勇者との出会い3
お腹減ったと言うフィアレインの一言により、とりあえず二人は食事をとることにした。
まだ日は高く、慌てて下山する必要もない。
シェイドは手慣れた様子でアイテムボックスから小鍋を始めとする調理道具を取り出した。
干し肉を適当な大きさに千切り、水を入れた鍋にキノコとともに放り込む。
いくつか手持ちの調味料を入れ、味を整えてから、木の椀によそう。
堅い黒パンをナイフで切り分けてスープとともに手渡された。
パンをスープの中に浸した。
木のスプーンでスープを掬い、口へ運ぶ。
キノコと干し肉のそれぞれから出た旨みをピリッとした香辛料の辛さが引き締める。
浮かんでいる干し肉を口に入れて噛み締めれば、独特の食感とともに肉の旨みを味わえた。
干し肉はそのまま食べるとしょっぱすぎるが、こうして食べると実に美味い。
スープに漬け込んで柔らかくなったパンは食べやすく、空っぽだった胃を優しく満たした。
「美味しかった」
「そりゃ良かった。簡単なもんだけどな」
木のコップで水を飲んでいると、シェイドから何やら布の包みを渡された。
そっと開くと乾燥した果実の粒が入っている。
干したヴィティスだ。
ヴィティスは房状に生る果実で濃い紫色の皮と緑色の果肉を持つ。
甘酸っぱいヴィティスも干すことで甘みが濃縮される。
フィアレインはさっそく一粒口に入れた。
こんな所で食べられるとは思わなかった甘味に、先ほどの激闘の疲れも吹き飛ぶ。
食べながら改めてお互いに自己紹介をした。
己が魔族との混血であることを告げたが、シェイドはそうかと頷くだけで拍子抜けしてしまった。
三年前噂に聞いたとおり、当時16歳であったシェイドは勇者として旅立ったそうだ。
と言うことは、現在19歳なのだろう。
生まれ故郷の大陸を少し巡り、船で別の大陸に向かった。
そこでもしばらく各地を巡ったが、光の神の教団の総本山を訪れるべく、つい先日この大陸に来たのだと言う。
その途中で寄ったマルクト王国側に位置する麓の街で、今回のハルピュイア討伐を頼まれたそうだ。
魔物の討伐を頼まれれば、勇者たるもの引き受けざるを得ない。
そこでクレーテ山に登り、今に至ると言うわけだ。
「ところで勇者って何するの?」
「魔物を退治して、人類を脅威から救うこと。
少なくとも俺はそう言われてる」
だから各地を巡っているのかとフィアレインは納得した。
「言われたって、その闇の神様……だっけ?その神様に言われたの?」
「いやいや、まさか。
俺の親代わりだった人達から言われたんだ。
あと教団の連中にもな」
「ふぅーん。
その闇の神様に会ったことはないの?」
「神さまに会ったことは一度もないな。
俺が死ねば会えるかな。死んだことがないから分らんが」
面白そうにシェイドは笑い、干しヴィティスを口に放り込む。
どうやら彼も甘党らしい。
フィアレインは考える。
勇者の役割とは各地を転々とし、現れた魔族討伐をしてまわること。
では、その役割は死ぬまで続くのだろうか。
歴代の勇者の行く末は少なくとも一般には殆ど知られていない。
やはり戦いに明け暮れ、戦いの中でその生を終えているのだろうか。
増えたり減ったりはあっても、魔物そのものが世界から消えたことはないのだから。
「先代の勇者は光の神の加護をもらってたんだ。
光の神の教団は一番信徒も多くてデカイ教団なんだ。
金持ちだしな。
だから先代の勇者の時は凄かったらしいぞ。
勇者は百人からの僧兵を引き連れて討伐を行ってたらしいからな」
俺とは大違いだと、肩を落としてシェイドは落ち込んでいる。
何かを嫌なことを思い出したらしい。
そういえば、闇の神の教団は一番規模が小さくて、ろくな支援もないと言っていたのを思い出す。
「でもまあ仕方ない。
やれることから地道にやるしかないからな」
「なんか嫌じゃない?」
「嫌って?」
「だって……死んじゃうかもしれないのに。
