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アルフヘイム

アルフヘイムに程近い場所につくった簡単な拠点。

今、勇者一行とハーフエルフ、エルフ達で構成された救世軍はその拠点にいる。

一番大きなテントの中にフィアレインは仲間たちとともにいた。

入り口の布をめくり、ゼムリヤが入ってくる。


「なぁんか、アルフヘイムの様子おかしいぞ」


彼は腑に落ちないという顔でその場にいる者たちが囲む机まで歩み寄った。

アルフヘイムに攻め込むにはまずフレイが張った結界を破らねばならない。近づく前に様子をうかがうと言って、ゼムリヤが何人か結界のある地点まで派遣したのだ。


「アルフヘイムから誰一人エルフが出てこないらしい」

「我々がやってくるのを警戒しているのでは?」


若い一人のエルフの言葉にゼムリヤが首を横に振った。


「だったら尚更だろ。こっちには神様もいればミカエルもいる。結界ぶっ壊される可能性は十分あるんだからな。

結界近くに見張る奴もいないどころか、誰か来ても迎撃にすら出てこないなんて変だろ」

「アルフヘイムのエルフどもが出てこられない理由があるのではないか?」


ミカエルの言葉にゼムリヤが振り向いた。


「出て来られない?」

「ああ。そもそもアルフヘイムのエルフどもは定期的に結界のまわりを見廻りしていたはずだ。それすらいないのはおかしい。出来損ないどもは結界から出て来ているのか?」


ゼムリヤは肩にとまっている緑色の小鳥を少しつつく。どうやらこれは彼の使い魔のようだ。


「そうだな。出来損ないどもが出て来ているのは確認されている」

「だけど変ですね。あいつらが見張りをしてるならともかく……その気配もないんですよね?」


シェイドが首をひねりながら言う。

ここに拠点をつくった時もアルフヘイムからの攻撃に警戒したが、向こうから乗り込んでくる気配もなかった。

アルフヘイムにいるはずのエルフ達は完全に沈黙している。何の動きも見せない。

ただ出来損ないどもがうじゃうじゃと世界に現れているだけだ。


「めんどくさいねー。もうサクッと乗り込んじゃおうよ」


グレンが机に頬杖をついて言った。ルクスがその姿を呆れたように見つめ注意する。


「罠だったらどうする?我々には後がない。うっかり罠にひっかかりました、では済まぬぞ」


フィアレインは少し考え、そっとミカエルに聞いた。


「ねえ、ミカエル。天界にあった水鏡じゃ見られない?似たようなのがあればいいんだけど」

「神様ならば水鏡を使わずとも世界の様子をご覧になれます。ですが……今のお身体の具合を考えれば、あまりお力を使うべきではないかと」


うーんとフィアレインは唸った。確かに力は温存すべきかもしれない。

そのとき場違いに明るい声が飛び込んできた。


「みんな、みんなー。お握りできたよ!お昼にどうぞ」


振り返るとテントの入り口には盆を手にしたエルヴァンと子ブタちゃんがいる。

彼はその場の者の反応を待たずにさっさと机に歩み寄ると、その上に皿を並べはじめた。そしてそれを終えると、頑張ってねと言い残しあっという間に出ていってしまう。

フィアレインは一つ思いつき、慌てて立ち上がると彼の後を追った。ミカエルもその後ろに続いてやって来る。


「エルヴァン!」


テントを出てちょっと行った所を彼は子ブタちゃんと二人でゆっくり歩いていた。自分たちのテントに戻るのだろう。

フィアレインの呼び声にエルヴァンが振り返る。

彼はフィアレインとミカエルが近づいてくるまで、そこで待っていた。

目の前にまでやって来たフィアレインに笑顔でたずねる。


「どうしたの、フィア?」

「エルヴァン、今のアルフヘイムの様子分かるよね。教えて」


フィアレインの断定的に言った言葉にエルヴァンは僅かに苦笑をもらした。

彼には断る権利などない。

ハーフエルフの村でフィアレインとミカエルからその罪と今後についての話をされた後に誓ったのだ。

今後一切世界に仇なす行為を行わない、それに加担しない。

そして彼がこの世界から消滅するその日まで天界と魔界の監視を受け入れると。

あの場でミカエルは魔界のルシファーに使い魔を送り、エルヴァンの今後の扱いについて取り決めを行ったのだ。エルヴァンが天界と魔界に対して約束したことの中に、今回の一件に全面的に協力することも含まれている。

