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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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魔界 2

「にゃーー!落ちるーー!」


フィアレインはジタバタともがく。そう言えばアスタロトやメフィストフェレスは宙に浮かんでいた事があるが、あれはどうやってたのだろう。

こんな事になるなら自分も習得すべきだった。

風の魔法で下から自分の身体を押し上げようと思ったが、見る見る間に地が近付いてくる。間に合わない。

だがフィアレインは地に叩きつけられる事はなかった。何か柔らかい物の上に落ち、身体は何度かその上で弾んでから動きを止めた。


「おーい!大丈夫か?」


下の方から声が聞こえる。慌てて起き上がった。見れば自分は非常に柔らかいクッションのような何かの上にいる。

それはかなり面積があり、そのお陰で地に落ちずに済んだのだと知った。

その何かのふちまで這って行く。そして下を覗き込んだ。

そこには牛の頭に首から下は人の身体を持つ魔物がいた。確かミノタウロスというはずだ。何度も戦ったことがある。

四人のミノタウロスは今フィアレインがのっている謎の柔らかい物体を担ぎ、下から見上げていた。

一人のミノタウロスが再度聞いてくる。


「大丈夫か?」

「うん……ありがとうございます」


座った状態で深々と礼をする。


「驚いたぞ、空から幼体が落ちてきて」

「ワイヴァーンにしがみついてたの」


ミノタウロスが遠い空に視線をやった。フィアレインもその視線の先を追う。遠くに小さく桃色の影が見えた。


「無茶すんなよ」

「うん……」


確かにちょっと無謀だったかもしれない。あの高さから地に叩きつけられても死にはしない。身体が細かい肉片に成り果てるくらいだが……それはちょっと痛そうだ。

ミノタウロスはフィアレインが頷くのを確認すると、少しだけ視線をフィアレインから落として誰かに話しかける。


「マシュマロの旦那、すまねぇな!急に身体を借りて」

「いいってことよ」


フィアレインは足元から声が聞こえ思わず飛び上がる。恐る恐る下を覗き込んだ。

そこには目と大きく裂けた口があった。頭部だけで胴体はない。自分はこの見たこともない魔物の頭の上にいるのだ。

慌てて地へと飛び降りた。

ミノタウロス達も白く丸い巨大な魔物から手を離す。マシュマロの旦那と呼ばれたそれは


「無事でよかったな」


と笑いかけ、ふわふわと飛んで去っていった。

フィアレインはぽかんとそれを見送り、大切な事を思い出して我に返る。


「ワイヴァーンは?」


四人のうち一人のミノタウロスが空の彼方を指差した。そちらを見ても、もうワイヴァーンの姿は影も形もない。


「第九層の転移門に向かっていったんじゃないか?あの種に似合わない無駄に可愛い色はアスタロト様のワイヴァーンだろ?」

「第九層の転移門……」


見ると二種類の転移門があるのが分かった。少し離れた場所に二つは設置されているようだ。


「フィア、第九層の転移門に行きたいの」

「そうか、じゃあここを真っ直ぐ行って……」


ミノタウロスは丁寧に場所を説明してくれた。街中に道案内の看板もあるらしい。


「どうもありがとうございました」


一礼して街中へと進む。

第九層への転移門は街の市場を抜けた先にあるらしい。

石畳の道を周囲を見渡しつつ歩いた。街並みは人間の世界と変わらない。

ただそこを行き交うのが人間ではないだけだ。見たことのある魔物もいれば無い魔物もいる。

しばらく歩くと商店が並ぶ区域へと入った。ここを通り過ぎた先が転移門のはずである。

物販の店だけではなく飲食店などもならんでいた。そこから漂う匂いにお腹が空いてくる。

さっきゴブリンからもらい果実を食べたが、ちゃんとした昼食はとっていない。

何か食べたいが、自分はお金を持っていないのだ。

深々とため息をついて、なるべく店を見ないように進んだ。


しばらく歩くと人だかりが目に入った。何やら騒がしい。

そのせいで道が塞がれている。

フィアレインは首を傾げ、足早に近寄っていった。大人たちの足元をかいくぐり、騒動が見えるよう前へ進む。

集っていた者たちは足元のフィアレインに気付くと慌てて道をあけた。

やっと最前列まで辿り着く。何か見世物でもやっているのかと思ったが違った。

そこには自分より少しだけ年上と思われる高位魔族の男の子の姿がある。その足元には猪の頭部を持ち首から下は人型の魔物が倒れていた。

あれは確かオークとかいう魔物だったはずだ。だが人間世界で戦ったことがあるそれより遥かに小さい。おそらくオークの幼体だろう。

高位魔族の少年は倒れているオークの幼体を手にした木の棒で打ったり踏みつけたりしている。


「またベリアル様のご子息が……」


周囲を囲む者の中からそんな声が聞こえた。

フィアレインは騒動の中心にいる彼らにトコトコ近付いていった。

自分の目的地はこの先にある。道を塞がれて邪魔なのだ。

オークの幼体を痛めつけていた少年がフィアレインに気づいた。


「なんだ、お前?」

「なにやってんの?」

「遊んでるんだよ。それよりお前誰だ?」


ほうほうとフィアレインは頷いた。

魔界ではこういう遊びをするのか。自分はとてもやりたいとは思わないが。

そんなフィアレインの様子に少年は苛立ったように叫んだ。


「だからお前誰だ!人の話聞いてんのか!」

「聞いてないもん」


少年が少し後ずさりする。

フィアレインはその様子にゴブリンから聞いた話を思い出した。さきほど野次馬たちがベリアル様のご子息とか言ってなかったか。ではこれが魔界最年少の高位魔族か。

フィアレインはじろじろと少年を見る。ゴブリンの話ではこの少年は三十歳だそうだ。だが目の前の彼は自分より親指一本分くらいしか大きくない。

大人への遠い道のりを思い知らされため息をつく。三十歳と言ったらルクスより年上でないか。

なのにこの小ささ……。

少年が何かまた叫ぼうとした時、足元のオークの幼体がフィアレインの足を掴み訴えた。


「たすけて……」


フィアレインはその声に現実に戻される。オークの幼体を見下ろしてたずねた。


「遊んでるんじゃないの?」


その問いかけにオークの幼体は激しく首を振る。見れば涙をボロボロこぼしているではないか。

周囲を囲む大人たちを見渡した。彼らはフィアレインと目が会わないよう慌てて目を逸らす。

なるほど弱い相手を痛めつけるのがこの少年の『遊び』なのか。周りで見ている連中も幼体保護法があるから助けたくても助けられないらしい。いくら弱肉強食の魔界とは言え不愉快な気分になる。