それなのに、皆のために戦い続けろって。仲のいいひとの為とかならまだ分かるけど……」
「仕方ない。
神の加護を受けて、人類を守るために強い力を持っちまったんだ。
もしその義務から逃げ出したらもっと悲惨な人生が待ってるだろうな。
周りの連中は人ならざる力を持った俺を自分たちへの脅威と見なす」
「べつに好きで加護もらったわけじゃないのに」
「そうだな。運が悪いんだろ」
「世界一の貧乏くじだね……」
シェイドは貧乏くじと言う一言に腹を抱えて笑った。
勇者の資格が貧乏くじなんて言う奴はなかなかいないぞ、と息も絶え絶えに言いながら。
そこまで笑うことかとフィアレインは呆気にとられる。
まあ自分もシェイドも似たようなものだ。
望まず力を得た。
そしてフィアレインが魔族の血をひくことをどうにも出来ないように、彼もまた勇者であることを変えられないのだから。
「まあ、だからこそ後々英雄と言われ歴史に残るほどの成果をだしてやるつもりだ」
その姿は晴れやかで誇らしげにすら見えた。
***
フィアレインはシェイドとともに下山した。
そこはもうマルクト王国である。
シェイドは依頼を受けたギルドに討伐が完了した旨報告に行くと言う。
渡したいものがあると、同行を頼まれた為、仕方なくギルドまでついて行った。
フードをしっかりと被ってから。
ギルドは人で溢れていた。
夜明けとともに討伐に出かけた勇者の帰りを今か今かと待っていたらしい。
街には山越えが出来ずに足止めをくらっている旅人も多くいるのだ。
ギルドの責任者に今回の討伐の内容を報告したら、周りから歓声があがる。
街中にあっという間に広まる事に違いない。そして勇者の功績として語り継がれるだろう。
何やらギルドの責任者が袋をシェイドに渡そうとする。
シェイドはそれを受け取らず、中身を半分ずつに分けてくれと言った。
袋を持ち一旦奥へと消えたギルド責任者は、今度は二つの袋を持って現れる。
シェイドは今度こそそれを受け取り、フィアレインを促して外へと出た。
「これはフィアの取り分だ。
お前がいてくれたお陰だからな」
ずしりと重い袋を渡される。
「助けてくれた事感謝している。
ありがとう……元気でな」
去って行く背中を見つめる。
ふと疑問に思った。
何故、山道で見知らぬハルピュイアに襲われる者を助けようと思ったのか。
何故、彼が巣に向かうと言ったとき手伝おうと思ったのか。
先ほどのシェイドの言葉を思い出す。
勇者であることを放棄したら、人から脅威として扱われるだろうと言う言葉を。
では、自分は?
魔族の血が入っているというだけで人からは恐れられる。
強い力を持つから尚更だ。
でも、魔族でも、その力を人の為に使えば?
いつか自分を受け入れてくれる者も場所も出来るかも知れない。
確かに一座の者達のように何年も一緒にいたにも関わらず、魔族と分かっただけで恐れる者もいる。
だが、あの一件に関しては魔族の血の事を隠していた自分にも一因はある。
自分自身にとっては魔族の血は生きてゆく上で都合の悪い事実。
でもそれを隠蔽してはならないのだ。
全ての者に受け入れられるというのはまず無理な話である。
これが異種族ならば尚更。
相手に対して誠実であることを努め、その持てる力を他者の為に使う。
シェイドがそうである様に、自分もそのようにしなければ生きていけないのだ。
そこまで考えると、何やらすっきりとした気分になった。
こんな爽快な気分になることなど初めてかもしれない。
それは究極の諦めでもあったけど、反面いままで決して開かなかった扉が開いたような気分だ。
自分が今までにない明るい笑顔すら浮かべているのに気付く。
さあ、急がなければ彼が行ってしまう。
一歩踏み出したその時、シェイドの歩みが止まった。
振り返るシェイドの姿に、フィアレインはもはや迷う事はなく駆け寄って行った。
晴れやかな笑みを浮かべて。