ちなみにこの救世軍にいる者たちにはエルヴァンの行った事を教えてない。仲間である勇者たちにもだ。


「分かると言えば分かるし、分からないと言えば分からない」


何とも中途半端なエルヴァンの言葉にフィアレインとミカエルは顔を見合わせる。

そんな二人にエルヴァンは手招きをして、すぐ近くにあったテントへと入っていった。その後に続き中へと入る。


「まず……セフィロトの樹に関してはもう完全にフレイの物だから私には干渉のしようがない。だから私にはアルフヘイムを見ることが出来ない」

「じゃあエルヴァンには何が分かるの?」

「私の持ってる魔道具で調べて分かったことは、アルフヘイムにいるエルフの数が異様に少ないってことだけ。たぶん十人もいないよ」


十人もいない。

その一言にフィアレインは言葉を失う。いくらなんでも少なすぎだ。

黙り込むフィアレインとミカエルにエルヴァンは言葉を続けた。


「理由は私には分からない。だけど、アルフヘイムにいたはずの多くのエルフたちが消えてしまったのは事実だよ」


それまで黙って聞いていたミカエルが口を開いた。


「神様。急いで戻り、アルフヘイムへすぐさま侵攻することを提案致しましょう。おかしすぎます」

「でも、さっきもルクスが言っていたけど罠だったら?」

「もう時間があまりありません。それにたとえ罠だとしても、俺が何とか出来ます。俺がその罠をどうにかしている間、他の者に神様の御身の安全を任せることになるのは不本意ですが……」

「おお!カッコいいねぇ、ミカエル!」

「黙れ、馬鹿エルフが。お前も戦え」


ミカエルに鋭く睨まれエルヴァンは慌てて目を逸らした。


「いや、ほんっとに私は戦闘苦手なんだよ!痛いの駄目だし!」

「へー」

「いやいや、フィア!なんなのその冷たい眼差しは」

「べっつにー」


フィアレインはぷいっとエルヴァンから顔をそらした。そしてミカエルの手を引く。


「戻ろう、ミカエル」

「はい」


フィアレインはミカエルとともに足早に元のテントへと戻る。

歩きながら気になったことをミカエルにたずねた。


「ねえ、ミカエル。フィア戦えないくらい魔力落ちてるのに、世界の修復できるのかなぁ」

「……問題ありません。世界というのは神様の分身のようなものですから」


その世界の修復とやらの方法が分からないから納得しづらいが、とりあえず頷く。

テントへと入ると、その場の全員に注目された。


「アルフヘイムには今エルフが十人ほどしかいないらしい。エルヴァンとやらの魔道具の調べで分かった」


ミカエルの一言にその場が静まり返る。


「十人だと?そんなばかな」


ゼムリヤが呟いた言葉にミカエルが首を横に振り言った。


「何らかの理由によってアルフヘイムにいた大量のエルフどもが姿を消した。何か想像もつかないことがアルフヘイムで起こっている。このままここで様子見をする方が危険だと考える。

