氷室邸に喰われし
今や主人が不在となった為、朽ちるに任せて荒れ果てた邸宅が、比婆市北部の山間部にある。
その昔は氷室斗真という資産家が、異国の婦人と共に暮らしていたようだが、夫婦共々、謎の失踪を果たしてからは廃れるばかりの廃屋と化してしまった。
氷室斗真にもその妻にも親族は居なかったようで、邸宅も邸宅に遺されている財産も手付かずのままだ。一度、市の不動産業者と質屋が邸宅を訪れた事があるが、その者達の悉くが狂気に陥り精神科病棟に収容された。
時たま地元の不良が肝試しに訪れては、言い様も無い脅威に襲われ逃げ出す始末。そう言った噂が真しやかに囁かれるようになってからは、誰一人として立ち入ろうとする者は居なくなった。
遥か東京の某雑誌社に勤める私が、上司の等々力信一郎と共に氷室邸を訪れたのは、夏の怪奇特集に向けての取材の為だった。
何故、私が選ばれたかについては、私が比婆市の隣市である拘神市の出身であり、氷室邸の怪異について、その陰鬱な噂を耳にしながら育った身であったからだった。
等々力もまた比婆市の出身だったらしく、氷室邸には少なからず因縁があるらしい。私とは違って、自ら取材する意を編集長に申し出たと聞いている。
氷室邸は私が拘神市に居た頃にはまだ居住者があったが、怪奇現象が多く何かと不穏な噂の尽きない忌み嫌われた邸宅だった。
夜遅くに邸宅の近くを通り掛かった若者が、邸内から不気味なフルートの音と陰鬱な太鼓の音色を耳にしており、妖しく揺れる火の玉を目撃したと証言するドライバーも居た。
家具店の従業員は、たった二人しか暮らしていないというのに、全ての部屋に家具を揃えるよう注文されたと不思議がってもいた。
最たるものでは、氷室邸に居候する予定となっていた女子高生が、邸宅に入った後に行方不明となった話は、私の学生時代に流行った都市伝説だ。
他にも、水の出ない噴水に黒い汚泥が溜まっているとか、邸内に怪物が監禁されているとか、超科学的な噂は挙げれば切りがない。
しかし、どれも噂の域から出ない事から、私は何一つ信じていなかった。等々力の運転する車の中で聞かされた、あの奇妙な事実を耳にするまでは。
等々力信一郎は、若い頃に氷室邸へ招かれた事があった。
その頃、等々力は地元の不良とつるんでおり、仲間の一人が氷室邸に飾られる品々が高級品ばかりだという話をした事が、全ての切っ掛けだった。
この時、県立拘神産業高校の土木科に通ったいた等々力は、同高校の化学科に氷室邸の若き主、氷室斗真が居ることは知っていたし、その背格好や性格も知るところにあった。
よって、氷室斗真を脅す役割は等々力と悪友二人が受け持つこととなった。
氷室斗真は簡単に折れた。
予想通り、氷室斗真は臆病で荒事を嫌う性格であり、少し暴力に訴え掛ければ、直ぐに大人しくなった。
この時、等々力達は氷室邸に行くことを考えてはいなかった。ただ氷室斗真を脅し、金蔓に出来れば良しと、それだけを目的としていた。
状況が変わったのは、氷室邸の若き主が持ち掛けた作戦だった。
その作戦とは、予め纏まった金額を支払うという内容だった。
それにより等々力達との接触を極力避け、教師に脅され金を巻き上げられている事を悟らせないようにするのだった。どうやら氷室斗真にも、教師に注目される事を怖れる理由があったようだ。
その作戦には誰もが納得した素振りを見せた。実際に作戦通り動くつもりの者など、誰も居なかったという事は言うまでも無い。
皆の共通意見としては、纏まった金を手に入れてからも、定期的に脅して有り金を巻き上げようという姑息な考えだった。
今に思えば、氷室斗真には授業もまともに受けた事の無い不良の下卑た考えなど、お見通しだったのだろう。
その日の内に、等々力は仲間も含めて全員を氷室邸に招集するよう指示され、言われた通りに行動した。
