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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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魔界 1

しばらく波のような闇に流され何か膜のようなものを通過した感覚に襲われる。

次の瞬間光が見えた。遠くに見えるその丸い光へと急速に吸い込まれていく。

あまりの眩しさに目を閉じた。

身体に衝撃が走る。目を開くと見知らぬ場所に横たわっていた。


フィアレインは立ち上がり、全身についた土ぼこりを叩いて落とす。そうしながら周りの様子を確認した。

ついて行ったはずのアザゼルはそこにはいない。後から無許可で飛び込んだために別の場所へと出たのかもしれなかった。

見渡す限りの荒野である。

だが魔界と聞き想像していたようなおどろおどろしい雰囲気はない。陽は出ていないが十分に明るかった。

フィアレインは一つ頷く。

とりあえず魔界へ入ることが出来た。あとはルシファーとやらに会いに行くだけだ。

だが突然行って会えるものなのだろうか。

以前にルクスが言っていたではないか。突然訪ねていっても偉い人に会える可能性は極めて薄いと。

ならば知っている魔族へと会いに行くことからだ。

自分の知っている魔族を思い浮かべる。

アザゼルは勝手について来たことを怒られそうなので却下。

メフィストフェレスは説教がうるさそうなので却下。

ルキフグスなんとかは一回しか会ったことがないし、名前もちゃんと覚えてないから却下。

そうなればアスタロトしかいない。

目標をアスタロトに絞り、転移しようとする。だが待てど暮らせど転移魔法は発動しない。

これはどういうことだろうか。

アザゼルがアスタロトのお使いをして魔界へと帰ったことからも、彼が魔界にいるのは確かなはずだ。

その時背後から音が聞こえ、振り返った。少し離れたところから、牛を巨大化させたような獣に引かれた荷車が向かって来ている。

御者はゴブリンだ。

警戒しながら荷車が近付いてくるのを見つめた。

フィアレインの警戒をよそにゴブリンは間近で荷車を止めると声をかけてきた。


「嬢ちゃん、どうしたこんなとこで?」


あの魔界健康ランドの時と一緒だ。ゴブリンには敵意が感じられず人語を操り話しかけてくる。人間世界で遭遇するゴブリンとは全く違う。

黙って答えないフィアレインにゴブリンは続けた。


「迷子か?高位魔族の幼体が一人でこんなとこにいるなんて変だもんな」


フィアレインはとりあえず頷いた。


「あのね、アスタロトのお家にいきたいの」

「アスタロト様?ああいった高位魔族のお偉い方々はコキュートスにお住まいだ。

嬢ちゃんの家もコキュートスじゃないのか?」

「わかんない……」


ゴブリンは少し唸り、呟いた。


「こりゃずいぶんと箱入り娘さんだな」


フィアレインは自分の周りを見渡した。別に自分は何か箱に入ってはいないはずた。首を傾げる。

だが今のゴブリンの話で分かったのはコキュートスとやらに行けば良いということだ。


「どうやってコキュートスにいくの?」

「ええっとな、ここはまず魔界の入り口とも言える第一層だ。コキュートスは最下層、第九層にある。

各層は転移門で繋がれてるのは知ってるか?

ある程度の大きさの街には転移門がある。ただし第九層は第八層からしか行けない。

コキュートスに行きたいなら一回第八層に行かなきゃならん」


つまりここ第一層の街の転移門で第八層へ行き、そこからまた第九層へ行くのかと頷く。

だがすこし面倒だ。思わずゴブリンに尋ねる。


「転移魔法は使えないの?」

「層をまたいでの転移魔法の使用は許可をもらわないと無理だとか聞いたことがあるなぁ……。ああいう魔法はお偉い方しか使えねぇから俺はあんまりその辺の事情に詳しくない。悪いな、嬢ちゃん」

