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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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エルヴァン 3

エルヴァンが入ってきた子ブタちゃんに問いかける。


「お、食事の準備できたのかな?」

「ええ、ここに運びますかい?」

「そうだね」

「わかりやした。先生は?召し上がるんで?」

「どうしようかな……折角だから私も食べようか」


エルヴァンの言葉に子ブタちゃんは頷き、卓の上を片付けてまた部屋を出ていった。

フィアレインは飛び起き、卓の前へと座る。

すぐに子ブタちゃんは料理を抱えて戻ってきた。その背後にはゴーレムが続く。ゴーレムが殆どの料理を抱えて来たようだ。

それぞれの前に食器をならべる。

パンではなくて白い穀物を炊いたものが各自の皿に盛られていた。見たことのない種類のスープもある。

そして何よりもステーキだ。二種類のステーキ。それも特大だ。

フィアレインは目の前で湯気をたてるステーキに目が釘付けだ。

熱した鉄板の上にのせられたそれはじゅうじゅうと音をたてつつ、食欲を刺激する肉とソースの香りを撒き散らしている。


「美味しそうだね。子ブタちゃん、青年たちにはワイン開けてあげてよ」


エルヴァンの言葉に子ブタちゃんが部屋から慌てて出ていった。


「じゃあ、とりあえず先に頂こうか。すぐにワインは来るよ」


とりあえず肉を食べるのが先だ。

付け合わせに嫌いな小さな緑の豆があるのは見なかった事にする。

先ほどエルヴァンからエルフに襲撃された理由を問われたが、食事中にややこしい話をするのはやめたらしい。いまはエルヴァンの開発した魔道具の話など当たり障りのない話をしている。

それにしても二種類の肉は甲乙つけがたい。

その時ワインの瓶を抱えて子ブタちゃんが入ってきた。


「先生、お客人が見えてます」

「お客?ああ何かエルフの気配感じたけど……」

「ええ。でも今まで見たことない御方で」

「分かった。すぐ行くよ。待っててもらって」


子ブタちゃんが急いで出ていった。エルヴァンも立ち上がる。


「食事中申し訳ないけどちょっとだけ失礼するよ」

「エルフの客人も来るんですね」

「そりゃあもちろん。でも来るのはアルフヘイムを出て暮らしてる連中だけだよ。

住んでる村の農作物の収穫増やすのにいい魔道具はないか?とかでね。その年の芋の収穫量気にする彼らの方が、アルフヘイムに引きこもって我々こそ神にふさわしいとか言ってるフレイより現実的でいいよね。

