」

得体の知れない恐怖に思わず両脚の力が抜け、俺はヘタリと床に座り込む。

一体、何が、どうなっているのか

転がった肉体がズルズルとある一体、中心に転がる領主の肉体へと集まっていく。


ひとかたまりになったものが、ぶくぶくと膨張を始める。

天井を押し上げ、屋敷全体がミシミシと悲鳴を上げる。

逃げなければ、その考えだけが脳を支配する。けれど、足が

不意に強い力で腰を引かれ、両足が宙に浮く。屋敷が崩れる轟音の中、耳元でタルトゥが叫んだ。

「一旦距離を取る!そのままジッとしてて!」

バサッと力強い羽音と共に瓦礫を掻い潜り、崩れ去る屋敷を背にタルトゥは猛スピードで氷壁付近を目指す。

魔族の羽とは全く異なる分厚く骨格の張った白翼。

頭部に硬く突き出る二本の角と、鱗に覆われた太く長い尾。

切羽詰まった状況の中、俺はぼんやりと昔聞いた御伽噺を思い出していた。


“古の昔、大樹の根より七体の竜が生まれ出でた。

竜はそれぞれに神の力を宿しており、人々から崇め奉られた。

だが竜の肉体は不完全で、やがて寿命が尽きる時が訪れる。

子を成す術がなかった竜達は考え、強い魔力を持った者へ己の力を譲渡した。

そうして竜達は、ヒトと融合し竜族という独特の進化を遂げた。

その時代より根で暮らしていた者達は、今の魔族へと進化していった”


