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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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取り戻した身体

フィアレインはベッドに横たわりぼんやりと天井を見つめていた。脱力感が酷い。

ここは魔界。ルシファーの城である。

フレイに身体を乗っ取られ好き勝手にされていたのを多くの人の手により救われてからこの部屋へと運び込まれた。

ただでさえ使い慣れない神の力、特に創造の力を限界まで使われ身体はボロボロだ。

扉を開く音がしたため、そちらへと顔を動かす。

ルシファー、ミカエル、シェイドの三人がまず入り、その後にベルゼブブが続いた。ルシファーと目があうと彼は驚いたように言う。


「なんだ起きてたのか?」

「うん」

「神様、どうぞそのままお休みになってください」


ミカエルが起き上がろうとしたフィアレインを慌てて押し留めた。

その言葉に甘え、再びベッドに横になる。実際起き上がるのはかなり辛かった。


「今のお前の状態を説明しておこう」


さっさとベッドの横にある椅子へ腰掛けたルシファーが話し始める。ミカエルは立ったままで、シェイドはフィアが寝ている大きなベッドの空いてるスペースに腰掛けていた。ベルゼブブは扉の前に立っている。


「動けないのは、あのエルフに身体を乗っ取られ散々力を使われた影響だ。我々は人間と違い己の肉体を魔力で形成しているのは知っているな?

今お前は肉体の形成にまわす魔力で精一杯の状態にまでなっている」


フィアレインは小さく頷いた。今までどんなに魔法を使ってもこんな脱力感はない。自分でも危険な状態だと分かる。


「だから絶対安静だ。これ以上魔力が失われることがあれば、肉体は崩壊しエーテル体と魔力と精神体の塊へ姿を変えてしまう」

「うん」

「神様、宜しければこちらをお召し上がり下さい」


ミカエルが手にした果物を差し出した。赤い見たことのない果実だ。


「これは天界に生える生命の樹になる実です。回復の助けとなるかと」

「ああ、お前それを採りに天界へと戻ったのか」


ルシファーは生命の樹の実とやらを知っているらしい。

フレイに乗っ取られてから何も食べてない。だが食欲はなかった。それよりも気になることがある。


「うん。あとで食べる。ねえ……人間界は?」


フィアレインの問いかけにその場にいた者達が顔を見合わせた。

自分は朧げながら覚えている。

フレイに身体を乗っ取られ、あのエルフの出来損ないを沢山創ったことを。そして、自分はフレイにも何かした。

それが思い出せないのだ。

フレイの本体がいて、その背後には巨木があった。一体そこで自分はフレイに何をしたのだろう。

ふと見るとシェイドがナイフを取り出し、ミカエルが差し出した果実の皮を切り分けている。木皿を出して切り分けた果実を盛り、そしてフィアレインを抱き起こした。その背中にベッドに沢山用意されているふかふかした枕を入れてくれる。


「これ食べると回復早くなるって話だからな。自分で食えるか?あー、手が震えてるな。ほら口あけろ」


フォークで刺した果実を差し出され仕方なく口を開ける。口に入れられた果実を噛むと甘酸っぱい味が広がった。

かなり美味しい。

フィアレインが飲み込むのを確認してから、またシェイドが果実を差し出す。そうやりながら彼は人間界の様子を語りはじめた。


「まあ、はっきり言ってあまり良くない。人間界は混乱の渦に陥っている。

空にははっきりと亀裂が入ってる。日中は青い空に黒いひび割れが見えるくらいだ。

エルフの出来損ないたちもあちこちに現れてだしてな。空飛んだり、海泳いだりして世界中に連中が広がってる。一番酷いのはアルフヘイムのある地と風の大陸だけど……」


シェイドの言葉にフィアレインはもぐもぐやりながらも俯いてしまう。


「神様のせいではありません。あのエルフの行ったことです」

「でも……」

「そんな落ち込んで自分を責める暇があったら、それ食って、さっさと回復してくれ」

「ルシファー!」


ミカエルの制止にもルシファーは怯むことなく続けた。


「我々は魔界から出られん。今下の者達は色々議論してるようだが……私は魔界から出ることを許可するつもりはない。

だから人間界のことはお前に頼もうと思っていた」

「そうそう!今は落ち込むよりも回復のすることを考えろ。心配すんな、大丈夫だ。

エルヴァンさんがアルフヘイムを出て暮らしてるエルフ達にも声をかけてくれてる。お前が元気になったら皆でアルフヘイムに乗り込んで、あのとんでもないエルフを倒せばいい。

