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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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異変 1

その日結局夕方までエルヴァンは戻ってこなかった。

午後のマンティコア狩りは大量でエルヴァンに言われた上限ギリギリまで狩る事が出来た。その為、夕食の時グレンは上機嫌で酒を飲み、シェイドとルクスに呆れられる始末だ。

フィアレインは障子を開け放し庭が見えるその部屋でチラチラと空を気にしながら食事をした。

どうしても昼間見た空が気になった。朝出かける時はそんな事なかったのに。

何が変だがそれを言い表せないもどかしさを感じている。

夕食中ずっと上の空で仲間たちからも眠いのだと勘違いされ、部屋へと帰される羽目になってしまった。

とぼとぼと渡り廊下を歩き、離れへと向かう。

もしかしたら疲れてるのかもしれない。確かに神の力という使い慣れないものを振るったりしたし、ここのところシェイドの安否ばかり気にしていた。

そんな事を考えながら顔を上げると、離れの入り口にエルヴァンが立っているのが目に入る。


「どうしたの、フィア?ご飯食べた?」

「うん」

「元気ないね」


フィアレインは首を横に振った。言ってもまた同じ事の繰り返しだ。

そんな事より気になっていた事を聞く。


「どこに行ってたの?」

「うん、ちょっとね。気になることがあって調査に」


調査、の一言にフィアレインは心を動かされた。

まわりの者達は気のせいだと片付けるがこの研究狂のエルフは興味を持ってくれるのでないかと。


「あのね……フィアね。お昼から気になってることがあって」

「何?何?」


エルヴァンは瞳を輝かせ身を乗り出す。あまりの食いつきっぷりにフィアレインのほうが引いてしまう。


「あの……どこがどうとは言えないけど、いい?」

「いいとも、いいとも!重大な発見って言うのは何気ない変化に気づくことから始まったりするもんだよ!」

「そ、そうなんだ。あのね、空がね、変なの……朝はそんな事なかったけど」


フィアレインの言葉にああ、とエルヴァンが納得したように頷いた。


「何か知ってる?」

「うん、知ってる」


にっこりと笑顔を浮かべるエルヴァンにフィアレインは詰め寄った。知ってるのならば勿体ぶらず教えて欲しい。


「何!何!何なの?」


エルヴァンは笑顔のまま言い放った。


「世界が滅ぼうとしているだけだよ」


フィアレインはぽかんと口を開けエルヴァンを見つめた。

今、このエルフは何と言った。世界が滅ぼうとしている?

