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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
絶望する者、抗う者、否定する者
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魔法研究都市

その日勇者一行は闇の大陸へと上陸した。

アザゼルのせいで甚大な被害を受けた港町の復興作業を出港まで手伝い、その後多くの人に見送られて火と水の大陸を出発したのは十日ほど前に遡る。

見送りの人々の中にアスタロトとアザゼルの姿があり、つくづく魔族と言うのは暇人だと感じた。

そもそも彼らが見送りにくること自体変である。


今回乗った船はなかなか豪華な客船だった為フィアレインは毎日飽きもせず船中を探索してまわった。合間に甲板でセイレーン達を片付けながら。

途中クラーケンに襲われたりもあったが、なんとか無事に闇の大陸へとたどり着いた。

船酔いで寝込んだ勇者の命がなくなる前に到着出来て一安心である。

帆船ならば二十日かかるところをその半分の日程で到着出来たのが良かったのだろう。これは一行が乗ったのが最新鋭の魔法船だったお陰である。

この魔法船は闇の大陸にある魔法研究都市で造られたものだ。

勇者シェイドの故郷であり、闇の神の教団本拠地があるこの大陸において、一番最初の目的地をその魔法研究都市に定め一行は行動を開始した。

ヴェルンド、フレイ、スヴェンと今までのエルフの襲撃を考えればセフィロトの花を入手するのは絶望的と言えるが、念のため情報収集するためである。


「ねえねえ、アンブラーってどんなとこ?」


魔法研究都市アンブラーとはどんな所か気になりシェイドへと尋ねる。

先ほど船を降りた港町も今までの大陸とは全く違う文化を感じせる町並みであった。


「大昔からある街でな。世界各国から魔法の才がある奴が集まってくる。

公営の魔法学院もあるし、有名な魔法使いもうじゃうじゃいる。

いま出回ってる魔道具は殆んどアンブラー産だ。街中に魔道具が溢れかえってて面白いぞ」

「いま乗ってるこれも魔道具なんだよね?」


フィアレインは港町からアンブラーまで向かう定期便とやらの中を見渡す。

こじんまりした部屋のような中には向かい合わせに椅子が設置されている。その頭上には簡単な棚があって荷物を置けるようになっていた。

外観は金属製の四角い大きな箱に車輪がついているだけで、馬車などと違い牽引する動物がいない。その大きな箱の中には今フィアレイン達がいるような小部屋がいくつか存在するのだ。

フィアレインの問いかけにシェイドが答えた。


「そうだ」

「シェイド、君一つ大切なこと忘れてるよ。魔法研究都市アンブラーをつくったのは人間じゃない。純血のエルフなんだ。

まだ確か生きててアンブラーに住んでるって話だよね」


グレンの言葉にシェイドは頷いて、更に情報を追加する。


「ああ。でも俺は会ったことないけどな。街の運営は完全に人間へと譲り渡してるし……。研究一番の変人?変エルフって言うべきか?

まあ、そんな風らしいから表に出ることは殆んどないって聞いたぞ」


純血のエルフと言う言葉にフィアレインは戸惑う。

あの変質者フレイにヴェルンド、港町を襲ってきたエルフ達。純血のエルフに良い印象はない。

また狙われたらどうしようか。

そんなフィアレインの不安を見てとったのかルクスが二人へと聞いた。


「そのエルフとやらは大丈夫なのか?」

「んー、まあここのところあった事を考えるとその不安は分かるけど。全部のエルフがあいつらみたいって訳じゃないよ。

僕の出身地のハーフエルフの村にも純血のエルフいたけどさ。そんな風にアルフヘイムから出て、人間と結婚して子供つくるようなのもいるし。

それにアンブラーが出来たのは何千年前どころじゃないからね。そんな気の遠くなる程の時間を人間の中で暮らせるような奴なんだから大丈夫じゃない?」


まあそういう人間と共生出来るエルフは少数派だろうけど、とグレンは呟いた。

先日の港町への襲撃に一番怒っていたのは彼である。

曰く、人間のエルフへの印象が悪くなればなるほど自分のようなハーフエルフは生きづらくなると。確かにそうかもしれない。

シェイドはグレンの言葉に頷いた。


「そうだな。それにアンブラーの連中からは悪い話は全く聞かなかったぞ。

むしろ住人たちからは尊敬されてたくらいだから、心配しなくても大丈夫だろう」


その言葉に密かに胸を撫で下ろす。これ以上エルフに嫌な思いをさせられるのはたまったものじゃない。


「そういえば……シェイド殿。ダンケルハイドは後回しで良いのか?

