突入
無数の出来損ないエルフ達が侵入者に気づき叫びをあげる。
向けられる敵意が突き刺さるようだ。
「お前ら神様連れて下がれ」
鍬を構えるゼムリヤに言われ、シェイドはフィアレインを連れて後退を始める。
「アダム、お前もだ。神様の御身をお守りしろ」
ミカエルの指示に従いアダムもフィアレインとともに後退する。
動くことの出来ない出来損ないどもは侵入者を排除すべく魔法を使う。出来損ないと言ってもエルフであり、その魔力は馬鹿に出来ない。そしてなにより数も多いのだ。
後ろへと下がったフィアレインの耳に爆音や肉を引き裂く音、うめき声などが飛び込む。
「くそっ!こいつら再生するぞ!」
前衛から忌々しげな声が聞こえた。
一体どうやって再生しているのだろう。気になりその場でぴょんぴょん飛び跳ねたが自分の身長では見えなかった。
「どうなってるの!」
「倒したと思っても消滅せずに復活してる。それに……それぞれを繋いでる肉の部分からまた新しいのが生えて来るんだ」
シェイドが顔をしかめて説明してくれた。
想像すると何ともグロテスクな光景だ。
この樹ごと消滅させることも考えたが、これが世界に根を張っていることを考えると危険である。まずはフレイを倒すことからだ。
これがフレイの力で創られているならば奴が死ねば樹も消滅するだろう、と言うのがミカエルと話し合った結果である。
もしフレイが完全にこの樹へと溶け込んでいたら樹そのものを破壊するしかないのだが……同化させたと言ってもフィアレイン自身がはっきり覚えていないが困った所だ。
フレイはシェイドの言ってた通り人面樹状態なのだろうか。その辺りをはっきり思い出せない自分が腹立たしい。
そのときアダムがとんとんとフィアレインの肩を叩いた。
「なあに、アダム?」
アダムは更に後ろを指差す。
「どうしたんだ?」
「たぶん……もっと下がったほうがいいって事だと思う」
「急にどうしたんだ?ま、いいや。下がるぞ」
シェイドはフィアレインを連れてさらに下がった。
そのとき前衛を飛び越え魔法が飛んでくるのが目に入った。だがアダムがフィアレインの目の前に立ち塞がり、それを受け止める。
魔法はアダムにあたり何のダメージも与えることなく掻き消えた。
「やるな、アダムよ」
フィアレインを囲み後退していたルクスが笑った。
そうだ。アダムは無敵なのだ。
フィアレインは自分の事をほめられたように嬉しくなった。
だが、その時フィアレインは上空に気づき呆然とする。
「あれ!」
フィアレインが指差したものを見上げグレンの顔が引きつった。
遥か遠く空からこちらにむかって落ちてくるもの。隕石召喚魔法メテオライトだ。
おそらく無数にいる出来損ないのうちの一人が使った魔法だろう。
フィアレインは悩む。
一番は自分が消滅魔法であれを消すことだ。
天界でルシファーがミカエルの魔法を消滅魔法で消したように、おそらくそれは可能だ。だが魔法は使うなと言われている。
セフィロトの樹の周りに障壁魔法の気配を感じる。
出来損ないどもは自分たちが巻き添えにならないようにしているのだ。その程度の知能はあるらしい。
それを考えると、セフィロトの樹から離れた場所にいる自分たちは確実に危険な範囲にいるはずだ。
これ以上悩んではいられないと魔法を使うことを決意した時。
地上から黄金の光が走り、それを包みこむと更につよい光を発した。光がおさまったときには隕石は跡形もなく消えていた。
「神様!ご無事ですか」
ミカエルが転移魔法で目の前に現れるなり聞く。
「うん……いまのは?」
「俺です」
ミカエルが隕石を消してくれたらしい。それにしてもあの魔法は何だろう。初めて見る魔法だ。
「やるな、ミカエル。……それにしても数が多すぎて厄介だな。他のここにいるはずのエルフの姿が見えないし……。フレイの奴は人面樹なんだろうが。十人くらい残ってる奴の姿がないのは変だぞ」
シェイドは注意ぶかく辺りを見渡した。
それはフィアレインも気になっていたことだ。樹の周りにびっしりとキノコのように生えた出来損ない以外、誰の気配もない。
フィアレインは思い出す。自分がフレイとセフィロトの樹を同化させた時のことを。
一体あの時自分とフレイはどこにいた?
