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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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エルヴァン 2

フィアレインの宣言にその場の全員、エルヴァンさえもが驚いた表情を浮かべた。


「でも……結果を教えてもらうかどうかはわかんない。フィアもどうしたいかわかんないんだもん」

「そうか。ゆっくり考えるといいよ」


エルヴァンの返答に一つ頷き、また元の場所へ戻って座る。


「障子紙の件は本当にどうでも良いからさ。それよりも礼は何がいいかな?フィアに勇者君っていう稀少な研究対象の引き換えになるような物で。

私の作成した魔道具でもいいし。私の力で叶えてあげられることでね」

「そうですか。では……セフィロトの花の入手は可能ですか?」

「セフィロトの花?あんな物何に使うの?何の効力もないただの花だけど……。

勇者君もしかして無類の花好きなのかな?」

「いやいや、違いますよ!」


フィアレインはエルヴァンの言葉にがっかりした。魔界のあのお方とやらが欲しがる花である。何か特別な花だと思ってたのに。


「本当にただの花なの?」


エルヴァンは頷いた。


「セフィロトの樹自体は特別なものだけどね。花そのものに何か特別な効力はないよ」

「セフィロトの樹自体はどのような力があるのです?」


ルクスの問いかけにエルヴァンはそうだねぇと少し考えて続けた。


「あれはフレイが創った代物なんだ。世界に干渉する為に。我々エルフなんて言わば神のなり損ないだからさ。中途半端な創造の力はある。でも人のような生命体は創れないし、神の創った世界にも干渉する力もない。

あれはフレイが見つけた世界の綻びから世界そのものに根を張っている。

見た目は巨大な樹で地へと根を張ってるけど……それはフレイがあれを創造する時に抱いたイメージで実体化してるだけだから。

世界そのものの力を転用して直接干渉出来ない世界への干渉を可能としている。

とは言え、干渉するって言うのにも限界があってね。残念ながらたいした事は出来なかったはずだよ。

やはり所詮我々は神じゃない。世界そのものの力を使っても出来ることなんて知れてる。たしか世界中を覗き見できるとか、その程度」


やはりあのフレイとやらは覗きが趣味の変質者であったらしい。夢の中での事を思い出すと不愉快になる。

身体ドロドロの刑がぴったりだ。

その時、話に飽きてきて草を編んだ敷物のような床の上でコロコロ転がっていたフィアレインの背後で叫び声がした


「し、し、障子が!」


その声を聞き笑いながらエルヴァンは立ち上がった。


「どうやら子ブタちゃんが戻って来たのかな?」


彼は障子に歩み寄り開ける。子ブタちゃんはわなわなと震えながら穴だらけになったそれを眺めていた。


「せ、先生!こいつは一体……」

「ああ、ちょっとまあ色々あってね。でもお陰で良い研究材料を手に入れられた。

だから怒らないでくれるかな。

そんなことよりも肉は買えた?」

「ええ、肉屋の親父が先生の為にと気合いれていいとこ出してくれたんで」


肉、の一言にフィアレインは飛び起きる。ステーキだ。付け合わせの野菜が芋なら尚更良い。ほくほくの芋を揚げたものでも、茹でてバターを添えたものでもどちらでも大好きだ。


「じゃあ支度出来たらまた来やす!」


子ブタちゃんは廊下を戻って行った。それを見送り、エルヴァンが一行を振り返る。


「間もなく食事の準備もできると思うから、込み入った話は後にしようか?まだ君たちに使ってもらう部屋にも案内してないしね」


だがシェイドはそれを固辞した。


「いえ、結構重要な話なので先にさせて頂いてもよろしいですか?」

「せっかちだね、そんなに生き急がなくても……。まあ君は勇者だから仕方ないね。歴代の勇者は酷ければ十代、長く生きたとしても二十代で死んじゃうからね。そりゃあ生き急ぐか」