ま、そんな夢見がちなとこがフレイの長所かもしれないけど……」

「それは長所と言うのであろうか?」


エルヴァンが出て行くと仲間三人は真剣な表情で今後のことを話している。

だがフィアレインはその客人のエルフとやらが気になって仕方ない。

僅かに感じるこの気配は……。

思わずステーキ皿とフォークを手に立ち上がる。そして自分も部屋を出た。

呼び止める声がしないことからも仲間は気付いてないはずだ。

気配のする方向へと廊下を歩いて向かう。

どうやら入り口にいるようだ。

気配を辿ったので迷わず入り口が見える所へたどり着いた。角に隠れ、様子を伺う。

エルヴァンが柱にもたれかかって笑顔を浮かべ客人を見下ろしている。

客人のエルフはやはりフィアレインの予想通りヴェルンドであった。

思わず顔をしかめてしまう。また何か企んで来たに違いない。

ヴェルンドは家に上がることなく、低くなっている足元がかたい土のそこに立っていた。

フィアレインは手にした皿を見おろす。正確には嫌いな緑の豆を。

いざとなったらこれを投げつけてやる。いくら食べ物のことにうるさいシェイドでも襲撃してきた敵を撃退するのに使ったのならば文句は言わないだろう。

そう決意し、一口大に切った肉を口へ運んだ。

立って食べるのは行儀が悪いが、これは偵察である。密偵フィア再びだ。

アスタロトの時はばれたが、今回は注意深くいかねばならない。

だが、そこで思い直す。

今回は前回と違う。いざと言う時はばれても良いのだ。ここから豆攻撃なのだから。

密偵ではない。狙撃手フィアだ。

ちょっと格好いい。

そんな事を思いながら二人にまた視線をうつす。今まで話を聞いてなかったから何を話してるか分からない。

その時、エルヴァンは満面の笑みを浮かべてヴェルンドに言い放った。


「ヴェルンド君、ブチ殺されたいの?」


フィアレインはぽかんとエルヴァンを見つめた。

ブチ殺されたいの?とは一体何だ。しかもそういう台詞はあんな満面の笑みで言う事なのだろうか。

手元の肉をまた口へと運ぶ。冷める前に食べねば。やっぱり美味しい。

もぐもぐやりながら会話を聞き取るべく角から覗き込む。

だが残念な事にエルヴァンは話を打ち切ってしまった。帰るように言われたのだろう、ヴェルンドの姿が消える。

豆を投げることが出来なかった。どうしよう、食べたくない。

ステーキ皿を何とも言えない気持ちで見下ろしていたら、いつのまにかすぐ近くにまでエルヴァンが来ていた。


「フィア、こんな所でどうしたの?」

「偵察」


フィアレインの言葉にエルヴァンがふき出した。


「そうかそうか。任務ご苦労様」

「うん。ヴェルンドは?」

「フレイの件でね。ちらっとフィアの事、話してたけど……別に君たちに用があって来た訳じゃないよ」

「フレイの件でって何?」


徹底的に尋問である。ちゃんとヴェルンドの目的を調査しなくては。何しろ変質者がらみなのだ。

皿とフォークを手ににじり寄る。


「やだなあ。フィア、そんな怖い顔して。可愛い顔が台無しだよ」

「だってあれはヴェルンドなんだもん!」


フィアレインの中ではヴェルンドは敵であり要注意エルフだ。

様子を見る限りエルヴァンは誤魔化すつもりだ。厳しく追求しなくてはならない。

エルヴァンが敵にまわったら面倒くさい。既にフィアレインはエルフ全体を信用していないのだ。

それならば魔族たちのほうがまだマシである。


「いや、ね。フレイ大怪我してるんだって?フィアの話もそれで出たんだけど。

その治療法がないかって事をね。聞きに来たんだ」

「治療法あるの?」

「直接見てもないから何とも言えないな。それにフレイ本人はやはり私をアルフヘイムへと戻すつもりなさそうだし。

さっきのはヴェルンドがフレイに頼まれて来た訳じゃない。彼の独断だよ」


フィアレインはじっとエルヴァンを見つめる。楽しげに笑みを浮かべるその顔からは真意は読み取りづらい。

そんなフィアレインの警戒を見てとったのかヴェルンドは苦笑し、説明した。


「フィア、確かにね。ヴェルンドは君の引き渡しを要求してきた。でも私はそれを断ったんだ。

だからそんな警戒しなくてもいい。

それにいずれにしても……私は良くも悪くも傍観者だからね」


そう言われるとフィアレインはもう何も言えない。俯くと嫌いな豆が目に入った。

少し悩み決意する。

エルヴァンへと歩み寄り、握った拳を差し出す。彼は怪訝そうな顔をしながらもフィアレインへと手のひらを差し出した。

その手の上に握っていたものをのせる。

エルヴァンはまじまじとそれを見、フィアレインにたずねた。


「フィア、これは?」

「飛び道具」

「え……いや、ただの豆だよね」


フィアレインは首を振る。そしてそれ以上何か言われる前にそそくさと仲間の待つ部屋に戻った。

部屋に入ると三人から注目される。食事中にちょろちょろしていた事を怒られる前に自ら報告した。


「ヴェルンドが来てた」


フィアレインの報告にシェイドが顔を強張らせる。エルヴァンが同族であるエルフたちへと与して自分たちに被害を加える可能性を考えたのだろう。


「それで……?」

「帰ったよ。心配しなくてもいい」