大神殿へ行き法王猊下に報告した方が良いと思うが……」


ダンケルハイドとは闇の神の教団本拠地のことである。

シェイドはため息をついた。


「後回しでいい。って言うか、むしろ行く必要があるのかって話だ」

「さすがに立ち寄らぬ訳にはいかないだろう」

「まあ……考えとくよ」


気乗りがしない様子でシェイドは答えた。

そのとき、ガタゴトと音をたてていた乗り物が徐々に速度を落とし止まった。


「お、着いたみたいだな」

「さすがに早いね」

「フィア、忘れ物などないよう気をつけよ」


仲間たちがそれぞれ降りる支度をして立ち上がる。

ルクスの言葉に慌てて頷いた。

おいて行かれぬ様に、フィアレインは齧っていたチョコレートを仕舞い立ち上がる。小部屋から出て行く仲間たちの後へ続いた。

乗り物から降りると、停留所と書かれた看板が目に入る。雨風をしのぐ程度の屋根があるそこには大きなベンチしかない。

周囲を見渡すとフィアレイン達が乗ってきた乗り物とそっくりだが遥かに小さい乗り物が石畳の通りを走っている。建ち並ぶ家屋はほとんどが木造だ。その屋根は粘土を焼いてつくるという瓦葺きである。

一階建てばかりで二階建て以上の建物は少ないが、遠くには石造りの高い塔がいくつか見えた。

既に夕暮れ時である。空が赤い。


「今日はもうこんな時間だから、宿を決めてゆっくりするか」


シェイドの提案に仲間はみな頷いた。

フィアレインも同意見である。何しろ夕食時だ。お腹が空いている。

海の上ではずっと魚料理ばかりだったから、久々に肉が食べたい。

この街に来たことがあるシェイドとグレンの二人がどこの宿が良いか話しながら歩き始める。ルクスと二人でその後に続いた。


「君!そこの君!」


背後から男の声がかけられた。まさか自分のこととは思わず、そのまま歩き続ける。


「君だよ!君!ハーフエルフの君!」


フィアレインはまさか自分のことかと思わず立ち止まる。

ハーフエルフは自分かグレンの事だろう。そんなにいないはずのハーフエルフが何人も道を歩いているはずがない。


「そう、君だよ!」


嬉々とした声が背後で聞こえ、振り返る。

そこにはぼさぼさになってなお眩い金髪と緑色の瞳を持つ男のエルフが立っている。

フィアレインはその男から感じられる魔力にたじろいだ。この謎のエルフはかの変質者エルフことフレイと同じくらいの力を持っている。

この街をつくった純血のエルフとは目の前のこのエルフかもしれないと思った。ハーフエルフ以上に純血のエルフは人間の街にはいない。

だが彼がこの街をつくったエルフだとしても、そんなエルフが自分に何の用だろうか。

警戒し、恐る恐る男の様子を伺う。

男の目には敵意などは見えない。

あるのは純粋な好奇心だ。その好奇心に瞳を輝かせながらフィアレインを食い入るように見つめている。


「なあに?なにか用?」


黙っていても話は進まない。自分から聞くことにした。


「いやいやいや。ここの門を変わった気配の者がくぐったから様子見に来たんだけどね。来て良かったよ。

君は何者なんだい?その瞳を見る限り魔族のようでもあるし、でも耳を見ればエルフ風。まさに一粒で二度美味しい感じだけれども。私は魔族とエルフのハーフエルフなんて初めて見たよ!まさに世紀の一瞬って言うのかな?

