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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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神の強者

フィアレインは二階の穴から地へと降り立った。

その場にはすでにお菓子の仇は存在しない。前方に走り去るエルフの後ろ姿が見えた。

逃してなるものか。


「待てー!」


フィアレインは彼の背中へ向けて叫びながら駆け出す。チョコレート二枚の怨みを果たすのだ。

あのエルフがやったのと同じように拘束魔法を発動したが、向こうが全力で駆けているから上手くいかない。

放った雷撃が幾筋も地に刺さる。そのうちの一つが当たったが彼は僅かによろめいただけで逃げる足を止めはしない。

一体どこへと逃げるつもりだろうか。

宿を飛び出してから町の小さな通りから大きな通りへと、目的地があるのかないのかも分からない逃亡劇を繰り広げている。

そこでフィアレインは思いついた。

奴の間近に行くのに転移を使おう。

そう決意し、転移を開始する。

目論見通りエルフのすぐ背後へと転移を完了する。

突如後ろに現れた気配に逃走していたエルフはぎょっとして振り返った。

フィアレインは杖を振りかぶる。このエルフはタコ殴りの刑だ。

振りかぶった杖を叩きつけようとしたが、そのままの状態で動けない。おかしい。まるで杖が抵抗しているようだ。

目の前のエルフの瞳に安堵の色が浮かぶ。彼は呟いた。


「スヴェン様」


フィアレインは後ろを振り返る。

かなり短い少しオレンジ色がかった金髪に緑の瞳のエルフがフィアレインの振りかざした杖を掴んで立っていた。

冷たい瞳に見下ろされ、思わず睨み返す。

スヴェンと呼ばれたエルフはあっさりフィアレインから目を逸らし、逃亡していたエルフへと視線を移す。

フィアレインは杖を引っ張った。だが彼は杖をつかんだ手を放す気配などない。

スヴェンはそんなフィアレインの様子を介すこともなくチョコレートの仇たるエルフへと言った。


「他の二人はどうした?」

「魔族に……やられました」


言いづらそうな言葉にスヴェンは視線を鋭くする。


「魔族?なぜここに?」

「分かりません……どうもその娘に用事があったようですが」

「ちなみに誰だった?」

「アスタロトとアザゼル……と二人は言っていました」


二人の魔族の名前を聞いてスヴェンは驚いたようだ。目を見開き黙り込む。

それにしてもいい加減に杖を離して欲しい。魔法で攻撃してやろう、と思ったその時。

天まで届くような高さの火柱が何本も三人を取り囲んだ。


「なっ……!」


驚いたスヴェンが杖を離した。

誰の仕業か分からないが、好機だ。フィアレインは杖を振りかぶり仇へと向かう。


「お菓子かえせ!」


だがその攻撃が届く前に、仇は突如その場に現れたアザゼルに掴み上げられていた。


「よお、人に喧嘩売っといて逃げるのはないよなぁ。逃げられると思ったのか?」


アザゼルは楽しげに笑いながらエルフの首を片手で締め上げる。

これはまずい。自分の獲物を奪われてしまう。

慌ててアザゼルに駆け寄り叫んだ。


「そいつはフィアがやっつけるんだもん!」

「悪いがこいつが俺に喧嘩売ったのはお前の菓子を燃やしたのよりも先だ」

「だって……だって!」


先とか後とか言われても困るのだ。アザゼルは喧嘩を売られたかもしれないが、自分のように具体的な損害はないでないか。

そんなフィアレインの様子を見て、アザゼルはあいている片手で何かを取り出した。

それをフィアレインに見せ付ける。


「これは魔界でも有名な限定品の菓子だ。焼き菓子にお前のすきなチョコレートがかかっている」


アザゼルが手に持つ箱に目が釘付けになる。

思わず手をのばし、それでも届かなかったのでその場でぴょんぴょん跳ねた。

だがアザゼルはその箱を高い所へ掲げて勝ち誇ったような笑みで見下ろしてくる。


「本来ならばあのお方へと献上するつもりだったけどな。仕方ないお前にやろう。