言われた言葉が理解できない。


「やだなぁ、フィア。口を閉じて。開けっぱなしだよ。まあちっちゃいからそんな姿も可愛らしいけどね」

「……どういうこと?」

「ん?言葉の通り。世界が崩壊を始めてる。フィアのいう通りお昼くらいからだねぇ」


元々あちこち綻んでたボロ屋みたいなもんだけど、とエルヴァンは事も無げに付け足した。

頭の中をぐるぐると世界が滅ぶと言う言葉が駆け巡る。

確かに以前メフィストフェレスは言っていた。世界は神に見捨てられ崩壊を待つばかりのボロ屋のようなものだと。でも、何故それが今なのだ?何の気配もなく突然に……。

いつか世界が滅ぶことも仕方ないと思っていた。フィアレインにとってはいつ訪れるかも知れぬ『いつか』よりも今が大切だ。仲間たちと共に過ごす今が。

やっとシェイドを救い胸を撫で下ろして、これからまた皆で頑張ろうと思ったところに何故なのだ。


「でも流石だね。普通気づかないような微細な変化に気付くなんて、それも『神の力』の為せるわざかな?」


神の力、と言う言葉にフィアレインは閃いた。そして目の前のエルヴァンに何も告げずに転移を開始する。

次の瞬間、自分は思い描いた場所、天界の入り口にいた。崩壊している門をくぐり抜け、奥へと駆ける。ミカエルの名を呼びながら。

すぐにミカエルは自分の目の前に現れた。


「神様、どうされました?」

「ミカエル!世界が!」


フィアレインの叫びに何を言いたいのか察したミカエルが頷く。


「何でなのか……分かる?」


フィアレインの問いかけにミカエルは緩く横に首を振った。そして言う。


「俺は神様に命じられたことをするのみです。世界の異変を感じましたが、ご命令なしに勝手にそれを調べたりは致しません」

「むー!なにそれ!」


少しは自分で考えて動けと言いたいが、思い直す。

彼は好き好んでそうしている訳ではない。ミカエル本人が言うように、そのように創られているだけだ。

消滅した神は何を考えてミカエルをこのように創ったのか。絶対に裏切られないためか。

フィアレインはルシファーの城で並んでいた多くの魔族を思い出す。

だれしも創られた時は裏切ることなど考えてなかっただろう。結局ここに残ったのがミカエルだけだと言うのが何とも悲しい。

いや、もしかしたら裏切られたと思ったのは堕天した彼らの方なのかもしれない。

いったい神と彼らの間になにがあったのだろうか。

そこまで考えてフィアレインは思考を打ち切る。今考えるべきことじゃない。


「ミカエル、どうしてこうなったのか調べれば分かる?エルヴァンは世界が崩壊を始めてるって言ってた」


ミカエルは険しい表情で頷いた。


「エルヴァンとはあのエルフですね。理由は調べれば分かると思います。ただ、こんなに突然前触れもなく崩壊を始めるというのはおかしな話です。ですので今回の事態は人為的なものだと考えるのが自然でしょう」


こちらへとミカエルがフィアレインを促す。差し伸べられた手に触れた途端、転移魔法が発動した。

次の瞬間、二人は水鏡の間にいた。

シェイドの魂を肉体から切り離した時に使ったあの部屋だ。

ミカエルが泉へと手を入れる。世界の姿がそこにうつる。人間界で見るより鮮明に世界の崩壊がわかった。

空に亀裂が入っている。

だが空に亀裂が入るなどありえるのだろうか。実際目の前にしていても信じ難い。


「もうちょっと離れて世界全体を見て見ましょう。まずは天球そのものから確認した方が良いかもしれません」


ミカエルが再度手を泉へと入れると、水面にうつるものが変わる。丸い球状の何かが暗い闇に浮かんでいる。

まじまじと見れば丸い球上のところどころに小さな穴がある。だがそれは針で突いた程度の穴だ。


「天球そのものへの影響はまだ少ないようですね。では人間界を」


今度は丸い球の中にある人間界と思われる丸が見えた。ひびがあちこちに走っている。

その丸い人間界は薄ぼんやりと光を放っているが、その光が物凄い勢いでとある一転へと流れていっている。

ミカエルの視線が鋭くなった。


「これが原因ですね」


彼が指を指すのは光が集まっている場所だ。

フィアレインは自ら泉へと手を入れ、その光を集めている場所をもっと近くでうつしだす。

そこは話に聞いたことはあっても実際に訪れたこともなければ、見たこともない場所だ。


「セフィロトの樹……?」


至高天にある天界までも手を伸ばさんとばかりに高くそびえたつ一本の樹。


「でも何で?」


フィアレインの問いにミカエルが答えた。


「この樹の正体は分かりません。ですが世界というのはいわば大きな力の塊のようなものです。おそらくこの樹は世界からその力を吸い上げているのでしょう」

「それで、世界が滅ぶの?」

「多少力を吸収されたでは世界は滅んだりしません。しかし多量に力を吸い上げられたら世界はもたないでしょう。ですが変ですね。この樹は昔からありました。遥か昔、神様と忌わしいエルフ共が戦争をしていたころから」

「その頃はこんなことなかったの?」

「ええ、あれば先代の神様は何としてもあの樹を滅したでしょう。世界の力を吸い上げるなど神様に仇なす行為です」


フィアレインは混乱する頭で情報を整理しながら立ち上がる。


「神様、大丈夫ですか?どちらかにお掛けになられては?」


ミカエルはフィアレインを連れ、転移する。そこは床に紙が散らばる部屋、資料をさがした部屋であった。

促されるままに椅子に腰掛ける。


「フィア、世界が滅ぶって聞いて魔族が何かしたのかと思ったけど……」


フィアレインのつぶやきにミカエルが不思議そうな顔で問い返した。


「魔族がですか?何故ですか?」

「何でって……魔族なんだよ?」


答えにもなっていないが、他に答えようがない。ミカエルこそ何故そこに疑問を抱くのだろうか。

しばらくお互いに見つめ合う。ミカエルも不思議そうな顔をしているが、きっと自分もだろう。

少しの間そうして、ミカエルは何かを思い出したような表情をした。


「神様、俺もかつて……遥か遠い昔ですがそのように思っていた時期もありました。ですが先代の神様が仰っていたのです。魔族とは世界に終わりを告げる者ではあるが、終わりへと誘導する者ではないと。終わりへと誘導する者は神である自分か忌わしいエルフ共か愚かな人間のいずれかだと……」