氷壁付近に到着したタルトゥは、傍らに俺をそっと降ろす。

「なぁ」

「なぁにネヴァン」

「タルトゥ、お前」

続けて言いかけた言葉を飲み込む。

伝承の存在など所詮は空想。

幼い頃は夢に描いていた。

時を重ね思い知った現実。

神などいない。

けれど


遠くに、ガラガラと崩れゆく町が見えた。

領主だったものが、巨大ななにかとなって全てを壊す。

呆然と眺める俺の傍らで、金の瞳がゆらりと揺らぐ。

「ネヴァン、下がって」

「ああ。けど何を」

氷壁側へ下がると、タルトゥは両腕を前に出し叫んだ。

「ブラスカノン‼︎」

次の瞬間、タルトゥの手の先から巨大な大砲が出現した。

黄金のボディに長い砲身、衝撃吸収用の駐退機が取り付けられている。

呆気にとられている間に、タルトゥは既に自我を失った怪物へと射程を定める。

「ま、まさかっ ここから狙う気か⁉︎」

「そのまさかさ! 魔球喰らわしてやるッ‼︎」

轟音と地響がビリビリと身体を駆け抜ける。

強烈な速さで光の弾が空を駆け、カッと一面光に包まれた直後、肥大化した怪物の身体が弾け飛んだ。


土煙が薄れると、町の惨状が薄っすらと目に映る。

建物の殆どが衝撃波によって吹き飛び、瓦礫の山と化していた。

その変わり果てた光景を目の当たりにした途端、全てが終わったのだという実感が込み上げる。


「ごめんね。君の町、めちゃくちゃになっちゃった。」

側でタルトゥが呟く。

「お前は自分の仕事を全うしただけだろ」

「うん。だけどもう一つ、君に謝らなくちゃいけない事がある。」

「俺以外の住民のことか」

粗方予想は付いていた事だった。

「君以外の者は既に領主に屈伏してしまっていた。君の仲間を助けられたかもしれないのに、見殺しにした。」

タルトゥはすまなかった、と頭を下げて”君は凄いね“と言った。

「君だけだったんだネヴァン。君だけが屈せず、最後まで抗い続けていたんだよ。」

違う、何も謝る事などない。

俺はただ、どうしようもなく無力だった。

親友が喰われた時も、当たり前の生活を壊された時も、脅され従うしかなかった時も。

悲しみ、苦しみ、憎しみ、渦巻く感情に押し潰されそうになって、理不尽な世界に嫌気が差した。

自分じゃどうにも出来なくて、必死に誰かに手を伸ばそうとした。

伝えたいことは沢山あった。

けれど言葉にしたら、堪えている感情が溢れそうで、込み上げるものをぐっと飲み込んで上を見上げた。

じわりと熱を帯びる瞼の先、フルートにほんのりと光りが灯り始めていた。


第六話


高く聳える氷壁を見あげ、もう誰もいない小さな町の門を閉じる。

思い掛けず訪れた、抑圧された生活からの解放。

このまま一人町に残ることはしないが、他の地区や他の世界の事は何も知らない。

行く当てがあるわけでもない俺は正直、今後の生き方を考えあぐねていた。


共に町を出たタルトゥが、背の翼を広げ大きく伸びをする。

真っ白な翼が光を反射して輝く様子に目を奪われ、思わず『綺麗だ』と口にする。

タルトゥは少し驚いた顔をして、何それ告白? とクスクス笑った。

「ぼくのこと、怖がらないんだね」

「怖くないといえば嘘になるが」

圧倒的な力の差を見せつけられて、畏怖を感じないわけではなかった。

だが、たとえ何者であろうと恩人である事に変わりはない。


「お前には感謝してもしきれない」

「今更頭下げないでよ。それに君の協力が無ければ、あそこまで順調には行かなかった」

協力といっても、俺が出来たのは情報提供ぐらいだった。

タルトゥの高い魔力と判断力を持ってすれば、情報を掴まずとも容易かっただろうに。


「お前程の者なら、強引にでも乗り込めば良かったんじゃないか?」

わざわざ遠回りせずとも、地区ごと制圧してそれで終わり、という手もあった筈だ。

実力主義のこの世界では、俺達のような弱者は簡単に切り捨てられる。

「ぼくの自分勝手なエゴの話さ」

言いながらタルトゥは俯く。

「皆が自分の意思で従っているわけじゃないと信じたかったんだ。可能ならば救いたい。そう思って慎重に動いた。結果君に救われたと言って貰えたから、これで良かったんだ。」


きっと力ある者の余裕なのだ。そう思った。

自分の命を守る事すら満足にできない俺達とは違うのだ。

改めて自らの無力を噛み締める。

助けられる存在でしかない自分が惨めになった。


「・・・俺は何も返せない」

「返さなくていーの! でも一つ提案があるんだ」

「提案?」

「ぼくは今人間の世界で暮らしている。とっても刺激的で楽しいんだ。そして共がいればもっと面白くなるんじゃないかと考えてる。」

そう言って楽しそうに『勿論強制じゃないよ』と付け加える。

「ちょ、ちょっと待て、話が飲み込めないんだが」

人間の世界? 共? 王家に戻るんじゃないのか? 意図が読めない。

予期せぬ話の流れに思考が追いつかず混乱する。

「ああごめん、順を追って話すね。」

正面から俺を見据えるタルトゥの、澄んだ金の瞳に吸い込まれそうになる。

急に訪れた緊張感に、全身がじんわりと汗ばみ、まるで時が止まったかのような心地がした。


「もう気づいてるだろうけど、ぼくは魔族じゃない。竜族の事は知ってる?」

「竜族、竜の伝説?」

「そう」

魔人ならば誰もが知っている、大昔の伝承。

幼い頃に夢見た空想のキャラクター。


「ぼくは竜族七体の内の二体目。具現化の力を受け継いだ白竜だ。」

魔人としての直感が、これは真実だと告げてくる。

予想はしていた筈なのに、今は語られる言葉を飲み込むのに精一杯だった。

「リリ家に入ったのは、竜族にその資格が与えられていたから。リリ家にいる以上王家に尽くせっていう義務もないし、基本自由に行動してるってわけ。理解できた?」

「一応。だがなぜ俺なんかを」

「君の事が気に入った。それじゃダメ?」

余りに軽い理由に拍子抜けする。

一体どこに気に入る要素があったのか見当もつかないが、願ってもないチャンスだ。

「・・・断る理由がない」

「あはっ 決まりだね! よろしくネヴァン。」

「よろしく。タルトゥ」


第七話


人間界へ行くという目的が決まった以上、此処に留まる理由もない。

一先ず“転移門”を目指すらしいが、距離が遠いため飛んで移動する事となった。

上空を移動するため地上の様子は余り見えないが、冷たい風が心地いい。

タルトゥは長距離の飛行に慣れていない俺を気遣ってか、速度を合わせてくれているようだった。


「一箇所寄りたい所があるんだ。通り道だしそこで休憩しよっか。」

飛びながら思い出したように言う。

タフさには自信があったが、少し疲れを感じていた俺には有り難い申し出だ。

だが待てよ、王家の遣いで来たタルトゥが寄りたい所だと?