そのかわり、この腐れエルフは俺に譲れ」


フィアレインはその提案に一も二もなく頷いた。

その様子に満足気に頷くとアザゼルは箱を背後へと放った。

危ない。この場を囲む火柱で燃えてしまうでないか。

慌てて箱を追いかける。地を蹴り宙を舞う美しい包み紙に包まれたその箱を受け止めた。

笑いがこみ上げてくる。

確かにチョコレートは二枚失ったが、珍しい菓子を手に入れることが出来た。悪くない交換条件だ。

いそいそと菓子の箱を仕舞う。

そこでフィアレインは気付いた。

火柱の隙間から人々が逃げ惑う様子が見える。町の建物はところどころ燃えたり、崩壊している。

そして、そこかしこにエルフと思われる者の死体が転がり、中には消滅しかかっているものもあった。

一体何があったのだろう。

フィアレインはこてんと首を傾げた。

ふと上を見ると、民家の屋根の上にアスタロトが腰掛けていた。相変わらず何をしたいのかよく分からない男である。

とりあえず自分の用は片付いた。仲間の元へと帰ろう。

そう思った瞬間、背後から腕を掴まれる。

振り返るとスヴェンが自分の腕を掴んでいた。視界が薄れてくる。


「はなせっ!」


このエルフは自分を連れて何処かへと転移するつもりのようだ。


「フレイのめいれ……」

「おい」


視界が鮮明になる。転移が中断されたらしい。

何かを言いかけたスヴェンをアザゼルの声が遮った。

見れば片手に崩壊しかかったエルフの身体を引きずっているアザゼルが、あいている手でスヴェンの肩を掴んでいる。


「お前誰だったか?俺の記憶が確かなら混沌から生まれたエルフだったと思うけどな」

「スヴェン……七番目に生まれたエルフだ」

「ああ、そうだったっけな」

「手を離せ。この娘の件について、お前たち魔族は関係ないだろう」


アザゼルが鼻で笑う。その手に掴んでいたエルフの死体を足元へ捨てた。そして言い放つ。


「とりあえず死ね」


次の瞬間、スヴェンの身体がドロドロと崩壊する。

フィアレインは緩んだ拘束の手から逃げ距離をとった。

残された片目を見開いてスヴェンはフィアレインを見下ろす。

その時すでにスヴェンは持てる魔力全てを集中していた。死ぬ前にこちらに攻撃するつもりだろう。

アザゼルもそうだったが魔法の行使速度が早い。

本能的に後退りするが、逃げるのも間に合わない。転移する前に魔法の餌食だ。

魔法が放たれるまでの僅かな一瞬。

フィアレインは今まで感じたことのない死の恐怖に襲われた。


襲いかかる魔法にとっさに目を閉じた。

そんなフィアレインの耳に甲高い衝突音が飛び込む。いつまでたっても己の身体に衝撃は訪れない。

恐る恐る目を開く。

フィアレインの目の前には壁があった。

銀色に輝く魔力で編み上げた障壁。先ほどの音はスヴェンが放った魔法がこれにぶつかった音らしい。

フィアレインは障壁に近づいてまじまじと眺める。こんな魔法ははじめて見た。

そっと触れ、その魔力の構造を読み取る。かなり複雑だ。

使い手の能力に感心しながら、自分も真似して使えるようになろうと心に決める。

一人感心してうんうん頷いていると突然首根っこを掴まれて持ち上げられた。


「うにゃ!」

「なぁにが、うにゃだ!」


アザゼルが怒鳴る。


「お前なぁ、折角俺があいつに死の宣告をしてやってんのに横槍いれてんじゃねぇ」

「フィア、槍なんかもってないもん!」

「ちげーよ!あの腐れエルフに消滅魔法ぶっ放したのお前だろうが。それ言ってんだよ」

「だって……ずっとしゃべってるからチャンスだと思ったんだもん……」

「ほー、それで死に際の反撃くらいかけて死にかけたのはどこのどいつだ」

「フィアだもん!」

「開き直るなよ!」


これだから幼体は世話が焼けると言ってアザゼルはフィアレインを下ろした。

障壁が消える。

フィアレインはアスタロトのいた屋根の上を見たが、そこには既に姿がない。アスタロトに借りが出来てしまった。

それにしてもあの性悪魔族がなぜ自分を助けたのだろうか。

ふとスヴェンが消えた場所を見る。そこには黒く輝く勇者の剣が刺さっていた。

