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壺と猫とジジイの遊戯

作者: 風犬 ごん


 諸々端折って今、私は猫になってしまった。

 緑のおめめに真っ黒いからだ。長い尻尾が素敵でしょ? じゃねーわっ!


「朝起きたら猫になってたってどういうことっ!? なんか変なものでも食べたっ?」


 こんな可愛い前足じゃ、頭もろくにかきむしれない。




 私の名前は真田さなだ 美青みお、れっきとした人間である。

 間違っても人間だと思い込んでいる猫ちゃんではない。きちんと人間の両親と人間の幼馴染や友人が居るホモサピエンスなのだが。

 鏡で見る限り、今の私は可愛らしい猫ちゃんになってしまっている。個人的にはわんちゃんの方がよかったのだけど、って、そうじゃねぇしっ。


「まあ、原因に心当たりがないのかと聞かれれば、これがまたあるんだよなぁ」


 私は夜学に通いながらアルバイトをしている、まあフリーターというやつで、一人暮らしをしたいと実家を飛び出し、猫神町ねごがみちょうってことろで今は腰を落ち着けている。

 なんか町の名前からしてフラグ臭がきついが、とにかく私は日々忙しく充実した毎日を過ごしていた。ちなみにリア充だけど彼氏はいない。別に寂しくないもん。

 この町で暮らすようになって一年と少し、だいぶ暮らしにも慣れてきた今日この頃、それはつい昨日の出来事だ。

 いつもの学校からの帰り道、丁度、猫神社――神社の名前がそのまま猫神社なのだ。何この猫推し――の前を通りがかった時、道端に一人の見知らぬジイ様が行き倒れているのを見つけた。

 見た目がまるで仙人のような変な格好のジイ様で、長い木の杖と同じように長い真っ白の髭が余計にそう思わせた。

 とは言え、さすがに見て見ぬふりなどできなかった私は、ジイ様を助け、ジイ様も律儀にお礼をくれた。まあここまではいい。ここまではな。

 くれたものが古びた色気のないただの壺だったことも、この際いいとしよう。

 問題なのは、ジイ様のくれた壺って言うのが、『願いを叶える壺』ってところにある。

 正直に言うと、願いを叶えるなんて信じてはいなかったけど、朝起きたら猫になっていたところを見るに、夢でないならあの壺は本物の願いを叶える系アイテムだったということだろう。


「って言っても、猫になりたいなんて願ってないけどなっ!」


 てか、まだ願いすらかけてない。本当に大問題だ。

 いまだ部屋の隅に置いてある古い壺に、私は一応『人間に戻りたい』と願いをかけてみるのだが、まったくの無反応だった。

 あのジイ様曰く。


『これは願いを叶える壺じゃ、お礼にこれをお前さんにやろう。願いは一つだけしか叶えられんからの』


 と言うことらしいので、猫になるという願いを叶えてしまったこの壺の役目は早速終わってしまっていると言うことかもしれない。

 だからと言って、このまま猫として生きるなんて冗談じゃない! だって、猫って人間の食べ物を食べちゃいけないんだぞ! 私は美味しいものを食べて暮らしたい!

 それに、早急に人間に戻らないといけない理由もあるのだ!

 さすがに猫の手じゃ玄関の取っ手を握れないから、窓を開けて私は外へ出ることにした。

 ひとまず目指すのは猫神社だ。あのジイ様を捕まえて、何とかしてもらわなくちゃ本当に困る!