「おい、まさか王宮じゃないよな」

「ん? 違うよ? パパの屋敷に寄ろうと思って」

その返答に一瞬安堵しかけたが、パパの屋敷というワードに再び思考が止まる。

タルトゥのパパ、つまり誰だ?

「見えて来た。降りるよ」

疑問を口にする間も無く、するりと降下するタルトゥの後を慌てて追う。


降下に連れ、高い岩石の上に建つ屋敷が見えて来た。

見渡す限り周辺に他の建物はなく、その屋敷だけがひっそりと佇んでいる。


重厚な扉の前に降り立つと、屋敷の裏から作業服姿の初老の男性が現れた。

「おやお嬢様。お早いお戻りで何よりです。そちらの方は?」

「彼はネヴァン、協力者となってくれたアビラの兵士。その件についてパパに報告がしたい」

「畏まりました。直ぐに準備して参りますので、応接室でお待ち下さい」

そう言って扉を開け、中へ入るよう促される。

上品な振る舞いや言葉遣いに、身分の差を感じずにはいられない。

パパというのが屋敷の主人だろうが、王家の者である事に間違いないだろう。

屋敷内は凝った装飾が施された造りで、所々に花や植物・絵画が飾ってある。

長い廊下を進み応接間に向かう間も、豪奢な空間に場違いさを感じずには居られない。



通されるままに応接間の立派な椅子に腰掛けたものの、俺は内心落ち着かなかった。

暫くするとノックの音が響き、奥の扉から身なりのいい少年が入って来た。タルトゥが少年と挨拶を交わす。

「ただいまパパ」

「おかえりタルトゥ。そちらの方も、計画に協力してくれた事感謝する」

パパ、と聞いて慌てて立ち上がりかけた俺を少年は制する。

「掛けていてくれて構わない。俺はロゼ、この屋敷の主人だ。」

「お、お初にお目にかかります。私はアビラの兵をしておりましたネヴァンです。」

ロゼ・リリ、名前だけは聞いた事がある。確か前王(レイ)を務めていた人物であり、現王の実兄。

パパといっても血の繋がりは無いのだろうと思ってはいたが、とんでもない大物と相対してしまった。

見た目では実力も魔力も測れない事を、今回の件は何度も思い知らされる。


「紅茶をご用意しました。」

再び扉が開き、ティーセットを乗せたカートを引きながら先程の男性が入って来る。作業服姿から正装に着替えたようだ。

緊張でティーカップに手が伸びない俺を余所にタルトゥは真っ先にカップを手に取った。

「ウバで淹れてくれたんだ! 嬉しい!」

「お前がうるさく注文付けて来るからな」

「パパの影響さ。ネヴァンも飲んでみてよ」

「あ、ああ」

爽やかな香り漂う鮮やかな真紅色の紅茶で、口に含むと渋みのある深い味わいが広がった。

「美味しい・・・」

「でしょでしょ!」

一息吐いたところでロゼ様が報告を促す。

「早速で悪いが報告を聞かせて欲しい」

タルトゥは淡々と、一通りの出来事をくまなく報告した。

到着時には俺を含めた一二体の魔人しか残っていなかった事。

サラマンカに協力を仰いでいたが、同意は得られていなかった事。

共喰いを行ったのは領主のみで、残りの魔人を喰らった際に暴走状態に陥ったため倒してしまった事。

共喰いに到った動悸は恐らく、血縁者である己が後継者に選定されなかった恨みと、その制度を作った王家への恨みからだろうと。


ロゼ様は静かに報告を聞いていた。

「内部事情や経緯はネヴァンが話してくれた。彼は兵士として従ってはいたけど、領主の行いを許してはいなかったからね」

「サラマンカの件はこちらで対処しよう。シィシャは判断力に長ける男だから心配要らないとは思うが。何より共喰いの波が広まらなかったのが不幸中の幸いか。アビラの土地に関しては検討しておく。」

