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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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勇者、魔界へ行く 2

ミカエルは呆れたように首を振る。


「さっきから何なんだ、ルシファー」

「いやいやいや、おかしいだろう!神の人形とまで言われ命令されたことしか行わず、自発的に行動することのないお前が!」

「人は変わるというが、天使とて同じこと」

「信じられん!」


黙って聞いていた玉座に一番近い場所に立つ茶髪の魔族がまあまあとルシファーをなだめる。


「良いではないですか、ルシファー様。神を乗っ取ったフレイが一番行きそうな場所は天界だったのですから。

ミカエル、天界を封じたとのことだが、例の鍵を使ったのか?」

「そうだ。いま鍵は俺がもっている」

「ならばフレイはここ……ミカエルの元へ訪れる可能性が高いでしょう」

「なあ、本当に来ると思うか?」


シェイドは思わず聞いてしまう。

そんなに上手くいくだろうか。自分たちがこうして身構えている間にもさっさと世界を滅ぼすかもしれないのだ。

先ほどの茶髪の魔族がシェイドの方を見て、ルシファーに説明して良いかと許可をとる。そこではじめて彼の名がベルゼブブだと知った。


「勇者よ、お前の懸念は理解する。だが我々は天使時代いく度となくかのエルフと戦い、知っている。あの者の神の座への執着を。神より先に生まれていたならば自分が神となり素晴らしい世界を創造したのにという妄執を抱き続けているような男だ。

天界には世界創造、生命創造にかかる貴重な資料がある。神の力を手にした今、その力を使いこなす為それを求める可能性は高い。あの娘は神の力を持ってはいても、その使い方は何も知らないのだから。

天界へと侵入できなければ、そこにいるはずのミカエルを標的として転移してくるだろう」

「ベルゼブブの言うとおり。そしてあのお子様が持っているのは神の創造の力だけでない。破壊の力も持っている。そんな厄介な存在が奴の手に渡ったという事を我々は覚悟せねばならない」

「ちょっと大げさじゃないか?」


シェイドは辺りを見渡して恐る恐る反論した。ここに立ち並ぶ高位魔族たちはたった一人でも一瞬で勇者とは言え人間にすぎない自分を消しされる。

これだけ人数が揃っていてフィア一人相手に厄介な存在も何もない気がするのだ。


「まったくもって大袈裟な話じゃない。あのお子様をフレイから解放する際に、我々がお子様を殺してしまう可能性よりも……あのお子様にここにいる全員が皆殺しにされる可能性の方が遥かに高いからだ」


シェイドは絶句した。仲間二人も言葉を失っている。

神の力とはそんなに強大なものなのだろうか。

ならば何故過去に起こった戦争の際、エルフを完全に粛清できなかったのか。


「普通の神の力ならばそんなに問題にはならん。だがあのお子様はさっき言ったとおり破壊の力も持っている。

神の魔力で底上げされた破壊の力。無駄に長く生きているあのエルフはお子様と違いそれを使いこなせるだろう。更に言うならば所詮他人の身体だ。限界まで力を使い込んでも痛くも痒くもない。お子様の力を使い潰すかのように使うだろうな」

「フィアにはセフィロトの樹の枝が刺さっていて、それで操られてるんだが……それを抜くとなると間近まで接近しないといけない。出来るのか?」


シェイドの問いに答えたのはルシファーではなかった。ミカエルである。


「それについては問題ない。アダムが神様に接近し、枝を抜く」


アダム、とミカエルは連れていた謎生命体を促した。謎生命体は力強く頷く。

シェイドはあまりのことに呆気にとられてしまった。周りで聞いている他の面々、仲間や魔族達、ルシファーもだ。

このチョコレート製の謎生命体アダムが神の力に向かって行けるのか?


