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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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エルヴァン 1

エルヴァンの家はこの大陸でよく見られる形式の家であった。だがその屋根は瓦でなく植物葺きである。

彼は木造の一階建ての引き戸を開け、一行を中へと招き入れた。


「さ、さ。どうぞどうぞ」


この街をつくった者の家にしてはかなり小さい。だが一人で暮らすならこれで十分なのかもしれない。

そんな風に思いながらフィアレインは家の中へと入り、周りを見渡した。

入ってすぐの所には竈や作業用の台、調理道具や何に使うのか分からない道具などがあり雑然としている。床はかためられた土だ。そこそこの広さのあるその空間の奥に地面より高くしつらえた部屋が見える。

エルヴァンはその奥まで歩き、靴を脱いでから部屋へと上がった。


「ここで靴脱いでな」


シェイドに言われ、それに従う。

エルヴァンは入ってすぐの部屋を素通りし、その部屋の奥にある引き戸を開けた。壁一面が戸のようになっている。

フィアレインは首を傾げた。

これは壁や戸というよりも大きな部屋を仕切る代物なのかもしれない。木製の枠組みにしっかりとした紙が貼られている。

仲間に続いて部屋へと入り両引き戸になっているそれを両手で閉めた。左右の戸がぶつかる良い音がする。


「どうぞ。座布団は足りるかな」


仲間達は低い卓を囲む四角いクッションのようなものの上に腰掛けた。

フィアレインはまた少し戸を開き、閉める。やはり良い音だ。

思わず笑みを浮かべて、その動作を繰り返していると背後からシェイドに声をかけられた。


「フィア、何やってんだ?ここ、座れ」


慌ててシェイドが指差す所へと座る。


「すぐにお茶用意するから待っててくれるかな」


エルヴァンが立ち上がろうとしたその時、フィアレインの背後で戸が開く音がした。

慌てて振り返る。そこは今入って来た部屋へ続く方向とは別の一面だ。格子状の木の枠に紙が貼られたこれも戸だったのかと驚く。

だがそれ以上に部屋へと入って来た者の正体に一行はあぜんとなった。

そこに居たのは二足歩行する仔ピッグである。フィアレインはこれと同じものを見たことがあった。魔界のあのお方とやらの使い魔に連れていかれた謎の空間の魔女の家で。

露天風呂に入っていたあれと同じである。


「なんでい!先生、お客人が来たなら言ってくれや!茶、持ってくるから、ちょいと待っててな」


フィアレイン以外の仲間三人は更に驚いた表情を浮かべた。ピッグは猪を家畜化したもので二足歩行どころか喋ったりしないものだ。

だが彼らの困惑を気にもとめずエルヴァンは笑顔で仔ピッグへ言う。


「ああ頼むよ、子ブタちゃん。茶と一緒に菓子も頼む」

「いまあるのは羊羹だけですけど、それでいいですかい?」

「うん。そうだ彼らはうちに泊まるからさ。宜しくね。あと今日の夕食は奮発してご馳走にしてくれ」

「い……いや!俺たちは宿探しますんで!」


慌てて辞退しようとしたシェイドをまあまあとエルヴァンは適当にいなした。

ご馳走の言葉に子ブタちゃんと呼ばれた仔ピッグは首を傾げる。


「ご馳走。何にしますかね。お客人のご要望は?」

「いや、だから俺たちは」

「フィア、お肉がいい。ステーキとか」


シェイドの言葉を遮り要望を口にする。海鮮には飽きたのだ。肉汁たっぷり甘い脂身がとろけそうなステーキが食べたい。

じっと目の前の薄桃色の肌をしたフィアレインと同じ位の背丈の子ブタちゃんを見つめる。

ステーキ……。

