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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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勇者、魔界へ行く 1

勇者シェイド・ブラックは複雑な心境で玉座へ向って歩いていた。

ここは本来ならば自分のような人間が訪れる場所ではない。そして勇者たる自分がここへ訪れたのは魔王を倒す為でもないのだ。

左右に立ち並ぶ魔族たちからはピリピリとした空気しか感じられない。

それは自分への敵意ではないが、あまり居心地がよいものでないのは事実だ。

顔をあげ玉座に座る魔界の主ルシファーを見る。


こんなことになろうとは。


シェイドは心のなかで深々とため息をついた。



ことの始まりはいつか。

フィアが一人で朝出かけたことか、世界が崩壊をはじめたことか、それともフレイがフィアに接触し破壊の力で精神体を傷つけられたことか。

シェイドには分からない。

今朝自分がエルヴァンに昨夜の話をもう少し詳しく聞く為に訪れていた時のことだ。一人で散歩へと行っていたはずのフィアが突然転移魔法で二人の元へ現れたのだ。

何かあったのかと思わず彼女に注目したシェイドとエルヴァンに向かってフィアは言った。


この娘から採取したデータをよこせ、と。


だがシェイドとエルヴァンを驚かせたのはそれがフィアの口から発せられた言葉でありながら、その声はフィアのものではなかった事だ。

それは明らかに成人男性の声であり、幼女特有の高い声ではなかった。

シェイドは気づかなかったが、エルヴァンはその声の主に気づきフィアへと問い返した。


『もしかして、フレイ?』


その問いかけにフィアは頷いた。そして再度エルヴァンにデータをよこせと要求したのだ。

だがエルヴァンは首を横に振って言った。


『フィアからはほとんど何のデータもとれなかったよ。解析出来ないように鍵がかかっていた』


エルヴァンのその言葉に忌々しげにフィアは舌打ちし、また転移魔法でその場から消えたのだ。

呆然とその姿を見送ったシェイドにエルヴァンは言ったのだ。


『たぶん神の力欲しさにフィアの身体を乗っ取ったんだか操ってるんだかしてるみたいだ』


その言葉に彼女の身体に何かの枝が刺さっていたことを思い出す。


『何か木の枝が刺さってました』

『たぶん、セフィロトの樹の枝だ。あれを媒介にしているんだと思う』


シェイドは歯噛みした。

くそ、神の力欲しさに幼女の身体を乗っ取るなど……まさに変質者だ。それもいい歳した大人の男が。

何ともやりきれない思いを抱え仲間二人とフィアを救うための策を話し合った。

だが一日経っても方法が見つからず途方にくれたのだ。おそらくフィアはアルフヘイムにいる。だが一行にはそこへ行くすべがない。

エルヴァンもアルフヘイムに入れない以上、転移で連れていってもらうということも出来ないのだ。

そして何より……自分たちが純血のエルフと戦い勝てる可能性もない。エルヴァンの話ではアルフヘイムに住むエルフの多くがフレイの『我々こそ神に相応しい』という理想に従っていると言う。

つまりフレイと対峙するということはアルフヘイムのエルフ全員を敵にまわすと言って差し支えないのだろう。

エルヴァンはアルフヘイムを出て人間の中で暮らすエルフたちを味方につけた戦う事を提案してくれたが、果たしてどれだけのエルフが力を貸してくれるかは分からないと言う。余計な事に関わりたくないと思う者もいるだろうと。

肝心のエルヴァンすら『ほらー私って引きこもりだし、研究一番だし、戦いとか苦手だし』と戦いに参加してくれる気はさらさらなさそうなのだ。

フレイの次に産まれたなら、実力もその次であろうにこの言い草である。

研究狂いめ。腹立たしい。

世界が滅べば研究どころじゃないだろうに。

一応他のエルフ達に声をかけてくれていたが、先が見えない。状況を考えれば悠長に待ってはいられないのだ。

そんな状況に絶望すらおぼえたその時。ルシファーの使いと言ってメフィストフェレスが姿を現したのだ。

そして勇者一行を魔界へと連れて来た。天球から出られないと聞いていたが、魔族に連れられてならば魔界へと渡れるとは何とも呆気ない話である。

自分も行きたいとゴネるエルヴァンを振り切るメフィストフェレスの顔は引きつっていた。



シェイドは目の前の玉座に座る男、ルシファーへと意識を戻す。

とある事に気づき、首を傾げた。そして傍にいた仲間二人へと小声で言う。


「なあ、あいつフィアに似てないか?」


その一言にルクスは呆れたように言った。


「シェイド殿、そんな事を言っている場合ではなかろう」

「いやー、似てるぞ、絶対。この場合あいつがじゃなくて、フィアがあいつに似てるって言うべきか」


その時咳払いが聞こえ、慌てて前を向く。咳払いをしたのは一番玉座に近い場所に立つ、真面目そうな茶髪の魔族だ。


「よくぞ来た、勇者一行」


重々しく告げられた言葉に頷き返す。物語か何かならば、自分は相手にここで会ったが百年目くらい言わねばならないが、そんな必要がなくて良かった。魔王と戦えなどと言われたら真っ先に逃げる自信がある。


