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マネージャー  作者: 夕顔
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一年生冬

 「唯ゴリラは無いよ。」


 しかし彼女は全く気にしていない。


 彼女はサルが好きなのだ。

 澤村君を好きになったきっかけがサルに似てるからという程に好きなのだ。

 だからそんな彼女にとって「ゴリラ」は最上級の褒め言葉でもあった。


 しかし、普通の感覚を持ち合わせている男子がいきなりそう呼ばれて喜ぶだろうか。

 私がその事を訴えると


 「そんな事で落ち込むわけないじゃん!」


 と言って彼女は笑った。

 普段は澤村君の事になるとあれほどいつも不安気でしおらしいのに、時々とんでもないところで強気になる。

 

 ここでポジティブになるのか。

 彼女の中のサルは私が思っている以上に偉大なのだろうか。




 それ以来唯は澤村君を「ゴリラ」と呼びながら話しかけるようになった。

 澤村君は物静かでいつも表情をあまり変えずに淡々と対応している。

 半ば呆れているように私には見えたため、少し苦い感情でその様子をいつも見ていた。






 しかし驚いた事に、暫くして唯は澤村君と付き合い始めた。

 しかも澤村君から告白した。


 あまり使われない西階段の踊り場でその出来事は起こった。


 呼び出されて共に西階段へ移動する唯の後ろ姿を見て、「まさか」と思いつつ、どうかそうであって欲しいと私は神様に祈りながら見送った。

 心配で仕方のない私は教室には入らず廊下で彼女が帰ってくるのを待った。


 


 暫く時が過ぎると唯は泣き笑いをしながら勢いよく走って私のところに来た。

 色白な彼女は首まで真っ赤にして目には涙をいっぱいためていた。


 すっかり彼女の個別マネージャーになっていた私は、彼女の努力が報われた事を心から嬉しく思い、笑いながらうっかり少し涙が出てしまった。

 「しまった」と思った時にはもう遅く、それを見た彼女は大泣きしてしまった。




 そうだ。

 唯は元々色白美人なのだ。

 私は彼女の不思議な部分を良く知っているが、敏腕マネージャーがすかさずフォローをしているので気付いている人は少ないだろう。

 精々、サバサバ系で曲がった事が大嫌いな怪力美人というところだろうか。

 

 つまりあの素敵な笑顔で頻繁に話しかけられるのは私と澤村君だけなのだ。


 そりゃあ澤村君も落ちちゃうかな。


 幸せそうに血色良く澤村君の事を話す彼女を見ていると、まるで自分の恋が成就したような錯覚さえ感じる。

 ずっと仲良く過ごせますように。




 と思ってから今度はこの二人の交際が果たしてうまくいくのかについて心配になった。

 彼女の不思議を澤村君は受け止めきれるだろうか。


 私はまだまだ彼女のマネージャーとして頑張る必要がありそうだ。






 冬の大会の結果は地区予選で終わってしまった。


 早々に本戦出場を決めた優勝校とあたってしまったのだ。

 相手チームは平均身長がうちよりかなり高く、それでいて実力も伴うため思うようにゲームをさせてもらえなかった。

 しかし皆の会話は「どうにかして勝ちたい」というものだった。

 

 それからは練習の熱が変わり、皆は年中半袖のTシャツで練習をするようになる。 

 決して強制ではない。

 雪が降るような気温の中でも長袖ではすぐに汗だくになってしまうため、早々に脱いでしまうのだ。


 この頃から私は応急処置について調べるようになる。

 練習に熱が入ると怪我の危険が伴う。

 まして冬になり体育館の気温が0度前後になると、どうしてもエンジンがかかるまで皆体が硬い。

 私が中学の時に酷い捻挫をしたのも冬だった。


 こんなに頑張っている皆が自分と同じように怪我でバスケができずに泣く姿は見たくない。


 だから異変を見せた部員がいると足を引きずりながら走った。

 唯や部員達は心配しながら無理をしないで欲しいとよく言っていた。

 私も「やり過ぎはよくない」とニキビで学んだはずなのだが、気付くとマネージャーとして「倒れるなら前のめり」の精神で動きまわった。






 この地方は冬にはたくさんの雪が積もる。

 そうなるとどの高校の生徒も自転車が使えなくなるため、バスも電車も利用者がかなり増える。


 横山は相変わらず野球部に戻らない。


 彼は段々悪そうな見た目になっていき、制服からはいつもタバコの臭いがしている。

 恐らく巷ではかっこいいと言われるような雰囲気なのかもしれないが、彼を中学から知る私には違和感しか感じなかった。


 私と話す時の横山の表情は変わらないのだが、遠くから見るとまるで別人で、段々変わっていく彼を見ているのはなんだか切なかった。

 彼の中にはもう野球は無いのだろうか。




 この頃はカップルが増え、うちのクラスにも数組できあがった。

 澤村君と唯のカップルと、外崎と幸のカップルもそうだ。


 外崎と幸はお似合いのカップルで、私達はよく帰りの電車が一緒になった。

 邪魔しては悪いなと思い離れたりしていたのだが、二人はよく私の所へ来てくれて三人でお喋りをした。




 ある日の電車で横山が少し離れたところから私を見つけ、挨拶変わりに手を挙げ、私もそれに手を挙げ返している姿を見た外崎が


 「あれ○○高の横山じゃね。

  マジで野球部辞めたのか。」


 と言った。

 

 外崎の話だと、私が思う以上に横山は野球が上手かったようだ。

 小学生の頃から度々試合で顔を合わせ、上手くて目立つ選手だったから覚えていると話していた。


 私は凄く嬉しかったが、同時に凄く寂しくなった。


 「でも俺の予想だとまた野球やると思うけどなあ。」




 私もそうあって欲しいと思う。

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