傍観者
空を仰いで理解不能な人間という生き物を考える。
いや理解不能なのは人間すべてじゃない。そういう考え方をする人間たちだ。
「フィア、よくわかんない」
「それにな。菓子屋をやれば菓子が食べ放題とかもないぞ」
「……そんな事考えてないもん」
「嘘つけ」
困った。店番ついでに食べようと思っていたのに。
それにしても何故シェイドはそこまで見抜くのだろうか。勇者、恐るべしである。
「ま、でも菓子屋な。考えとくよ。戦えなくなったら俺も何か別のことするだろうしなぁ」
「うん」
こうなったら店番のお駄賃として菓子をもらうしかない。
そう心に決めて頷いた。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「フィアお腹すいちゃった」
フィアレインはブランコから立ち上がる。そしてシェイドとともに宿へと向かい歩きはじめた。
お腹も空いたし、それに何より自分にはしなければならないことがある。アルフヘイムへと攻め込む前に済ませておかねばならない事が。
ミカエルももう戻って来ていれば良いが、と思いながら宿への道を歩いた。
グレンの姉ビオラが作った昼食はなかなか豪華なものだった。タレに漬け込んだ肉を切ったものと野菜を交互に刺した串焼きが大皿に盛られているのを見てフィアレインはいそいそと席に着く。
「お、うまそう」
シェイドもフィアレインの隣へと腰掛けた。先に宿へと戻っていたルクスとグレンは既に席に着いており、二人の到着を待っていたのだ。
宿の食堂は集会所から戻ってきたエルフたちでいっぱいだ。皆フィアレインたちと同じように串焼きを食べている。
食事をしながらシェイド達はアルフヘイムへ攻め入る計画について話しをはじめた。フィアレインは串を食べながらそれを聞く。
どうやら自分たちはフレイの元へと乗り込むゼムリヤ率いる本隊に組み込まれたらしい。フレイを倒した後には世界の修復が待っており、それには神の力を持つフィアレインが必要になる。
だがフィアレインは魔界で百人の高位魔族を犠牲にした薬を飲んだとは言え、それでやっと問題なく身体を動かせるくらいの状態だ。当然戦闘の際に魔法など使えない。
ルシファーからもミカエルからも魔法を使う事は止められている。
そうなると敵を杖でタコ殴りにする他ないのだが、戦力としてはあまり役にたてないも同然だ。
勇者一行の仲間とミカエル、アダムで自分を守って進む予定らしいが、足手まといの様な気分になる。
フレイを倒すのはゼムリヤをはじめとした選りすぐりの純血エルフ達。ミカエルもそこに加わると言う。
「ミカエルがさ、フレイごとき自分一人で十分だとか言うからまた気まずい雰囲気になっちゃって」
「そうしたらゼムリヤ殿がミカエルは神様の身を守る事に専念してひっこんでろと言ったのだ」
何とも殺伐とした光景が目に浮かぶ。しかもその時自分はのんきに寝ていたのだ。
「やっぱりあの二人、相性悪いんだろうなぁ」
シェイドは串を手に大丈夫かよと呟いた。
「その後も他のエルフがさ。ゼムリヤに『鍬なんかで戦わないでください』って懇願はじめちゃって……あれは笑えたよね」
「確かに鍬などで戦って欲しくない気持ちは分かるがな」
「でもゼムリヤさん、剣の使い方も槍の使い方も忘れたんだろ?もう……仕方ないよな……」
そんな風にフィアレインが寝ている間の事を面白おかしく語る彼らの話に耳を傾けていたらミカエルがアダムを連れて食堂へと入って来るのが目に入った。
フィアレインは慌てて椅子から飛び降りる。そして肉の串を手にしたままミカエルへと駆け寄った。
背後でシェイドが串を持ったまま行くなと言っているがそれどころではないのだ。
「神様、ただいま戻りました」
「おかえり!ミカエル。アダムも」
アダムはミカエルの後ろでうんうん頷いている。
ミカエルはフィアレインの持つ串に視線をとめた。
「神様、お食事中では?」
「うん。ミカエルも食べる?」
美味しいよ、と言ったがミカエルは首を横に振る。
「俺は食事をとる習慣がありませんので大丈夫です」
その言葉にルシファーが我々には本来食事など必要ないと言っていたのを思い出した。
