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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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天界 1

フィアレインはルシファーの城に泊まり、翌朝天界へと出発することになった。

陽も月も星すら出ていない不思議な魔界の空は、それでも日中は明るく夜は暗い。

前夜豪華な夕食をとったあとすぐ風呂に入り寝たおかげで寝過ごす事なく起きる事ができた。

朝食を食べ終わってまもなく、ルシファーがベルゼブブ、メフィストフェレスとともに部屋に入ってきた。


「準備は出来たか?」

「うん」


フィアレインが頷くのを確認するとルシファーは背後の二人を振り返り言った。


「では後は頼む」

「かしこまりました」


深々と一礼する二人に頷いて、ルシファーは空間を開き始める。天界へも人間界から魔界、魔界から人間界へ転移で行けないのと同じなのかもしれない。

空間が開く気配がした。魔界への時と違う。銀色の渦巻きが現れた。


「行くぞ」


ルシファーはフィアレインをまるで荷物のように小脇に抱えてその銀色の渦巻きへと入る。そこは極彩色に彩られた不思議な空間だ。少し先に丸く銀色の光が見える。

あれが天界への入り口に違いない。

ぐんぐん光が近づいてくる。あまりの眩しさに目を閉じ、次に開いた時には美しい緑の大地の上にいた。

ルシファーがフィアレインを草に覆われた地へと下ろす。

物珍しさにフィアレインは周囲を見渡した。

この風景だけならば、人間界の自然豊かな場所にも見える。二人が見つめる先には蔦の絡みついた白い巨大な門の残骸があった。それは扉の部分が破壊され、門柱も半ば崩れかかっている。


「こっちだ」


ルシファーはその門へと向かって歩き出す。そのあとを小走りで追いかけた。

だが彼は中へ入らず、何故か門の手前で立ち止まる。

どうしたのだろうか。門は壊れており、そのまま中へと入れるはずだ。フィアレインは横から覗きこもうとした。もしかしたら何かがあるのかもしれない。


「さがれ」


ルシファーが覗き込もうとしたフィアレインを鋭く制し、その身体を押し戻す。おとなしく一歩後ろへ下がった。それとは反対にルシファーは一歩前へと進み出る。

門の内側へと。

次の瞬間、聖属性の業火が内側から飛んで来た。だがその炎を浴びる前にルシファーは消滅魔法を発生させる。

聖なる炎は漆黒の消滅魔法に喰われ消えていった。

フィアレインはほうほうと頷き、感心する。消滅魔法にはこういう使い方もあるらしい。

感心していたフィアレインの耳にルシファーとは別の男の声が飛び込んだ。


「何用だ、ルシファー」


その声は門の内側から聞こえてくる。

フィアレインは驚いた。神は既にいないのに、天界に住人がいるのだろうか。

もしや人間たちが崇める光や闇などを司る六人の神は実在するのか。

ルシファーの足に隠れながら、そっと門の向こうを伺った。


「久々なのに随分な挨拶だな、ミカエル」


ルシファーが小馬鹿にしたような口調で言ったその時、再び業火が飛んで来た。彼はまたそれを消滅魔法で消し去る。

そして更に一歩前へと出た。


「それ以上天界へ侵入したら……」


こちらへの警告を口にしかけたミカエルとやらにルシファーは肩を竦め、突然フィアレインの首根っこを掴み持ち上げた。


「うにゃ!」


そしてフィアレインをプラプラと揺らしながら、前方へ突き出す。

このとんでもない魔族は自分を盾にでもするつもりか。

焦り、じたばたともがくがルシファーは手を離さない。

それどころかミカエルとやらにフィアレインを見せつけるようにしている。フィアレインの視界にもミカエルと呼ばれた男の姿が入った。

眩い銀髪に黄金の瞳。キンキラキンだ、とフィアレインは思った。

随分派手な印象はその服装のせいであるかもしれない。全身真っ黒の魔族たちとは大違いで、白地にところどころ金で装飾されている。

そんなキンキラキンの彼は驚いたようにフィアレインを見つめていた。


「ルシファー……そちらのお方は……」

「そうだ。『神様』だ。連れて来て差し上げたんだ。喜べ」


勝ち誇ったかのようにルシファーは言い放つ。

そんなルシファーにフィアレインは神様呼ばわりするならもっとマシな扱いをしろと心から思った。



「先ほどは失礼いたしました、神様」


笑顔でまっすぐに見つめられ神様呼ばわりされたフィアレインは居心地が悪い。思わず椅子に座り直す。

ここは天界の門をくぐって一番奥にある最も巨大な建物だ。白亜のそれは人間界の大神殿を想像するような造りである。

その一室にミカエルに案内されたのは先ほどのことだ。

門からこの建物に至るまで幾つか建造物らしきものがあった。だがそのどれもが無残に破壊され、ただの残骸であった。

ミカエルの話ではルシファー達が堕天した時に破壊され、そのままだと言う。ルシファーは呆れたように、先代の神はたとえ住人がいなくとも修復しなかったのかと聞いた。その問いに対し、ミカエルはただ首を横に振っただけであった。