「非常に厄介な事態が発生した。お前たちも知ってのとおりだが、バカエル……何だったか、あいつの名前?」


恐らくバカエルフと言いかけたのだろうルシファーはコソコソと茶髪の魔族にフレイの名前を聞いている。

シェイドは名前すら忘却の彼方のフレイに少しだけ同情した。もしかして自分もバカ勇者とか金欠勇者呼ばわりされているのだろうか。

考えると不愉快になったため思考を打ち切る。


「えーあー、そうだ、フレイだ。原初のエルフ、フレイにより神の身体が乗っ取られてしまった」

「それは知っている。俺の前にフィアの身体を乗っ取った変質者が現れたからな」


あのちっこい、人間で言うと三、四歳にしか見えない可愛いフィアからフレイの声が発せられたときのおぞましさは弁舌に尽くし難い。

あれは究極の犯罪だ。

だがそんなシェイドの心の内も知らず、ルシファーは怪訝な顔で問い返した。


「変質者……?」

「そうだ。いい歳した男が幼女の身体を乗っ取るなど変質者以外の何者でもない。やつは間違いなく変態だ」


次の瞬間、ルシファーは顔を伏せ肩を震わせた。周囲の魔族もざわめいている。


「ルシファー様」


茶髪の魔族にたしなめられ慌ててルシファーがこちらへと向き直った。


「それで、俺たちをここに呼んだ理由は?」

「神をフレイから解放するための助力を願いたい」

「助力?」

「そうだ。我々は神をフレイから解放したい。滅びを防ぐために……」


思わぬ言葉に困惑する。

なぜならば彼らは魔族だ。そして滅ぼうとしているのは人間界であって魔界ではない。

彼ら魔族には今回の件は関係ないのではないか。


「なぜ、魔族であるアンタたちが世界の滅びを防ぎたいと」

「……人間界が滅べば我々魔族、魔界も滅ぶからだ。知っての通り先代の神、創造主はもういない。創造主のいなくなった世界が滅んでなお我々が存在出来る理由がない。

あのお子様は神の力をもっているが創造主ではないのだから」


ルシファーの言う事がますます分からない。何故、創造主がいない状態で世界が滅べば魔族が存在出来る理由がないのだろうか。

シェイドの表情からその疑問を察したらしいルシファーが続ける。


「お前たちが不思議に思うのも仕方ない。だが悪いが詳しく説明するつもりはない。全てを知ることが幸せとは限らないしな……世界の仕組み、とでも言っておこう。

創造と破壊。我々魔族は世界が滅ぶことが決まったその時に終わりをもたらす者」

「アンタたちはその為……破壊の為に存在するのに世界が滅ぶのを阻止したいなんておかしくないか?」

「一つだけ言っておこう。我々魔族も己の生活を愛し守りたいと思っている。その気持ちに魔族も人間も違いはない。

だから出来る限りのことをする決意で皆ここに集まっているのだ」


ルシファーの言葉にシェイドは何も言えなかった。

かつて魔界健康ランドで見た魔族たち、フィアが魔界での事を語った言葉の両方を思い出す。種は違えど彼らの生活は人間のそれと大差ない。


「本来ならばアルフヘイムにいるフレイの元へ攻め込むのが正しいのだろう。だが我々は万が一のことを考えると今人間界へ行くべきではない。

私も終末の時をむかえた事がないからこれは推測だが……。我々は滅びの気配に影響され、破壊の本能に突き動かされる理性なき化け物へと変わる可能性があるからだ。

理性があれば我々は先ほども言った通り滅びを拒否する。だがそれではお役目を果たせない。しかるべき時に確実に終わりをもたらす為、そのように創られている可能性がある」


望まぬ線の上を誰かに無理やり歩かせられるように、とルシファーはつけたした。

世界を救うべく人間界へ来た彼らが、破壊の本能に支配されて世界を滅ぼしてしまっては無意味どころか逆効果だ。


「だから俺たちを魔界へとフィアをおびき寄せる餌にすると」

「場合によっては神をおびき寄せる策に協力してもらうつもりだ」


協力と言っても残念ながら自分たちに出来ることは少なそうだとシェイドは思う。

そもそもフレイは何をしたいのだろうか。神になりたいと思っているくせに世界を滅ぼそうとしたり、フィアの身体まで乗っ取ったり……意味不明だ。


「フレイは何をしたいんだ?」

「極めて簡単な話じゃないか。あいつは今の世界を滅ぼして新しい世界を創ろうと思っているのだろう。そして新世界の神になる、と言ったところか」

「あえて今の世界を滅ぼす理由があるのか?」

「さあな、私に聞かれても分からん」


気に入らない物を壊して新しく創ってやる、と言う事だろうか。

エルヴァンの話ではエルフと言う種は神のなり損ないで、神の創造の力と比べればたいした創造の力を持ってないとの事だった。だからフィアの身体を乗っ取ったのか。


「そして奴の目的が新世界の創造ならば、我々魔族が邪魔になるはず。だから魔族を殲滅する為にここに来るかと思ったが……」