だから今は元気になることだけ考えろ、な」


シェイドの言葉にミカエルも頷いて言った。


「俺もアダムも行きます。だから神様は今はゆっくりお休み下さい」

「うん」


俯いて布団を見つめながら今後自分がとるべき行動を考える。身体を乗っ取られたとは言えエルフの出来損ないを創ったのは自分だ。ちゃんとケリをつけなければならない。

それに世界が滅ぶなんて受け入れられないのだ。

自分が神の力を持っているとかいないとか関係なしにそう思う。

フィアレインが考えるのはこれからもずっと仲間たちと一緒にいたいと言うことだ。この生活を失いたくない。


「みんなが無事で良かった。フレイに身体を乗っ取られてたって言っても……フィアがみんなを傷つけるなんて、たえられないもん……」

「そうだな。みんな無事だ。だから先のことを考えよう」


シェイドだけじゃない。その場にいたルシファー、ミカエル……ベルゼブブさえも頷いている。

それを見て落ち込むのはやめようと思った。そんな場合じゃないのだから。

果実を全て食べ、シェイドに促されて再びベッドに横になる。また様子を見にくると部屋を出て行く彼らの後ろ姿を見送った。

一人になると、再び不安が込み上げてくる。

どうしても思い出せないこと。自分がフレイへと神の力を使って施した事が何かという事。

一体自分はフレイに何をしたのだろうか。

フィアレインはどうしても思い出せないそれが自分たちにとってとても重要なことのような気がしてきた。

ため息をつき、フィアレインは目を閉じた。



フィアレインは気付けば知らぬ場所にいた。

おかしい。自分は寝ていたはずなのに。また誰かに夢に侵入されたのだろうか。

周囲を見回そうとして気づく。

自分の肉体がないことに。

だが周りを見ることは出来た。何もない空間だ。

そこで思い出した。これはあのオアシス都市で突然意識を失った時と同じである。あの時の事を鮮明に思い出した。

あの時もこうやって肉体がない状態で何もない空間にいた。そして変ないじけ虫に話しかけられたのだ。何故忘れていたのだろう。


「誰がいじけ虫だ」

「うにゃっ!」


突然話しかけられ驚く。

そしてやはりこいつかと納得した。また何か目的があってフィアレインを呼び出したに違いない。

だがフィアレインは一つ疑問に思った。

自分を呼び出したコレが神ではないかとあの時思っていたのだ。この間呼び出された時に何者かと聞いたが、答えは聞き取れなかった。

だがルシファーから自分の出生を聞いた今、これは神ではないと言える。神は自分が生まれる前に消滅したのだ。

ならば、これは一体何者なのだろう。


「だれ?」

「私は……そうだな。ケイオスとでも名乗っておくか」

「むー!偽名使う奴は怪しいから気をつけろ!ってシェイドが言ってたもん!」


まさかこいつも変質者か。


「誰が変質者だ!誰が!」


その反論にフィアレインは思い出した。そう言えばこいつは人の心が読めるらしいと。

もっとも肉体のない状態で会話を行っている時点で色々と変だが。


「だって、変なんだもん。しかも偽名だし……」


常々シェイドから変な人と関わってはならないと言われている。自分は良い子なのだ。言いつけは守らねばならない。


「当代の勇者もつくづく変わり者だ」

「シェイドのこと悪く言わないでよ」

「まあ、そのような事はどうでも良い……。そんな事よりどんな気分だ?お前は神であった。この世界、この箱庭のなくなっても意味のない……ただの歯車ではない」


そう言えばこいつは人の事をいくらでも代わりがいる存在だと言っていた。


「んー。別に……」

「は?別にとは?」


代わりがいるとかいないとか、そんな事は自分にとってどうでもいい話だ。


「フィアはフィアだもん」

「たとえ己が神であっても?」

「うん」


むしろ神だから何だというのだ。

神であろうがなかろうが、何も変わらない。ただのハーフエルフでも一緒だ。