「ここはミカエルしかいないの?」


フィアレインの問いにミカエルは笑顔で頷く。ルシファーへの態度とは大違いだ。

ルシファーの話ではミカエルは神に絶対服従するように造られているの事だ。だがそれ故に命令された事のみを行い、自分の意志で行動することはまずない、と。


「全員堕天したからなあ。こいつは神の命令に従って侵入者を排除すべくずっとあそこに立ってたんだろうよ……気の遠くなるような年月の間」

「待ちわびた甲斐がありました。こうしてまた神様にお目にかかる日が訪れようとは」


ルシファーの話からすると何もなければミカエルは世界が滅ぶその日まであそこに立っていたのだろう。想像すると少し気の毒だ。


「ねえ、人間の信じてる光の神様とかはいないの?」

「いないな。あれは人間の文化の産物だ。

ちなみに世界の運営、たとえば人間の魂の転生なんかは死んだ神の残した仕組みがまだ機能してるお陰で何とかなってる。あれは神の力でつくられた仕組みで自動的に行われてるんだ」

「勇者の加護も?」

「そうだ。世界の修復なんかはその都度神が行っていたから別だ」


だから今人間界のあちこちに綻びが出ていると言う。

聞きたいことは沢山あったがフィアレインは本題に入ることにした。自分は神になるために来たのではない。シェイドを救う為に来たのだ。


「フィアね、シェイドを助ける方法を探しに来たの」


ミカエルへと告げる。ルシファーがフィアレインの言葉を補足した。


「ちなみにシェイドとは当代の勇者だ。こちらの神様は勇者の寿命を何とかしてやりたいらしい」

「寿命を……。と言うことは、肉の器を弄らねばならないかと」

「その方法を探してるの!」


なるほど、とミカエルは頷き立ち上がった。背後の壁にびっしりと並ぶ本棚へと歩み寄り、フィアレインを振り返った。


「肉の器を操作するすべはあるかと思います。何故ならば、先代の神様がそのような事をなさっていました。おそらくその資料はここのどこかに」


フィアレインは並ぶ本棚につめられた紙の束を思わず見つめた。

量が多すぎだ。この中から探すなど、気が遠くなる作業ではないか。

救いを求めるようにルシファーを見る。

ルシファーはため息をつき、ミカエルにたずねた。


「なあ、ミカエル……どの辺にあるかとか、見当ついてんのか?」

「いや。どこかにある事しかわからん」


その答えにルシファーは神の人形めと毒づいた。

探すのはいい。だが時間があまりないのだ。

フィアレインは思わず立ち上がり言った。


「探してる間にシェイドが死んじゃうかも!」


自分の顔は青ざめているに違いない。

ミカエルは不思議そうにフィアレインを見つめ言った。


「神様、策が見つかるまでその者の時間を止められては如何ですか?」

「時間を……とめる?」


思わず問い返し、気づく。

たとえば食料が腐らぬよう保存魔法をかける様に、シェイドの時を止めろといっているのだろう。

だが食べ物にかける保存魔法をそのまま利用出来るとは思わない。


「どうやるの?」

「そうですね……ではその者の元へ俺を一緒に連れて行って頂けますか?俺が神様に術式をお伝えいたします」


二人のやりとりを見守っていたルシファーは一つ欠伸をすると、ごろりと長椅子に横たわった。そして軽く手を振って言う。


「ああ、それがいい、それが。二人で行ってこい。私はここで待たせてもらう」

「ルシファー……お前、一人でここに残り余計なことをするなよ」

「今更私がここで何をすると言う?余計な心配する暇があったら、神様と一緒にさっさといってこい」


ミカエルはルシファーを冷たく一瞥し、笑顔でフィアレインに手を差し伸べた。


「人間界へは私が道を開きます。神様は行きたい場所を思い浮かべていて下さい。その場所に出るように調整しますので」


フィアレインはミカエルの手を取った。ルシファーは完全に寝はじめている。

ミカエルが魔力を集中し、銀色の渦巻きが現れる。

ここに来た時と同じ様にその中へと飛び込んだ。




シェイドが眠る部屋へやって来た。フィアレインが外出する前と変わらず彼は眠り続けている。


「フィア!」


突然現れたフィアレインとミカエルにエルヴァンは声をあげた。

彼はシェイドの枕元に子ブタちゃんと一緒にいた。

そんなエルヴァンを見てミカエルがフィアレインを背後へとかばう。


「お前、エルフか」

「君、一回会ったことあるよね。ミカエルだっけ……?」

「そうだ」

「……ミカエルが一緒にいるということは、やはりフィアは……」


エルヴァンのつぶやきを無視してミカエルはフィアレインを促す。


「神様、俺の手を握ったまま魔力を集中してください」