「ううん……」

「嬢ちゃん、連絡水晶は持ってないのか?もしあったら親御さんに連絡して来てもらえばいい」


何の事を言われているか分からないが、フィアレインは首を振った。


「そうか、じゃあとりあえず転移門使うしかねぇな。乗りな、近くの街まで連れていってやるから」


ゴブリンは背後を指差して言った。


「いいの?」

「俺も街に行くところだからな」


街を探して彷徨わねばならないかと思ってたが運がいい。

荷車へとよじ登る。そこには果実が詰められたいくつもの袋が載せてあった。

フィアレインが袋の隙間に座るのを確認し、ゴブリンは荷車を再び動かし始める。

ゴブリンは進行方向を向いたままの状態でフィアレインに話しかけてきた。


「嬢ちゃんは幾つだ?」

「フィア、六歳」


ゴブリンは驚き慌てて振り返る。

どうしたのだろうか。

一度こちらを見てまた進行方向を向き感嘆の声をあげた。


「六歳か。高位魔族最年少の幼体はベリアル様のご子息だと聞いていたがねぇ。まあいいことだ。幼体が増えるっていうのは」

「そのご子息っていうのは何歳?」

「三十歳だと聞いてるよ」


ほうほうとフィアレインは頷いた。自分より二十歳以上も年上である。


「そんなに子どもが少ないの?」

「そうだなあ。俺らみたいな低位の連中は違うが高位魔族は特にな。幼体保護法なんて言うのを作るくらいだからな」

「幼体保護法?」

「ああ、基本的に魔界は弱肉強食だが数の少ない幼体を守るために色々決まりがあるんだ」


その時フィアレインのお腹が盛大に鳴った。そう言えば朝食を食べたきりである。

魔族召喚の儀に必要な物を探しに出て、そろそろ昼になろうかという時間であった。

ゴブリンはフィアレインのお腹の音を聞いて笑い、言った。


「嬢ちゃん、腹減ってるならそこにある果物食べな」


フィアレインは袋に入っている果実を取り出す。それは果皮が真紫で両手におさまる程の大きさだ。見たことがない果物である。


「どうもありがとうございます」

「お、礼儀正しいねぇ」


ちゃんとお礼を言わないとシェイドからほっぺたむにゅむにゅの刑にされるのだ。

ベリアル様のご子息とは大違いだな、などとゴブリンがぼやいている。

だがフィアレインはシェイドの事を思い出したら焦燥感におそわれた。加護と言う名の呪いで寿命を縮められ、自分の破壊の力で生命を削られた彼。そんな中お腹を鳴らす自分が暢気で腹立たしい。