しかし、勿体無い。美味しいものを食べるのは幸せなことである。
これはミカエルにもその幸せを教えてあげなくては。
だが今はそれよりも先にしなければならないことがあるのだ。
「ねえ、ミカエル。フィアね、後でミカエルに一緒に来て欲しいところがあるの」
「かしこまりました。俺もここに部屋を与えられています。アダムとともに部屋におりますので、神様のご都合がよろしい時にお越しください」
「うん!出陣は明日の朝だよね」
「仰る通りです」
「じゃあ、フィアお昼食べてからミカエルの部屋に行く。その時話もあるから」
フィアレインは話をまとめるとミカエルとアダムに手を振って席へと戻る。彼ら二人は階段を上り、二階の部屋へ行った。
席を離れた事を叱りながらもちゃんとシェイドはフィアレインの分の串をとって置いてくれたらしい。自分の目の前の取り皿に何本か手を付けてない串がのせられていた。
ミカエルに話す事を頭の中で整理しながら、苦手な野菜をこっそりシェイドの皿へ放り込んだ。
「あれぇ?フィアにミカエル、二人でどうしたの?」
エルヴァンは机から顔をあげた。部屋へ入ってきたフィアレインとミカエルを笑顔で迎える。
ここはエルヴァンの知り合いというエルフの家だ。彼は村の宿屋ではなくこの家に滞在している。
フィアレインは昼食を食べ終えた後にミカエルの部屋へ行った。そして話す事を話し、グレンにエルヴァンが滞在する家の場所を聞いてからミカエルと二人でここに来たのだ。
「フィアね、エルヴァンに話があったの」
「私に?何かな?」
「エルヴァン、明日は参加する?」
「戦闘へは参加しないけど、後方支援で参加するよ。拠点をアルフヘイム手前に築く予定だからね。一日で全部済めばいいんだけど、そう上手くいくとも限らないし……。子ブタちゃんと二人でお握りでも作って皆を応援しようと思って」
フィアレインはじっとエルヴァンの笑顔を眺めた。
そしてゆっくりと口を開く。
「そっか。エルヴァンは傍観者だって言ってたもんね……今後も傍観者でいてね。これ以上余計なことは何もせず」
「フィア?」
「ううん。今後も、じゃないね。今後はちゃんと傍観者でいてね。本当の意味の傍観者で」
エルヴァンが何か言おうとする。だがミカエルがフィアレインをかばうように一歩前に出た事でそれを止めた。
ミカエルがフィアレインに変わって話し始める。
「エルフ、お前は何も言う必要はない。ただ頷けば良いだけだ。神様はお前が今後余計な事をせず、ただの傍観者でいるのならば今までの事すべてに罰を与えぬと言っておられる。今までの事、ではないな。今までのお前の罪と言うべきか。
もし拒めばこの場で断罪する」
エルヴァンは苦笑した。そして殺気を放つミカエルから鋭く自分を見つめるフィアレインへと視線を移す。
「フィアはもっとアホな子だと思ってたんだけどなぁ。いつから気づいてたの?」
アホな子、の一言にミカエルの殺気が増した。
フィアレインは慌てて彼の腕を引く。
確かに自分にとっても腹立たしい。何がアホな子だ。バカにするなと言ってやりたい。
だがぐっとこらえる。
そしてフィアレインの答えをまつエルヴァンに答えた。
「疑いはじめたのはフレイに乗っ取られたとき」
疑惑が確信へと変わったのはさっき公園でシェイドと話していた時だ。
シェイドがフレイの創ったセフィロトの樹が世界に干渉出来るのはおかしいと話したあの時。
そもそも身体を乗っ取られる前、フレイが夢に現れた時点で違和感があった。
「フレイがフィアの神の力の事を知るの早すぎると思ってたの」
メフィストフェレスが夢にまでやって来て、ルシファーの忠告を伝えた時点で気づくべきだったのかもしれない。ルシファーはおそらく内通者の存在、それがエルヴァンであることも知っていたのだろう。
彼は人間界の事には最低限しか関わらぬ主義らしいから、あえてそれが誰か伝えなかったに違いない。
エルヴァンはフィアレインが天界からミカエルとともにシェイドの時を止めるため戻ってきた時に会っている。そしてその時に彼は呟いた。
『……ミカエルが一緒にいるということは、やはりフィアは……』
あの時はシェイドのことで頭がいっぱいだったから聞き流した。
