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十五話目 棺の部屋

鈍色の空は重々しく、まるでこの城の上に分厚いブランケットでも掛けたようだ。

屋根に登れれば触れるんじゃないかと思うほど、雲は濃かった。

こんな日は気分が沈む。

それは上向だけではなくて、教室に引きこもっている全員が同じように気力を失っていた。


太陽の恩恵云々の話を聞いた身としては、太陽をあがめられない日は活動が鈍るというもの。

神部に至っては、パソコンの画面に覆い被さるようにして太陽の紋を全身で感じている。


陽幸を外に発するコツを掴めば、体の中に溜まる陽幸を変身時よりも早く人間に戻れるようだと、神部の様子から雁瀬先生が分析した。

上向も蓮村も早く人間に戻りたがっていたのだが、この曇天のせいか、日が出ている時間にもかかわらず陽幸を溜めておかないといけないような、言いようもない不安を感じている。


「雁瀬先生、よろしいでしょうか」

二足歩行の牛女が雁瀬先生を呼ぶ。

いつものように面倒臭そうな様子でぼろぼろの本から顔を上げた。

「昨日見た残留思念と同じような物を、上の階から感じるのですが」

階段での四足歩行が出来ずに上の調査を断念したあの違和感の事だ。

「それで?」

素っ気なく返す。その姿勢は非常に悪い。

「一緒に調べていただけませんか」

机に蹄の端を打ち付けて催促する。

「……いいよ」

パタンと本を閉じた。

重い腰を上げ、上向を呼びつける。

「上向先生、この本二冊持って来て」

「僕もですか」

「そう、ついてくるの」

ついでに図書室に寄って、返しておいてと分厚い本を持たされた。

あの傷だらけの本は教室においておくらしい。その本こそ昨夜出会ったあの王女が元の場所に戻せと言っていた気がするが。


重い空気が支配する廊下をひたすらに進み、まずは図書室へと踏み入れる。

柱につられたカンテラに一つ二つと灯が点った。

「上向先生、後は頼むよ」

聞き返す前に、雁瀬先生はカンテラを一つ取ると蓮村を連れ廊下に出る。

頼むと言われても上向はこの本のあった場所を知らない。

適当なところに戻すと、もし雁瀬先生がまたこの本を求めたときに何て言われるか分かったものではない。

かといって、返却済みの棚に置いた本を元の場所に戻してくれるような司書さんも居そうにない。

「仕方がない、置いた場所を覚えておけば良いだろう」

背表紙に何も書いていない本が多いのだ、わかりやすい場所を求め、扉近くの棚へと足を運ぶ。

一番扉側の棚は満席だ。

ここだけではない、狭い視界にうつる棚にはずらりと本が並んでいる。

ただ、分厚い本が多いせいか、微妙な隙間はある。

隙間を埋めるように本を移動させれば、手元の二冊をこの辺りにねじ込むことだって出来そうだ。

まず足下に持ってきた本を置き、隙間にはめ込むのに手頃な分厚さの本を物色した。

いくつか抜き取り、他の棚にはめ込むことでスペースが空いた。

そこに返却する本を詰め込む。

ぎりぎりの大きさだ。力任せに押し込む。

全力を尽くしたが、完全には入らない。半分以上棚からはみ出している。

目印としては絶好だが、暗闇の中にこんなトラップを仕掛けるのは気が引ける。第一、上向自身が引っかかって肩でも打ち付けそうだ。


ふと、非常に薄い本が並んでいることに気付く。パンフレットにハードカバーでも付いたような本だ。

片付けの最中だが、手に取り開けてみる。

見合い写真かと思った。豪勢な背景に、一人の着飾った男性が描かれている。肖像画だ。何故こんな小さな紙に描かれているのかは分からない。

次のページは家族。子ども達の顔が大人と似ているから間違いない。四人家族だ。無表情で描かれている事に対しては別に違和感はない。歴史の資料集に出てくる肖像画は無表情の物だって多い。