誰でもそうじゃないのか。

自分の知る者たちを頭に思い浮かべる。種も住む場所も違う彼らを。

替えがきく存在なんてないのだ。少なくとも自分自身の世界の中では。

ルシファーが言っていたという。みな自分の世界を愛し守りたいと思っていると。


「やはり妙な娘だな。知っているか?先代の神、創造主は自分のままならぬ者たち、運命に絶望し消滅した」

「何でも思い通りになると思う方が間違いだもん……」

「神であっても?」

「うん。それに……神様は、前の神様は本当にそんな事に絶望したの?」


フィアレインは思ったのだ。

前の神様は寂しかったのかも知れないと。

自分のいう事を聞くように作ったミカエル以外誰も残らなかったことが寂しかったのではないか。

ルシファーたちが堕天する際に破壊された天界の建物が全てそのままにされていた事からもそう思うことが出来たのだ。神の力を使えばあの様な物はすぐに修復可能なのに。

たとえ引かれた線の上を歩かされているように感じても、日々の生活が幸せであったならそれに絶望することなどないだろう。それを自分の選択だと胸を張って言えるに違いない。


「創造主は運命に絶望し、ルシファーは運命に抗う道を選んだ。そしてお前はその運命すら否定すると」


感慨深くさえ聞こえるその言葉を黙って聞いた。

フィアレインに言える言葉はない。目の前の存在について何も知らない。

ただ以前言っていた。自分は特別で歯車になどならないと。


「幸せ、とはそんなにも価値のあることなのだろうか。私は多くの記憶を見ることは出来ても、その感情を共有することはない。

今まで生まれ滅んだ数多の神、世界、そこに生きる者たち。その記憶は私にそれを教えない。

私も余りにも長い間見続け傍観者であり続けた。そしてそれにも飽きてきた。今回は自分に出来る限りで干渉してみたのだ。おかげで過去にない面白い展開になりつつある。だが、それでも私はそこに生きる者達の感情を共有できない。

あたらしい神よ。一つ私と取引をしないか?」

「とりひき?」

「そうだ。私はお前の一部となり、幸せとやらを、世界の中で生きるという事を知りたい。見返りはそうだな。知識ではどうだ?

私は世界へ多少干渉する程度の力しかないが、私から生まれた数多くの世界の記憶がある」

「私から生まれたって……?」


もしやこいつ……お母さんか。

フィアレインは子だくさんの家庭を想像した。


「何でそうなる!私は混沌の意思だ、混沌の!」


ほうほうと納得する。

どうやら自分は勘違いしていたようだ。そもそもこいつが生まれるなんていう言葉を使うからいけないのである。


「はぁ……もう良い。お前には何を言っても無駄な気がしてきた。それで、どうなのだ?」

「うーん……フィアの一部になるって……フィア、なんか変わる?」

「何も変わらん。たまにお前の意識に話かけるくらいか。お前から私に話しかけることも可能だ。神の力の扱い方を知らぬお前には利点の方が多い」

「ふーん、じゃあいいや」

「では早速」


自分に眩い光が近づいてくる。

次の瞬間不思議な感覚がおそった。

椅子に座っている時、むりやりその椅子に他の人間が割り込んで座ろうとしてきたような感覚だ。肉体もないのにそんな感覚にとらわれる。


「よし、これで完了だ」


自分の内から声が聞こえてきて驚く。


「何をそんなに驚いている?私はお前の一部となったのだ。さあ、戻るぞ。ルシファーが私のお前への干渉に気づいたようだしな」


またどんどん意識が薄れていく。

身体のだるさが再び自分を襲い、ゆっくりと目を開いた。

自分が寝ていた部屋だ。

別の者の意識が自分の中にあると言うが実感がない。受け入れておいてなんだがこれからどうなるのだろうか。

そんな事を考えながら再び眠りの中へと落ちていった。

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