面白そうに笑って頷きながら納得するエルヴァンにシェイドは何も言わなかった。ただ黙っている。

フィアレインは食事の前に風呂に入りたかったが仲間たちの様子に諦めて、また床にコロコロ転がった。そうやって転がりながら、気になったことを口にした。

歴代勇者が十代、二十代で死んだからといってシェイドもそうなられては困るのだ。いつまでこうやって旅を続けるかわからないが、彼には長生きしてもらわねばならない。


「シェイド長生きしてね」

「へ?どうした?急に」

「だってフィア、大人になるまでシェイドのお家に居候するつもりだもん」


その場の全員が自分に注目している。居候とは最近意味を知った言葉だ。

シェイドの話では子どもは刃物も魔法以外の火遊びもダメらしい。今でも料理の手伝いは鍋をかきまわしたり、器を出したりする程度しかさせてもらえないのだ。

この間包丁を手にしたら、シェイドが慌てて取り上げた。

まあそのずっと前に手伝いをしようとして包丁を手にし、転んでしまった事があるから仕方ないのかもしれない。その時、勢いよく手から包丁が飛んでいき、もう少しで彼の背中に刺さるところだった。

だがしかし咄嗟に彼は振り返り人差し指と中指で飛んできた包丁を挟んで受け止めたのだ。

さすが勇者。

ちょっと格好が良かったので、もう一回やって欲しい。自分も真似したいのだ。


「フィア……さすがにそんなに長生き出来ん。あと百九四年だろ?」


そうか、人間の寿命を考えれば仕方ない。うんうん頷き納得する。

じゃあどうするか。ふとグレンが目に入る。彼はあと四百年は寿命が残っていたはずだ。

フィアレインと目があったグレンはさっと目を逸らした。


「フィア、シェイドが死んじゃった後はグレンのお家に……」

「フィア!僕は節約一番だから、シェイドみたいにお菓子代に寛大じゃないよ!」


グレンの叫びに顔をしかめる。

それは困る。折角チョコレートを手に入れるツテがあるのに。

だがフィアレインはそこで閃いた。

そうだ、魔界に行こう。

アスタロトの家にでも居候すればいい。そしたらチョコレートはいつでも買えるし、やたらとグルメなあの魔族の家ではご馳走食べ放題だ。


「じゃあ……フィア、シェイドが死んじゃったら魔界に住む。アスタロトのお家とか」

「魔界?」


エルヴァンが不思議そうに問い返す。フィアレインは頷いてみせた。床に転がりながらだから彼には見え辛かったかもしれないけど。


「魔界か……うーん。でもまあフィアならば行けるかもしれないな」

「行けるかもとは?」


シェイドがエルヴァンに聞いた。エルヴァンはシェイドではなくフィアレインに向かって尋ねた。


「フィアはこの世界の構造を知ってる?」

「しらない」


フィアレインは咄嗟にルクスを見た。彼は自分の先生である。子ブタちゃんの先生がエルヴァンなのと一緒だ。

昨日も聖書で文字を習った。豆を投げつけ魑魅魍魎を追い出す話だ。なぜ豆が武器になるかわからないが……多分豆嫌いなのかもしれない。

フィアレインも緑色の豆が嫌いだ。

ルクスが語り始める。


「混沌の中に天球と呼ばれる球体があり、それが我々の世界。その天球の中心が我々の暮らす大地であり、その上に空があり、天球の一番外側にあたる部分が神の場所であると」

「そう。あと混沌の中にはこことはまた別の世界、魔界がある。確か出来損ないの空間みたいなのはあったと思うけど……生命体が存在するのは我々が踏むこの大地と魔界のみ。

それでね、我々はどう頑張ってもこの天球から出られないのだよ。人間を超越する力を持つ我々エルフでもね。

面白い話だよね。混沌から自然発生した身でありながら、いつのまにか天球の中へと引き込まれ出ることが出来ない。それは神の意図なのか何か別の力が働いてるのか分からないけど」


