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滅びゆく世界

フィアレインは完全に閉じた肉の壁を振り返る。

赤い肉が蠢くそれは見ていて気持ちの良いものではない。身震いして慌てて前に向き直った。

暗いそこにエルフ達が創り出した光球がぽつぽつと浮かび始めた。数が増えるにつれ明るさが増す。

周囲の様子をうかがった。外の喧騒が嘘のように静かである。

何の気配もない。

そしてミカエルの手加減を加えたという魔法の威力は的確であったようだ。

セフィロトの樹表面の出来損ない共だけを焼き払い、無駄なダメージを樹には与えていないように見える。

フィアレインはほっと息をついた。

ミカエルが言っていたのだ。手加減をするのは難しいと。

セフィロトの樹もろとも世界が滅んでは笑えない。


「進む。急ぐぞ」


ゼムリヤのその声にその場の者は一斉に下へと進み始める。フィアレインも仲間達に守られ階段をおりはじめた。


「それにしてもミカエルのやつも危ない奴だよなぁ」


シェイドのつぶやきにフィアレインは少し考え頷いた。

あのちょっと恥ずかしい言動は控えてもらおうかなどと思いながら。


「危険人物リストに入れとくか……」


ぽつりと呟かれたシェイドの一言に興味をひかれる。

危険人物リスト?

そんなものを持っているのか。やはり人類を守る勇者である。


「へぇー。ねぇねぇ、シェイド。その危険人物リストの一番危険なひとって誰?」

「へ?それはフ……」


シェイドは誰かの名前を言いかけ突然やめた。


「フ?」

「え、ああ、そうだ!あんまり無駄話してると危ないぞ!ここは敵陣だからな!人面樹フレイの顔が突然壁に現れるかもしれない!」


シェイドのその言葉に前方の壁にぴったりとそって階段をおりていたエルフが慌てて壁から距離をとる。

そうだ。この螺旋階段の中心はセフィロトの樹なのだ。

フィアレインは樹皮を眺めながら階段をおりつつ考える。

シェイドのいいかけた『フ』で始まる名前の危険人物……。

ひとつ思いつき、はっと頭をあげた。

そうだ、フレイである。

世界を滅ぼそうとしているはた迷惑なあの変質者。あれならば危険人物リストの筆頭に相応しい。

フィアレインはうんうんと頷きながら納得した。

その時一番先頭を歩いているゼムリヤが口を開いた。


「ずっと下に誰かいるな。一人、二人じゃない。何人かいる。部屋か何かあるんだろうな。何人かで話し合ってる。何を話してるかは聞こえんが……」

「ここに残ってるっていうエルフ連中でしょうね」


ゼムリヤの隣にいたエルフの男が相槌をうった。それに頷き返しゼムリヤは一行を振り返り言った。


「急ぐか。ここで戦闘になったら厄介だ」


確かにこの階段はある程度幅があり、狭くはない。

だが戦闘には不向きだろう。それもあって下にいるエルフたちはここまで来ないのかもしれない。

シェイドは再びフィアレインを荷物のように小脇にかかえる。

そしてアダム、ルクス、グレンを振り返り頼んだ。


「援護頼むな」

「了解」


そして皆が駆け足で階段をおりはじめる。

下で待ち受けるエルフたちに向かって。



ぐるぐるとセフィロトの樹をまわるように螺旋階段を駆け下りる。

どれ程の時間が経っただろうか。

ゼムリヤが前方から叫ぶ。


「部屋の入り口らしいもんがあるぞ!突入!」

「いや!罠とかあるかも……って、おわっ!」


ゼムリヤと並走するエルフが忠告する前に爆発音が響いた。


「む……無茶苦茶やりやがる」


シェイドが顔を引きつらせつぶやいた。

前方が騒がしい。だがフィアレインには見えない。


「どうしたの!」

「ゼムリヤさんが部屋に突入する前に部屋の中に爆裂魔法ぶちかましたんだよ!それも強烈なやつ!」


ほうほうとフィアレインは頷いた。

罠があったとしても中の敵エルフもろとも吹っ飛ばせて良いではないか。

鍬エルフ、なかなかやるな。

フィアレインはゼムリヤの評価を少しあげた。

いや、彼は芋を心から愛する男だ。もっと評価をあげてもいいかもしれない。

フィアレインが芋が好きだと言うと、今度農園でやる芋煮会に呼んでやると言ってくれたのだ。


「俺たちも突入するぞ」


シェイドの声に頷く。

部屋の中からは怒声、金属がぶつかりあう音が聞こえてくる。すでに激しい戦闘に突入しているようだ。

ためらう事なく、勇者一行とアダムは部屋の中へ突入した。



最初のゼムリヤの爆裂魔法でやられたのか、何人かのエルフ達が壁にそって倒れている。部屋の中はグチャグチャだ。

ゼムリヤはオレイカルコス製という鍬で剣を手に向かってきた一人のエルフを薙ぎ払っていた。


「フィア!」


突然名を呼ばれ、驚いてそちらを見るとヴェルンドがいた。彼も剣を手にしている。

やはりここで会う事になったか、とフィアレインは思った。

自分は彼に対してあまり良い気持ちを持っていない。だがルシファーの話を聞き、自分のエーテル体の元となっているのが彼の好きな女だった事を知った今。何とも複雑な心境である。