シェイドの問いに答えたのはフィアレインではない。その背後にいつのまにやら現れたエルヴァンだ。

仲間三人は警戒心をあらわにしている。当然だ。それで信用できる訳がない。


「私は傍観者だから余計なことに関わるつもりはないよ」

「例えばフレイに取引を持ちかけられたとしてもですか?」

「取引?」

「そう、あなたはフレイを研究したかったんでしょう?」


ああ、とエルヴァンは納得したように頷いた。


「彼に研究させてもらうことを条件に君たちの身柄を引き渡したりするってことか。

それはないな。率直なところ、フレイよりもフィアとか勇者君の方が研究対象として遥かに魅力的だからね」


フィアレインはある意味エルヴァンも危険エルフなのかもしれないと思った。なんと言ってもあの変質者エルフが恐れ、アルフヘイムから追い出したくらいである。

エルヴァンはフィアレインに座るよう促し、自らも元の場所に座った。そして話を続ける。


「まあヴェルンドの話で君たちが何故エルフに襲撃されたか分かった。それじゃあ私の事も信用出来なくても仕方ない」

「俺たちは……」

「いやいいよ。勇者君。当然のことだから。

だけど一つ言っておくよ。私にとって研究と面白いことを観察する以外の事は本当にどうでもいい事だ」


フィアレインは肉の最後の一切れを飲み込み、エルヴァンに聞く。


「それでフレイが死んじゃっても?」

「そうだね。私にとってはどうでもいい事だ。もっと大切で面白いことは他にある。

そうじゃなきゃ、とっくの昔にアルフヘイムへの帰り方を探してるよ」


シェイドはしばらくエルヴァンの顔を黙って眺める。悩んでいるのだろう。

シェイドの皿にはサーロインとやらが何切れか残っていた。もったいない。冷めてしまう。

フィアレインはコソコソと手を伸ばしフォークで肉を刺した。

すかさずシェイドの手がフィアレインの頬をむにゅっと摘まむ。

これは断じて泥棒ではない。もったいないと思っただけだ。


「にょこってて、もったいにゃいと思ったんだもん……」


シェイドはフィアレインの頬をむにゅむにゅやりながら呆れたように言う。


「残したんじゃない!これから食べる予定だったんだ!」

「かわりにこれあげる」

「それお前の嫌いな野菜だろ……」


その時ぷっとエルヴァンがふきだし、慌てて二人で彼の方に向き直る。

シェイドはフォークを置いて言った。


「わかりました。ただ……お話を聞く限り、セフィロトの花の入手にご助力願うのは難しそうですね」

「そうだね。申し訳ないけど。その一件については私より、他のアルフヘイムを出て暮らしてるエルフの方が力になれるのでは?

例えば君の親御さんは?」


エルヴァンはグレンへと話を向けた。


「僕の両親はどちらもハーフエルフ。でも父方のじーさんエルフも母方のばーさんエルフも健在」

「ではそちらを頼るほうが良いと思うよ。君の祖父母に無理だとしても、他のエルフを紹介してもらえばいい。アルフヘイムを出て暮らしてるエルフ同士の付き合いもあるからね。

外で暮らしてるからと言って、全員が私みたいに追放処分された訳じゃない」


誰かしら必ず見つかるだろう、とエルヴァンは断言した。

フィアレインは食事を食べ終え眠くなってきた。卓の天板に片頬を下にして顔をのせる。

今朝も早かったのだ。


「わかりました……ってフィア、食べたばっかりで寝るなよ」

「ねむいんだもん」

「ははっ、子どもだからね。子ブタちゃんに部屋に案内させるよ。お風呂も入らないと」


その言葉に立ちあがる。部屋の端に立っていた子ブタちゃんが先導し、廊下へと出た。

仲間たちとエルヴァンはまだ何か話すつもりのようだ。

先ほどヴェルンドが来た際に入り口へと向かった方向とは逆方向へ進む。

外から見た時は小さな家だと思ったが、奥行きがある。庭を眺める事のできる渡り廊下を進むと離れに入った。

部屋へと案内する子ブタちゃんの後ろ姿を眺めながら、先ほどまで忘れていた事を考える。

エルヴァンの研究結果から分かる己の真実を自分は聞きたいだろうか、と。



翌朝からエルヴァンの研究とやらへの協力が始まった。

シェイドの協力に対する礼は武具の作成だそうだ。以前魔界健康ランドのくじ引きで手に入れたルシファー飼いドラゴンの鱗の使い途ができたのだ。

フィアレインはまだ考え中である。間髪いれずお菓子と答えたのだが保留にされた。

先ほど血を一滴とられ、今はエルヴァン開発の生命研究魔道具、分析君十三号とやらに入れられている。


「にゃーー!」


入れられているのだが……。

ただ入れられているだけではない。箱状のそれに入れられてた途端、外枠はそのままにフィアレインが入っている中の部分が高速回転を始めた。大きな四角い箱状のそれは、側面に扉がある。そこから入り、エルヴァンが扉を閉め魔力を注ぎ込んだらこんな調子である。

扉にはめこまれている窓から外が見える。

満面の笑みで自分を見つめるエルヴァンの姿を見てフィアレインは思った。

やはりこれはフレイとは別の種類の危険エルフであると。

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