「えー、ミカエル?アダムにやらせるのはちょっとばかり無理がないか?」

「無理などない。アダムにしか出来ないことだ」

「ミカエル、意味が分からない。そう思う理由を説明してくれ」

「アダムは特別な能力を神様により与えられている。物理攻撃は効かない。どのような損傷を受けようともすぐに復活する。魔法攻撃も無効だ。ルシファー、お前の消滅魔法であろうともアダムには効かん。

そして……」


ミカエルが続ける言葉にその場の一同は息をのむ。既に告げられた二つの能力だけでもかなりのものだ。

見た目はこんなで、喋ることも出来ないのにアダム恐るべし。倒す方法がないではないか。


「食料にもなる」

「おい!最後のはなんだ!最後のは!物理攻撃と魔法攻撃が効かないのか分かるが食料になるっていうのの何処が特別な能力だ!」

「ルシファー様、落ち着いてください」

「落ち着いていられるか!ミカエル、お前本当に変だぞ。あのお子様神様の影響を受けすぎだ!」


ミカエルはルシファーの怒りもどこ吹く風である。

ベルゼブブは苦笑しながらルシファーをなだめるように言った。


「まあミカエルは『神の如き者』ですから。神の力の影響を受けるのでしょう。この場合は神の人格の影響と言うべきでしょうが……」

「その影響がいいんだか、悪いんだかわからんな。まあアダムの能力は今回大きな助けとなるが」

「そうです。そこのアダムならば神に接近が可能な訳です。今回の作戦で神に接近することが一番の難題であり、それが解決されたのですから喜びましょう。

私はこの場にいる魔族の大半を囮として犠牲にする覚悟をしておりましたので。

我々が殺されない程度に神の意識をひきつつ逃げられないようにし、その隙にアダムが神に接近して枝を抜けば良いでしょう」


ミカエルは背後に立っているアダムへと振り返り言い聞かせた。


「アダム。神様をあの忌まわしいエルフから解放出来るかは全てお前にかかっている。神様から頂いたその能力をいかせ」


アダムは八本の腕のうち右側の四本でビシッと敬礼する。

なんだか見てるだけでこちらの全身の力が抜けて来るような生命体だ。


「じゃあ、とりあえずどうするか。全員この城に滞在してもらうとして……お子様神様がいつ現れるかわからん……」


ルシファーが言いかけたその時。彼が座る玉座の真上の空間が歪み始めた。

ルシファーは立ち上がり、玉座とは反対の方向へと下がる。今シェイド達がいる方向へと。

その場の全ての者がその空間の歪みを鋭い視線で見ていた。それぞれが武器を取り出す。

ルシファーに手を振られ、玉座の近くに居たもの達が扉の近くまでじりじりと後退りした。その間も玉座の上の空間から目を離さない。

歪んだ空間が開き、銀色の渦巻きが現れる。そこから姿を見せたのは虚ろな目をし、身体に枝が刺さったフィアだ。

彼女の背後で空間が閉じる。宙に浮いたままフィアは周囲を見渡し、ミカエルに目を止めた。


「ここにいたか。探したぞ」


その声はフレイのもの。やはり犯罪だ。

床へとおり立ち、他の者へは目もくれずミカエルに言う。


「天界へ行こうとしたが入れなかった。鍵はお前が持っているだろう。よこせ、神の命令だ」


ミカエルは首を横に振り、神の命令を拒否する。


「魔族と結託し神に逆らうつもりか、ミカエル?」

「お前は我らが神様でない。不遜にもそのお身体を乗っ取った痴れ者め」


ミカエルの手の中に突然剣が現れる。

シェイドも剣を構えようとしたが、突然前に割り込んで来た魔族に身体を後ろへとやられる。

振り返ったその顔はよく知っている、アスタロトだ。

フィアはミカエルの返答に顔を歪めた。


「あまりにもありきたりな展開でつまらんが、お前が鍵を渡さんというなら無理やり奪うまで。魔族どもも余計な邪魔をする者は消す」

「神の力を手に入れた途端、今まで以上にふてぶてしくなったな、フレイ。我々魔族全員を敵にまわして戦う暇があったら、お子様神様に自分の身体でも修復してもらえばどうだ」