ヴェルンドの呼び声にその場でフィアレイン達一行を迎え撃っていたエルフ達が一斉にこちらを向いた。


この部屋の奥に階段が見える。

フィアレインは思い出した。

この階段を下りれば、すぐあの場所につく。

フィアレインがフレイとセフィロトの樹を同化させたあの場所に。


「お前が神か!」


風を切る音がし、シェイドが身を翻す。

ヴェルンドの言葉にフィアレインの正体を知った敵エルフが斬りかかってきたのだ。

それまで膠着していた戦況が動く。

敵エルフたちは今まで相手にしていたエルフからフィアレインを標的と変えた。

シェイドはそのまま後退し、敵エルフとの間にルクス、グレン、アダムの三人が入る。

フィアレインはこちらに向かってくる敵エルフたちと仲間たちを見る。

敵エルフたちはフィアレイン以外を一切無視してこちらへと向かって来ている。そのせいで背後からの攻撃を受け深手を負った敵エルフもいた。


何故ここまでするのだろう。


フィアレインは戦慄した。

視界のはしにヴェルンドの姿が目に入る。

思わずフィアレインは叫んだ。


「ヴェルンド!ずっと昔にフィアじゃないフィアレインに言ったよね。セフィロトの樹の花が満開になったら新しい世界がはじまるって!