報告を聞いた直後だというのに、即時に理解し対応を練る姿に王の面影を感じる。

的確な判断と決断力、上に立つものは本来こうあるべきなのだろう。

今まで自分は狭い世界で生きてきたのだと気づかされる。


「お前に頼んで良かった。苦労かけてすまないな」

「このぐらいどうってことないよ」

「報酬に関してだが」

「もう決めてるよ」

「相変わらずだな。まぁいい、言ってみろ」

「彼! ぼくが二層に貰って行く」

ビシッとこちらを指差してタルトゥが言い放つ。

「は」

まさかこんな形で切り出されるとは予想してなかった俺は一気に青ざめた。

が、それは俺だけでは無かったらしい。

「また突拍子も無い事を言ってくれる」

ロゼ様は眉間を抑え俯いた。

珍しいことじゃないのか・・・

後ろに控えている執事も苦笑いだ。

「ぼく知ってるもん。パパがぼくのお願い聞いてくれなかった事無いもんねっ」

ロゼは深い溜息をついて顔を上げる。

「どうせダメだって言っても聞かないんだろ」

「もちろん」

「本人には説明したのか?」

「したよ」

「まったく・・・お前には敵わん」

「やった! パパ大好き!」

娘には弱いってやつか、まぁわかる気もするが。

「ネヴァンといったな、お前も付き合わせてすまない」

「いえ、俺は別に・・・」

救われた身というのもあるが、別の世界を見てみたいという期待も高まっていた。

時間帯も鑑みて、出発は明日という事になった。

自分でも無自覚に疲労が溜まっていたのだろう。

浴室を借り寝所に通されるや否や、俺はすぐさま眠りに就いた。


翌朝、扉をノックする音で目が覚めた。

扉を開けると、白いブラウスに紅色のスカート姿のタルトゥが立っていた。

昨日までの戦闘服とは違う清楚で女性らしい雰囲気にドキッとして、なんだか直視出来ずに少し目を逸らす。

「おはよっ! よく眠れたみたいだね」

「おはよう。お陰でだいぶスッキリした」

「良かったぁ。あのね、ネヴァンの服創って見たんだけど」

そういえば兵服は昨晩、薄汚れてるからとタルトゥに処分されたんだった。

「君ガタイいいからスーツよりジャケットの方が似合うと思ったんだ」

渡された服は艶のあるカッチリとした作りで、靴や小物い至るまでフルセット用意したらしい。

見慣れない服装で、手伝って貰いながらなんとか着る事が出来た。

「人間達の中で流行っててね。全身革製! 密かに憧れてたんだぁ。こういうのって男の体の方が絶対似合うもん!」

服を新調できたのは素直に嬉しいが、遊ばれてるようでいまいち腑に落ちない。

「鏡見て見て! いい男っ」

俺の態度は微塵も気にしていない様子のタルトゥに背を押され、鏡の前に立つ。


「お、おお⁉︎」

カッコいい・・・めちゃくちゃカッコいいぞ俺・・・

服なんて意識した事は無かったが、自分の中で何かが目覚めたのを感じた。


フルート(注:各層に存在する世界樹の実、光源を指す)が灯り明るくなったところで、いよいよ出発の時が訪れた。

「定期的帰還! わかったな」

「わかってるってパパ。じいやもまたね」

俺はロゼ様と執事へ一礼し、タルトゥと共に転移門を目指し飛び立った。


あの場所でタルトゥと巡り会えた事が、きっと一番の奇跡だ。

知らない世界への期待と不安で心臓が高鳴る。

この時はまだ、気づきもしなかった。

彼女との出会いと旅立ちが、俺の全てを変えていく出来事の始まりだったのだ。















初小説となります!

まったく初の経験で、探りながら書き進めていきました。

創作で作った大事なキャラクターを動かす面白さや難しさ、いろいろ感じる事が多くありとても勉強になりました。

至らない文章ですが、多くの人の目に触れて楽しんで貰えたら幸いです。

この経験を糧に、次作に取り掛かって行こうと思います!

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