不思議な空洞、そして背後にはセフィロトの樹の幹……。
「あの研究狂いのエルフは嘘をつけん。つまり十人のエルフはここに確実にいる」
「でも実際に誰も出てこない……」
シェイドは言いかけて、はっと顔を上げた。フィアレインがセフィロトの樹を指差したのとちょうど同じタイミングだ。
「もしかして……」
「うん、あの樹の根元に地下へと通じる道がある。いまは出来損ない達に塞がれてるけど……」
「地下へと言うと?樹の根があるのでないか?」
フィアレインは指をおろして、首を振り否定した。
「ううん。あれは普通の樹じゃない。地面の中にも幹が続いてる。そして幹を中心とした螺旋階段が地下へのびてて、その先の行き止まりの部屋でフィアはフレイとセフィロトの樹を同化させた」
その時のことをはっきりと思い出す。長い長い地底へと続くような階段、そしてその先の部屋のこと。
「じゃあ残されたエルフどももそこにいる訳か」
ミカエルはシェイドの言葉になるほどと頷いた。だが彼の表情は厳しい。
「ってことは、あの樹のまわりにびっしり生えてる連中倒して中へ乗り込めばいいって事でしょ?」
「いや、時間がない」
グレンの言葉を否定したミカエルがフィアレインの方へと向き直る。
「時間がないってどういうこと?」
「神様、魔界と人間界の境目が綻び始めています。おい、エルフお前もここへ来い」
ミカエルは頭上を飛んでいる緑色の小鳥にぞんざいに言った。次の瞬間ゼムリヤがフィアレイン達の前に転移して現れる。
だがフィアレインはそれどころではなかった。境目が綻び始めているとはどういう事だろうか。
「話を聞いていただろう」
「ああ。あん中にフレイどもがいるってとこからちゃんと聞いてたぞ」
「神様、思った以上に世界の崩壊が速いのです。俺が予測していた以上の速さで崩壊へと向かっています。神様が力を失われているのもその一因かも知れませんが……。
このままでは魔界と人間界が一部繋がり、魔族たちがなだれ込んでくるでしょう。それも滅びの気配に理性を失ったもの達が」
あまりの衝撃に前方の戦闘の騒音すら遠くに聞こえる。
「どうすればいいの?」
フィアレインがぽつりと呟いた言葉にミカエルが答えた。
「エルフ、お前は地下への入り口がどの辺りか分かるか?」
「地下ぁ?」
ゼムリヤが難しい顔をした。彼は知らないようだ。だが問題はない。
「フィア知ってる!大丈夫!ここから真っ直ぐ行った真っ正面だよ」
ミカエルはフィアレインの言葉に頷いた。
「では俺が先ほど隕石を消した魔法を使ってあの出来損ないどもを一気に消します」
「は?お前そんなん出来るなら最初からそうしろよ」
「エルフ、一つ言っておく。最悪、樹ももろとも消し飛ぶ可能性があるから使わなかっただけだ。あれは世界そのものに根を張っているという事を忘れるな。
神様、力を抑え入り口のある部分へと対象を絞り力を使いますのでご安心ください」
ゼムリヤへの説明に思わず青ざめたフィアレインへとミカエルがフォローする。
「なるべく力をおさえます……こういう事は不慣れですが」
フィアレインは激しく頷いた。ミカエルの魔法で世界が滅んだら本末転倒である。
「エルフ、勇者、お前たちは神様をお守りしフレイの元まで急げ。アダムお前も行け」
「ミカエルは?」
「俺は残り、人間界と魔界の繋がりかけている部分を切り離し、綻びを塞ぎます。こうなってはいつ魔界から空間を開かれるかも分かりません。
神様がいらっしゃる限り世界は滅んだりしません。決して。
ですが破壊衝動に狂った魔族が乗り込んでくれば元も子もありません。もしそれがルシファーであったら、それを止められるのは神様以外では俺だけです。
だから俺はここに残ります」
フィアレインは頷いた。
ここは、魔界に関してはミカエルに任せよう。ミカエルならばきっと大丈夫だ。
自分はミカエルを信じてここを任せ、フレイを倒し世界を修復するのだ。
「分かった。フィア、行こう。ゼムリヤさん!」
「りょーかい」
「あの出来損ないどもの再生能力を考えると、道を開けてもまた塞がれる。突入できる人数は限られるぞ」
ミカエルの言葉にゼムリヤは使い魔を飛ばしながら答えた。
「わかってる。少数精鋭で行く」
「樹に少し近づくか?」
シェイドはフィアレインを荷物のように小脇に抱えてミカエルに問いかけた。
「いや。いま下手に近付くと連中の魔法の的になる。神様が危険だ。だからここから魔法を放つ。入り口を塞ぐ出来損ないどもが消滅したら、お前たちは走れ」
「奴らの再生速度考えると猛ダッシュだな。勇者、頑張れよ」
「了解です」
「準備が出来たら言え」
ミカエルの言葉にゼムリヤは頷いた。彼の前に次々と使い魔が現れる。ゼムリヤはミカエルを振り向いて言った。
「準備完了だ」
「よし。お前たち道を開けろ!神様のお通りだ!」
既に通達済みのエルフやハーフエルフ達はミカエルの声にさっと道をあける。
何かミカエルの言葉が恥ずかしいのだが、気のせいだろうか。
「神様の敵は俺の敵、神罰を受けよ!」
ミカエルの言葉とともにセフィロトの樹へ閃光が走る。
樹へと到達した黄金の光は膨れ上がり爆発した。あふれる魔力に肌がピリピリする。
次の瞬間シェイドは駆け出していた。シェイドだけでない。ルクスもグレンも、ゼムリヤ、アダムも続く。眩しくて見えないが、共に突入する予定のエルフたちも同じように駆けているだろう。
激しく揺れる中、フィアレインは目を凝らし、光が収まりつつあるその場所を見た。地下へと続く穴を塞ぐ出来損ないエルフたちは跡形もなく消滅している。ぽっかりとあいた穴が見えた。
あれだ。間違いない。
樹を取り囲む出来損ないエルフたちの肉体は消滅させられた端の方から赤い肉が蠢き再生を始める。
全力で駆けたシェイドがその穴へ飛び込んだ。他の者がそれに続く。次々と。
まるでそれを最後まで見届けたかのように背後でおぞましい肉の壁が閉じた。