「うーん。終わりを告げる者と終わりへと誘導する者って一緒じゃないの?」


ミカエルは少し考えて魔族について説明し直した。


「世界が滅ぶことが確定したその時に魔族が破壊の力で全てを滅ぼし終わらせるのです。ですが、その滅びの原因に彼らはなることが出来ないのです」

「うーん……魔族以外のせいで世界が滅ぶことが決まってはじめて魔族が出てくるってこと?」


そうです、と答えるミカエルの声にフィアレインは頭を抱えた。聞けば聞くほど分からない話だ。

うんうん頭を抱えて悩むフィアレインにミカエルは静かに告げた。


「先代の神様は仰っていました。自分もルシファーも引かれた線の上をそこから逃れられず走っているに過ぎない、と」

「……ミカエルはどう思うの?」

「神様については俺には何とも申し上げられません。ただルシファーに……いえ彼を含めた堕天使全員に関しては、納得できる話です。神様は魔族が破壊の力を持つのはご存知ですね?」


フィアレインは頷いた。思い浮かべたのはあの漆黒の剣である。


「彼らは堕天とともに破壊の力を得ました。ですがこれは不思議なことなのです。我々神様の創造物は神様に与えてもらった力しか持ちません。そこから成長したり突然別の力が目覚めたりはしないのです。

俺はそれを疑問に思っていましたが、先代の神様からそのお話を聞いた時に納得したのです。さらに別の大きな力が働いていたのかと。あらかじめ堕天し破壊の存在となることが決まっていて、神様も知らずにそのように彼らを創ってしまわれた……。そのお言葉をお借りするなら、引かれた線の上から逃れられずに」


神は別に堕天することまで見越して魔族となった彼らを創らなかっただろう。それなのに彼らは堕天した途端、破壊の力に目覚めるように創られていた。

フィアレインは考える。

自分の意志で行ったと思った行為が実は別の誰かに定められた行為であったら。したくもない行為を別の誰かから無意識のうちにやらされたら。そしてそのどちらからも逃れられなかったら。

それはもう自分の生涯ではないのでないか。見知らぬ誰かに乗っ取られているかのように感じる。


「先代の神様が絶望されたのは、それに気づかれたからです」


はっと我に返りミカエルを見た。自分の心の内を見透かしたかのような彼の言葉に居心地が悪くなる。


「フィアは同じようにはならないよ」


ミカエルは自分も先代の神と同じ道を辿るのではと心配しているのだろう。

ミカエルに、自分に、強く言い聞かせるように言った。


「何もかもが自分の思い通りになるなんて思ってない。それに誰かに選ばされたなんて思わないもん」


全ては自分で考え、決め、行動したことだ。あとで誰かに定められていたなんて言われても笑い飛ばしてやる。

フィアレインはそう決意すると、話を本題へと戻した。


「セフィロトの樹が原因ってことは、エルフが関係してるってことだよね……」

「そうですね。これが一昔前ならば天界の軍勢でアルフヘイムへ進軍することを申し出るのですが……」


フィアレインはため息をついた。

天界の軍勢、ただいま二名である。もはや軍勢とも言えない。古参のミカエルはともかく、自分はなんちゃって神様、お子様だ。

だがしかし、今ここでそれを嘆いても仕方ない。

幸い敵は分かったのだ。とりあえずセフィロトの樹とやらの情報を得る為に帰り、エルヴァンにでも話を聞こう。


「フィア、帰るね」


それに何だか眠くなってきた。こんな時に眠くなるなんて我ながら緊張感がないが仕方ない。寝る子は育つと言うではないか。

ミカエルへ手を振り、フィアレインはエルヴァンの家へと再び転移した。戻って来たのは自分の部屋だ。

すでに子ブタちゃんの手により布団が敷かれており、枕元に小さな灯りが灯されている。

フィアレインはフラフラと布団に近づき倒れこんだ。

おかしい。何か変だ。

急激な睡魔に襲われ抗うことも出来ぬまま、夢の中へと引きずりこまれていった。

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