ルシファーが防御魔法を展開しながらフレイを挑発するような言葉を投げつける。だがフレイの声はそれを笑って流した。


「自分の身体?神の身体、これこそが私の身体だ」


その嫌な笑いを邪魔するようにルシファーの放った消滅魔法がフィアへと襲い掛かる。それを彼女は転移でかわした。だが転移した先へとミカエルが雷撃を放つ。彼女は身軽な動きでそれをかわしていたが一筋の雷撃が腕へと命中し、片腕が消し飛んだ。

それを治癒しようともせず自分と対峙する者たちから距離をとり、残された片腕をあげた。

魔法攻撃が来るか、とその場のものたちは身構えたが違った。彼女と自分たちの間の誰もいない場所、その床がまるで命を持ったかのように脈打つ。固い

床が浮かび上がっては戻りを繰り返す信じられない光景がおさまった。すると、ずるずると床から何かが生えてくる。

大量に生えたきたそれの顔が目に入り、凍り付く。それはエルフだった。

少し先が尖った耳、男女様々のエルフが床から生えてくる。だがその身体が完全に床から現れると、それがエルフとも言えない謎の生命体であると分かった。

下半身がドロドロに溶けその肉が触手のようになり這いずっているもの。溶解した腕が変形しハルピュイアのように翼状になっているもの。

それぞれ微妙に違うが、そのどれもが出来損ないのようなエルフである。


「なんだ、これは」


ルシファーが嫌そうにその出来損ないのエルフを見て呟いた。


「私が今まで研究した生命体の知識と神の力で創り出した」

「気が遠くなるほどの年月の研究結果がこれでは話にもならんな」

「今後いくらでも時間はある。神の力を用いて研究すればもっと素晴らしい生命体が創れるだろう。それにこれはこれで使い途がある。使い捨ての駒としては優秀だ。いくらでもあるぞ」