集められた仲間は全部で十人だった。
全員が軽犯罪の前科を持つ鼻摘み者で、楽して金が稼げると聞かされるや、意気揚々として氷室斗真の陰鬱な噂が付きまとう洋館に集まった。
「一人、十万でどうですか? それが限界なのですが……」
氷室邸の門前で、若き資産家は法外な額を提示した。
一人当たり十万円とすると、十人で百万になる。文句は無いが、皆一様に愕然とした。
そんな金額を十代後半の自分達とそう歳の変わらぬ高校生が簡単に動かせるなんて、持つ者と持たざる者をこうも分け隔てるのかと恨みもした。そして、その持つ者をこれから金蔓に出来ることを喜びもした。
全員が満足げに頷く事を確認した氷室斗真は、門を開き陰鬱と佇む洋館の中へ、客人をもてなす丁寧な仕草で誘った。
この時、氷室斗真の笑顔の意味と、値踏みするような眼差しに気付く者は誰一人として居なかった。気付いていたとしても、十万円という餌に誘惑されていた雑魚である等々力達は、全く気に止めなかっただろう。
洋館の中は整然としていて、廊下には装飾品も調度品も、一つとして置かれていなかった。ただ壁に並ぶ木製の扉には、何かよく分からない装飾が施されていた。
その事は特に気にする事なく、氷室斗真に案内されるまま邸内を歩む十人は、やがて広々とした客間に通された。
客間の中心には、素人目にも高級と分かるソファーとテーブルが置かれていて、壁際には悪魔のようなブロンズ像や地獄絵図のような絵画が掛けられていた。その悪趣味な部屋模様に、どうしようもない嫌悪を抱いた。
「ここでお待ち下さい。大金を用意しますので、少し時間が掛かります。――使用人に何か飲み物を持ってこさせますね」
氷室斗真は客間を立ち去ると、暫くして一人のメイドが十人分のグラスを持って現れた。
そのメイドに、その場に居た十人全員が虜になった。
メイドはまだ年若い十代後半程の少女で、目鼻立ちの凛々しい様や肌が褐色な事から外国人だと分かった。黒髪を肩口で切り揃え黄金の瞳の鋭い眼光、メイド服越しにも分かるグラマラスな体つきは、思春期の悪ガキを発情させるのに十分過ぎた。
グラスをテーブルに並べるメイドを、仲間の一人が乱暴に抱き寄せて口説き始めた。それは口説くというより脅しで、主人を痛め付けられたく無ければ自分達に奉仕しろ、という内容だった。
しかしメイドは、気丈にも拘束の手を振りほどくと、愁いを帯びた黄金の瞳を全員に向け、ある警告を言い放った。
「貴方がたには同情を禁じ得ません。どうかご自分の命を重んじるならば、そのグラスの中身を飲み干す前に、この邸宅から立ち去りなさい」
この警告は、聞きようによっては挑発に取れた。そしてその場の全員が、挑発と受け取ったのは単に学の無さと無謀さからだった。
その時、メイドの言う通り氷室邸を立ち去ってさえいれば、後の悲劇は防げた筈だったが、女にナメられたまま引き下がれないという意地と、十万円という一攫千金のチャンスを逃すまいとするハイエナ染みた腐った根性から、立ち去る者は誰一人として居なかった。
その様子を溜め息混じりに認めたメイドは、黄金の眼光を言い様もなく刺々しく尖らしながら、最後に恨み言を置いて客間を出ていった。
「真に愚かしいですね? それほどご自分の命を蔑ろにすると言うのならば、良いでしょう。斗真様の準備が済むまで、まだ暫く時間があります。そちらのアイスティーでも飲んで、ゆっくり“お休み”になられて下さい。いずれ、お呼びする事になるでしょう。――――それから、私を美味しく戴いて良いのは、世界広しと言えど斗真様ただ一人にございます。気安く触れないで下さいませ」
最後は妖艶な微笑を浮かべ、メイドは音もなく立ち去った。
