異世界来たのに誰もいない
久々に短編書いたので、読んで頂けると嬉しいです。
※カクヨムにも掲載しています。
気がつくと、僕は奇妙な部屋に突っ立っていた。
正方形の部屋。
目の前、部屋のど真ん中には両手を広げたくらいの太さの柱。柱には螺旋階段が付いていて、上と下の階に繋がっているようだ。左の奥にはイスとテーブルが見える。そして左右の壁の真ん中には、開きっぱなしのドア。僕の背後には閉じたドア。柱の向こうで見えなかったが、回り込むと前方の壁にも閉じたドアがあった。このドアだけは、横の壁にスイッチが設置されており、『押すと死にます』と不安な文言が添えられていた。怖っ。まあつまり、上下左右前後に部屋が続いていた。
あと、どうでもいい事だが足音が変な響き方をする。
しかし、一体何が起きているのか、どうしてこんな部屋にいるのか、今まで意識が無かったにしてはやけにスッキリした頭で考える。
…が、そもそもここに来る以前の記憶が無い事に気付いた。何も覚えていない…。しかし、ここに来る前にどこかにいたような気はする…。そりゃそうか。
まあつまり、僕はどこかからここに飛ばされたのだろう。つまり、異世界転移か!記憶が無いのも、その影響と考えればとりあえず辻褄は合うな。
しかし……。異世界転生にしては殺風景だなぁ。人の気配も無し。まずは誰か、異世界民第1号を見つけなければ。
そう考えて左側のドアを通ると、その先の光景に僕は自分の目を疑った。
そこには、今までいた部屋と全く同じ部屋が広がっていた。
何か、すごく嫌な予感がするな。
そのまま柱の横を通って奥のドアを開けても、やはり同じ部屋だった。
これは…、まさか…、無限に続いているんじゃ……。
そこから数部屋進んでも、景色は変わらなかった。
ここから出られないのか……?
無限に……。
「あ……」
「あああああああぁぁ!!!」
冷静ではいられなくなって、走れるだけ走った。
それからまっすぐ何十部屋進んだか。
それでも、その先の光景は何も変わらない。
い……、いや。何か打開策はあるはずだ。今は分からないけど何か……!
まずは落ち着かなければならない。深呼吸して、一旦落ち着くためにイスを引くと、その上に二つ折りの紙が乗っていた。
「これ……、は……?」
紙を開くと、文章が書かれていた。
『この手紙を読んでいる誰かさんへ
私は、この部屋のボタン付きのドアを向いて左側の方向にひたすらまっすぐ進みます』
僕は溢れる涙を止められなかった。
僕以外にもいる!誰かが、男か女かも分からないけど確かに、いる!ここまでの道のりも奇跡的に正しかったんだ!
僕は折りたたんだ手紙をポケットに入れて、再び歩き出した。手紙の主に会いに。
いや待て、この手紙って全部の部屋にあったんじゃ…。そう思って一瞬ヒヤッとしたが、一つ前の部屋に戻ってもイスの上に手紙は無かった。これ一枚だけだ。
これは、確かに誰か、僕と同じ境遇の人がいる証拠だ!
僕は手紙のあった部屋に戻り、ボタンの方を向いて左側に悠々と歩き出した。
それから数時間。
僕は手紙の主を探すのを諦めた。
僕と同じタイミングでここに来たなら、もう見つかってるはず。逆に、時期がずれていたとしたら、今さら追いかけても遠すぎる。ここには食料もないから、追いつく前に餓死だ。かといって、脱出の方法も分からない。
もうやめよう……。僕は『押すと死にます』ボタンの前に立った。僕はボタンを静かに押した。
……何も起こらない?……いや。自分の手を見ると、少しだが透け始めていた。
こうやって消えて無くなるのか。
僕は入って来たドアの前に横たわった。
つまらない異世界転移だった。ここにくる前に何か悪いことでもしたのだろうか?思い出せないけど。
寝返りを打って柱の方を向くと、向こう側の開いたドアが見えた。そして、向こうの部屋に、横たわる人間の足が見えた。
人が!?……いや、待て…、あの足は……ま…さか…。僕は横たわったまま足を開閉させた。向こうの部屋に見える足も僕と同じタイミングで同じ動きをした。
僕は走って向こうの部屋に行ったが、誰もいなかった。
僕はポケットから手紙を取り出しイスに置いた。
隣の部屋に行くと、イスの上に手紙が置いてあった。
膝の力が抜け、僕はイスをテーブルに押し込んだ。
手を見ると、もう消える寸前だった。今、やっと分かった。右の扉は左の扉に、前の扉は後ろの扉に、階段の上は下に、繋がっていた。僕は最初から一つの部屋に閉じ込められていたのだった。
僕は階段に座り込んで最後の時間を過ごすことにした。手紙の主もこうして消えたのだろうか。それとも主など居ないのだろうか。こんな嫌がらせのような異世界だ、嫌がらせのような手紙も初めから存在していたのかも。
不思議と、あまり怖くはない。記憶が無いからだろうか。せめて、ここに来るまでの記憶が戻れば、感慨深い最後になっただろうに。僕は悪人だったのか、善人だったのか。
見渡してみると、結局初めと同じ景色になっていた。ボタン付きの扉の方を向くと、前後の扉は閉まり、左右の扉は開き、左奥にはテーブルとイス。イスの上には、ここからは見えないが手紙がある。
僕が来る前は誰かいたのだろうか、僕が消えた後は誰か来るのだろうか。まあ、右に進めば左から出て、前に進めば後ろから出る世界だ。もしかすると、時間が進むと…………
僕は階段から飛び降りてイスに手を伸ばしたが、イスに触れる直前、その手は空に消え失せた。
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