その時少年が叫んだ一言がフィアレインの神経を逆撫でした。


「その耳……お前、雑種だろう!」


風の音とともに嫌な音がする。耳に痛みが走った。ぽとりと音をたてて、エルフ特有の尖った耳の部分が石畳に落ちる。血の香りがした。


「それだったら雑種って事、かくせるよなー。ありがたく思えよ」


どうやらこの少年の放った風魔法で耳が一部切断されたらしい。

フィアレインは屈み込み切断された耳を拾う。石畳の上に落ちたから少し汚れている。魔法で綺麗にして、切断部へとあてがった。

治癒魔法を使う。

耳は一瞬でもとに戻った。

それを見て少年は不服の声をあげる。だが思い直したように、嫌な笑いを浮かべて言った。


「片方だけ普通の耳じゃおかしいもんな。両方とも普通の耳にしてやろうか」


次の瞬間、少年の身体が吹っ飛んだ。地面へと落ちたそれに近付いてグリグリと踏みにじる。

こんな奴に魔法は必要ない。

殴った拳がちょっとだけ痛いがすぐに治る。

何が普通の耳だ。何が雑種だ。この少年の言い分を聞くとむかむかする。

じたばたもがく少年をまた蹴り飛ばした。鞠のように軽々と宙を舞うそれに言う。


「雑種にやられっぱなしの弱虫が」


地面近くまで落下してきた彼に更に飛び蹴りを食らわせた。もちろん助走つきの強力なやつである。

こんな奴、大嫌いだ。不愉快極まりない。怒りがぐつぐつと煮えたぎる。


「くやしかったら、やり返してみろ」


飛び蹴りをくらい、更に背後へと飛んでいった少年を追う。

周りを囲む野次馬が後ろへとさがった。

少年の落下地点まで駆けて、今度は回し蹴りをお見舞いした。これは見様見真似勇者スペシャルキックだ。

魔物との戦いだと自分の短い足では間合いの問題があるが、今回はただの弱虫相手だ。問題ない。


「どうせ自分より弱い相手にしか何もできないくせに」


回し蹴りをくらった少年は少し離れた場所に倒れる。


「雑種の分際で馬鹿にするな!」


倒れたままの状態で少年が魔力を集中している。魔法を使うつもりだ。

だが遅い。魔法を構築する速度が遅すぎる。

野次馬がどんどん離れていく。中には走って遠くへ逃げる者の姿もあった。

少年から放たれた炎がまっすぐ自分に向かってくる。フィアレインはよけなかった。

次の瞬間甲高い衝突音が響き渡った。

少年が呆然と呟く声が聞こえる。


「障壁魔法……」


フィアレインの前には銀色に輝く魔力で編み上げた障壁があった。少年の魔法は障壁に阻まれ目的を果たすことなく霧散する。

これは以前アスタロトが使っていた魔法を真似したのだ。

初めて使う魔法だが少年の魔法行使が余りに遅かったので余裕である。

障壁が消え、フィアレインはまた少年にスタスタと近付いていった。

少年は何とか起き上がったがまだ座り込んでいる状態だ。そのまま後ずさりしている。

間近まで近づき立ち止まる。

フィアレインは満面の笑顔で少年に言った。


「魔法が好きなら、魔法であーそぼ!」

「ち……父上に言いつけてやるぞ!」

「フィア、消滅魔法で遊びたいなぁ」

「お……俺の父上はベリアルなんだぞ!」

「だからなに?」


よろよろと少年は立ち上がる。彼の首にかけたペンダントの先についている水晶らしき物が輝きを放つ。


「おぼえてろよ!」


フィアレインはこてんと首を傾げて言った。


「今度会ったら……」

「うるさい!うるさい!何も聞こえない!」


転移魔法に似ているがちょっと違う魔法の気配が満ちて、少年の姿がかき消えた。逃げたようだ。

やれやれ、弱虫は逃げ足が早いようである。