残された等々力達は、急激な喉の渇きを覚えた。あのメイドの猫のような鋭い眼光に当てられた事で、知らず知らず緊張していたようだった。
十人は誰とも無しにテーブルに並べられたグラスを手に取って、中の赤茶けた透明な液体を飲み干したのだった。
紅茶の種類など、ろくな教育も受けていない不良に分かる筈もないが、そのグラスに注がれていた液体の異様な風味は、その後の人生では忘れようも無かった。
美味い、という印象と共に鼻に抜ける香りの良さ。その裏側に隠された酸味は、恐らく檸檬のようだった。上質な客間にそぐわう上質な茶葉と淹れ手、それらに似合わぬ下品な飲み手には、勿体無い逸品だった。
その後の記憶は曖昧で、誰しもぼんやりと氷室斗真を待ちわびていた。
そして気が付けば、客間の窓から見える景色が漆黒の闇へと様変わりしていたのだった。
等々力は慌てて腕時計を見て、愕然とした。驚く事に等々力達は、夜中の零時になるまでの間、この客間にて呆けていたのだ。
動揺は全員の間に走った。
誰も自分の身に起こった不可思議な現象に、理解が及んでいなかった。
動揺走る空気を引き裂いたのは、一本の電話だった。
いつの間に置かれたのか、テーブルの上にあった古めかしい黒電話がジリジリと喧しく音を掻き鳴らしていた。
誰もが一瞬、黒電話から一歩身を退いたが、仲間の一人が恐る恐る受話器を取った。受話口に耳を押し当てると、途端に表情を緩め了承の意思を送話口に吹き込んだ。
受話器を置くと、相手は氷室斗真からだと言った。何でも、金の準備が出来たらしく、取りに来るよう催促する電話だったようだ。
こんな時間まで呆然としていた事や、それを指摘する様子もない氷室斗真に疑念はあったが、取り敢えず金だけは貰って帰ろうという話になった。
客間から順に出ていく仲間達だが、等々力だけは座り心地の良いソファーに座ったまま動こうとしなかった。意識が戻ってから、まるで二日酔いでもしたかのようにどうにも気分が優れず、暫くは動くことを体が拒んでいたからだった。
自分の取り分を代わりに受け取るよう頼み、猫ババするなよと冗談めかして仲間を送り出すと、等々力は脱力感に襲われ体をソファーに沈めた。
それから二分も経たない内に、不意に何処からか狂ったようなフルートの音色と陰鬱な太鼓のリズムが耳に入って来た。
それはどうやら廊下から聞こえていて、何人もの奏者が隊列を組んで屋敷の中を闊歩しているようだった。悪趣味な音楽に嫌悪感を抱いたが、これといって気に止めなかったのは、今になって思うと異常としか言い様が無い。
悲劇が始まったのは、次の瞬間だった。
廊下から聞こえる悪夢のような演奏の合間に、仲間のものであろう悲鳴が轟いた。
等々力は驚きドアに視線を向け、二人目の悲鳴が聞こえた事でようやくソファーから立ち上がった。
それを境に、何人もの悲鳴が邸内を走り、それに合わせるように悪夢めいた演奏が盛り上がりをみせていく。
等々力は何が起こっているのか、廊下に出て確かめる勇気を持てずにいた。ただその場で突っ立ったまま、仲間達の悲鳴と悪趣味な演奏との協奏曲を耳にするばかりだった。
全身に冷たい汗を流し、足をすくませ、今にも泣き出し失禁しそうな様は、普段は強気で粋がっている不良からは考えられない怯えようだった。
複数人でつるんでしか悪さを出来ない人間は、真の恐怖が襲った時ほど小心者なのかも知れない。つまり、頭脳レベルが子供だったのだ。
怯える等々力に追い討ちをかけたのは、テーブルの上に置かれたままの黒電話だった。それが何の前触れも無く、また鳴り響いたのだ。
ジリジリ、ジリジリと何度もコールが続き、それが廊下の悲鳴と演奏を更に盛り上げているようで、等々力は受話器を取る事を恐れた。
ふと、可笑しな事に気が付いた。今まで、何故そんなことにも気付かなかったのか、今でも不思議でならない。