フィアレインの視線に子ブタちゃんはギョッとなり、慌てて後ずさりした。そして叫ぶ。


「う……ウチじゃあ肉は鳥肉か牛肉か羊肉しか出さねえよ!」

「ははっ、子ブタちゃん。折角だから最高級パシパエ牛のシャトーブリアンとサーロインを買って来てくれないか」

「分かりやした!んじゃ、お茶出したら、肉屋行って来やす」


フィアレインの視線を避けるように子ブタちゃんは現れた戸からさっと姿を消す。


「いや、あのほんっとうにお構いなく……」

「まあまあ。折角の姪との初対面なんだ。好きにさせてくれ」

「はあ……」


それを言われたらもう何も言えないと言う様子でシェイドはしぶしぶと頷いた。


「何で子ブタちゃんはあんな変な喋り方するの?」

「え?フィアさあ……つっこむ所そこなの?」

「子ブタちゃんの喋り方か……私にもわからないな。なんせ子ブタちゃんは毎日喋り方が変わるんだ。生命の神秘ってやつかな」


そうなのかととりあえず頷く。

フィアレインはエルヴァンと会ってから気になっていたことを尋ねる。彼は生命体の研究が趣味とか言っていた。

自分に被害が及ぶような事は避けたい。


「生命体の研究って何するの?」

「ん?ああ!その者の生命構造やら魔力構造がどうなってるかとかを調べるんだよ」

「どうやって?」

「そうだね。血を一滴もらったり、私が開発した生命分析魔道具に入ってもらったり……。

さっきも言ったけど命の危険も痛い思いもないよ」


その言葉にとりあえず胸を撫で下ろす。だが、自分は自身が何者か知りたいのだろうか。

これだけ色々な相手からお前は何者だと言われれば気にならない訳もないが。

その時、子ブタちゃんがフィアレインの背後からまた部屋へと入ってくる。そちらを振り向くと戸の向こうが見えた。

そこは磨きぬかれた木の廊下になっている。

子ブタちゃんはそれぞれの前にチャの入った把手のない大ぶりのカップと四角い黒い何かがのせられた小皿を並べていく。素早くそれを終えるとそそくさと部屋から出て行った。

フィアレインはカップから白くたちのぼる湯気を俯いて見つめながら言った。


「フィアね。自分のこと知りたくないわけじゃないけど、こわい」


その場に沈黙が流れる。多弁なエルヴァンすらも黙って何か考えているようだ。


「気になるけど……でも……」

「なるほど。君も自分が何か知らないわけだね。

悪いが私も遥か昔にアルフヘイムから追い出された身だから、生憎クローディアに何があったか知らない」


何やら聞き捨てならない事を聞いた気がする。アルフヘイムを出た、ではなくて追い出されたとはどういう事だろうか。

同じ疑問を持ったらしいグレンがエルヴァンに聞く。


「追い出された……って?」

「ははっ、趣味が高じちゃってね。我々エルフの中で真っ先に生まれたフレイの生命構造やら魔力構造が気になって気になって!

同じエルフだって言いたいんだろう?だが、人間だって一人一人微妙に違うのと同じだ。

まして彼は真っ先に生まれたエルフだよ?私より先に生まれたエルフは彼だけだ。これが気にならない訳がない!

そういう訳で彼に研究対象になってもらうべく追いまわしてたら、怒らせちゃったんだ。

色んな所に罠を張り巡らせて捕まえようと頑張ってたんだけどね。実に残念だよ。

まあフレイは恥ずかしがり屋さんなところもあるから、ちょっとヘソを曲げちゃったんだね。

もう二度と帰ってくるな!って魔法でアルフヘイムから放り出されてさ。ま、そのうち機嫌もなおると思うけど」

「いや……それ本気で戻ってくるなと思ってるかと」


シェイドが顔を引きつらせながら呟く。

だがそんな様子を気に留めることもなくエルヴァンはシェイドへと身を乗り出した。


「折角だから、勇者君!君の事も調べたいんだがいいかな?

過去の勇者達は教団兵に取り囲まれてたから接近しづらくて!

