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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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異変 2

身体が重い。そして自分の思うように動かない。

あまりにもおかしい睡魔に眠ってはいけないと自分に言い聞かせるが、どんどん眠りの中へと落ちていく。

しばらく抗っていたが諦めた。そうすると身体が動くようになり、周りの状況が確認できるようになる。白い靄の中にいた。

おそらく夢の中だろう。

己の夢のなかだと分かってはいても警戒心を緩めることは出来なかった。

眠りに落ちた経緯があまりにおかしいからだ。

警戒しながら周囲を見回す。むやみやたらと歩き始めることはしなかった。

ひんやりとした空気が自分の頬をくすぐる。夢にしては現実感がありすぎる。

……まるであの時の夢のように。

フィアレインは白い靄の遥か向こうに何かが光るのを見た。目を凝らし、そちらを見つめる。近づいてはいけないと本能が警告を発していた。

その時自分の襟首をうしろから引かれる。

ギョッとして振り返れば、そこにいたのはメフィストフェレスだ。

まさか犯人はこいつか?

前方に気を取られすぎた。背後からやってくるとは……先ほどの光は自分を騙すための工作だったのかもしれない。

悔しさに唇を噛み締める。

だがそんなフィアレインをメフィストフェレスは呆れた表情で見下ろすだけだ。


「娘、何やら勘違いをしていませんか?」

「勘違いって何?」


やれやれとメフィストフェレスはため息をつく。


「私はあのお方のご命令であなたに忠告するために『ここ』に来たのですよ」


忠告?と首をかしげ反復したフィアレインにメフィストフェレスは頷いた。

そして彼は前方、いまや靄というよりも霧というほうが相応しい視界を邪魔するそれの先を指差す。

フィアレインは彼の指差す方を目で追い、凍りついた。

霧の中見え隠れするその姿は、金髪のエルフだ。顔の半分を包帯でグルグル巻にしている。首から下は霧で視界が遮られわからないが顔と同じような状態かもしれない。

緑色の片目に激しい憎しみを浮かべこちらを見つめるエルフは原初のエルフ、フレイ。

以前もフィアレインの夢へと侵入しその破壊の力によって精神体への攻撃を受け、肉体が再生する傍から崩壊を繰り返す地獄へと陥っていた彼である。


「あれに近づいてはいけませんよ」


メフィストフェレスの忠告に頷いた。忠告されるまでもない。あんな変質者には近づかないのだ。


「ならばよろしい。娘、あなたの破壊の力を出せますか?」


フィアレインは一瞬悩み、いでよ勇者の剣、と心で念じた。すると目の前に例の黒い剣が現れる。


「私はそれに触れることができません。なので自分でそれをあのエルフのいる辺りにお投げなさい」


メフィストフェレスの言葉に戸惑いながらも目の前の剣を引き抜く。そして全力でフレイのいる辺りへと投げた。

残念ながら剣はフレイまで届かなかった。まるで壁か何かがあるかのように、とある場所で止まる。空中に刺さっているかのようだ。


「届かないよ」

「かまいません」


見れば遠くのフレイの姿が徐々に薄れていく。それと同時に霧が薄れていった。


「ねえ?何なの?」


あまりにも不思議な出来事に思わずきいてしまう。


「あれが退散したのですよ」

「うーん……」


フレイは何故またここに現れたのか。そしてメフィストフェレスも何故ここにいるのか。


「ルシファーの命令って?」

「まずあなたは無防備すぎる。夢の中へと侵入されないようにする術を教えるようあのお方が私を遣わしたのです。私は魔族では最も他者の精神に干渉する術に長けておりますので。

他者の精神に干渉する力に関しては私よりあのエルフの方が上でしょうが、あなたの魔力ならば問題なく干渉を阻止できるでしょう」


ほうほうと頷いた。確かにあの変質者エルフに我が物顔で夢の中へと入って来られては困るのだ。

これが土地ならば『変質者お断り』と立て札でも用意できるが、いかんせんここは夢の世界である。


「夢の中への干渉を防ぐのはさほど難しいことではありません。あなたは干渉してきた者の精神体に攻撃することが可能なようですが……そもそも干渉されぬようにしておくのが一番なのは分かるでしょう?」


