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落第サンタ

お返しサンタ

作者: 高原 夕晞


 クリスマスに雪なんて降るのは稀な事だし、街にあふれる人の大半は一人だ。聖人がちっとも敬われていないのにお祭りにしているこの国の国民性には、少しどころではなく呆れざるを得ない。

 しかし、だ。クリスマスが最も忙しいあの存在〈サンタクロース〉は存在する。もちろん、あの白いひげを生やしたおじいさんがただ一人で配ってるだなんて事は無い。この世界に存在する〈サンタ〉さんはいわゆる組織のようなものになっている……らしい。男女にかかわらず所属していて、多くは子どもの頃から教育を受けたプロフェッショナルという事みたいだ。

 空想で終わってしまいそうなことをきちんと説明しつつも確信をもって言えないのかと言えば、全て知り合いから聞いた話だからだ。もちろん、組織の中にいたら口外していいはずがない。なのに何故その人が口にしているかと言えば、彼女は元〈サンタ〉だから。知り合いである彼女はとても可笑しな人だ。なぜ〈サンタクロース〉をやめたのかと聞いた時、大人にプレゼントを配れないことに納得がいかなかったと答えた。そして、大人にプレゼントを配りたいがために〈サンタ〉をやめた。というのに、サンタの名乗り自体はやめてはいないから、変な人扱いされるわけで。


「ユーマくん、何考えてるんですか?」


 そんな彼女に振り回されているのが現状だったりする。でも、ただ日々を過ごしていただけの毎日から連れ出してくれたキズナさんに感謝している。

 だから、今年はプレゼントをしてみようと思った。プレゼントが何であれ喜んでくれそうな気はする。出来るなら、一番喜んでもらえそうな品を贈りたい。かといって何が欲しいか尋ねたりしたら察してしまうだろうから一人で考えるしかなかった。それに加えて、プレゼントの計画を思い立ったのが12月の初めだったから、時間の余裕は本当になかった。普通の女の人へプレゼントすることすら殆どしたことがないというのに、どうしたらいいのか。

 何も出てこないから考え方を変えてみる。キズナさんがサンタであるところからプレゼントの内容を考えてみることにした。ぬいぐるみはあまりに子供っぽすぎる、やはり服……というか、衣装、正装というべきか。緑のサンタはどうだろうかと思い付いた。比較的有名な裏話かもしれないが、赤いサンタの服装というのは某飲料メーカーの謀略で、元々の服の色に緑もあったそうだ。だからその緑の衣装をプレゼントしたら彼女は喜んでくれそうな気がする。そして、プレゼントの品は決定した。

 安物なんてプレゼントするわけにはいかないけど、全部自分で作れる技術なんて持ってるはずがない。こういう時は出来る知り合いに頼むことにした。


「マオくん、こんにちは」

「ユーマさん、どうかしたんですか?」


 不思議そうな瞳を向け、高い位置から尋ねかけられる。確実に年下であるはずなのに、なぜこんなにも背が高いのか。しかし今回それは関係ない話だ。彼の縫製能力を借りに来たんだから。


「――マオくん、サンタの衣装って作れるか?」


 いきなりの問いに驚いているみたいだった。それも当然だろう、こんなことを頼むのは初めてのことだから。


「ついにユーマさんも目覚めたんですか?!」


 一瞬の静寂の後、勢いよくこちらへ近付いてくる彼に、手を取られた。目が輝いている。言葉の意味は俺には全く理解できないんだけど、なんとなく、誤解されているような気がする。少なくとも作れないっていうことはなさそうだから安心した。ひとまずデザインを伝えて、手伝える箇所を尋ねた。


「それじゃあ、裾部分でも縫いますか?」


 軽く説明をすると緑なんて珍しいと、首を傾げられる。キズナさんにプレゼントしたいと説明すれば、誤解は解けたようで。しかし、少し残念そうにしているのはどうしてだろう。それを尋ねるタイミングもなく、キズナさんほど無茶な事は言ってこないだろう。

 そして、一週間ほどでマオくんは作り上げてくれた。それから自分で裾の部分の縫い付けを何とか終わらせて、クリスマス当日。

 キズナさんは現役<サンタ>ではないから午前のボランティア(幼稚園を回っていたらしい)が終わって手が空いている。クリスマスディナーのようなものを準備していた。頃合いを見計らって、声をかける。


「キズナさん、ひと段落つきそう?」


 キズナさんは頷いて、こちら側へやってきた。特に何も思い当たる節が無いのか首を傾げている。本当に考え方が違うんだ、と今更ながら実感させられてしまう。


「メリークリスマス、キズナさん」


 背中に隠した包みを目の前に差し出す。とたんに動揺し始める彼女。


「……だって、サンタさんはクッキーとミルクしかもらっちゃいけないんですよ。後は手紙くらいで――」


 聞き取れた言葉はこの辺りだけで、取りあえず彼女が落ち着くのを待った。まさか包みを開ける前にここまで驚いてくれるなんて。手持無沙汰で作ったミルクのカップを持ちながら息をつくキズナさんは平常心を取り戻したように見えた。

 カップを置いてやっと包みを開けてもらう。何となく嬉しそうな息の付き方に安堵する。


「ありがとうございます、ユーマくん」


 上から着るものであるとはいえ、何という早着替え。その速さもそうだけど、似合ってるのも相まって見惚れてしまう。衣装自体は女性もので可愛らしいはずなのに、古来の緑を纏った彼女は随分と大人っぽく見えた。


「よかった、気に入ってもらえたみたいで」


 喜んでもらえたことに安堵し力が抜ける。それでも笑みを浮かべれば、彼女は少し慌てた様に、


「ユーマくんへのプレゼント、待っててくださいね」


 と言い残すが早いか部屋を出ていってしまった。料理以外にプレゼントを用意してくれていたなんて、驚いたというよりは何だか新鮮な感覚。元〈サンタ〉という事を考えると普通なのかも知れないけど。

 戻ってきたときに変わったのは、小さな箱の存在。渡されたときに見た目より重く感じた。開くと中にはまた箱。小物入れのような形をしたそれの金具を外すと音楽が鳴り始めた。目の前には丸い世界に雪だるま、スノードームが入っている。


「きれい……」


 無意識にそう呟いていて、音が止まるまで会話は無かった。聞こえる音が規則的な呼吸音に変わり始めると、雪も降りやんでいた。どうやら、オルゴールと連動しているらしい。すごく凝ったプレゼントで、なんて言ったらいいかわからなくなる。だから、そのまま感謝を伝えよう。


「ありがとう、キズナさん」

「いえ、頂いたのは私の方ですから」


 これを機会に〈サンタ〉の見習いになりますか、と悪戯っぽく尋ねかけてくる彼女にすぐさま否定を返す。俺は不特定多数のために頑張ろうだなんて思えない。せいぜい知り合いとプレゼント交換程度……って、まさかプレゼントがばれてた、なんてことがあるのだろうか。いや、キズナさんには何も相談してないし、何も見せていないはずだ。

 やっぱり気になるから、それとなく聞いてみれば、


「いつでもお手紙の返事をかける準備をしてあるものです」


 と、返された。流石〈サンタ〉だ……と今回は誤魔化されておけばいいのだろうか。今度プレゼントする時にばれないようにすればいい。

 どうせサンタさんとクリスマスを過ごすわけだし。今日で世界が終わるなんて事よりも、来年クリスマスが続く可能性の方がずっと高い。

 さあ、冷めてしまう前にクリスマスのごちそうを食べてしまおう。

 小さな世界には雪が降っている。


16.1/27 執筆

読んでいただきありがとうございます。

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