でも寿命のない我々にとって世紀の何とかなんて表現は相応しくないね」


じりじりとにじり寄るエルフにフィアレインは圧倒される。しかも喋りすぎだ。初対面なのに。

フィアレインが立ち止まり誰かに話しかけられているのに気づいた仲間がこちらへと向かってくるのが視界の端に入る。


「それで君は?」


ここでも正体を聞かれるのかとげんなりした。膨れっ面で答える。


「フィアはフィアだもん」

「なるほどフィアか。私はエルヴァン。混沌から二番目に生まれたエルフだ。神を入れると三番目、三男だな」


うんうんと頷きながらエルヴァンと名乗ったエルフは勝手にフィアレインの手を握りぶんぶんと振る。握手のつもりかもしれない。

その時背後からシェイドが声をかける。


「どうした?フィア」

「この人が話しかけてきた。エルフだって」


フィアレインはエルヴァンの顔を見る。彼は何故か驚いた表情でフィアレインを見つめていた。

シェイドはフィアレインの隣まで歩いてきて、エルヴァンに話しかける。


「この子に何かご用ですか?俺の連れなんですが?」


シェイドに声をかけられ我に返ったエルヴァンはまた笑顔を浮かべた。


「いやいや。変わった気配の持ち主が街の門をくぐったからね。念のため見にきたんだよ。

勇者の連れだから危険はないと思ったけど、知的好奇心に逆らえなかったんだ」

「勇者のって……」

「ああ、そこの門はね。特殊な魔法がかかってるんだ。入った者が何者か分かる。

まあ直接会えば君が勇者だって言うのはエルフや高位魔族には分かるもんだよ」

「そうですか……。もしかして貴方はこの街をつくられたエルフの?」

「そうそう!私のこと知ってるのか。エルヴァンと言う。

よろしく、勇者」


シェイドに自己紹介をした後、ふたたびエルヴァンはフィアレインへと向きなおった。


「ところで、フィア。差し支えなければ君のエルフ側の親の名前を教えてもらえるかな?」

「クローディア」


フィアレインの言葉にエルヴァンは目を見開く。次の瞬間、彼は満面の笑みを浮かべた。


「クローディアか!これは思わぬ展開だな。晴天の霹靂とはこのことか。

いやいや魔法を使えば、晴天の霹靂どころか真夏の豪雪も水中の業火も容易いけれど。

って、そんな事はどうでもよい」


自分だけでない、そばで話をきいている仲間までもがポカンとしてエルヴァンを見つめていた。

そんな事にお構いなく、エルヴァンは笑顔で言い放つ。


「クローディアは私の妹!つまり私は君の伯父!

はじめまして、我が姪よ!」


よりにもよって噂の変人ならぬ変エルフは自分の血族であったらしい。

複雑な心境である。

だがそこで疑問に思う。混沌から生まれた存在に兄弟も姉妹もないのでないか。

そもそも自分の母が混沌から生まれたとは知らなかった。彼女の姉の存在をヴェルンドから聞いたとき、純血の両親のもとにでも生まれたのだろうと思っていたのだ。


「でも……混沌から生まれたのにどうして?」

「ん?ああ!そもそも混沌から生まれた者はみな兄弟と言えるけどね。人類みな兄弟と一緒だ。

でも私とフィアレイン、クローディアの三人は特殊なんだよ。最初に大きな一つのエーテル体だったものが三つに分かれた。

だから兄と妹。妹二人がこの世に生まれたのは私よりずっと後だけどね」


そこでシェイドが口を挟んだ。


「あの……とりあえず貴方がフィアの血族なのは分かったのですが……」

「そう、そのフィアが何百億年と生きてきた私の知らない謎の生命体だったから、慌ててやって来たのだよ」

「はあ……」

「これは大発見かもしれない!要研究だ!」

「そうなんだ……」

「生命体の研究は私のライフワークでね。こうしてはいられない。折角勇者までいるのだから、ぜひ私の家に招待しよう」


思わずシェイドと二人で後ずさりする。


「い、いや、お気持ちだけで結構です」


フィアレインも頷いた。


「心配無用!私は研究対象に危害を加える趣味はない。平和主義なんだ!

神とエルフの戦争の時もサボってフレイにどつかれる位にね」


グレンが背後でぼそりと呟くのが聞こえた。


「ねぇ、このトンチンカンで変に人の話を聞いてないとことか誰かに似てない?」

「血族であるからな……遺伝であろう」


ルクスの言葉にフィアレインは首を傾げた。こんな変な奴に似てる存在がいるのかと。

少し見てみたい気もする。


「じゃあ早速私の家へ行こう!

その様子だと君たちは宿も決めてないね?私の家に泊まるといい。

今日は姪との運命的な出会いを祝してご馳走だ!」


彼がそう言うなり視界が薄れはじめる。どうやら問答無用で連れていくつもりだ。

研究と言うが、一体何をされるのだろう。

フィアレインは深々とため息をついた。

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