 



 私の暮らす猫神町は、名前通り『猫』にまつわるあれこれがたくさんある町で、猫神社に始まり黒猫川や三毛猫通り、トラ猫の丘や子猫公園とか、とにかく猫ばっかり目につく。おまけに、飼い猫や野良猫もやたらと多くて、本当にこの町は猫尽くしだ。

 まあ、犬好きな私が何でこの町に腰を落ち着けたのかと言われても、学校――ちなみに、学校の名前も猫の字が付く――から近かったからとしか言いようはないが、犬神町ってのがるならそっちに引っ越してもいい。

 話がそれたが、まあそれだけ猫の多い町なので、ねこが街中を歩いていたところで、誰にも咎められないのがありがたい。逆に、誰かが煮干しをくれたりするので、ちょっとラッキーかも、なんて。

 私は少々早足で――時折、知らないおばちゃんたちに煮干しやらジャーキーをもらいつつ――駅前から少しずれた脇道の奥にある猫神社を目指した。

 すると、猫神社の入口あたり、丁度、朱色の鳥居の前にある腰かけ石に、あのジイ様が座っているのを見つけた。同じところに居てくれたことに感謝しつつ、私は駆け足でジイ様に近づくと、猫の跳躍力を使い華麗にジャンプ。

 そして、ジイ様の右頬に猫パンチをくれてやった。


「な、なにするんじゃっ」


 ジイ様がそう言って、ちょっとよろけながら華麗に着地した私に文句を言った。が、文句を言いたいのはこっちの方だ!


「なにじゃねぇっ!! 」


 ジイ様に向き直って『シャーッッ!!』っと威嚇しながら、私はジイ様をギロリと睨み上げる。


「なんじゃ、どこの猫かと思えば、お前さん昨日のよい子じゃの」


 そう言って『ふぉっふぉっふぉっ』と、楽しそうに笑うジイ様に軽く殺意を覚える。


「そのよい子になんて仕打ちしてくれんのよっ! 人間に戻してよ!」


 しかも早急に! このままでは非常に困るのだ! だから今すぐに戻せ!!

 

「あー。そりゃ無理じゃ」


 ジイ様は長いあごひげを撫でながら、言葉通りの困ったような顔で空へと視線を投げる。


「いや、なんでよっ!?」


 もともとあの壺を寄こしたのはあんたでしょうがっ!


「うむ。あの壺の中に入っていた力は、願いを叶えてしまって空っぽじゃからな」


「いや、でも私はなんにも願ってないけどっ!」


「うむ。ワシの願いじゃな」


「なんでジイさんが願いをかけてんのよっ!! しかも使用済みを他人にあげるっておかしいからねっ! お礼にすらなってないからねっ!」


 ジイ様の足をタシタシと肉球でたたく私に、ジイ様はやはり楽しそうに笑いながら。


「いやはや、退屈過ぎてのう。つい」


「ついじゃねぇっ!! てか、他に戻る方法くらいあるでしょっ!」


「うむ。ないとは言わんが、どっちもおすすめせんのう」


「なに? もったいぶらずに教えて!」


「そう急くでない。一つは千年ほど時間がかかる、が安全な方法と、もう一つは人間をやめることになるが、今すぐに見た目だけは戻る方法じゃな。どっちがいいかの?」


「どっちも微妙っ!」


 思わず頭をかきむしりたくなったのは、まあ仕方ない。

 とにかくジイ様の説明を端折るとだ。願いの壺ってのは生物や無機物に関係なく、何かの幸福感――無機物にも幸福感ってあるんだな――をためる壺らしく、壺の中身が幸福で満たされると、一つだけ願いを叶えることが出来るようになるらしい。で、この幸福感をためるためには、壺の所有者が誰か、あるいは何かの幸せを感じさせる手伝いをしなくてはいけないらしく、つまり、今の壺の所有者は私なので、私が誰かの幸せを感じるお手伝いをしなくてはいけないと言うことらしい。

 そして今の私では、どれだけ頑張っても壺いっぱいの幸福感をためるのに、千年はかかるだろうってのがジイ様の見解のようだ。本当に大雑把に見積もってってことだから、それ以上に時間がかかる可能性もあるとかないとか……。

 そしてもう一つ方法だけど、人間をやめるってのは簡単に言うと、妖怪とか狛犬やお稲荷さんのようなものになるってことらしい。神様の使い的なあれ。

 そうすれば。変身することができるから、実際には見た目だけは戻るという……。

 根本的な解決になってなくないそれ?


