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マネージャー  作者: 夕顔
22/34

準決勝

 今年の高校総体の県大会会場は地元だ。


 例年なら会場の地域に泊まり込んで大会に臨むのだが、地元開催となるとその辺りが楽になる。

 

 心身ともに充実している私達はくじ運も手伝って特に苦労をする事なく四本に入る事ができた。




 問題はここからだ。

 大会はトーナメント方式のため一発勝負。

 インターハイ出場を決めるには前年の選抜本戦出場を果たした因縁のあるこの高校に勝たなければならない。

 これに勝つ事ができると恐らく春の大会の本戦出場切符をとった高校と当たる。




 予想はしていたが、いざゲームがはじまるとこれまでのゲームと違い息の上がりが早い。

 

 今まで勝つ事ができずにいた相手チームの強さとプレッシャーと、皆のこれまでの思いが全てこのゲームに乗っている。

 気合は十分なのだが、監督や唯の声がちゃんと皆の耳に届いているのだろうかと不安を覚えるような雰囲気だ。


 「落ち着いて一本ずつとっていこう。」


 浮足立ってはいないように見えるが大丈夫だろうか。

 心配で仕方がない。




 そして私は情けない事にこんな肝心な時に声が出ない。

 緊張と苦しさが押し寄せてくる事で、度々呼吸すら忘れてしまう。


 手は汗びっしょりに拳を固めて皆の動きを目で追う。




 内容は今までで一番良い。

 良い勝負をしている。

 

 得点をリードする事は無いが、離される事なく食らいついている。



 だが息の上がりが早かったからか、徐々に皆の腰があがってきた。

 ゲームも後半になってくると太ももが震えて苦しそうに顔を歪める選手も出てきた。




 苦しいのは相手も同じように見えるのでできる事なら踏ん張って欲しい。


 ベストメンバーで挑んでいるのだ。

 少しでも許したら付け込まれてしまう。




 私は皆の背中を祈るような思いで応援した。


 「頑張れ。頑張れ。」


 ベンチの皆も声を張りあげて応援している。 





 しかし試合終了時間が近付いてきてもいまだ逆転できない。


 二点差まで詰めているのだがどうしてもリードする事ができない。


 皆もう限界だ。足はもとより、手を上げる事すら辛いのではないだろうか。 

 





 そんな相手も味方も限界に近い中、ルーズボールに食らいつこうとした唯が相手チームの選手と嫌な接触をした。

 お互い気持だけで追ったのだろう。二人ともボールを追いかけながらバランスを崩してし倒れこんだ。


 転び方から見て左手をやったはずだ。




 唯が起き上がらない。




 審判がゲームをとめた。


 唯が倒れた瞬間反射的に手にしていた応急セットを持って立ち上がったその時




 唯が身体を起こし膝をついて、今まで見た事の無い表情でこちらに「来るな」というジェスチャーをした。


 彼女の目は相手ゴールを睨み付け、そこから動かない。


 そして立ち上がるとその表情のまま態勢を低くし、叫びながら右手でフロアを三回叩いた。




 コートもベンチもそれを見て声にならない声をあげた。




 そしていつも物静かな副主将が大きな声で

 「とるよ!」

 と指を一本立てた。


 それを見てコートの選手はさらに声をあげた。 




 私はこの時点で泣いてしまった。




 ゲームが再開した。

 

 一度追いついたがまたすぐに二点差になる。

 

 しかも唯は絶対に手首を痛めているはずだ。

 頑張ってはいるが激痛を感じているはずだ。

 あの転び方だと骨折していてもおかしくない。

 でも唯の目は死んでない。

 

 これまでと同じように執拗にゴールを攻めていく。


 得点率の高い唯のチェックはより一層厳しいものとなる。




 そして

 

 終了間際


 二点リードされたままのラストチャンス


 フォワードの唯がゴールを睨む。


 そのまま強いドリブルでゴールへ向かう。


 相手チームの選手を引きつけゴール一点を睨み続けたまま切り込むように見えた瞬間






 唯の手から出た力強い渾身のパスは導かれるようにいつもとは違う位置にいるガードの副主将の手に届き、それが彼女の手から早いモーションで放たれると綺麗なアーチを描いてゴールに吸い込まれた。

 

 


 これが得意分野となかなか認められずに最後まで苦労した彼女が初めて接戦の中放った3ポイントシュートは、今まで見たことが無い程の美しさだった。






 その直後に試合が終了する合図が聞こえた。




 私達の勝利だ。




 


 皆は歓声をあげて泣きながら抱き合った。

 ずっと勝てなかった強豪校に初めて勝ったのだ。

 そしてあと一つでインターハイ本戦に出場できるのだ。


 相手チームも崩れて泣いた。

 


 しかし唯は左手を支えながら怖い顔で上を見ている。


 最後に相手チームのマネージャーが泣き笑いしながら


 「ありがとうございました。凄く強くなりましたね。

  私達の分も頑張って下さい。」


 と声をかけてくれた。




 唯は無言で左手首をおさえながら深くお辞儀をするとその姿勢のまま暫く動かなかった。

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