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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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亀裂の入った空を仰ぐ

フィアレインはミカエルの後ろから飛び出し、睨み合うミカエルとゼムリヤの間に入った。


「喧嘩だめ。これからフレイを一緒にやっつけるんだから」

「そうそう、フィアの言うとおりだよ」


フィアレインとエルヴァンの言葉に睨み合っていた二人は視線をそらした。


「神様、もしこのエルフが失礼な事をしでかしたら、制裁はこのミカエルにお任せください」

「大丈夫、大丈夫」


フィアレインは慌てて首を横にぶんぶん振った。

エルヴァンはゼムリヤの腕を引いて促し言う。


「ほら、ゼムリヤも行くよ。もう神様と争う必要がないってことはミカエルと争う必要もない。君には芋があるじゃないか」

「そうだな……今の俺には芋こそ全て」

「そうそう!フィアもミカエルにちゃんと首輪つけといて!」


ずるずるとゼムリヤを引っ張り歩くエルヴァンの後に続く。


「ミカエル、ちゃんと仲良くするんだよ」

「努力します」


救世軍解散の危機はとりあえず防いだらしい。胸を撫で下ろし、先を歩く者達の後を追った。

歩きながら背後のミカエルに話しかける。話しかけづらいから横に並ぼうとしたら、とんでもないと言われた。

何とも複雑な気分だ。


「ねえ、ミカエル。さっき結界を破壊してアルフヘイムへの道を開くって言ってたけど……。天界とエルフの戦争の時にはアルフヘイムへ攻め込んでないの?」

「はい。先代の神様はエルフを滅ぼすおつもりはなかったので」

「そうなの?」


そうです、と肯定するミカエルにフィアレインは疑問を抱いた。では何故戦争などになるのか。

エルフは人間界に住み、天界には行けない。神がエルフを滅ぼすつもりなどないなら大規模な戦争に発展する理由がない気がする。


「神様は創世まもない頃、まだエルフと天界が戦争をしていた頃の歴史をご存知ですか?」


ミカエルの問いかけにフィアレインは少し考え込む。

ヴェルンドは簡単に歴史を教えてくれたが、それはおそらくエルフよりの考えでの歴史だろう。それに天界とエルフとの戦争の経緯など聞いたことがない。

人間の間で語られる歴史は聖書に記されていることに等しい。文字を学ぶ際にルクスに色々教えてもらったが、これも色々脚色されて実際の歴史とは程遠いのかもしれない。

そう考えると自分は何も知らないのだ。

フィアレインは首を横に振った。


「そうですか。簡単にお話させて頂きますね。当時、先代の神様と人間は密に関わっていました。先代の神様は俺たち天使を使いとして人間界に派遣していたのです。神殿は神様の使いである天使が訪れ人間に神様の言葉を伝える場所でありました。

天界とエルフの戦いはエルフ側がそのように人間界を訪れた天使を害したことから始まったのです」

「そうなんだ。エルフが邪魔だから滅ぼそうとしたんだと思ってた」

「もしそうだとしたら……神様は最初から、混沌より生まれたエルフを天球へと入れなかったと思います」


ふとフィアレインは思い出した。

混沌より自然発生したエルフはいつのまにか天球の中にいて自力で外に出られないとエルヴァンが言っていたではないか。自力で出られないと言うことは自力で入ることも出来ないと考えて差し支えないだろう。ならば誰が彼らを天球の内に入れたのか。ミカエルの語る通り、神しかいない。