フィアが笑うと、床から生まれた出来損ないのエルフたちが一斉にこちらへと向かってきた。


「ルクス、グレン。援護頼む」


シェイドは自分の目の前へと舞い降りた腕が翼へと変形しているエルフを睨み、背後の二人へ言った。

出来損ないでもこれはエルフだ。油断できない。

実際に周囲の魔族と他の出来損ないエルフは強力な魔法を操り戦っている。

出来損ないエルフがあっという間に間合いを詰めて来る。その翼状の腕は刃物のようなものに形を変え、それを振りかぶる。

シェイドは下から跳ね上げてその攻撃をいなすと、すぐに手首を返して反撃に出た。

シェイドの攻撃を後ろへと下がることでエルフは逃れるが、グレンの放った風の刃に身体を引き裂かれる。

苦痛の叫びをあげたそれにルクスの聖属性の炎が襲い掛かるが、エルフは治癒魔法で負った傷を癒した。


「治癒魔法まで使えるのか……」

「でも、自我はあるかビミョーだよなぁ」


シェイドの呟きに答えたのはアザゼルだ。何時の間にか隣へとやって来ている。別の出来損ないエルフと戦っていたはずだが、どうやらそれは片付けたらしい。


「確かに知能はあるみたいだけどな。こいつら喋りもしないだろ?与えられたことをこなすだけってとこか?」


アザゼルは首を傾げながら言うと、ほら行くぞとシェイドを促した。

周りは乱戦だ。だがそのずっと先でフィアを相手とする者たちの姿が目に入った。

ルシファーをはじめとする魔族が十人ほど。おそらく彼らは魔界の中でも上位のものだろう。アスタロトもそこにいた。

そしてミカエルとアダム。

彼らはフィアへと魔法を放ちつつ、彼女から放たれた魔法を避けている。

目の前の出来損ないエルフが放った魔法をアザゼルが防ぐ。シェイドは剣を手にエルフへと迫った。

視界の端にアダムがフィアへと駆け出す姿が目に入る。

フィアが消滅魔法を広範囲に放った。相手をしていたミカエルとルシファー達魔族が後退し避ける。

アダムだけがそのまま消滅魔法の中を駆ける。漆黒のその中でも指一つ失わずにアダムはフィアへと向かっていく。

今度は雷撃がアダムを襲ったがびくともしない。風の刃で切られても、切られた部分が液体化しまた接合する。


「無敵だな!アダム!」


シェイドが切り裂いたエルフへ消滅魔法を叩き込みながらアザゼルは笑った。


「あんなへぼい見かけなのに……」


各魔族達は目の前の出来損ないエルフの相手をしながら、浴びせられる魔法にも走るフォームが乱れないアダムに視線が釘付けだ。

だが次の瞬間、フィアの放った業火にアダムが包まれた。

その場に強いチョコレートの甘い香りが充満し、炎が収まったそこにアダムの姿はなかった。

ルシファーがミカエルへと叫ぶ。


「ミカエル!話が違うぞ!溶けただろうが!」

「ルシファー様、なんと言ってもチョコレートですから……」


だが周囲の動揺を気にすることもなくミカエルは言った。


「見ろ、ルシファー」


その言葉にその場の一同の視線が床のある一点に釘付けとなる……目の前の出来損ないエルフの相手を適当にこなしながら。

床に広がる溶けたチョコレートが蠢いた。そしてそれは再び人型をつくると立ち上がり、またフィアへと駆け出す。


「再生機能も万全だ……アダム、行け!」


ミカエルの言葉を背中にアダムはフィアへと肉迫する。彼女は宙に高く浮き、アダムの八本の手を逃れようとした。

だがその時アダムが進行方向を変え壁際まで走り、今度は壁を走り始めた。まるでそこが床であるかのように。


シェイドは飛びかかって来た新手のエルフを斬りつけ、蹴りを放ち距離をとりつつもアダムから目が離せない。

アダムは壁をしばらく走り、そして勢いよく宙に浮かぶフィアへと飛びかかった。

フィアはルシファーやミカエルの魔法攻撃でその場に足止めされている。

八本の手がフィアへと迫った。

一本の手が枝を掴む。他の手がフィアの身体を支えた。


「やめろ!」


フィアがフレイの声で絶叫する。暴れるが七本の腕に抑え込まれた。

次の瞬間、嫌な音とともに枝が引き抜かれる。鮮血が舞う中アダムがフィアの身体を抱えて床へと着地した。

周囲を見れば出来損ないエルフの数はかなり減っている。自分が抜けてもどうという事はないだろう。

シェイドはフィアの方へと駆け出した。


他の魔族たちを掻き分け、フィアのそばに寄る。

フィアはぼんやりと天井を見つめていた。


「大丈夫か?フィア!」


声をかけるとゆっくりと顔がこちらを向く。彼女はこっくりと頷いた。

その反応に一安心する。


「フィア……変なのいっぱい創っちゃった」


ぽつりと呟かれた言葉に彼女を囲む者たちは顔を見合わせる。


「しっかりしろ、お子様神様」

「神様、変なのとは?」

「……たぶんアルフヘイムで。あのあともう一回エルヴァンのとこに行って……探したけどなくて……だから仕方なくフレイのけんきゅうけっかを……」

「エルヴァンさんとこにまた行ったのか?エルヴァンさんと子ブタちゃんは?」

「ううん。いなかった。だからフレイはみつけられなくて諦めた」


フレイはエルヴァンの生命体の研究結果をもとにフィアの神の力で生き物を創ろうと考えたらしい。だが既にエルヴァンが行方をくらまし、見つけられなかった。やむなく自分の研究結果で生命体を創ったが出来損ないしか出来なかったということか。


「それで天界へと?」

「うん。でも人間界、さっきの変なのがいっぱい……」


フィアを覗き込んでいたルシファーが立ち上がり、手のひらに込めた魔力を空中へと放った。

すると大きな画面が現れ、人間界らしき光景が映し出される。

その光景に言葉を失った。

先ほどの出来損ないエルフが腐るほどいる。空を舞い移動するもの。足が魚のように変化し海を泳ぎ移動するもの。

そして人々に襲い掛かるもの。


無数の出来損ないエルフがセフィロトの樹と思われる巨木の根元から次々と誕生するその姿をただ言葉もなく見つめるしかなかった。

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