フィアレインは言われた通り、魔力を集中する。まるで繋いだ手から術式がこちらへと流れ込んでくるようだ。

どのように魔力を編み上げたらよいか手に取るように分かる。

伝えられた術式の通り魔力を編み上げ魔法を構築した。そしてそれをシェイドへと施す。

シェイドは青白い膜のようなものに包まれ、次の瞬間その膜は消えた。


「これで……完成?」

「はい。完璧です。さすが神様」


ほめられるのは悪い気がしない。だが余りにも神様を連呼されると居心地が悪い。

自分は神になどなる気はないのだから。

ミカエルは立ち上がり、フィアレインに手を貸す。


「ではまた天界へ戻りましょう」


そうだ。これからが本番なのだ。

フィアレインはミカエルに頷き返した。彼は再び天界へと空間を開く。

その時背後でエルヴァンと子ブタちゃんの叫び声が聞こえた。


「ちょ……ちょっと!君たち!土足じゃないか!ちゃんと靴ぬいで!靴!」

「畳が汚れる!」


悠然と彼らを振り返り何か言おうとしているミカエルの腕を掴みフィアレインは慌てて銀色の渦巻きの中に飛び込んだ。

逃げるが勝ちである。




***

周囲の床に散らばる紙、紙、紙。その中に座り込みフィアレインはため息をついた。

多すぎるのだ。

人間界から戻り、ルシファーを叩き起こしてから資料をあさりはじめた。三人がかりでも未だに目当てのそれを見つけられずにいる。

一体どれ位の時間がたったのだろうか。

思わず膝を抱え、つぶやく。


「お腹すいた……」


そのフィアレインの呟きを拾ったルシファーはめくっていた資料から顔をあげ呆れたように言う。


「お前な。大袈裟だ。そもそも我々は何も食べずとも死んだりしない。食は我々にとって娯楽であり嗜好品であっても、必需品ではないのだからな」

「でもお腹すいて死んじゃいそうなんだもん」

「それは思い込みだ。我々は肉の器を持つ人間とは違う。この身体は魔力でつくられているのだから。

そもそも我々は臓器も必要ない。必要なのは外側だけだ。そんな余計な中身があるのは理由がある。

神が自分の身体を創った時、混沌の記憶の中からその昔存在した生き物を参考にしたからだ」

「ふーん……お腹すいた」


そんな理屈はどうでも良いのだ。腹が減っては戦は出来ぬなのだから。

その時ミカエルが資料から顔をあげ二人へと言った。


「ありました」


フィアレインは空腹を忘れ、手にした資料を放り出しミカエルににじり寄った。

彼の手にしている資料を覗き込む。ミカエルはその部分を指差し教えてくれた。


「ここですね。過分な力を与える際の肉の器強化。かつて勇者を生み出す際にはこの方法を使っていたようです」

「じゃあ、昔の勇者は寿命短くなかったの?」

「そのようですね。ただ与えられた寿命は短くなくとも、ルシファーの暇つぶしの玩具にされ皆短命だったそうですが」


ルシファーはミカエルの言葉に知らんふりをしている。

フィアレインはふと疑問に思い、ミカエルにたずねた。


「勇者の寿命が短くなったのは、神が死んじゃったからなの?」

「いいえ、違います。神様は……先代の神様は人間を、世界を見捨てられたのです。その為残された仕組みだけ動いている状況が長く続いています」

「見捨てたって、なんで?」


黙って聞いていたルシファーが笑い出した。ひとしきり笑い目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、フィアレインを見た。

何とも意地悪そうな笑顔を浮かべている。


「それはな。自分の思い通りにならないことに腹を立てたからだ。思い通りにならない人間、エルフ、世界、我々堕天したかつての天使。

思い通りにならない物だらけだ。それに嫌気がさし全て投げ出して、最終的に自ら精神体を崩壊させていった」


よく分からない話だ。世の中思い通りになることの方が少ないと思うのだが、神はそう思わなかったのだろうか。

だがフィアレインはその考えを打ち切る。シェイドの事が優先だ。何かと脱線しがちな自分は気をつけなければならない。

彼の時間を止めているからといって時間を無駄にして良いわけではないのだ。

フィアレインはミカエルが示した場所の文字を目で追う。


「でも、ミカエル……これ生まれるまえの話だよね。シェイドの身体はもう人間界にあるから、この方法は使えなくない?」


そこに記されていた方法は魂だけの状態の時に行う操作法だ。


「そうですね。なので一旦勇者を殺しましょう」


ミカエルのあまりの発言にフィアレインは目を見開き口をあんぐりと開け言葉を失い、ルシファーは床を叩いて大爆笑した。

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