一刻も早く何とかしなくては。

そんな事を考えながら毒々しい紫色の果実にかじりついた。


紫色の果実は想像以上に美味しかった。サクサクした食感に甘酸っぱい味が美味しい。果汁も豊かで喉が潤う。

ゴブリン一族の農園でつくられた果物らしい。

荷車を操りながらゴブリンは色々話してくれる。フィアレインも情報収集すべくあれこれと魔界の事を聞いた。

とりあえず分かったのは先ほど聞いた幼体保護法とやらがかなり自分にとって便利なものだということだ。

まず乗り物は無料で乗れるらしい。これはありがたい。何しろフィアレインは魔界のお金を持ってないのだ。

あとは他の魔族に襲われる心配がない。高位魔族の幼体を害したものには厳罰が下るという。

そういった事も分からない知性が極めて低い魔族には効果がないらしいが……。ゴブリンでさえ人語を操っているのだ。それにも劣るとなると敵にもならない。


無事にアスタロトの元まで辿り着けそうだと思ったその時、何かが高速で飛んでくるのが目に入った。


「あれなに?」


フィアレインが指差した何かをゴブリンは見上げ叫ぶ。


「あ……ありゃあ、アスタロト様のワイヴァーンだ!」

「ワイヴァーンって何?」


のほほんと果実を齧るフィアレインとは対照的にゴブリンは動揺しきっている。

どんどん近付いてくるその姿は以前戦わされたドラゴン、リントヴルムにそっくりだ。色は可愛い桃色である。

雌かも知れないと思って眺める。あの色で雄だと何か嫌だ。


「に、逃げるぞ!」

「へ?なんで?」

「嬢ちゃんはいいが、俺は食われるんだ!」


そう言えば魔界は弱肉強食だと言っていた。

ワイヴァーンはぐんぐん距離をつめてくる。

その時フィアレインは良い案を思いついた。急いで荷車から飛び降りる。


「おい、嬢ちゃん!」

「あれはフィアが何とかするから逃げて」

「何とかって……」

「ほら早く!」


自分は幼体保護法とやらがあるから安全だ。リントヴルムが人語を操り高い知能を持っていたから、ワイヴァーンとやらも大丈夫だろう。

ゴブリンはフィアレインと向かってくるワイヴァーンを何度も見比べた。そしてとうとう観念したのか荷車を操り、その場から遠ざかろうとする。


「嬢ちゃん、気をつけろよ!」

「うん……ゴブリンさん、お名前は!」


遠ざかるゴブリンに叫んだ。

そう言えば助けてもらったも同然なのに名前も聞いてなかった。


「俺はフランチェスコ・アレクサンドル・ゴブゴブだ!」

「長いよ!」


やたらと長い名前のゴブリンの声が遠ざかる。

ワイヴァーンが彼を追っては困るので魔法攻撃の範囲内に入ってきたそれへと幾つも雷撃を放った。

見事な動きでフィアレインの攻撃を避け近付いてくる。

もし幼体保護法とやらに構わず向かって来られてもボコボコにタコ殴りにしてやれば良い。

一番理想的な展開は適度に痛めつけられたワイヴァーンが逃げる時、それにしがみついて一緒に行くのだ。アスタロトに飼われているならば、奴の帰る先はアスタロトの家だろう。

来い、と念じながらワイヴァーンを睨む。

ワイヴァーンは逃げるゴブリンより攻撃してきたフィアレインに目標を定めたらしい。あっという間に近付いてきた。

再び雷撃を放った。そのうち二つはワイヴァーンに直撃する。

咆哮をあげ桃色のそれが肉迫した。フィアレインは杖をふりかぶった。

だがその瞬間、ワイヴァーンは地すれすれの所で旋回し飛び去ろうとする。

おそらくこちらが幼体であると察したのだろう。フィアレインは慌ててワイヴァーンへと駆ける。


「待てぇー!」


ここで逃げられたら荒野に置き去りだ。風の魔法で自分の後を押す。

そして地を蹴り、ワイヴァーンの尾にしがみつく。手足を使い尾の先から付け根あたりまでよじ登っていった。

胴体部分を見るとしがみつけそうな所がない。ここで我慢するしかなさそうだ。

乗り心地は最悪だが。

ドラゴンにそっくりなこれの尻尾にしがみついて登場するのは少し格好悪い。背中に乗り颯爽とアスタロトの家へ訪れる予定だったのに残念である。

ワイヴァーンは更に高度をあげた。

下を見下ろすと怖い。なるべく見ないようにした。

ますますワイヴァーンは速度をあげる。向かい風が強すぎる。吹き飛ばされそうだ。

必死にしがみつくが上空だけあって気温も低く冷たい風に手がかじかむ。

たえなければ。シェイドはもっと辛い思いをしている。

一体どれ位で到着するのか。そう思った時、前方に空まで届く高さの巨大な光の柱が見えた。フィアレインはその光の柱から転送の魔力を感じ取った。これが転移門に違いない。

ワイヴァーンはそのままの速度で転移門とおもわれる光の中へと突入する。眩しさに思わず目を閉じ、再び開いた時には風景が変わっていた。

ちらりと下を見下ろすと街並みが小さく見える。いかに高い場所を飛んでいるか実感した。

フィアレインが下を見下ろしていたその時、ワイヴァーンが急旋回する。

尻尾が強く振られ、ただでさえかじかんだ手で必死にしがみついていたフィアレインは耐えきれず手を離してしまった。


「うにゃっ」


勢いよく尻尾から飛ばされた。

当然のことながらフィアレインの身体は下の街へと急降下する。ジタバタもがくが翼のない自分には無意味だ。


「にゃー!助けてぇぇ!」


叫び声をあげながらフィアレインは遥か遠い地へと墜落していった。

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