勇者との出会い1
フィアレインはゴーレムを召喚し、自分を抱えて山を登るよう命じた。
行ったことのある場所、たとえばマルクト王国の王都などならば転移魔法で一瞬で行ける。
だが、せっかくだから行ったことのない場所に行こうと思ったのだ。
どうせ寿命のない身である。
時間は余る程あるのだ。
それにこんな夜に人間は外をそれも魔物の跋扈する山道など通らない。
太陽が沈んだら魔の者たちの時間なのだ。
クレーテ山はなかなかの高さの山である。
山越えしようとすれば、途中山中での野営を必要とする。
ハルピュイアが大量発生している中、危険を犯してまで山越えを出来るのは一部の実力ある者だけだ。
だから皆、麓の街で足止めをくらっている。
一日も早く傭兵ギルドに出した討伐の依頼が達成されることを祈りながら。
山に踏み入る者が少ないと言えど、夜の内になるべく麓の街から離れてしまいたかった。
そんな事を考えながら、ゴーレムの腕の中で眠りに落ちていった。
ハルピュイアが襲ってきたら危険だとは分かっていたが、子どもにはもう寝る時間である。
寝る子は育つと己に言い訳をしつつ、寝てしまったフィアレインであった。
目覚めたのは日の出の頃だった。
意外な事に夜中ハルピュイアに襲われることはなかった。
まだこの辺りはハルピュイアの生息圏でないのだろうか。
不思議に思いながらも、とりあえず水魔法で発生させた水で顔を洗った。
カップに注いだ水を飲んで、更に先に進む。
あまり食欲もないし、食事は後回しでよい。
しばらくゴーレムに揺られて進んだ。
魔力で時間を読み取り、およそニ刻経った頃。
耳障りな声が遠くから聞こえた。
声と言うべきか、鳴き声と言うべきか。
それは人間の女の声のようでありながら、聞く者に戦慄を抱かせる獣の鳴き声であった。
おそらくこれがハルピュイアの鳴き声だろう。
かなりの数のようだ。
おそらく、いや間違いなく誰かが襲われている。
ゴーレムを急がせようとして一瞬悩んだ。
急いで駆けつけてどうするつもりだ。
力を使って助け、助けた相手に化け物を見たかのような目で見られるつもりか。
また同じことを?
湧き上がる暗い考えを振り切る。
だが、山越えするにはどの道この先に進まねばならない。
そうなればハルピュイアが待ち受けており、自分が進む為にも片付けなければならないのだ。
その結果どんな目で見られようとも構うものか。
自分にそう言い聞かせ、ゴーレムに急ぐよう命じた。
***
肉眼で見える範囲だが、ある程度距離をとった場所の木陰から覗き込む。
近づいて行かなかったのは、あまりのハルピュイアの多さのせいでもある。
何十とも言えるハルピュイアが空を舞い、一人の人間の青年に襲いかかっていた。
フィアレインはこの距離でありながら、青年に違和感を感じたのだ。
普通の人間ではない。
確かに高い魔力と剣の実力も持ち、その二つを使いこなして圧倒的な数のハルピュイアと対峙しているが。
そういう意味でなく、なんとも言い表し難い違和感を青年にかんじるのだ。
確かに紛うことなき人間だ。
エルフの血も魔族の血も入ってない。
この距離ではさすがにこれ以上のことは分からなかった。
それにしても人間とは思えない見事な戦いぶりだ。
手を貸す仲間もないから、上手く魔法と剣を使い分けて戦っている。
魔法も高い魔力に見合った高い教育を受けているのだろう。
魔力から魔法を構築するのに全くの無駄がない。
ただやはり数の差は大きい。
ハルピュイア達は耳障りな奇声を発しつつ、青年に食らいつこうとしたり、仲間を更に呼んでその数を増やしている。
このままでは時間の問題だろう。
ハルピュイアは数が多い。
青年を狙っているとは言え、その数からかなりの範囲に広がって羽ばたいている。
そしてこの場にいるのは自分と青年だけだ。
青年は自分の状況をじゅうぶん理解しており、無理にハルピュイアの中に突入したりしていない。
近づいたものを斬り捨てつつ、距離をとり魔法でハルピュイアを複数狙っている。
そして自分はこの離れた場所におり、ハルピュイアには気付かれてない。
ならば発動まで時間が少し要る大技を使える。
ハルピュイアたちのど真ん中にはいないとは言え、念のため青年に保護魔法をかける必要はあるかも知れないが。
そう考えフィアレインは流星召喚魔法、ミーティアを使うことを決めた。
その威力は加減を間違うと小さな集落くらいならば容易く破壊できる。
山道がクレーターになるかも、と言う重要な懸念は忘れて魔法の詠唱に入った。
魔法が発動する前にハルピュイアに気付かれたら厄介だと思ったが、それはなく術の構築が終わる。