「今さらだけど、なんか仙人みたいな見た目してるなーって思ったけど、ジイ様ってマジもんの仙人か何かなの?」


「ワシは猫神社の神様じゃよ」


「神様が暇つぶしの道楽で人を猫にすんじゃねぇっ!! 今すぐ戻してよっ!!」


 おまけの猫パンチをジイ様の左頬にもくれてやった。

 ていうか、神様ならすっげー不思議な力でパパッとなんかできそうなじゃんっ。

 私を人間に戻すとか、絶対に簡単に出来そうだって。


「じゃから、無理なもんは無理なんじゃ。神様にもるーるってのがあるんじゃよ。おいそれと力を使ってはいかんのじゃ。じゃからこそ、願いの壺を使ったんじゃもん」


「じゃもん、じゃないよっ! 人を巻き込むなよっ! 本当、どうしてくれんのよっ。学校とかバイトとか、こんな姿じゃ実家にも友達にも会えないじゃんっ! あーもうっ! これから蔵人くらうどだって家に来るのにっ!!」


「うむ。お前さんの身代わりを作ってやることはできるぞ?」


「なにそれっ。じゃあ私を戻してよ!」


「そりゃ無理じゃ」


「理不尽っ!!」


「まあ、時間はたっぷりあるからのう。どうするかはお前さんが決めるといいじゃろう。猫のまま猫又になるのを待つのもアリじゃぞ?」


「なんで時間かけて妖怪化を待たなきゃいけないのっ!? ほんっとうバカっ! 馬鹿神っ!」


「ふぉっふぉっふぉっ」


 ジジイがムカついたので往復猫パンチをお見舞いしてやった。爪を立てないだけ感謝してほしいわ。まったく。

 だが時間は迫っている。私の幼馴染の結城ゆうき 蔵人くらうどが家に来るまであと一時間くらいだろうか。時計がないからわからないが。


「あーもう! とにかく今は時間がないから身代わり、そっちを用意して! 用が済んだらまた来るからっ!」


「うむ。いいじゃろう。玉三郎」


 ジイ様がそう誰かを呼ぶと、ジイ様の後ろから金色の瞳をした真っ白な猫が現れた。しかも、私の目の錯覚じゃなければ、長く綺麗な尻尾が九本もある。


「はい? 呼びました?」


「うむ、かくかくしかじかってことで、お前さん美青ちゃんの代わりやって」


 説明にやる気がねぇよっ! なんて驚いてる私をよそに、玉三郎と呼ばれた白猫は、私に視線を向けてやれやれと言いたそうに首を左右に振って見せた。


「ああ、また人間の被害者が……」


「またって言った? また(・・)ってなに?」


 そのへん詳しく説明してもらいたい。是非。


「いい加減にしてくださいよクソジジイ。尻拭いさせられる私たちのこともちょっとは考えてください。ついでに被害者のことも」


「私はついでかっ! 一番に考えろよチクショー!」


「はいはい、一先ず美青さん? の代わりを務めればよいのですね?」


 白い美人猫に軽く流された。軽くへこみ。


「うむ、任せたぞ玉三郎」


「御意にございます」


 玉三郎は軽く頭を下げて見せると、その場で高く飛び上がると、くるりと空中で一回転して見せて、着地する瞬間には、人の姿に変わっていた。

 すっごい早業なんてものじゃない。じっと見ていたはずの私でも、いつ玉三郎が化けたのかが分からなかったのだ。スッゲーの一言に尽きる。


「こんなものですかね」


 玉三郎は私の声でつぶやくと、自分の手や足を確認していた。

 いや、本当にお見事だ。まるで鏡を見ているような気分にさせられるほどにそっくりである。


「では、美青さんの用事とやらを済ませましょうか」


 玉三郎はそう言うと、私の返事も聞かずに私を抱き上げて、早足で神社から離れていく。


「え? え? まだ何にも説明してないんだけどっ」


