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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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襲撃

「うう……死にたくない……」


ボロボロと涙をこぼす少年を見てフィアレインは考える。

きっと彼に食われた者もそう思っただろう。死にたくないと。

だがこの少年は人を食わずには生きていけない。あの白い化け物と同じ様に。

それを考えるとどうすれば良いか分からないのだ。

自分自身が人間ではないからなおさらそう思うのだろう。

人間から見ればこの少年は自分達を脅かす存在に違いない。でも人間達だって他の生命を喰らい生きているでないか。


この少年は自ら死を望んだあの白い化け物と違う。

例え変わり果てても死にたくないと言っているのだ。

人としての理性がまだある今のうちに死ぬ方が幸せだなどとどうしたら言えるのか。


その時、肉が裂ける嫌な音がした。

フィアレインの目の前でまた少年の背中が裂け赤い肉を覗かせる。そこからまた触手が飛び出してきた。

二人の頭上高く伸びた触手はフィアレインへと標的を定め、ぐにゃりと折れ曲がり襲いかかろうとする。


「しにだぐない……」


真近で少年の声が聞こえる。

そうだ。誰しも死にたくない。

自分もそれは同じだ。


死にたくない。


そう思った瞬間、フィアレインが魔法を使うより先に何かが刺さる鈍い音がした。

少年が絶叫する。

フィアレインへ向けて襲いかかろうとしていた触手は霧散した。

まじまじと少年の背をみつめる。

裂けて触手が飛び出していた背中には漆黒の剣が突き刺さっていた。これはあの勇者の剣だ。

少年が叫び激しく暴れ出したので慌てて距離をとる。

後ろへと下がりながらも少年から目を離すことが出来ない。少年の身体は剣が刺さった部分から信じられない程の勢いで崩壊を始めていた。

剣の輝きが増す。暴れていた少年が一度激しく痙攣し、それきり動かなくなった。

目の前で消滅していく少年を何とも言えない気分で見守る。

少年が完全に消滅した後には地に刺さる漆黒の剣だけが残った。

自分の窮地に持ち主たる勇者がやって来れないから剣だけが来たのだろう。

さすが勇者の剣、万能である。

フィアレインは感心しながら剣を引き抜いた。そして仲間の元へ戻るべく転移を開始する。

視界が移り変わる直前に少年が倒れていた場所を振り返る。ふと思いつき転移魔法の発動をいったん止め、アイテムボックスに一つだけ残っていた焼き菓子を取り出した。

そしてそれを少年が消えた場所に置いてやる。


助けてやれる術がないかと考えたが……。

自分も死にたくなかった。

ただそれだけだ。

何が正しいかなど分からない。


そんな事を考え、仲間の元へ戻るべく今度こそ転移を開始する。

転移をするときはいつも視界が薄れ、次の瞬間には転移先の風景が視界へと飛びこむ。だが今回は違った。

目の前が真っ暗になる。自分の体がぐらりと傾くのを感じた。

身体が地に倒れたらしい。わずかな痛みを感じる。

そのまま暗闇の中、フィアレインの意識は遠のいていった。



声が聞こえる。

意識が戻ったらしいと思いかけ、そこで違和感を感じた。

目を開く事も手足を動かすことも喋ることすら出来ない。

いつかオアシス都市で突然倒れ気付けば変な空間にいた時と似ているが、微妙に違う気もする。

この場に自分の身体が存在しない。夢だろうか。

どうしたら良いか分からず途方に暮れた。仕方なく耳に入る会話に意識を傾ける。男が二人で会話しているようだ。


「同量ずつじゃなくて宜しいのですか?」

「構わん。むしろ同量ずつでは魔の侵食を受けてしまう。意味がない」

「ですが……これを全て投入するのは」

「くどい。いずれにせよわたしにはその力を使うことは出来ん。ここに保管していても無意味だ」


きっぱりと断言する言葉に話相手であった男の方がたじろぐ気配がした。


「むしろ破壊の力を少なめにしても、かの力の一部は侵食を受けて破壊の力となるだろう。相反する二つの力が拮抗する。

その状態こそが私の望むところだ」

「上手くいくでしょうか」

「いってもらわねば困る。せっかく奴の力を運良く手に入れ、エルフのエーテル体の根幹も手に入れたのだから……」


訳の分からない難しい話にフィアレインはあきてきた。眠くなる。夢の中でも眠くなるのだろうか。

身体がないのにも関わらずフィアレインは大あくびをした。その瞬間に視界に光が戻ってくる。

仲間たち三人が心配そうに自分をのぞきこんでいた。




一行は宿へと戻る為、夜道を歩いていた。

あの後フィアレインは待っていた三人に事情を話し、一行は調査隊の遺体を弔って洞窟の外へと出た。それから火の神の神殿へと行き、魔物は倒したが少年と調査隊は既に全滅していたと報告を済ませたのだ。