だけどあの言葉でエルヴァンがあらかじめフィアレインが何者か予想していたと分かる。彼はフィアレインの事をアンブラーに着いた翌日調べたのだから。フレイには何のデータも取れなかったと言っていたが、それはおそらく嘘だろう。
エルヴァンはミカエルがフィアレインと一緒に現れたあの時、神の力のことを確信したに違いない。ミカエルはフィアレインのことを『神様』と呼んでいたのだから尚更だ。そして彼はフレイにフィアレインの神の力のことを教えたのだ。
何のためか。それは彼がフレイへとセフィロトの樹を創造する術を与えたのと同じ理由。
「傍観者として楽しむために。ひっかきまわしてどうなるか見物するためにやった。違う?」
もし認めなければ殺せとミカエルにあらかじめ言ってある。
この話をミカエルにした時、彼は理由の如何を問わず処分すべきだと言っていたけれど。
フィアレインはエルヴァンの答えを待った。
「そうだよ。フィアの言うとおり。だけど……私はフレイにアルフヘイムを追い出されたと言ったよね?それでも私を疑ったんだ?」
「追い出されたっていうのは本当だったの?」
「本当だよ」
「でもエルヴァンの方が力が強いんだから、フレイの結界やぶってアルフヘイムへ入れるもんね」
その時にはじめてエルヴァンは驚いた表情を浮かべた。
「知ってたのか……それも」
さすがに力のことまで知っているとは思わなかったようだ。
フィアレイン自身もケイオスに聞かねば知ることがなかったし、想像もしなかった。他の混沌からうまれたエルフたちは皆、力の強さはうまれた順番が早い方ほど強いのだから。
ミカエルもそれを聞いて驚いていたが、セフィロトの樹の件を持ち出すと納得していた。
「それに身体を乗っ取られた時に少しフレイと感情を共有してたからかなぁ。なんかエルヴァンとフレイがずっと会ってないっていうのがしっくり来なかったんだもん」
フレイは当然のようにエルヴァンの元へと乗り込み、研究資料を漁ったりした。その時すこし不思議に感じたのだ。
とてもこの二人ずっと会っていないようには思えないと。
「そうか……。でもいいわけ?私を生かしておいて。楽しむために好き勝手なことをしてひっかきまわしたんだよ?」
エルヴァンの言い分にフィアレインは首を傾げた。
「でも、エルヴァンは世界を滅ぼす気はないんでしょ。だからずっとフレイの側にいないんだ。ただどうなるか見たいと思って、世界が滅ばずにすむギリギリのところで両方に協力してるんでしょ」
おそらくそれを分かっていたからルシファーはエルヴァンの事を言わなかったし、フィアレインの薬をつくる際彼に協力を求めたのだ。
エルヴァンはフレイがこの騒動の末に消滅することは何とも思ってないだろうが、世界の消滅は望んでいないと言える。
それに、とフィアレインは続ける。
「世界が終わっちゃったら研究も傍観も何もできないもんね。エルフには世界の創造ができないってことエルヴァンは知ってそうだもん」
「それだけじゃ、生かしておく理由にはならないよ……フィア」
エルヴァンの言葉にフィアレインは首を横に振る。
「フィアはエルヴァンを殺さない。ただ……エルヴァンがしらばっくれたら殺せってミカエルには言っておいたけど。でも殺さないけど許すとは言ってないもん。
エルヴァン、フレイのことが終わった後もずっとずーっと、フィアやミカエルから見張られるんだよ。ううん。フィアとミカエルだけじゃない。ルシファーたち魔界の皆からも見張られる。
エルヴァンは確かに世界を滅ぼそうとした犯人じゃない。でも面白半分でそれに力をかしたんだから。また同じ事をするかもしれないって皆思うよね。
ルシファーたち魔界のみんなだって世界が滅んで欲しくない。
だから今後ずっとみんなに見張られて生きていくんだよ。
フィア、アンブラーでエルヴァンが人間たちに好かれてるの見たもん。エルヴァンが自分の楽しみのためだけに生きてるわけじゃないのも知ってる。だから生きて今回迷惑かけた分もみんなの為に働いてもらう。
罪を認めるならば今回は殺さない。でも次はない」
「フィアさあ。可愛い顔して先代の神より考えること怖いよ」
エルヴァンはおどけた様に、でもほろ苦い笑みを浮かべて呟いた。