「ああ、やる気のない説明ではありますが、猫宮様のかくしかで大体伝わってますので大丈夫です」


「そうなんだ」


 てか、あのジイ様って『猫宮様』って言うんだ。




「それにしても、災難でしたね」


 私の家に着き――なぜ玉三郎が私の家を知っていたのかは謎――時間を確認してやっと落ち着くと、茶を飲みながら玉三郎がそう言って私に煮干しを差し出した。

 一応、煮干しは食うけども。どっから出したよ、煮干し。


「もう本当ね」


 煮干しうまいです。


「猫宮様は名のある方で、また面倒なことに強いお力を持つ神の一角でもあるのです。おかげで暇を持て余しておいでで、退屈に殺されるとのたまっては、こうして時々厄介ごとを起こすのです」


「迷惑極まりないなっ」


「本当に。ですがあのジジイに悪気はないのです。許せとは言いませんが、少々ジジイの道楽に付き合っていただけると、こちらも仕事がしやすくなり助かります」


「あれ? それって、面倒なジジイの介護をこっちに押し付けてるってことじゃ……」


「そうとも言います」


「おいっ!」


「まあまあ、神の道楽に付き合うのは悪いことではありませんよ? 死んだ後は天国行き確定ですし、神の使いとして生まれ変わることも可能です。かく言う私も、元は妖怪だったのですが、ジジイの道楽に付き合っていたら、今では立派な神の従者(一級ヘルパー)さんです」


 天国いけるんだ。って、そうじゃないからっ。


「死んだ後のことまでは知らないよ。とにかく今なの! 今しかできないことをしたいんだよ! 猫ちゃんになってる場合じゃないのよ! 可愛いけどっ!」


 ジジイとのお遊びなら別に付き合ってやらないこともないけど、動物に変身するってのはナシだろっ! 人間のままの方が出来ることの幅は猫ちゃんよりも多いはず!


「とは言え、どうにもなりませんけどね」


「もう本当にそれなっ!」


 悔しいので煮干しをぼりぼり。

 でも本当に困るんだよ。玉三郎に身代わりになってもらえば、人と会うことやバイトは問題ないかもしれないけど、学校のことが大問題。

 勉強だけは他人にやってもらっても意味がない。だって、自分じゃないから身につかないでしょ!


「どうするかは決めなければいけませんが、当面は身代わりを立てて、猫宮様のところで生活するしかないでしょうね」


「やっぱ、そうなっちゃうよねぇ」


 煮干しをぼりぼりしつつしょげる私に、玉三郎が小さく笑った。


「でもまあ、猫の暮らしも悪くないですよ」


 そう言って玉三郎がお茶をすすると、玄関からチャイムの音が響いた。

 きっと蔵人のやつが来たに違いない。

 玉三郎は湯呑をテーブルに置くと、その場に立ち上がり玄関へと向かう。その途中、一度だけ玉三郎はこちらに振り返ると。


「私から一つアドバイスですが、何事も楽しんだモノ勝ちですよ」


 そう言って私に背を向けると、玄関のドアを開けていた。

 遠くで『私』と蔵人が話しているのが聞こえる。

 まあ、玉三郎の言うことも一理あると思えた。だって、猫になる経験なんてそう簡単にはできない。てか、普通に生きていれば絶対に出来ない経験だ。

 これほどまでに煮干しを美味しく思ったことはないし、高い塀も怖くな。

 あれ、猫ってわりとよくない? 人間には戻りたいと思うけど、今すぐどうこう出来ないなら、一先ず猫であることを楽しんでもいいじゃない。

 そう思ったら、なんか気分はすこぶるではないまでも、わりと軽くなっていた。

 うん、細かいことは気にしない方向で。






 おわり

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