もう魔物はいない。少年が魔物であったと言う必要はなかった。

夜の闇の中に各家の窓から光が漏れる。外を歩く者は自分達以外にいなかった。


「なあ……この剣、やっぱり変じゃないか?」

「なんで?」


フィアレインの問いにシェイドが若干青い顔で答える。


「いや……普通、剣が勝手に動いたりしないもんだろ?」

「だって勇者の剣だもん」

「いやいや、その理屈が良く分からん」


シェイドの様子をグレンが笑った。


「君って本当に怪談とか駄目だよね。剣に何かが乗り移ってるに違いないとか、呪いだとか喚き散らしてたよ」


シェイドをからかいつつ、フィアレインがいなかった時の様子を教えてくれた。


「良いではないか、シェイド殿。仲間の窮地に持主にかわり駆けつける剣。まさに勇者の剣にふさわしい」

「他人事だと思って!」


フィアレインの視界に宿が入る。思わず足を早めた。もうお腹がペコペコである。

急ぎ足で宿の入り口へと向かい、扉を開く。一人ですたすたと歩いて行ったフィアレインを仲間達が慌てて追って来た。

宿に入ると一階の食堂から食事の匂いが漂ってきた。空腹感が増す。


「早く、早く!」


後ろに続く仲間を急かして食堂脇の階段をのぼり、二階の廊下へと出た。そのまままっすぐ進み角を曲がろうとしたとき、部屋の前に誰かいることに気が付き立ち止った。

突然立ち止まったフィアレインを訝しみ、シェイドが背後から声をかける。


「どうした?」

「んー。お部屋の前に人がいる」


フィアレインはこっそりと角に隠れ覗きこむ。シェイドもそれにならって覗きこんだ。

部屋の前にいる者をまじまじと見つめ二人は凍りついた。

そこには見たことのない赤毛の魔族をつれたアスタロトが三人のエルフと睨み合っている。

ちなみに三人のエルフにも見覚えがない。


「どうしたの?」


グレンとルクスが背後から覗き込み、言葉を失った。

魔族とエルフは険悪な雰囲気で睨み合っている。


「アスタロト様、こいつら殺っちゃっていいっすか?」


アスタロトへ連れの赤い髪の魔族が尋ねる。彼はその手に大きな箱を持っていた。


「好きにしろ」


次の瞬間、三人の内一人のエルフが魔の消滅魔法を正面からくらい身体の半分を失う。残された部分も瞬く間に消滅していった。

赤毛の魔族が魔法を放ったようだ。素晴らしい術の行使速度である。

残された二人のエルフが色めき立った。


「なあ、あいつらが何でもめてるかは知らんが……人外の戦いに巻き込まれる前に逃げないか?」


険悪極まりない雰囲気の魔族とエルフを隠れ見ながらシェイドが提案する。ルクスとグレンが頷いた。

本来ならばフィアレインもそれに頷きたい。だが今はそれが出来ない理由がある。

あの赤毛の魔族が持つ箱に入っているのは自分が頼んだ菓子ではないか。アスタロトは今夜届けると言っていたのだ。

もし何かあればつぎ込んだ全小遣いが消えてしまう。

逃げる前に何としてもあれだけは確保せねば。

そう決意すると、回れ右してその場から去ろうとしている仲間三人とは逆、緊迫した空気流れる部屋の前へと向かう。


「フィア!」


その背中にシェイドの押し殺した、だが鋭い声がかかった。

立ち止まってはいけない。ここで逃げたら終わりである。早足で部屋の前へと行く。

アスタロトと武器を構えるエルフ二人が自分に注目していたが、それどころではない。

エルフ達に魔法を放とうとしていた赤毛の魔族の服の裾を引っぱる。