だがエルヴァンの口ぶりだとエルフ達自身はそれを知らぬのだろう。


「エルフ達は中途半端な創造の力しか持ちません。世界の創造など出来ないのです。

天球の外側、混沌の中にいては生命として生まれたものもすぐに混沌へ還ったでしょう。ですがそれを知らぬエルフ達は恩知らずにも神様へと仇をなす様な真似を。

挙げ句の果てに、その中途半端な創造の力で生き物を創り出し世界の生態系を乱す真似まで行ったのですから許し難い」


フィアレインは何も言えず黙った。

ミカエルの言うことが真実だとしたら、フレイの天球の外へ出れば本来の力を取り戻せるという考えが間違いであると分かる。

だがフィアレインには何が真実かは分からない。ミカエルは神側の存在だ。

それに今過去のことをあれこれ言っても意味がない。今目の前で起こっている事が重要だ。世界を滅ぼそうとしている者を倒す、ただそれだけだ。

そう決意して、先を歩く仲間達に遅れないよう足を早めた。宿を出て、しばらく歩くと大きな建物がある。ここが集会所だ。

集会所には既に多くの者が集まっていた。エルフとハーフエルフでごった返している。

人々の間をすり抜けあらかじめ用意されていた椅子に腰掛ける。

部屋の一番奥には黒板があった。大きな地図が貼られている。

もう少し参加者が集まってから開始するようだ。今はそれぞれ雑談に興じている。


「そういえばミカエル、世界の修復はフレイを倒した後で大丈夫なのか?」


フィアレインの横に座るシェイドが身を乗り出してミカエルに尋ねた。


「大丈夫と言うよりも、そうでなければ意味がない。今神様がどれだけ世界へと力を注いでもその分を吸収されてしまう」

「まあ、そうなんだろうけど……フレイを倒しました、でも世界は滅びましたじゃ困るからな」

「……神様がいらっしゃる限り、それはあり得ないことだ」


ミカエルの断言にシェイドはそんなものかと頷き、背を椅子へと預けた。だがその表情はあまり冴えない。

フィアレインは暇なのとお昼時でお腹が空いたのもありチョコレートを取り出して齧った。やはり美味しい。人間界でもチョコレートが買えたらいいのにと思う。

そうだ。いいことを思いついた。

シェイドが勇者を引退したらお菓子屋さんをするように勧めよう。そして自分はお店番をするのだ。

その思いつきを口にしようとした時、集会所の扉が閉じられた。そしてエルヴァンが立ち上がる。


「えーっと、とりあえず揃ったかな?」

「大丈夫です!いない奴らには後で伝えるように決まってます」


エルヴァンの問いに答えたのは扉を閉めたエルフだ。まだそんなに歳を重ねていないようだが純血のようである。

エルヴァンは頷いた。そしてゼムリヤを促す。彼は立ち上がると黒板の前へと歩いて行った。

それを見届けエルヴァンは再び椅子に腰掛けた。


「えーっと、じゃあ始めるぞ。堅苦しいのは苦手だからいつも通りで許せ。アルフヘイムへと攻め込み、フレイを討つ。編成については既に各自に通達してるから、それはいいな」