テーブルに置かれた黒電話は、何処にも電話線が繋がっていなかったのだ。
いや、それ以前に線という物が存在していなかった。
では、この電話はどうやって繋がっているのか。そして掛けてきているのは、一体誰なのか。
等々力の中で疑問が渦巻き、そして聴覚を刺激する地獄のようなメロディーとが相乗効果を生み出し、一種の恐慌状態に陥った。
それが原因か、それとも音の一つを消したい一心だったのか、遂に等々力は受話器を掴み上げてしまった。受話口を耳に当てた事を後悔したことは、言うまで無い。
「奴等は我等の儀式に良い花を咲かせてくれた。自分の体の皮を剥がれ、肉を削ぎ落とされ、骨を砕かれる様を特等席で見た奴等は、我等の饗宴を見事に彩らせたぞ」
その声が何者のものだったのか、男だったのか女だったのかすら覚えていない。ただやけにくぐもって粘性のある声で、まるで地獄の底から囁きかけているような陰鬱さと狂気を感じた事は鮮明に覚えている。
声は過呼吸となる等々力を嘲笑うかのように、言葉を紡いだ。
「されどまだ足りぬ。我等が宴は、まだ始まったばかりぞ。さぁ、次は貴様の番だ。この世のものとは思えぬ苦しみと恐怖を与えてやろう」
声は高らかに笑った。
気付けば廊下で響いていた悲鳴はすっかり収まっており、悪夢のようなメロディーだけが鮮明に聞こえていた。
そしてその地獄の音楽隊は、確実にこの客間に近付いていた。
等々力は遂に泣き出した。未知の恐怖に失禁までしてしまったが、そんなことを気にする余裕は無かった。
そんな中、耳に当てていたままの受話器から聞こえる声が、等々力に残っていた僅かな理性を粉々に打ち砕いた。
「光栄に思うが良い。我等が饗宴の花となれる事を。我等の慰みものとなれる事を、冥土の土産として持って行くが良い。安心せい、地獄のような苦しみを味わうだろうが、最後には楽に死ねるだろう」
ガチャリ、ドアノブが捻られる音を聞いたのは、果たして聴覚だったのだろうか。
次の瞬間、等々力は理性も何もかもを投げ捨てて、客間の窓ガラスに体当たりを掛けていた。唯一助かる道は、そこしか無かったと本能的に分かっていたのだろう。
ガラスは脆くは無かったが一撃で割れ、体中にガラスの破片を突き刺しながら地面に飛び出した。
束の間、手入れされた芝生の上で倒れ込んだ等々力だったが、それでも意識を失うことをしなかった。それは最早、奇跡としか言い様が無い。等々力は朦朧とする意識の中、まるで蛆虫にでもなったかのような情けなさと滑稽さで、氷室邸の前門まで這って進んだ。
それから先の記憶は無い。
気が付いた時には、比婆市の市民病院で手厚く手当てを施され、ベッドに寝かされていた。
ベッドの近くには母親が居て、泣きながら事の顛末を語ってくれた。
どうやら等々力は、比婆市北部の山中で、全身に酷い傷を負った状態で、偶然にも山歩きをしていた地元民に発見され、直ぐ様、病院に運ばれたそうだ。後、数分遅ければ、出血多量で命は無かったという。
その怪我というのが、まるで窓ガラスに突っ込んだように全身にガラス片が突き刺さっていて、大手術が行われたのだと母親が泣きながら訴えた。
あの辺りで窓ガラスがあるのは氷室邸の他に無く、また氷室邸に向かうことは予め友人達に吹聴していた事から、警察官が数名、氷室斗真のもとに聴取を取りに赴いたそうだ。
氷室邸の若き主は、屋敷の外から警官に窓ガラスを全て見せたがどれ一つとして割れておらず、また招き入れた客はきちんと帰したとも供述した。
この事に、後に聴取を受ける事となった等々力は何も言わなかった。
あの呪われた邸宅で起こった出来事も、聞いた声も、何一つとして口にしなかった。
