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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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魔界 4

交換条件の一言にフィアレインは身構える。

シェイドを助けられるならば是非もないが……一体何を要求するつもりだろうか。

それにルシファーは言っていた。何とか出来る可能性があるのは神だけだと。では神に会いに行けとでも言うのだろうか。

でもエルヴァンは言っていたではないか。もう神はどこにもいない、消滅したと。ならば神に縋るという手段は存在しない。


「フィア、神は消滅したって聞いたよ」


それまで静かだったその場にどよめきが起こる。

ルシファーはフィアレインの発言が意外であったらしい。不思議そうな表情で問い返した。


「それは誰から聞いた?」

「エルヴァンから」

「ああ、あの研究狂いのエルフか……」


ルシファーはフィアレインを見て、更にその場に立ち並ぶ高位魔族たちを見渡した。少しずつざわめきが収まり、また静かになる。

その場が静まるのを待ってからルシファーは続けた。


「この場にいる者の中でも知る者は少ないと思うが、確かにこの娘の言う通り……我々を人間の世界を創造した神は死んだ」


神がが死んだのなら他にどんな可能性があると言うのだろう。ついさっきシェイドを救えるのは神だけだ、と言ったでないか。


「神が死んじゃってても、さっき言ってた可能性っていうのは大丈夫なの?」

「そうだな。あの創造の神が死んでいるが何も問題はない。ただあくまでも可能性は可能性だが」


フィアレインは考える。

ルシファーの出す交換条件とやらが何か分からないが、この提案にのるべきだと。そもそも魔界へ来たのだって、どんな小さな可能性にも縋りたい思いだったからだ。

顔を上げるとルシファーと目が合った。周りの魔族たちも自分に注目している。


「交換条件って?」

「別にそんな難しいことじゃない。いつかしかるべき時が訪れたら、その時私の願いを叶えて欲しい」

「願い?」


フィアレインは顔をしかめる。なんだかよく分からない交換条件だ。


「願いって?」

「それは今は言えないな」

「むー、もしフィアが叶えられなかったら?」

「……その時は諦めるさ。ただ一つだけ言えるのは、お前にしか叶えられない願いと言う事だけだ」


フィアレインはじっとルシファーを見つめた。無表情の彼からはその言葉の真意が分からない。

願いの内容すら教えてもらえない取引なんてありなのだろうか。

しばらく黙って考え込んだ。

俯いているとルシファーが立ち上がる気配がした。あわてて顔をあげる。


「交換条件が成立しないなら、話はここまでだ」

「だって願いの内容もわからないもん」

「そうか。だが私はこれ以上の事を話す気はない。とは言え、もしその場になってお前が私の願いを断っても文句は言わん。

あくまでも叶えて欲しいという願望だ」

「断ってもいいの……」

「断る前提で話を受けるなよ。その時に判断しろ。今はその願いを言えんからな」


フィアレインはその一言に決断する。たとえその願いがどんなものであっても、シェイドの命にはかえられない。

それにルシファーは断っても良いと言ってるのだ。

彼の願いをどうするかはその時に考えよう。


「わかった。交換条件をうける」


頷くフィアレインに再びルシファーは玉座に座った。


「そうか。ならば交渉成立だ」

「それで!シェイドを助けるにはどうしたらいいの!」

「神の創造の力であの勇者の肉体を創り変える。

ただ、今生きている生命を弄る方法を至高天にある天界で探す必要があるがな。創造の神の自室には生命を試行錯誤して創り出すときに書き残した資料が多量にある。

もしその中に使えそうな資料があれば良し、なければ諦めろ。何しろ勇者という存在が現れたのは私が堕天した後だ。それに関連する資料があるかどうか断言できん」

「でも、でも!神の創造の力って……神は死んだって言ってたのに!」


フィアレインは思わずむくれた。ルシファーの言う事はめちゃくちゃだ。

神はいない、なのにその力を使うと言う。


「そうだ。我々と人間世界を創造した神は死んだと言ったんだ。

だが不思議な事にな……神の精神体とエーテル体は滅んだが、その力だけが残った。その神の力を持っているのはお前だ」

「ふーん」

「……ふーん、だと?お前、私は今かなり衝撃的な事実を教えてやったんだぞ!それなのに、ふーんの一言で終わらせる気か?