「ん……何だ?危ないから幼体は下がってろ。って、アスタロト様なんで幼体がここにいるんです?」


赤毛の魔族はフィアレインを見て目を丸くし、傍のアスタロトに尋ねる。


「アザゼル、それが例の娘だ」

「ああ!チョコレート欲しがってるってこの幼体だったんですね。俺はてっきりアスタロト様に隠し子でもいたのかと思いました」


アザゼルと呼ばれた魔族が笑う。アスタロトは呆れたように首を振り、アザゼルに箱を渡すよう命じた。

ずしりと重い箱に笑みがこみ上げる。一体どれ程の数が入っているのか。

箱には蓋がなく、上まで菓子がびっしりと詰まっているのが見えた。

これでやるべき事は終了だ。あとはこの魔族とエルフがどうしようと知ったことではない。

急いで仲間とともに逃げるべきである。


「どうもありがとうございました」


箱を渡してくれたアザゼルに深々とお辞儀をし、回れ右して仲間の元へ向かう。

だがそんなフィアレインの足元から拘束魔法が発動された。慌てて避ける。だが追撃が来た。

背中に衝撃を受ける。火魔法で背中が燃え上がった。

だがそんな事はどうでもいい。治癒魔法で治るし、治癒など使わずとも自然治癒であっという間に塞がる。

問題はよろめいたその時に箱から飛び出した菓子が二つばかり一緒に燃えたことだ。呆然と目の前で灰になっていく菓子を見つめる。


「フィア!大丈夫か?」


角に隠れていたシェイドが慌てて飛び出して来た。

一つ頷き振り返る。一人のエルフと目があった。

攻撃してきたのはこいつである。

魔族たちともめていたのはどういう経緯か知らないが、エルフ共の本来の目的は自分なのかも知れない。

フィアレインは冷却と保存の魔法をかけた菓子をアイテムボックスへと収納した。そしておもむろに杖を取り出す。


「フィア?」


呼びかけてくるシェイドに頷いておく。これは自分の戦いだ。

アスタロトは面白そうに自分を見ている。

アザゼルはもう一人のエルフの首を片手でへし折り、漆黒の闇の炎で焼き尽くす。

フィアレインは駆けた。攻撃してきたエルフへと向かって。


「お菓子返せ!」

「そっちかよ!」


叫びながら横を駆け抜けて行くフィアレインにアザゼルが叫ぶ。

そっちじゃなければどっちだと言うのか。

フィアレインは放たれた魔法を身軽にかわし、杖を振りかぶり攻撃してきたエルフに叩きつける。

何やら背後で廊下に着弾した火の玉が燃え上がる気配がするがそれどころではない。

シェイドが叫ぶ声がする。


「ふざっけんな!火事になるだろうが!」


全力で杖を叩きつけられたエルフは壁へと吹っ飛んだ。

そのまま廊下の突き当りの壁を突き破り外へと落ちる。


「か……壁が!よせ、フィア!弁償する金が!」

「バカ!その前に火を消すよ!」

「シェイド殿!財布の中を数える暇があったら消火であろう!」


フィアレインは背後を振り返る。

廊下がこれでもかと言う位の勢いで燃えてあがっている。

だがやはり自分はそれどころではないのだ。

急いで壁に空いた大穴から飛び降りる。落ちていったエルフを追って。

背後から笑いながら喋るアザゼルの声が聞こえた。


「あー、やっぱ三人だけで来た訳じゃなさそうっすね。

おかしいと思ったんですよね。あんな若造三人で来るなんて。

外に新手の気配がうじゃうじゃしますよ」


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