フィアレインは首を振り、背後に倒れるオークの幼体の元へと近寄った。傷だらけのそれに治癒魔法をかけてやる。

オークの幼体は慌てて立ち上がり深々と頭をさげた。


「あ、ありがとうございました」

「どういたしまして」


良い事をすると気分が良い。

自分は勇者の仲間である。それに相応しい働きをしたと自分で自分を褒めてやりたい。

その時、フィアレインのお腹が盛大になった。

さっきゴブリンからもらった果実を二つ昼食がわりに食べただけである。その上弱虫の遊び相手をしたからお腹が空いてしまった。


「お腹すいた……」


哀しげに呟くフィアレインにオークの幼体が恐る恐る言った。


「おなかすいてるなら、僕のおうちに来ませんか?お父さんとお母さんが食べ物屋さんしてるから……」

「でも、フィアお金持ってないもん」

「だいじょうぶ。助けてくれたお礼です」


お礼、それすなわち無料と言う事か。非常に心惹かれるお誘いだ。だが、自分には重大な任務がある。

散々悩み、もう一度大きなお腹の音がして、フィアレインは決意した。

シェイドが言っていたでないか。腹が減っては戦は出来ぬと。


「じゃあ、連れていって」


オークの幼体はハモンドと名乗った。

フィアレインはハモンドと並び彼の両親が経営するという飲食店へ向かっている。幸いな事に第九層への転移門に近いらしい。

先ほどの弱虫の事をハモンドは話していた。

何でも彼の両親が外出して不在の時、屋敷から抜け出し街中で低位魔族たちをあのように痛めつけて遊んでいるのだそうだ。時にその相手は低位魔族の成体にまで及ぶと言う。

やっぱりとんでもない奴だ。


「あ、ここです」


ハモンドが指差す店をみる。大きな看板を掲げている店だ。

看板には動物の絵とともに『豚一番』と書かれている。

ふと通りを挟んで向かい側を見れば、似たような作りの店がありその看板には『牛一番』と描かれていた。

ハモンドがフィアレインの視線に気づき説明してくれる。


「あっちはミノタウロス一族がやってるカルビ焼肉定食が有名な店。うちも向こうもアスタロト様のお墨付き、魔界グルメ百選にのってます」


なるほど、とフィアレインは頷いた。あのアスタロトのお勧めならばきっと美味しいに違いない。


「どうぞ」


ハモンドが開けてくれた扉をくぐり店へと入った。


「もうランチタイム終わって、ディナーまで休憩なんでゆっくりしていってください。お父さんとお母さん呼んできます!」


フィアレインはハモンドの背中を見送り椅子へと腰掛けた。

正面の壁には大きな四角い額縁のようなものがかかっている。その中で魔族が動き、喋っていた。何かの魔道具だろうとじっとみる。

おそらく水鏡のような遠くの映像を映し出すものに違いない。

画面が切り替わり、女性魔族が一人こちらを向いている姿が映る。彼女は一礼し話し始めた。


「速報です。本日人間世界から魔界へ侵入者が確認されました」


また画面が切り替わり一人の子どもの姿が映る。

どこかで見た事がある顔……いやいやあれは自分ではないか。


「面識のあるアスタロト様のお話では『エルフの耳に魔族の瞳、金髪を二つに結び、年齢は六歳。ちょこまか動き食い意地が張っている。にゃーにゃー言っているからすぐに分かるだろう』との事です。

すでに全魔界会議が招集され、対策本部が設置されたとの情報が入って来ております」


フィアレインは画面が切り替わり『魔界戦隊マレンジャー』という言葉が表示されるまで、あぜんとして画面を見つめていた。

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