ミーティアを放つ瞬間に、青年には保護魔法をかければ良い。
魔法を放つ瞬間、膨れ上がった膨大な魔力に青年が気付いて慌てて振り返った。
***
「穴ぼこになっちゃった……」
フィアレインは山道に出来た巨大なクレーターを見下ろし、しみじみと呟いた。
「まあ……クレーターにもなるだろうな」
隣に立つ青年は自らの頬を人差し指で掻きながら答える。
ハルピュイアの殆どがフィアレインの発動したミーティアで消滅した。
とっさに保護魔法をかけられたとは言え、突然強力な魔法が背後から襲いかかってきたから死ぬかと思ったと青年は語った。
彼は一瞬呆然としたものの、すぐに立て直し、生き残ったハルピュイア達を仕留めていき、とりあえずこの場にいたものは全てが骸となった。
とりあえずこのままでは通行の差し障りとなるので、土属性の魔法を使い山道を元に戻した。
一瞬のことに青年は目を見張る。
「すごいな」
間近で見るとやはり違和感は強まる。
外見は黒髪に黒い瞳で普通の人間のようだが、やはり違う。
強いて言うならば、人間本来のものじゃない力を何者かに与えられているような。
人間たちの言葉を借りれば、神とかそういった存在の加護だろうか。
そこまで考えて、該当するであろう存在を思いつく。
「勇者……?」
青年は更に驚いたようにフィアレインを見つめた。
青年が何か言おうとしたその時。
再びハルピュイアの奇声が遠くから聞こえた。
かなり距離があるようだが、二人は思わず顔を見合わせる。
「くそっ、まだいるのか」
青年は疲れを滲ませながらうんざりしたように吐き捨てた。
「巣とかあるのかも……」
「巣?あり得そうだな。
次から次に湧いてくるところを見る限り」
「多分あっち」
ハルピュイアの鳴き声がした方向をフィアレインは指差す。
おそらく人間の聴力だけでは、はっきりとした場所は分からないだろう。
そしてここまで感じられる、ハルピュイアより強い禍々しい気配。
青年は気付いているだろうか。
青年はフィアレインが指差した方向へ向かって歩き始めた。
最近、急にその数を増やしたハルピュイア。
その原因は間違いなくこの先にある。
「巣に行くの?」
青年の背中に問いかける。
「討伐を頼まれてる。元凶から片付けないと意味がない」
「ハルピュイアよりもタチの悪い魔物がいるよ」
背を向けていた青年が振り返った。怪訝そうな表情を浮かべている。
「何故わかる?」
「気配がするんだよ。でもどんなやつかは分からないけど」
「そうか……。とにかく俺はやつらの巣とやらに行ってみる。
ハルピュイアが急増した原因もわかるだろうしな」
青年は迷いもなく頷き、再び背を向けて歩き始めた。
フィアレインは咄嗟に青年を呼び止める。
自分でもどういう心の動きか分からないほど衝動的に。
振り返った青年に思わず言ってしまう。
「わたしも行く」
「一緒にか?えーっと……」
「フィア」
「フィアか。俺はシェイド。
本気で行く気か?」
「うん。魔法使えるし、平気」
「と、言ってもなぁ……」
こんな小さい子をと、うんうん唸りながら悩むシェイドにフィアレインは駄目押しする。
「大丈夫。自分の身は自分で守る。いざとなれば転移魔法で逃げられるし。
それに……シェイド一人じゃ、あいつらの巣の詳しい場所分からないんじゃない?」
「うっ……」
シェイドは最終的には諦めて、危なくなったら自分を置いてでも逃げろと、フィアレインに言い含め同行を許した。
二人は山道を外れ、樹々の間をぬって歩いていく。
既に陽が昇り明るい時間だと言うのに、鬱蒼としげる樹々に辺りは薄暗い。
それだけではない。
近づくにつれ徐々に深まる不愉快な気配。
何かがいる。
先ほどまで聞こえたハルピュイアの鳴き声も止んで、より一層不気味だ。
二人とも魔物の襲撃に備え、警戒しながら進んでいるため、詳しい身の上話など出来る筈もない。
ただフィアレインの予想通り、シェイドは『勇者』であった。
闇の神の加護を受けた勇者であると言う。
フィアレインは人間たちの神に詳しくない。
光の神をはじめとして複数の神がいるらしい、と言う事を知っているだけだ。
思わず『闇の神?』と聞き返すと、マイナーな神様だからなぁとシェイドから苦笑が返ってきた。
マイナーな上に教団そのものが弱小なので、勇者の義務を果たすに際して、これと言った援助を期待できないと語る。
一番多くの信徒を抱え巨大な組織である光の神の教団とは大違いだ。
もっと色々聞いてみたかったがフィアレインは話を中断する。
どうやら目的地はすぐそこだ。
シェイドも警戒心を強め、いつでも攻撃できるように歩みをすすみた。