フィアレインは頷いた。

メフィストフェレスは他者の干渉を防ぐ方法とやらを教えてくれた。それはそんなに難しいことではなかった。

彼が言うにはエルフはどうか知らないが大抵の魔族たちはその方法で他者の干渉から身を守るという。

彼の説明を聞き終わったあと、気になったことをたずねた。


「なんで急にルシファーはそんなことをメフィストフェレスに命令したの?」


しかもタイミング良くフレイまで現れたのだ。どう考えても変である。


「そうですね。私がここに来たのはあのお方の忠告をもう一つお伝えするため。

あのエルフ……フレイがあなたが神の力を持っていると知ってしまったようですね。あのお方はその可能性があると仰っていましたが。あれがここに現れた以上、もはや可能性ではありません。

気をつけなさい。あれの神という存在になることへの執着は異常です」

「うん……」

「ここへ侵入すれば貴方から精神体を害されるという事を分かっているのに現れた。何を企んでいるか分かりませんよ」

「気をつけるけど……どうしてフレイはフィアの神の力の事を知ったの?」

「それは分かりません……」


そうかと頷くフィアレインに、重々気をつけるようにと言い含めメフィストフェレスの姿は薄れていった。どうやらこちらの夢から現実へと戻っていったのだろう。

フィアレインは自分以外誰もいなくなった夢の中で立ち尽くす。

別に神になどなりたくない。

それで厄介なことに巻き込まれたり、大切な者たちに迷惑をかけたりしたくないのだ。

自分は自分として生まれ、望みもせぬ神の力を持っていただけなのに。

どんなに渇望しても神になれぬフレイとはやはり相入れぬ関係なのだろう。



身体を揺さぶられ、はっと目覚める。

枕元の灯りに照らされシェイドが自分を覗き込んでいた。


「布団も掛けずに寝たら風邪ひくぞ」

「フィアは人間じゃないから風邪なんてひかないもん……」

「わかったわかった。夕食の時様子が変だったから気になって見に来たんだが」


フィアレインは起き上がり布団の上に座った。

フレイの事は言うべきだろう。また変な襲撃があっても困るのだ。

そう決意しフィアレインは不思議そうに自分を見つめるシェイドに世界が今おかれている状況と夢の中であった話を語りはじめた。

一通り話し終わるとシェイドが立ち上がる。座ったまま彼を見上げていたフィアレインにも立つように促した。訳の分からぬまま立ち上がる。


「よし、じゃあ行くか」

「どこに?」

「エルヴァンさんとこだよ。セフィロトの樹のことについて聞きたいだろ?」


そう言えばと思い歩きはじめた彼の後に続いた。

エルヴァンは私室にいた。

子ブタちゃんが戸を開けてくれ、二人で中に入る。


「どうぞ、どうぞ。適当に座って。子ブタちゃん、お茶頼むよ」


空いている場所に二人が座った途端エルヴァンが話しかけてきた。


「どうしたの?」

「すみません、こんな夜遅く」

「いやいや、構わないよ。それで?」


子ブタちゃんが二人の前に湯のみを置いて出て行く。

シェイドは少し考え、話しはじめた。


「世界の件で」

「ん、ああ。それがどうかした?」

「フィアの話ではセフィロトの樹が世界の力を吸収しているとのことです。それも急激に。その上先ほどフィアの夢の中にフレイが現れたとか」

「なるほど、なるほど」

「セフィロトの樹って何なの?」


シェイドとエルヴァンの話に割り込む形でたずねる。以前エルヴァンに聞いた話を思い出す。

セフィロトの樹は世界の綻びから世界そのものへと根を張っている。世界の力を利用しフレイが世界へ干渉することを可能としているが、世界中を覗くこと位しかできないと。

そうエルヴァンは言っていたはずだ。


「うーん……何なのと言われても、以前に説明したこと以上の説明は私には出来ないなぁ」

「ですが、その樹のせいで急に世界は滅びへと向かっているのですよね」

「そうだねぇ。強いて言うならば、フレイはセフィロトの樹の別の使い途に気づいちゃったって事なのかもしれないね」

「別の使い途とは?」

「あくまでも私の推測だよ?それを念頭において聞いて欲しいんだけど……。セフィロトの樹が吸収する世界の力の量を増やすことによって、世界を滅ぼそうとしているんじゃないかと思う」


フィアレインはシェイドと顔を見合わせた。

以前にエルヴァンがフレイはエルフこそ神に相応しいと思っていると言っていたし、太古何度も繰り返された神とエルフ達の戦いからも明らかな神という立場への執着。フレイが神になりたいと願っているのは分かるが……。