何だか難しい話が始まってしまった。皆真剣な顔をして聞いている。

フィアレインは退屈さにたえかねて瞳を閉じた。



気付けば見知らぬ場所にいた。

おかしい。自分はハーフエルフの村の集会所にいたはずだ。

辺りを見渡す。なんとも不思議な場所だ。

ぽっかりとあいた空間でその奥には樹の幹のようなものが見える。そしてそこにフレイがいた。

樹の幹の前に立つ彼はゆっくりと背後の樹の表面へと引き寄せられ、その中へと身を沈めていく。堅いはずの樹の幹はまるで水面のようにフレイの身体を受け入れていた。

自分はフレイの真正面に立ち、それを見ている。

自分の内から声が聞こえた。『これで良い』と。その声は自分のものではない。この声は目の前にいるはずのフレイの声だ。

フィアレインはそこで気がついた。これは自分がフレイに乗っ取られていた時の記憶だ。

この目の前の樹こそがセフィロトの樹だ。

フレイは世界から力を吸い上げているセフィロトの樹と同化している。いや……自分が神の力を使い、彼をセフィロトの樹と同化させたのだ。

それによって世界から吸い上げた力はフレイの物となっているに違いない。

どうしよう。これはかなり厄介なのではないか。

ただでさえ絶望的な状況でとんでもない事を思い出し、フィアレインは立ち尽くす。

その時遠くから声が聞こえた。


「……ア、フィア!」


自分を呼ぶ声にはっと我に返る。肩が揺さぶられていた。

閉じていた瞳を慌てて開くとシェイドが自分の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫か?」

「うん……」

「……フィア、ヒゲが生えてるぞ」


シェイドが笑いまじりに言った。

ヒゲ。

ヒゲとはあれだろうか。シェイドやルクスが毎朝口周りを刃物で剃っているのをよく見る。

自分も大人の仲間入りなのだろうか。まだ六歳なのに。

首を傾げているとシェイドが手巾を取り出して、フィアレインの口周りをごしごしと拭いはじめた。


「チョコレート食べながら寝るからだぞ」


フィアレインの口周りを拭った彼の手巾は茶色く汚れがついていた。


「もうヒゲはえてない?」

「ああ。フィア、いつから寝てた?話聞いてたか?」

「うーん……わかんない」


多分全然何も聞いてない。

だがどの道自分はシェイドやミカエルについていくだけなのだから問題ない。


「そうか。ま、いつものことだしな……」


集会への参加者はそれぞれ出口から出て行っている。もう全て終わったのだろう。

この場に残って話し込んでいるのはごく僅かだ。彼らは机の上の地図を覗き込んでいる。いずれも純血で長い時を生きて居る者たちばかりのようだ。

ミカエルもアダムとともにそこにいて、エルフ達と話している。


「ゼムリヤさん、俺たちももう行きますね」


シェイドは残って話し込んでいる者の一人であるゼムリヤに声をかけた。ゼムリヤは顔をあげ頷き返すとまた真剣な表情でその場の者たちと何か話しはじめた。


「神様、俺もここに残ります」

「うん」


ミカエルへと返事をし、シェイド達とともに集会所の外へと出る。

宿への道すがら公園を見つけた。集会所へと行く途中には気づかなかった小さな公園だ。砂場といくつか遊具があるだけのそこに子供達の姿はない。

こんな状況で子どもを外に出す親がいないのか、もしくは子ども自体がいないのかもしれない。

グレンの話ではこの村の人口は三百人程だと言う。

ハーフエルフ同士でしか子どもが出来ないことから人口は増えることがないらしい。ハーフエルフの寿命が五百年ほどだから人口の減少には時間がかかるとは言え、彼らの種としての未来は明るくない。