その時背後のグレンがルシファーに問いかけた。


「なんでフレイが新世界を創造しようと思ってたら、魔族が邪魔になるわけ?」

「我々がいれば世界が滅ぶとき、エルフも一緒に滅ぼされる可能性があるからな。

我々の役割をあいつが神の身体を乗っ取った時点で知るはずだからな」


グレンが思い切りシェイドを押しのけルシファーの前に出る。


「ねえ、何で可能性なの?エルフが一緒に滅ぼされるじゃなくて?魔族のあんたが可能性って言葉使うのおかしくない?決めるのあんたでしょ。エルフも諸共滅ぼすかどうか」

「今の世界においてエルフの存在はイレギュラーだからだ。連中は神の創造物ではない。だから終末の時に連中も我々が滅ぼす対象になるか正直私にも分からん。破壊の本能に突き動かされ、神の創造物かどうかなどお構いなしに滅ぼすかも知れないし、そうじゃないかも知れない」


シェイドはふとグレンがいるのとは反対側、隣にルクスが進み出たのに気づく。


「ですが、フレイにとってあなた方魔族が脅威になるかならないかが分からぬのならば、世界を滅ぼすその時までフレイが問題を先送りにする可能性の方が高いのでは?

あえて事前に敵になるかも分からないあなた方を狙い、本拠地まで乗り込んでくるのはフレイにとってリスクしかない。神の力を持つフィアの解放をされてしまう危険性を犯してまで、戦力が揃った魔界へやってくるだろうか?

それならば世界を滅ぼしたその時にあなた方が敵として向かってくれば神の力で殲滅し、敵とならねばそれで良しという風にするのでないか。もし新しく創造した世界であなた方が邪魔だと思うのならばその時排除すればよい。

いずれにせよフレイは世界を滅ぼし新しい世界を創るその時まで、折角手にした神の力を失いたくないはずだ」

「私ならば厄介ごとは先につぶしておくがな。後で目の前をちょろちょろされたら目障りだ」


そりゃアンタが強いからだ、と突っ込みたくなるのをこらえた。

誰にも負ける事のない強大な力を持つ者ならば手っ取り早くそうするだろう。

だがフレイは違う。確かにフィアの神の力をその身体を乗っ取ることで手にはしたが、所詮他人のもの。目的を達成するまでそれを奪われないように行動するだろう……ルクスの言うとおり。


「まあ、他の連中もお前たちと同じ意見を持っていた。だから策を練り呼び出そうと言うことになったんだ」


他の連中、と立ち並ぶ魔族達を指差しルシファーは言った。


「フレイがここへ現れる可能性を上げる為に、出来る事ならば……」

「俺たちも加わろう」


突然背後で声がして、シェイドは振り返る。

そこにはやたらとキラキラした男がいた。銀髪と金の瞳のせいか、はたまた白い服に金の装飾があるせいなのかは分からないが。

ルシファーが驚いたように立ち上がり叫ぶ。


「ミカエル、お前なぜ……」


ミカエルと呼ばれた男が謎の生命体とともにシェイドの近くまで歩いてきた。

シェイドの視線はミカエルの後ろにいる謎の生命体に釘付けだ。自分だけでない。その場にいるもの達はみな謎の生命体に注目している……ルシファーとミカエルを除いて。

それは人型でありながら手が八本もあり、顔はのっぺらぼうだ。その肌は艶のある茶色でほのかに甘い香りがする。

その香りでシェイドは気づいた。これはフィアが好んで食べる魔界の菓子、チョコレートではないかと。

だが何故チョコレートが人型をとり動いているのか。


「おそらくフレイは天界へ……俺の元へ来るだろう。あそこには奴が喉から手が出るほど欲しがるような資料が山ほどある」

「あ、ああ。私もそう思った。だからお前たちをここに連れて来たかったんだが、お前が天界を離れるとは到底思えなくてな。来てもらえて助かったが……あのお子様神様に何か命令されてたのか?」

「いや、俺の意思だ」


ミカエルの答えに何故かルシファーはぎょっとした。周りの魔族達もどよめいている。

ミカエルが自分の意思で!などと騒いでいる彼らの動揺の理由がまったくもってシェイドには分からない。


「ミカエル、なんかあったか?頭をぶつけたとか、なんとか……」

「ルシファー、俺にはお前の言っている意味がわからん。

ここに来たのは忌まわしいエルフから神様をお救いする為だ。水鏡でエルフが神様のお身体を乗っ取ったのを見て天界を封じ、アダムとともに来たのだ。

天界は神様の力の影響を受けやすい。天界で戦闘になればあのエルフに乗っ取られた神様の魔力で崩壊する可能性もある。だから舞台を変えたかった。それに我々だけで神様をお救いするのは骨が折れる。魔界ならばその舞台にぴったりな上、お前たちとも利害が一致する」


ルシファーは呆然とミカエルを見つめ、そしてつぶやく。


「やっぱりお前、変だぞ……ミカエル」


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