そこで何故世界を滅ぼすのだろうか。それもセフィロトの樹というものを使って。彼は人間界の中では最も強い魔力を持っているはずなのに。

シェイドも同じような疑問を持ったのだろう。フィアレインの疑問を代弁するかのようにエルヴァンにぶつけた。


「あの……よく分からないお話なんですが。フレイは神になりたいんですよね?それなのに世界を滅ぼすなど……。

フィアの破壊の力で負った傷のせいで死にそうだから、死なばもろともの精神で世界を滅ぼそうとしているとか……そういう事ですか?

それにしてもあえてセフィロトの樹を使って世界を滅ぼすと言うのも納得しづらい話です」


エルヴァンはうーんと唸り虚空を睨んだ。


「そうだね、理解も納得もしづらい話だよね。私もそう思うよ。何せ私とフレイは別個の存在だからさ。彼の真意は分からない」

「あ……そうですね。すみません」

「いや。ただ私に一つだけわかる事があるとすれば……。世界を滅ぼすのにセフィロトの樹を使った理由くらいかな。

前にも少し話したかもしれないけど、我々エルフが持つのは創造の力だ。神の足元にも及ばないようなチンケな力だけどね。

そんな我々は破壊の力に特化していない。

世界って言うのは神が創ったもののなかでも特別中の特別な代物だ。我々エルフの力で破壊できるような代物じゃない」

「だから……セフィロトの樹に力を吸収させることによって滅びへと向かわせようとしたと」


その時、フィアレインはミカエルが言っていた言葉を思い出して呟いた。


「世界に終わりを告げられるのは魔族のみ……」


ごくごく小さな呟きだったにも関わらずそれを拾ったエルヴァンが瞳を輝かせフィアレインへと身を乗り出す。


「何、何?やっぱりそうなんだ!」


慌ててフィアレインは後ろに下がる。椅子に座っているから限度はあるけれど。

それにしても何だ、この食いつきは。世界の存亡に関してはどうでもいいと言わんばかりの顔をしてるくせに。

隣のシェイドも顔を引きつらせている。


「やっぱりねぇ!私の世界や神、魔族に関する考察は間違っていなかった訳だ」


うんうんと嬉しそうに頷いている。

自分の世界へと浸りはじめたエルヴァンにおいていかれそうになり、慌ててシェイドは声をかける。


「あ、あの……どういうことですか?」

「ん?そのままの意味だよ。

と、言うことはあれだなぁ。このままいくと最終的にはフレイ率いるエルフ対ルシファー率いる世界に終わりを告げる魔族っていう構図になるのかなぁ。それとも我々エルフは神の創造物じゃないから、魔族たちからお目こぼし頂けるのかな……」


シェイドの呼びかけも虚しくエルヴァンはまた自分の世界へと戻りはじめた。

完全に自分とシェイドはおいていかれている。

何やら一人でブツブツ言い始めたエルヴァンを尻目にフィアレインとシェイドはやりきれない思いで顔を見合わせた。




次の日、シェイドはエルヴァンから頑張って情報を引き出すと朝から彼の研究室へ乗り込んでいった。

フィアレインは自分では何の助けにもなるまいと思い、気分転換に散歩へと出る。

アンブラーの街をゆっくり歩いて見て回る。まだ朝早いせいだろうか。一人遊んでいる子ども以外に人を見かけない。

木の枝を振り回しながらフィアレインより少し大きな男の子が駆けてくる。

すれ違いざま、ぶつかりそうになり慌てて横へとよける。

彼の手にした木の枝の木の葉がフィアレインを掠めた。


「あ、ごめんね」


謝る少年にフィアレインはこたえる。


「ううん、へいき……」


心配そうにフィアレインの顔を覗き込んでいた少年の顔が歪む。

彼の異様な雰囲気に後ろへ下がろうとしたその瞬間。鈍い音がし、フィアレインの身体に衝撃がくる。

ゆるゆると自分の身体を見下ろせば、腹の辺りに少年が手にしていた木の枝が深々と刺さっていた。

少年の声とは違う、大人の男の声が耳へと飛び込む。


「捕まえたぞ」


目の前が真っ暗になる。自分が自分でないものにじくじくと侵食されていくのを感じる。

フィアレインの意識はそこで途絶えた。

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