一年生夏
夏の大会は県のベスト8で終わった。
この年は県大会に出る事で文化祭に参加する事ができなかった。
ここで気付いたのが、唯は実力が拮抗するようなゲームでは笑わない。
流石に空気を読むのだろうか。
そういえば唯は競争心と自己主張が少ない人に思う。
練習の時も個人技能力が相当あるはずだがあまり拘らない。
恐らくレギュラーから外れてもユニフォームを着られなくても彼女は笑っているのではないだろうか。
考えてみると二人三脚の時も頑張っていたが笑顔を見せてはいなかった。
あの時彼女は心底一位でゴールしたかったのだろう。
この頃から私はスコアと練習日記をつけるようになる。
見ているだけだと分からない意外な数字が出てきて楽しいものだった。
日記をつけようと皆の練習を見ていると、個人の成長や体調などが随分把握できるようになってきた。
これの使い道はまだ分からないが、マネージャー業に役立たないだろうか。
夏休み中彼女は私の家に泊まりに来た事がある。
実は何度か断ったのだが結局素敵な笑顔と強引さに負けた。
断ったのには理由がある。
私の家の前に少し広い公園があるため、夏休みは早朝から小学生がラジオ体操を始めるのだ。
前日夜遅くまで語り合って早朝にラジオ体操となると、泊まりにきたお客さんに申し訳なく、実際姉の友人も夏は泊まりに来ない。
更に我が家はクーラーをリビング以外につけていないため、いつも窓が全開なのもその問題を致命的なものにしている。
しかし唯は違った。
泊まりに来たが夜の10時には熟睡し、翌日ラジオ体操が始まるとむくりと起き上ってそのまま外へ出ていった。
何事かと窓から外を見ると、公園の前列の方に小学生、後ろの方におじいちゃんやおばあちゃんや父兄、その中に混じって唯がいた。
彼女は寝間着に持ってきたTシャツと短パンとモジャモジャ頭の姿で笑顔でラジオ体操をしていた。
「唯すげえ。」
思わず声が出た。
私の家に泊まりに来た夜の会話はバスケと澤村君と横山の話がメインだった。
ここで初めて知ったのだが、彼女はどうやら利き腕というものが無いようだ。
正確には本当は左利きだが、昔ハサミの使用に苦労をしてから学校では常時右を使用する事にしているらしい。
だから彼女のプレーに左右の偏りを感じないのだろうか。
その後唯がポイントガードをやってみたいと言ったのだが、私は思わず眉を顰めてしまった。
そして相変わらず澤村君の事になると顔を赤らめる。
素敵な笑顔の種類も柔らかさを帯びたものになり、その時は不思議女子ではなく素敵な色白美人になる。
私も横山の話を唯にした。
中学の頃は彼を好きな女子が多く、すぐに噂が出回るので誰にも話した事が無かった。
彼を思い出しながら友達に話すのは照れくさいものだった。
唯もこうやっていつも顔を赤らめるのだろう。唯は優しい顔で私の話を聞いていた。
足も大分良くなった事だし、夏休みがあけたら電車通学にしてみよう。
おまけになるが唯の家にも泊まりに行った事がある。
驚いた事に凄い豪邸だった。
家は白い塀に囲まれ、正面には大きな門がある純和風の家で、池には鯉が泳いでいた。
恐る恐る彼女の部屋に入ると普通の女の子の部屋でかなり安心した。
彼女にもお姉さんがいて、家族は皆常識的な人達だ。
唯が非常識という訳では無いし、彼女のそういう部分も好きなのだが、少しずれている所があるのは間違いない。
二学期が始まるとバスケ部は冬の大会に向かう。
当時はインターハイほどメジャーな大会では無かったが、どの大会も全力なのが我が部のモットーだ。
三年生が引退して新体制になったのだが、二年生には申し訳ないが私達の世代が最上級生になると良い成績を残すのではないかと感じた。
一年生の方が多くユニフォームを着る事になり、それだけ上手い人が多かったのだ。
かと言って結果を一年目で出せる程高校バスケも甘くはない。
出来れば二年生にも素敵な花道を作りたいし皆も勝ちたいだろう。
現状で私に何か出来る事はないのだろうか。
機敏に動く事のできない足が恨めしかった。
私はまた電車で通学を始めた。
久しぶりに見た横山は髪がのびていた。
「坊主やめたの?」
「野球部やめたからね。」
私は驚いた。
あれ程野球が大好きだった横山が野球を辞めるなどとは思いもしなかった。
何事にも注意力散漫な彼だったが、野球の練習では違う。
部活動が休みの日も学校のグラウンドで友達数人と笑顔でキャッチボールをしている姿をよく見かけた。
そして私は素人だが横山が上手いのを分かっているつもりだ。
中学の時全校応援で彼がプレーをする姿を見て私は彼を好きになったのだ。
彼のショートは素人から見てもセンスを感じ、バッターボックスに入ると必ず期待に応えてくれる。
普段やんちゃな彼すらも愛しく感じたのは、その姿を見てからだった。
「先輩と喧嘩したんだよ。」
苦笑いをしながらそう教えてくれた。
横山はやんちゃで彼もまた「今を生きる」人だ。
もしかすると合わない先輩もいるかもしれない。
しかし。
私はコルセットをつけている自分の足首を見て少し悲しくなってしまった。