その中で一人知った顔を見る。

「蠍座の、王女だ」

とっさのことで名前が出てこなかった。けれどその顔は間違いなく昨晩襲ってきた亡者の一人、クリミナトレス王女の顔。

この肖像画の存在を知らせようと、上向は薄い本をそのまま持ち出し、出来たその隙間を使い、出っ張ったままの本を押し込んだ。


図書室の外に出る。

蓮村と雁瀬先生の二人が待っていてくれているはずもなく、ただどんよりとした廊下が延びているだけだった。

おぼろげな記憶をたどり、昨日見たはずの階段へと向かう。

思っていたよりも随分遠かったせいで、迷子になったかと心配したが闇に飲まれるような上り階段を見つけ安心する。

そこに来て初めて図書室のカンテラを持ち出したままだと気付いた。

低く照らしながらおぼつかない足下に注意しながら登っていった。

随分長い階段だ。廊下の天井の高さから登るであろう距離の推測は出来たが、非常に長い。

途中の踊り場に会うまでが長かった。踊り場からも同じ分だけに登る。

学校の階段一階分に対し、その倍はありそうだ。それに対し段差は小さいので足を上げる回数が多い。

太ももの内側が悲鳴を上げそうだ。

やっとの事で階段を上りきる。

目前には中庭に通じる吹き抜けが広がっていた。

一階よりも若干暗い廊下。扉は少ない。一部屋一部屋が大きいようだ。

広すぎる城では困ったことに人の気配を感じない。先行した二人がどこに行ったのか皆目見当が付かない。

仕方なく、中庭を囲む廊下をぐるりと回ることにした。

そして、いくらか歩いたところで開け放たれた扉を発見する。

中庭に向かい四つん這いで咳き込んでいる蓮村の姿も見える。

「どうかしたのか?」

駆けつけると潤んだ黒目がこちらを向いた。

「変なの。人、だと思うんだけど」

口元を細い前足で覆いながら、別の足で部屋の中を指す。

「四つの……棺だな」

扉の影から雁瀬先生が姿を見せた。

ガラス細工の一畳ほどのケース。部屋の対角線上に二つずつ配置されている。

白い綿と煙に包まれて、一ケースに一人、人型の何かが入っている。

肌色の多いそれを凝視するのもためらわれて、目をそらす。

「よく見ろ、中に入っているのは人ではない」

雁瀬先生の声におそるおそる視線を戻す。

「雁瀬先生、これは?」

「わからん。だが、紋がある」

カンテラで床を照らす。

赤いペンキでガラスケース全てを囲むように円が描かれている。そして細かい模様も。

ケースの下にも模様があることから、ガラスケースを置く前にこの紋が床に描かれていた事が分かった。

「何を意図した紋でしょう」

かがみ込んでペンキに触れようとした所、手を掴んで止められる。

「一部隠れているが、おおよそ太陽除けの紋だ。わっしらにどんな効果が出るか分からん、止めておけ」

腕を放され、立ち上がる。

手も足も出せない状態で、遠巻きに観察することになった。

だが、上向はそれほど目が良いわけではない。眼鏡の補正も、随分前に作ったっきりだ。

紋の周りをぐるりと回り、立ったり座ったりしながら出来る限り目をこらす。

「四つとも同じような物ですね」

確かに目をこらせば、中身はマネキンみたいな物だと気付いた。

下から包む綿と充満した煙が上手くごまかして全裸の人のように見えたが、気のせいだったらしい。

特に個性も見あたらない。

立体間違い探しをするにしても、円の中には入れないとなると難しい。

「もう一度文献を当たるとしよう」

蓮村先生を呼び、一時撤退を告げた。


「大丈夫なのか? 蓮村さん。顔色が良くない」

だいぶ人間に近い顔になっていたので、顔色まで読めるようになった。

問いに対し、ご心配なくと返ってくるが、ちっとも大丈夫そうではない。

「確かに奇妙なオブジェだったけど、所詮は人形だろ」

そこまで気分を損なうほどの物ではなかったはずだ。

何も言わない蓮村の代わりに先を進む雁瀬が告げる。

「蓮村先生は紋の気配に敏感なところがある、この場所を察知したこともそうだが、わっしらでは感じ取れないモノまで感じただけだろう」

あの部屋の扉を閉めた途端、口から手を放しやっと立ち上がることが出来たようだ。表には極力出さなかったようだが、きっとこの部屋に到着したとき、扉を開けた後すぐに気分が悪くなっていただろう。

さっさと言ってくれれば雁瀬先生だって蓮村を無理に引き留めたりしなかっただろうに。

プライドが高いっていうのも大変だな。

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