周りの魔族たちを見てみろ!あの衝撃を受けて何も言えなくなっている表情を!あれこそが正しい反応だ」


フィアレインはほうほうと納得して頷く。どうやら自分の反応は間違いらしい。

目の前で今にも地団駄をふみそうになっているルシファーにアスタロトが苦笑しながら声をかけた。


「その幼体はちょっとばかりズレてますからね。それが神の力のせいなのか、ルシファー様の破壊の力のせいなのか存じませんが」

「くそっ!何とも言えない敗北感を感じるぞ……」


がしがしと光り輝く金髪をかきむしったルシファーは良い事を思いついたかのようにフィアレインを見た。


「そう、お前が神の力を持っている。だが疑問に思わないか?何故自分が神の力を持っているか」

「うーん……わかんない」

「わかんないじゃない。そこは食いついて来い!そして聞け!」


ふと隣を見ればベルゼブブが残念なものを見るような目でルシファーを見ている。

これは自分が間違っているのでなくルシファーの方が間違っているのではないか。そんな気がする。


「何でって聞けばいいの?」

「もう、いい……ベルゼブブそんな目で私を見るな……。話せば良いのだろう、話せば!」


ルシファーは咳払いを一つして、再び話し始めた。


「お前の誕生は新しい種類の生命を創り出せないか、と言う私の計画によるものだ。

昔、私は創造の力と破壊の力、この対極の力をあわせ持つ物を創りだせないか実験していた。最初に考えついたのは創造の力を持つエルフと破壊の力を持つ魔族との間での繁殖だ。

お前を産んだエルフの女の事を覚えているか?」


ルシファーに問われフィアレインは困惑しながら頷いた。


「あの女はとある条件と引き換えに魔族と契約した」

「条件って?」

「自分にとって邪魔な女である実の姉の排除だ。契約通りあの女に子が出来たが、子どもが腹にいる時残念なことが発覚した。魔族の魔の侵食によってその子どもは創造の力を失い、破壊の力しか持ってなかったのだ。

それでは私の目的は果たせない」


何やらややこしい話になってきた。てっきりその子どもが自分だと思っていたが、違うのだろうか。


「そこで私はまた別に進めていた実験にその女の腹の子を使うことにした。

別に進めていた実験とは、残された神の力、それに私の破壊の力をあわせ新たな生命体を創り出す計画だ。

お前は我々の生命の構造を知っているだろう?エーテル体と魔力、そして精神体。

無から生命体を創れない私にはエーテル体の創造が出来ない。だからその実験にはお前を産んだ女の姉をバラバラにして、そのエーテル体の根幹を使ったんだ。それで魔力とエーテル体の問題は解消した。

だが精神体をどうするかが問題として残り、計画は一旦止められていたのだ」


フィアレインはふと今まで何度か見た不思議な夢を思い出した。


『むしろ破壊の力を少なめにしても、かの力の一部は侵食を受けて破壊の力となるだろう。相反する二つの力が拮抗する。その状態こそが私の望むところだ』

『上手くいくでしょうか』

『いってもらわねば困る。せっかく奴の力を運良く手に入れ、エルフのエーテル体の根幹も手に入れたのだから……』


二つの力を組み合わせる話の夢はきっと神の力とルシファーの力の事だったのだろう。

そしてヴェルンドがセフィロトの花について語っていた夢も思い出した。


『見てごらん。セフィロトの花だよ。これが咲くのも久しぶりだ。

君が見るのは初めてだよね、フィアレイン。

これは特殊な木だから。この木の花が満開になったその時、新しい世界が始まる……』


あれはエーテル体の本来の持ち主である『フィアレイン』の記憶なのかもしれない。自分に予知の力でもない限り、そんな気がする。

本来バラバラだったものが組み合わされた自分。


「だがあの女の腹の子が破壊の力しか持ってないと分かった時、私はあの女の腹にエーテル体と魔力を組み合わせた『お前』を入れた。私の推論が正しければ、それで上手くいくと思ったからだ。

案の定、私の思惑通りに事は運んだ。あの女の胎内へと入れられたお前はそこに既に存在した子を食らい吸収し、そこで生命として成長をはじめたのだから」


フィアレインはなるほどと頷いた。一つだけ気になる事があり、尋ねる。


「お母さんはその事しってるの?」

「あの女の事を母親と呼ぶのか、意外だな……。あの女は何も知らん。魔族とエルフの混血を産むのだけが契約の条件で、それ以外の事は何も教えてない」

「ふーん」

「なんだ……やっぱり反応が薄いな……もっとこう、自分が色々な者の犠牲の上になりたっていることに嘆いたりするかと思ったが」


ルシファーの言葉に首を傾げる。確かに自分は多くの者を犠牲に産まれたのかもしれないが……。自分にとってはその全ての者たちを含めて自分なのだ。様々な力と命を継ぎ接ぎした自分。