しかもこの大陸自体に来ないことも多かっただろ?これは好機!」

「いやいや!俺も遠慮しますよ!ってかフィアも気乗りしないみたいだし!」


フィアレインは黙って二人のやりとりを眺める。先ほど子ブタちゃんが運んで来た黒い何かをフォークで切り分けて口に運ぶ。

甘い。食べた事のない菓子だ。外側はサクサクとしていて中は柔らかい。


「そうだね。でも調べたからと言って必ず何かわかる訳じゃない。もしフィア本人がどうしても知りたくないって言うならば、分かった事実は私の中だけに仕舞っておいてもいいんだよ」

「そうですか」

「そう!調べて全てが分かるなら、私は今頃神にでもなってるよ。

創造の力を持つエルフでも色々な制限がある。それが何故かは分からないけどね。

神の造った箱庭の住人として課せられたものかもしれない。

まあ私は神になんてなりたいとは思わないけど、生命の神秘は解き明かしたいと思ってる。

もちろん、タダでとは言わないよ。何かしら礼はさせてもらおう」


礼、の一言にフィアレインを除く三人は顔を見合わせた。

フィアレインは自分に出された菓子を食べ終え、甘い物が苦手なルクスの分をもらい食べている。


「シェイド殿、例の一件について助力願えるのではないか?」


ルクスの言葉にシェイドは頷いた。

それにしてもこの菓子は緑色のチャと良くあう。あっという間にもらった分も食べ終えた。

手持ち無沙汰になり先ほど気になった背後の戸へコソコソと近付いた。仲間たちとエルヴァンは何かを話しており気づかない。

格子状の木の枠に貼られた紙を近くで眺める。白い紙は光を透かしている事からも薄いのだろう。近くで見て初めて気づく。その紙には美しい紋様が漉き込まれていた。

そっと人差し指で触れる。

少し力を入れると、ぷすりと音を立てて指が紙を突き抜けた。

思わず笑みを浮かべる。指を引き抜くとそこには丸い穴が残った。これは面白いかもしれない。

ぷすぷすと手が届く範囲の紙に指を刺していく。

その時背後でエルヴァンの悲痛な叫びが聞こえた。


「し……障子が!」

「フィア!」

「うにゃっ!」


エルヴァンの叫びの後を追ったシェイドの鋭い声にフィアレインは飛び上がり、慌てて振り返る。

エルヴァンは愕然とし、ルクスとグレンは呆れた表情でこちらを見ている。シェイドはフィアレインのすぐそばまでにじり寄った。そしてフィアレインの手の届く範囲ほとんどが穴だらけとなった障子とやらを見つめオタオタと呟く。


「こ……これは高級障子紙……」


彼はがくりと力を失い、両手を床についた。

どうやら自分の行動はまずかったらしい。思わずしょんぼりとなる。

どうしようかと悩んでいると、傍のシェイドがむくりと起き上がる。そして己の財布を開き中身を確認していた。しばらく財布を覗き込んでいた彼は毅然と顔を上げ勢いよくエルヴァンへと振り返った。

そして爽やかな笑顔を浮かべ言う。


「エルヴァンさん!先ほどの研究の件ですけれど……フィアの件は本人の意志に任せますが、俺の件はお受けしましょう!」


シェイドの宣言に愕然と穴だらけの障子を見つめていたエルヴァンが復活した。

満面の笑顔を浮かべ、シェイドに頷く。


「そうかそうか!助かるよ!礼は私にできる事なら何でもいい。何がいいかな?」

「じゃあ、この障子紙代はご勘弁と言う事で」


シェイドの言葉にエルヴァンはぽかんとし、次の瞬間爆笑する。


「しょ……障子紙代って!君は欲がないね!

それじゃあ安すぎるでしょう!」


ゲラゲラと笑うエルヴァンを見てフィアレインは青ざめる。自分のせいでシェイドは人身御供よろしく研究に協力すると言っているのだ。

これはいけない。悪いのは自分である。

フィアレインは慌ててエルヴァンに駆け寄り宣言した。


「フィアも協力する!」

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