エルヴァンはチャを一口飲んで続けた。


「自力で天球から出られたのはルシファーのみ。

彼が魔界を創り、それに従って魔界へ移住した者とそこで誕生した者たちは彼同様に天球の出入りができる」

「だから魔族の血が入ってるフィアもそうだと?」

「おそらくね」

「ねえねえ、ルシファーってだれ?」


なるほど、とりあえず自分は魔界へと入れる可能性はあるらしい。いざとなったらアスタロトなりメフィストフェレスなりの背中にはりついてでも行ってやるのだ。


「魔界の破壊の神様だよ」


エルヴァンの答えに、それが魔界の面々が言うあのお方とやらかとわかった。


「彼とは神との戦争の時にあったことがある。私とは気が合いそうな予感がするんだよ。

私もその時サボっててフレイに見つかりどつかれた挙句前線まで拉致されたけど、彼もサボっててね。ベルゼブブに見つかって散々説教された挙句引きずって行かれてたんだ!」

「そ……そうですか」

「それにしても君たちはアスタロト君とも知り合いなんだね」

「はい、知り合いになりたくてなった訳じゃないですけど」


その言葉にエルヴァンはうんうんと頷く。

フィアレインはふと思ったことを言った。


「アスタロト、いっつもフィア達の行くところにいるから、ここにもいるかも」


いつも必ず行き先でグルメ三昧をしてるのだ。この街アンブラーでもそうに違いない。

だがそんなフィアレインの言葉にエルヴァンが首を振った。


「んー、それはないと思うな」

「なんで?」

「いや、昔ね。魔族について研究したくてしたくて、思い余って召喚しちゃったんだよ」

「は?」


仲間たちは呆れ果てている。だがエルヴァンはそんな事を気にする様子もない。


「そしたらアスタロト君が現れてさ。研究に協力してくれって言ったら慌てて逃げられたんだ。必死に追いかけたんだけどねぇ……魔界に逃げ込まれちゃって。

まあ、そういう経緯があるからこの街には現れないと思うよ。

って、そんな事よりも!何でセフィロトの花なんかが欲しいの?」

「実は……先ほどあなたが仰ったルシファーとやらと取引をして、それにセフィロトの花がいるんです」


シェイドの答えに、エルヴァンが難しい顔をして首を捻る。

しばらく彼は考え込み言った。


「それって多分……花そのものが目当てって言うよりも、彼は君たちをセフィロトの樹の元へと行かせるのが目的なんじゃないのかな」

「なぜ?」

「さあ……彼の考えることは私にはわからないけど。ただあの花が欲しいって言うのがわからない」


フィアレインはアスタロトが言っていた事を思い出す。


「でもアスタロトがあのお方はめずらしい植物を集めるのが好きだって言ってたよ」

「そうなのか?やっぱり彼と私は気が合うかもしれない!

私もそういう珍しいものを集めたり、生き物の観察をするのが好きなんだ。蟻の巣観察とかね」


蟻の巣観察……何が楽しいのだろうか。自分にはよくわからない。


「でも、そういう趣味があるにしても彼だったら自力で手に入れると思うよ。それで人間と取引するとは思えないな。

だって無理矢理手に入れようと思えばいくらでも可能なんだから。

創造の力を持つエルフと破壊の力を持つ魔族。同程度の魔力の持ち主ならば戦えば魔族の方が強い。

同程度どころか、多少力が落ちる場合でもエルフより魔族の方が戦闘力という面で上回ってる」

「立ち寄った町で……俺たちを襲撃してきた何人ものエルフが一人の魔族に皆殺しにされました」


だろうね、とエルヴァンは頷く。


「まあ……そういう訳で私はルシファーには別の意図があると思うんだ。ところで君たち何でエルフに襲撃されてるの?」


シェイドが口を開こうとしたその時、再び子ブタちゃんが部屋へと入って来た。

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