それ以上何か思えと言われても、今の自分にはよく分からない。それはいけないことなのだろうか。

自分の正体を知りたくて、でも怖いと悩んでいた時の方が悶々としていたくらいだ。あの時はまるで底の見えない泉に飛び込もうとしているような恐怖感があった。

いざ聞いてみれば、そこまで自分は衝撃を受けていない。不思議なほどに。


「じゃあ、そのフィアが持ってる神の力を使うってこと?」

「そうだ。お前は神の力を持っているが神ではない。だから必ず勇者の延命が上手くいくとは断言できん。まずは天界に今回役立つような資料があることを祈るんだな」

「祈る相手がいないもん」


フィアレインがむくれるとルシファーは吹き出した。

そこでふと疑問を一つ思い出した。かつて疑問に思いシェイドに聞こうと思っていたそれをルシファーへとぶつけた。生命の誕生についての疑問である。これはよい機会だ。


「ねえねえ。子どもってどうしたら出来るの?」


混沌からの自然発生や神の創造で誕生するものはとにかく、それ以外の子どもとはどうしたら誕生するのか。

これは聞いておかねばならない。

だがフィアレインが疑問を口にした途端その場は水を打ったように静まり返った。

ルシファーと目が合う。彼は気まずそうな表情で口ごもる。そして視線を彷徨わせ、まるで救いを求めるかのような表情でベルゼブブを見た。

フィアレインもルシファーにならいベルゼブブを見る。

ベルゼブブは深くため息をついた。そしてフィアレインの方を向いて、堂々と言い放つ。


「それはな……神の奇跡だ」


神の奇跡、なるほど。たしかに生命体を創るのは神の力なのだからそうなのかもしれない。

うんうんと頷くフィアレインを尻目にルシファーはベルゼブブを尊敬の眼差しで見つめ


「お前、すごいな」


などと言っている。今まで静まり返っていたその場の魔族達も


「すげぇ、ベルゼブブ様」

「天使に戻れるぞ」


などと口々に言っていた。

だがそこでフィアレインは気づく。

神の力とやらは自分が持っているはずである。自分はなにもしていないのだが、どういうことだろうか。その神の奇跡とやらは自分が存在するだけで発動するのか。

だがどんなに頭を捻っても応えは出ない。

再び疑問を解消すべく口を開いた。


「神のきせ……」

「さあ!話はここまでだ。ルシファー様、天界へこの幼体を連れて行かれるのでしょう?」


ベルゼブブはフィアレインの話を遮り、手を叩き魔族達の会話を打ち切らせる。そしてルシファーへと聞いた。


「そうだ。あそこに今自由に出入りできるのは私くらいだしな」

「そうですね。何せあそこにはあの彼がいますし」

「今回は『神』が一緒だから問題あるまい」


二人の話に耳を傾ける。どうやらルシファーが天界とやらに連れて行ってくれるようだ。

そうと決まれば一刻も早く天界へ行きたい。

ルシファーににじり寄る。


「 はやく!天界に早くつれていって!」


そんなフィアレインにベルゼブブはため息をつく。


「生憎とルシファー様はお忙しい。お前と勇者の為に全ての予定を投げ出すことは出来ん。

メフィストフェレス!ルシファー様が外出可能なのはいつだ?」


並ぶ魔族の中央部分あたりからメフィストフェレスが金髪を揺らし進み出た。


「本日は予定がつまっておりますので……明日ならば可能です。諸々の予定の変更を皆様にご了承頂ければ、の話ですが」

「なるほど。私が代われるものならば、代わろう。それで調整してくれ」

「は、かしこまりました」

「ベルゼブブ、良いのか?」

「勿論です。ルシファー様の悲願を叶えることにも繋がりますので」


ベルゼブブの言葉にルシファーは身を乗り出す。


「そうか!ならば別の日の仕事もかわって……」

「お断りします」


ベルゼブブは冷たく切り捨てると、落ち込んだルシファーを無視してフィアレインに近づいて来た。


「そういう訳だ。今日はこの城に泊まり、明朝ルシファー様とともに天界に行け」

「でも、シェイドが……」

「いくら寿命といえど今日明日ですぐ死ぬものではあるまい。それに……破壊の力はあの者から遠ざけたのだろう」


フィアレインは頷く。エルヴァンに話を聞いたあと、あの勇者の剣はフィアレインが保管することにしたのだ。


「ならば後はあの勇者の生命力に期待するしかない。お前は城の客間に案内しよう。

ルシファー様、参りましょう。今後の相談もございますゆえ」


ルシファーは頷いて立ち上がった。扉に向けて歩き始める。

その後にベルゼブブがフィアレインを伴って続いた。前方に並んでいた魔族たちが背後から一緒に来る。アスタロトやアザゼルもその中に含まれていた。


「そう言えばお前の息子がこの幼体にこてんぱんにやられたらしいな、ベリアル」


ルシファーが背後の魔族に歩きながら声をかけた。フィアレインの知らない魔族の声が背後から問いかけに答える。


「ええ。それはもう見事なやられっぷりのようでして。やはり第二世代での力の劣化は激しいようですね」


フィアレインの隣を歩くベルゼブブが呆れたようにベリアルとやらに言う。


「劣化とはな。お前、仮にも自分の息子だろう」

「ええ、言葉通り愚息ですが」


魔族たちが熱心に話し始めた第二世代での劣化とやらの話をぼんやりと聞きながら、明日の天界行きの事を考える。

神の力とやらを自分はちゃんと使いこなせるだろうか。ルシファーが言っていたではないか。神の力を持ってはいても神ではないと。

確かに自分が神だなんてとても思えない。

でもシェイドの命は自分次第なのだ。覚悟をきめなければならない。

祈る相手もない中、フィアレインはシェイドの運命を救えるよう心から願った。

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