まるで洞窟の中の時のように。

フィアレインは驚いた。何時の間に現れたのだろうか。

アザゼルもそこに刺さる剣に気付いて歩み寄る。


「そういや、この剣がどこからともなく現れて、スヴェンの奴の背中に刺さったんだよな。お前の剣か?」


アザゼルは剣を掴み引き抜こうとした。だがその手が止まる。

彼は驚愕の表情を浮かべた。


「どうしたの?」

「何でもない。気にするな」


フィアレインの問いへ答えたのは目の前のアザゼルでなかった。慌てて振り返るとアスタロトが立っている。

自分はアザゼルに聞いたのに何故アスタロトが答えるのか。


「そうだろう?なあ、アザゼル」

「え、ええ。アスタロト様の仰る通りです」


アザゼルがフィアレインへと剣を手渡す。その顔を見る限り、とても何でもないとは思えない。

重ねて尋ねようとした時、離れた場所から自分を呼ぶ大声が聞こえた。


「フィアー!」


見ればシェイドがこちらへ向けて駆けてくる。フィアレインもシェイドに駆け寄った。


「無事か?」

「うん。みんなは?」

「大丈夫だ。神殿の連中と一緒に住人を避難させてた」

「避難?」


それは一体どういうことだろうか。宿の廊下が燃えていたから消火してたのではないのか。

疑問を解消すべく口を開こうとしたその時、シェイドが怒鳴る。

フィアレインに対してではない。何時の間にかそばに来ていた魔族二人、特にアザゼルに対してだ。


「お……お前!ふざけんな!町をめちゃくちゃにしやがって!」


フィアレインは改めて周囲を見渡す。燃え盛る炎はいつのまにやら殆ど鎮火されていた。

水の神の神殿の者がそこかしこにいる。彼らが消火してまわったのだろうか。

だが目に入るのは燃え落ちた建物だけでない。一体何が原因か分からない崩壊の仕方をしている建物が複数ある。

例えば真っ二つに切断された家など。

先ほど見たエルフ達の死体は全て消滅してしまっている。


フィアレインは悟った。

アザゼルがエルフ達を片付ける時に使った魔法が町に被害をもたらしたのだと。


「は?エルフ共を片付けてやったんだろうが。感謝しろ、勇者」

「俺たちのためじゃなくて、お前自身のためだろうが……『新しく編み出した魔法使ってみたいんすよね、アスタロト様』とか言ってたの聞いたぞ!」

「なんだ、聞いてたのか」


そりゃあごまかせねぇな、と笑うアザゼルにシェイドが脱力している。

今回のエルフたちは魔法の実験に使われたらしい。運の悪いことだとフィアレインは思った。


「よいでないか、勇者。その娘のせいで空いた宿の壁の穴も我々魔族とエルフのせいにするつもりだろう?」


今まで黙っていたアスタロトの発言にシェイドは視線を彷徨わせたのであった。




エルフの襲撃から二十日たった。

甚大な被害にあった港町は復興作業で大忙しだ。あちこちで建物を建て直したり修復する音が響き渡る。

フィアレインは大鍋の中身をこぼさぬよう慎重に運んでいた。背中にも荷を背負っている。

これは皆の昼食だ。


勇者一行は出港までの間、復興作業の手伝いをしている。

フィアレインは仲間が作業する現場に到着した。


「みんなー!お昼だよー!」


大声で呼びかけると、それぞれ作業していた者たちが振り返る。

建材を運んでいたシェイドがそれを置き近づいてきた。


「お、ありがとな」

「うん」


その時、二階の修復作業をするための足場にいた者がシェイドへと叫ぶ。


「さぼってんじゃねぇよ、勇者!休憩はキリのいいとこまでやってからにしろ!」


金槌片手に叫んだのは赤毛の魔族アザゼルである。

シェイドは勢いよく彼の方を振り返り叫び返した。


「ふざけんな!誰のせいでこんな事になってんだ!」

「だーかーらー手伝ってんじゃねーか!魔界一の日曜大工の腕を貸してやってるだろ、文句言うな!」

「アザゼルさぼるな、勇者も持ち場に戻れ」

「あ、アスタロト様……了解っす!」


わなわなと怒りに震えるシェイドを見ながらフィアレインは思った。

実に平和であると。

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