もはや時間は残されていない。これが罠だったとしても俺が何とかしよう。だから、すぐにアルフヘイムへと乗り込むぞ」


ゼムリヤはしばらく黙ってミカエルを見つめていたが、分かったと頷いた。そしてその場にいる若いエルフへと告げる。


「急いで全員に伝えろ。出陣だ」




フィアレインは目の前にある薄い青い光を放つそれを見つめた。


「これが結界?」


ミカエルが頷く。

シェイドが不思議そうな表情を浮かべフィアレインを見た。


「何か見えるのか、フィア?」

「うん、うすーく青い光がでてるよ」

「俺には見えないなぁ」


首を捻りじっと結界のある場所を見つめるシェイドにミカエルが剣を抜きながら言った。


「俺は結界を破壊する。何かあったらそのまま対処するから、勇者、アダムお前たちで神様をお守りしろ」

「お、フィア下がるぞ」


結界へと近づくミカエルとは反対にシェイドとアダムにつれられてフィアレインは下がった。

その場の全員がいつ何が起こっても良いように武器を抜き、警戒している。

ミカエルがゼムリヤをちらりと見た。ゼムリヤは無言で頷く。

ミカエルは剣を結界の中へと突き入れた。

小さくパチパチと何かが爆ぜるような音がした次の瞬間。ミカエルが剣を刺した場所から一気に亀裂が走る。

亀裂は瞬く間に広がっていった。そして甲高い音を立てて砕け散る。

その場の全員が固唾を飲んで見守った。

結界は消えた。だが何も起こらない。結界の内側からも何もやってこない。

ミカエルはゆっくりと結界のあった場所からアルフヘイム側へと入った。そして周囲を見回す。

しばらくそうしていた彼がやっと振り返りゼムリヤに告げた。


「問題ない」


ゼムリヤは頷き、進行の合図を出す。

フィアレインもシェイド、アダムに付き添われその中へと入った。


アルフヘイムへの道は綺麗に整えられた道だ。

人間が立ち入ることはないものの、普段は出入りをするエルフたちが使っている。ゼムリヤの話ではアルフヘイムへと直接転移出来るのは一部のエルフだけで、ほとんどのエルフが結界の手前まで転移し自分の足で中へと入るらしい。

巨木が目に入る。本当に近くだ。

あれが世界を滅ぼしている原因だと聞くと何とも忌まわしい。


「静かだね」


フィアレインの呟きにシェイドが頷く。

フレイはセフィロトの樹を通し世界を見ている。だから自分たちの接近に気づいているはずだ。

だがアルフヘイムからは何の動きもない。出来損ないエルフどもすら現れない。

そして消えたエルフたち。一体彼らはどこへと行ったのか。

ミカエルとゼムリヤが足を止める。つられて他の者も足をとめた。

二人は黙って様子をうかがっていた。

フィアレインもすぐに彼らが足を止めた理由を知る。声が聞こえた。ほんの僅か小さな声だが、獣か何かの唸り声だろうか。かなり数が多い。


「どうした?」


人間の聴力では聞こえないのだろう。小声でシェイドがたずねてくる。


「なんか変な声がいっぱい聞こえる。唸り声みたいなの」


少しの間そうして立ち止まっていたが、再びゼムリヤとミカエルが進み始める。

声の主は近づいてくる気配がないからだろう。


「エルフの創った魔法生物かなぁ」


フィアレインはかつて遭遇したフェンリルを思い出しシェイドに言った。


「その可能性もあるが、襲ってこないのは変だな」

「うん」


シェイドがぽつりと呟いた。


「それにしても俺は本当に運が悪いよな。自分が勇者の代にこんな事件がおこるとは……」

「でもフレイやっつけたら、世界を救った勇者様っていわれるよ」

「教団からたった三百ペイしかもらえず放り出された青銅の剣装備の勇者が大出世だな……」


シェイドは己の過去を思い出したのか遠い目をした。

いけない。シェイドが落ち込んでしまったかもしれない。

フィアレインは慌てて言った。


「フレイやっつけたら、お祝いだよ!ご馳走!」


この後は世界中に散った出来損ないエルフどもの問題も待ち受けているが、いまは明るいことだけ考えよう。

シェイドはそんなフィアレインを見下ろして少し笑った。


「そうだなぁ。ご馳走、何にするか」

「フィア焼きそばがいい」

「へ?焼きそば?ご馳走なのに?」


フィアレインはぶんぶんと首を横に振った。

自分はいま焼きそばが食べたいのだ。シェイド特製の焼きそばは美味しいのである。


「焼きそばか。じゃあ肉たっぷりだな」

「シェイドはご馳走何がいい?」


フィアレインは先ほどの唸り声に自分たちがどんどん近づいているのを感じたが、こみ上げる不安を押し殺した。あえて明るい話をシェイドに振る。

そうでもしないと気が変になりそうだ。そんな無数の唸り声の主はおそらく魔法生物ではない。

辺りには異様な雰囲気がたちこめている。


「何だあれは!」


前方から声が聞こえた。

たわいない雑談をしていたシェイドとフィアレインが会話をやめ、目を凝らす。だが何も見えない。木立に邪魔をされているのだ。

シェイドと頷きあい駆け出す。後ろにアダム、ルクス、グレンが続いた。

ミカエル、ゼムリヤの元まで近づくまでもなく、それが目に入る。

アルフヘイムの象徴たる巨木、セフィロトの樹。

何百ものエルフの出来損ない達が樹の幹から生えているように見えた。樹皮が全く見えないほどの数だ。

出来損ないたちは上半身だけの状態で呻きもがいていた。下半身はなく正体不明の蠢く肉塊が他の出来損ないとの上半身を繋げているだけだ。

おぞましい無数の上半身は樹の根元から見上げるほどの高さまでびっしりと幹を囲んでいた。

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