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ロボット戦争  作者: ラーシー
ウィリングロボット
2/2

商談

「…はっ!」


 今日の空は吸い込まれそうな程青く、坂口の朝もいつも通りカラスの鳴き声と同時に始まった。

 ただ今日の彼の朝は、彼の寝室にあるベッドの上ではなく、職場の隅に置かれた机の上から始まった。


 そして坂口は今日も平常運転。

 昨日もらった120ページ超の資料を読みながら寝てしまい、未だ50ページほどしか読んでおらず、取りあえず資料の所々に挿入されている図表だけに目を通し、全部を分かった気になる。


 ──そういや今何時だ?やけに日が高い


 坂口は腕に張ってある赤単色の丸いステッカーを擦った。すると突然ホログラムが現れ、スマホの画面のようなものが映った。坂口が指でそれをスライドすると画面が変わり、アナログ時計が出現した。


 短針と長針がぴったり重なっていた。

 その二つの針は、まるで植物の茎が太陽に向かって上へ上へと伸びていくように、ただ真上を指していた。

 之即ち、今の刻は


 ──正午


 彼は急いで身支度を済ませ、白衣の男が勤めている大学へと足を運んだ。


 ──誰か起こしてくれよ!


 坂口は心の中で、なんとも他人任せでとても社会人とは思えないような言葉を叫んだ。


 因みに今日は日曜日。

 この国では十年ほど前に、全ての職場に労働環境監視カメラの設置が義務付けられており、過酷な労働の抑止力になっていた。

 休日出勤、過度な残業はやらない、させないという風潮がすっかり社会に浸透し、労働基準法に違反した会社は罰則を受けるだけではなく、世間からもブラック企業のレッテルを貼られ、倒産は不可避であった。

 そんな訳で、ロボットカンパニーもその例に漏れず、坂口以外は誰一人として出勤していなかった。


 ようやく大学に到着した。


 到着時間は12:32。待ち合わせの時間は12:00。

 流石坂口、遅延率100%、半蔵門線の異名を持つ男であるだけある。

 安定の遅刻であった。


 彼は大学の建物の中を探索し、白衣の男が普段籠って研究に励んでいるラボを探し出した。

 ラボは小学校の教室位の大きさで、机や試験管が入った棚、よく分からない機械などが所狭しと並べられていた。

 白衣の男は椅子に腰掛け、背中を丸めて、机の上に置いてある手乗りサイズのロボットをいじくり回していた。


 坂口は白衣の男の左後ろに立ったが、男は目の前の作業に熱中していて坂口の存在を全く気が付かない。


 ──ちっ、鈍感だな


 彼は完全に、自分が遅刻したという事実を忘れていたので、こんな悪態がつけるのだ。

.

「こんにちは」


 男はこの声に反応してゆっくりと振り返り、そのまま立ち上がって深々とお辞儀した。


「お待ちしておりました。とりあえずこの席に腰をかけていてください。今お茶をお持ちします。」


 暫くして、白衣の男がお茶を持って戻ってきた。


「とりあえず、昨日は私が突然そちらに伺ってしまい、きちんとした挨拶が出来ていなかったので改めて。帝東大学ロボット工学科准教授、西田玲音です。」


 ━━おぉ教授なのにキラキラネーム


「ではこちらからも。私はロボットカンパニー営業部の坂口康平です。」


「では早速ですが、坂口様に見ていただきたいものがございます。」


 そういうと西田はパソコンを坂口の方へ向けて、動画を再生し始めた。


「まず一つ目の動画です。この画面中央に写っているのが、従来のAIを搭載した人型ロボットです。このロボットには、部屋の掃除を30分以内に終わらせるように指示してあります。ただし、このロボットの充電は残りわずかしかなく、充電中はフル充電になるまでスリープモードになるよう設定してあります。更に、充電が無くなるとスクラップになるということを教え込んでいます。」


 ロボットは部屋を掃除し始めた。こいつは掃除が終わってから充電する計画らしいが、部屋の2/3ほどを掃除し終わった頃に力尽きた。


「次に私が開発した、ウィリングロボットに対して同じ実験を行った映像です。」


 最初中央にいたロボットは、いきなり充電器のある壁に向かって行き、充電を始めた。だが5分もしないうちに充電をやめ、掃除を開始した。


「このロボットは、自分でプログラムを書き換えて、フル充電になるまでスリープモードという設定を解除してしまいました。5分だけ充電すればこの仕事は遂行できると計算した上での行為と考えられます。」


 動画が終了すると、西田が解説を始めた。


「ほー。実に聡明だ」


「従来のAIは、人間の言いつけを取捨選択することはありませんでした。言い換えれば、忠実だけど柔軟性のない愚物です。しかしウィリングロボットは、必要性がないと判断すれば人間の指示を無視することもあります。」


「しかしそれでは人間に反逆することもあり得るのでは?」


「プログラムのメインファイルにあらかじめ権能を指定しておき、そこへのアクセスを禁止しておけば問題はありません。そもそもインタプリタに制限がかけられているので心配はないかと。」


「それなら安心だ。」


「また、もう一つ実験があります。今机の上にある手乗りサイズのウィリングロボットに行った実験映像です。」


 そういうと西田は坂口に別の映像を見せた。


­­­ 先のミニロボットが、色々な玩具が置いてある子供部屋のような部屋の­­­­隅っこで座っていた。暫くすると積み木やマラカスなどで遊び出したが、すぐに飽きてしまった。


「これは一ヶ月前に撮った映像です。このロボットには人間と同じ思考回路をプログラムしています。」


数分後、サッカーボールを手に取り、暫くいじくり回したあと、床にバウンドさせて遊び始めた。


「今こいつは、人間の子供と同じように、試行錯誤しながらこのボールの使用方法を探っています。」


 その後この手乗りロボットはボールを床に置き、壁に向かって蹴りだした。


「このボールの正体をインターネットで調べ、蹴って遊ぶものだと理解したようです。」


 このロボットはインステップキックやダブルタッチ、ヘディング、リフティングなど、様々な技を急速にマスターしていった。


「ネット上のサッカー動画を見て、研究し、技を習得していっていると推測されます。」


「人間以上の学習能力だな」


 坂口は感嘆した。


「今のロボットは、自発的にサッカーをやろうと思い、サッカーの研究を始めました。要するに、『意志』をもっているのです。ウィリングロボットの画期的な点は、人間らしさを持ち合わせている所だと思います。」


 そういうと西田は、パソコンを閉じて坂口の方へ顔を向け、少し真剣な面持ちになった。


「では本題に入ります。ウィリングロボットの使用権を買って頂けますか?」


「ウィリングロボットの凄さは分かった。前向きに検討したい。」


「ありがとうございます。」


 西田はにこりと笑った。


「ところで、使用料を少し下げて貰うことは可能か?」


 坂口は、西田が喜んでいる中この言葉言えば水をさすことになるのではないかと危惧したが、意を決して恐る恐る声に出した。


「始めは値下げをする気は毛頭ありませんでしたが、今は気分がいいので応じましょう。それでは、最初の値段の半額でどうでしょう?」


 思わぬ収穫に坂口は心踊らせた。


「心遣い感謝します。」


坂口は礼を述べた。


「それでは契約完了ということで。」

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