でも、そんな事ありえないんだよ!エルフには世界を創造する力なんてない!だから混沌からうまれたエルフは皆この世界へと放り込まれたんだから!」

「フィア……」


ヴェルンドが驚きに目を見開いた。

別のエルフが忌々しげに叫ぶ。


「いい加減なことを!」


フィアレインの言葉にも敵エルフたちの攻撃の手は止まらない。

それはそうかもしれない。彼らが自分の言葉を信じられるならば、こんな事態になってない。そもそも神との戦争も起こってないに違いなかった。

フィアレインの視界のなかでヴェルンドが一歩踏み出す。

だが次の瞬間彼の身体は吹っ飛んだ。


「このボンクラ弟が!」


ゼムリヤの拳がヴェルンドの顔面に叩き込まれたらしい。速すぎて見えなかった。

ヴェルンドの身体は壁に激突し、ズルズルと床へ落ちる。そのまま動かない。意識を失ったのかもしれなかった。


「フィア!勇者の剣、出せ!」

「え、でも……」


シェイドに自分の破壊の力の事を持ち出され戸惑う。あれは生命を侵食する。それでシェイドも以前寿命を削られたではないか。


「ここで馬鹿どもの相手をする時間がない。ここを突っ切って下へ行く」

「でも」

「ここを突っ切る間だけだ。その時しか使わない。それくらいなら寿命にも影響ないだろ?俺の身体は神様特製だしな」


一瞬ためらったがシェイドの目を見て心を決めた。

破壊の力を呼び出す。漆黒の剣が目前に現れた。

シェイドは自分の剣をおさめ、漆黒の剣を手にする。


「ゼムリヤさん!フィアつれて行きます!」

「よし、わかった!行け!」


シェイドが仲間たちの壁を飛び出した。

ルクスが、グレンが、アダムが頷く。

フィアレインも彼らに頷き返した。

追いすがろうとした敵エルフを仲間達が間に入り防ぐ。

ゼムリヤがシェイドを先導した。奥の部屋の前に立ちふさがるエルフ達を鍬で薙ぎ払う。

壁際に倒れていた敵エルフがシェイドへ向かって来た。シェイドが剣を一閃させる。

敵エルフが己の剣でそれを受け止めた。

その時。


「なっ……!」


勇者の剣とぶつかったはずの彼の剣は跡形もなく消滅した。

シェイドが手首を返し、敵エルフを斬りつける。

呆然としながらもそれを後退することで躱そうとしたエルフをシェイドの振るった剣は僅かに掠めた。

その瞬間エルフの身体は砂となり崩壊していった。

そのまま部屋を突っ切る。奥の階段へと飛び込んだ。

階段の前にゼムリヤは立ち塞がった。

彼はそのままの状態で階段を駆け下りるシェイドとフィアレインに叫ぶ。


「ここは任せろ。こいつら片付けて追っかけるからな!」


その声を背にシェイドはフィアレインを抱えて下へと駆け下りる。

フィアレインは勇者の剣、自分の破壊の力を仕舞った。シェイドは再び自分の剣を取り出し、ひたすら下へと向かう。

フレイの待つ場所は近い。


ひたすら駆け下り階段が終わった。

シェイドは先ほどの部屋によく似た入り口を見つめる。扉はない。

部屋の中には誰の気配もなかった。だが、ここに奴がいるのが分かる。

背後からゼムリヤたちがくる気配はない。苦戦しているのかもしれなかった。

ゼムリヤは強い。だがゼムリヤ以外の仲間達とあの場にいた敵エルフを比べれば敵エルフの方が強いはずだ。アダムが助けになっていれば良いのだが。

ミカエルは大丈夫だろうか。魔界から魔族たちが雪崩れ込んでくるような事態にならないことを祈る。

もはや時間はない。背後から仲間たちを待つ余裕はなかった。


「入るぞ」

「うん」


ここまで来てもはや小細工もあるまい。

シェイドは抱えていたフィアレインを地へと下ろす。

二人はゆっくりと部屋のなかへ入った。部屋を入ってすぐのところで立ち止まる。

地が揺れるほどの轟音が響き渡る。

驚いて振り向けば部屋の入り口が消えていた。まるでそこには何もなかったかのように。


「監禁か……くそっ変態め!」


シェイドが悪態をつく。

すると部屋の奥、セフィロトの樹の表面が蠢いた。

フィアレインとシェイドは声もなくそれを見守る。

二人が見守る中、樹の表面に顔が浮かび上がった。言うまでもないフレイの顔である。

どうしよう本当に自分は彼を人面樹にしていたらしい。

だが、浮かび上がった顔はずるずると樹から出てくる。その顔の大きさはかなり大きい。

顔立ちはそのままなのに、顔の大きさだけが変わっている。

顔だけではない。首、肩、腕、腰の当たりまで樹からのびて出てきた。

まるで地上の出来損ないどものように。

広い部屋の半分くらいを異形化したフレイが占めていた。


「おい、服くらい着ろよ。上半身だけとは言っても子どもの教育に悪い!」

「でも、シェイド。大っきいから普通の服じゃむりだよ」

「そうか……さっきの部屋にいた連中が服つくってたとかか?」

「そうかも……」


その時フレイの声が部屋に響き渡った。


「お前たち、相変わらず私の事は無視か……。ここまで変わらんとはある意味潔いが」


慌ててシェイドと二人でフレイへと向き直る。

武器を構えた。もはや話す事はない。

フレイがどのような目的を持っていようが奴を倒さなければならない。

お前には世界の創造は出来ないと説いたところで何ともならないのだ。この男の罪は変わらない。

シェイドが剣を手に駆け出す。

フィアレインも自分の破壊の力を呼び出した。魔法は使えないがこれなら大丈夫だ。

それを振りかぶり駆け出そうとしたその時。

シェイドがUターンして戻ってきた。何だろう。


「フィア、子どもには刃物は危ないって言ったよな。それは仕舞っておいてくれ」

「でも、でも!」

「でもじゃない」

「フィア、怪我したりしないもん!」


シェイドは激しく首を横に振る。

その時、フレイの手がのびてきた。シェイドはフィアレインを抱えて飛び、それを避ける。


「フィアじゃなくて、俺の命が危険なんだ!」

「平気だもん!」


フィアレインはもがいてシェイドの腕から脱出した。

シェイドの命が危険の意味がよく分からないが、別に自分は彼を斬りつけたりしないので問題ない。


「世界が終わるまで暇だからお前たちと遊ぶのも一興か」


フレイの手が再びのびてくる。

シェイドはそれを斬りつけ、攻撃を避けた。

フレイの腕から血が流れ落ちる。だが次の瞬間には傷口がふさがっていた。

フィアレインは破壊の力、勇者の剣を持ち駆け出した。これならば大丈夫だ。

剣の使い方なんてわからないが、かすり傷でも負わせればこちらの勝ちなのだから。

小さな身体に不釣り合いの剣を振りかぶる。避けようともしないフレイの身体を思い切り斬りつけた。


「無意味だ」


フレイの言葉にフィアレインは呆れ、彼を見た。

斬りつけられた部分が崩壊していく。

勝ったと思ったその時。セフィロトの樹の幹が赤く光った。

すると斬りつけられた部分が再生されていく。


「世界の力……」


フィアレインは思わず呟いた。

世界から吸い上げた強大な力で再生を行っているらしい。魔力の気配からエルフの創造の力を併用していることも分かった。

こいつは攻撃すればするほど世界の力を吸い上げて、自分を再生する。

絶望的な気分で離れたところに立つシェイドと顔を合わせた。

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