そもそも人間と子をつくり添い遂げるエルフ自体が少ないのだから。

フィアレインはそんな事を考えじっと公園の遊具を眺めた。

立ち止まった自分に気づき先を歩いていたシェイドが戻ってくる。ルクスとグレンに先に戻っていてくれと伝えていた。


「昼食までには戻ってきてよ」


グレンはそう言うとルクスと二人で宿へと戻って行く。

フィアレインは砂場の前のベンチに腰掛けた。シェイドがそれを見て不思議そうな顔で近づいてくる。


「なんだ遊びたいんじゃないのか?」

「フィアああいうの使ったことがないもん」


ある程度の間隔をおいて設置された遊具を指差して言った。

使っている子供達を通りすがりに見たことはあるが実際使った経験がない。公園で遊ぶような生活をしたことがないのだ。


「じゃあ、何事も体験だ。ブランコでも乗るか」


ひとつの遊具の前に連れていかれる。

支柱のようなものから真っ直ぐ下へと垂らされた二本のロープの先には横木が繋がれていた。

シェイドはその横木にフィアレインを座らせた。そして彼自身はその隣へと立ち、ロープを持って前後に揺らしはじめる。


「ねえねえ、シェイド。フィアね。さっき思い出したんだけど……フレイに乗っ取られてた時に、セフィロトの樹とフレイをくっつけちゃったみたい……」

「くっつけるって……。俺、今セフィロトの樹が人面樹になってるの想像したんだが……」


フィアレインは人面樹の一言に、セフィロトの樹の幹にフレイの顔が浮かび上がった姿を想像した。思わず笑ってしまう。


「……かっこ悪いね」

「そうだな。ちょっとごめんこうむりたいよな」


二人でひとしきり笑う。

笑いがおさまったところで、夢で見た光景を説明した。フレイが樹の中へと飲み込まれたその後は自分には分からないけれど。


「聞けば聞くほどあいつが何をしたいのか分からなくなるなぁ」

「うん」

「そもそもセフィロトの樹を使えば世界へと干渉出来るってのも謎なんだよ。何かおかしい話だよな」


シェイドの疑問にフィアレインは首を傾げた。彼はブランコを揺らしながら続ける。


「大体、フレイ自身の力だと世界へ干渉出来ないんだろ?それなのに奴の力で創造されたセフィロトの樹を使えば世界へと干渉出来るって……矛盾してないか?」

「うーん。セフィロトの樹は世界の綻びから根をはって世界の力を吸い上げてるってエルヴァン言ってたけど」

「そもそも、その世界へと根を張るとか力を吸い上げること自体も『世界への干渉』じゃないのか?フレイ自身が出来ないことを奴の力で創ったものに出来るとは思えん」


フィアレインはシェイドの言う言葉を頭の中で整理した。創造の力で己の力以上のものを創れれるかどうか、という事か。


「大体そんな器用な事が出来る奴なら、長年の研究結果があんな悪趣味な生物を創り出したりしないと思うが」

「そうかも」


フィアレインは乗っ取られ朧げな意識の中でフレイの行動を見ていた。

自分自身の研究結果では満足な生命体を創れない苛立ち。エルヴァンの家へと再び乗り込み勝手に資料を漁ったこと。そこでも何も見つけられず、フィアレインの記憶を辿り天界へと訪れるも固く閉ざされた扉。

それ以上のことはフィアレインには分からない。

だが、おそらく……。


「フィア?」

「んにゃっ!」


ぼんやりとしていた所に突然呼びかけられブランコの上で飛び上がる。落ちそうになって慌ててロープにしがみついた。


「あぶね!どうした?」

「ううん……なんでもない」


確証はない。余計なことを言うべきではないと思った。たとえそれが己のなかで確信めいたものであったとしても。

慌てて話題を変えるべく頭を働かせる。


「それはフレイやっつけて世界を修復してから考える!」

「そうだな」

「そんなことよりもシェイド。フィアね、いいこと思いついた」

「いいことって……」

「シェイドは勇者を引退したらお菓子屋さんやるの!」


魔界からチョコレートを仕入れて売りさばくのだ。自分はしっかりばっちり店番をするのである。


「お菓子屋さんって。勇者を引退したら、か。そんな日が来るのかな」


シェイドは苦笑をもらした。

何故そう思うのだろうか。人間には老化というものがある。一番力が強い状態の時で成長が止まるエルフや魔族とは違うのだ。

さすがに勇者と言えど人間だ。彼はハーフエルフ達よりも強いが、人間としての肉の器の縛りはちゃんと存在する。


「いや、もし俺がお役目を終えたら……終えることが出来たら、勇者なんて存在は国家とか教団からすると邪魔な存在だろうし」

「なんで?」

「下手に力持ってるだろ?それを使って権力を得ようとするんじゃないかとか、俺がどっかの組織に取り込まれて敵勢力を強くしたらどうしようとか。色々考えるんだよ。まあ戦えないようなヨボヨボの爺さんにでもなれば別だけど……それでも勇者って言葉だけで利用価値を見出すかもしれない。

だから各地をまわってひたすらお役目を果たしている内はまだいい。それを終えるなら死んでくれ位思われてもおかしくないんだよ」

「変なの……」


本当に人間は理解不能な生き物だ。

フィアレインは思わず亀裂の入った空を仰いだ。

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