それは氷室斗真に対しての恐怖心からというのもあったが、等々力自身どう説明して良いものか分からなかったからだった。説明できたところで、信じて貰えるとも思えなかった。
結局、氷室邸での奇怪な饗宴は等々力の内に留められ、事件は不良の悪ふざけとして片付けられた。
それから等々力の元に、氷室邸に足を踏み入れた仲間は誰一人として現れなかった。話を聞くには、皆それぞれ違った理由で消息を断った事になっていたが、等々力だけは真実を知っていた。
あの時、客間を出た仲間達は、あの地獄の饗宴の餌食となったのだ。恐らくは肉片の一つ、骨の一欠片、髪の毛の一本、血の一滴も発見される事は無いだろう。
完全にこの世界から消え去り、二度と姿を現す事は無い。
そして氷室斗真だが、残りの高校生活において、一度も顔を会わせなかった。
登校していたようだが、何故か会うことは無かったし、等々力としても会う気にはなれなかった。
私は等々力の話を、どう理解すれば良いのか分からなかった。
まるで安物のホラー小説のような展開と結末とは裏腹に、上司の顔は真剣そのもので、その当時に負った怪我の痕も見せてくれた。それは生々しく、一生消えない痕だと言っていた。
「一体、何が起こったのだと思いますか?」
再度、等々力に問い掛けた私に、彼は力無げに首を振り推論を述べた。
「きっと氷室斗真は、隠し通す為に俺達を奴等の生け贄に捧げたんだ。あの邸宅の中で饗宴を開く、忌まわしい奴等が世間にバレてしまえば、忽ち邸宅は取り壊されちまう。それどころか、自分が抹殺されかねない。そんな秘密が隠された邸宅に、そしてそんな邸宅に住む自分自身に、人が寄り付く可能性を潰す必要があったんだろう」
「けど、口封じの方法は他にあったのでは? それこそ、その音楽隊を見せて怯えさせるとか。そもそも、邸宅に招く必要は無かったのでは?」
「邸宅に招いたのは、俺達が簡単には引き下がらないと理解した上での判断だろうな。口止めにしても、死人に口無し、って諺があるだろ? 文字通り、死んだ人間は何も喋らないし、何も喋れないって意味だ」
等々力は溜め息を吐いて、氷室斗真という若き資産家がどれほど狡猾かを語った。
「俺達のような不良は、いつの時代も信頼が薄いんだよ。奴等を目の当たりにして金を払って口止めしたところで、早い段階でボロが出ると踏んでいたんだろう。もしかすると恐怖のあまり、可笑しくなる奴もいたかも知れない。とにかく、生きている限りは、声が出る限りは口を封じておくのはリスクが高過ぎたんだ」
「けど、等々力さんは助かったのは何故ですか? 実際に見ていないとは言え、何が行われているのか知ってしまったわけですし、真っ先に口封じされそうですけど?」
「その必要が無かったんだろうな。氷室斗真にとっては、生還者が出ることは予想外だったろうけど、たった一人の証言が脅威となるとは思わなかったのさ。実際、邸内には何の証拠も無かったわけだし、軽犯罪ばっかやってた連中とつるんでいた不良の言うことなんざ、誰もまともに取り合わないと踏んだんだろう。俺もそう思ったし、仮に俺がまともな奴だったとしても、こんなことは説明したところで誰も信じちゃくれないことは分かってたから何も言わなかった。奴はそこまで考えていたんだろうな」
確かに、こんな非現実的な話しは誰も信じないだろう。
私でさえ、当事者に直接聞いているにも関わらず半信半疑の状況だ。
「等々力さんは、そんな思いをした場所にどうして戻ろうなんて思ったんですか? 聞いた話では、自ら志願されたとか」
「この目で見てみたかったんだ。今、氷室邸がどうなっているのか、氷室斗真が本当に行方不明となったのかを。それでようやく、俺は安心して眠れる気がするんだ」
等々力は感情の読めぬ瞳をフロントガラスに向けながら、決意するように答えた。
車はもうすぐ拘神市に入ろうとしていた。