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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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幕間 魔族は嗤う

メフィストフェレスは突然の呼び出しを受けて主の私室へと急いでいた。

今、主は人間世界へと行っていたアスタロトの訪問を受けているはずだ。

部屋の扉の前に辿り着く。扉を叩くと程なくして返答があり、中へと入った。

主とアスタロトは居間で向かい合っている。一人掛けの椅子に脚を組んで座っていたアスタロトはメフィストフェレスを見ると片手をあげた。


「よ、メフィスト」


アスタロトへ一礼をし、だらしなく長椅子に横たわる主のそばに寄る。


「如何なさいましたか?」


主はメフィストフェレスの問いかけに今まで見つめていた卓上の水晶玉から視線を外す。そしてメフィストフェレスの問いに答えた。


「あの馬鹿エルフが例の娘の夢に侵入した」


メフィストフェレスは『馬鹿エルフ』の言葉に一人の存在を思い出す。神の次に混沌より自然発生した生命体、原初のエルフと呼ばれるフレイ。

メフィストフェレスが彼と会ったのはまだ天使だった頃だ。

神とエルフの戦争の際に神の尖兵として参加した時、それがフレイと会った最初で最後である。

フレイはメフィストフェレスの主が創世の神と並んでこの世の馬鹿ツートップと称する相手だ。

だが、そんな彼が何故例の娘の夢へと侵入したのか。


「あの娘の夢へ?何故です?」


フレイの意図は彼にしか分かり得ぬ事だが、主は勇者一行の同行を常に見ている。暇つぶしの為に。

だから主がフレイの目的を知っているのではないかと思ったのだ。


「あの娘の正体を知りたかったらしい」

「なるほど……」


メフィストフェレスは頷いた。

そこで何となくここへ呼ばれた理由を悟る。

己の実力は魔界の高位魔族の中では中の上と言ったところだ。今目の前にいるアスタロトの足元にも及ばない。

だが得意とするものは他者の精神へと干渉するもの……幻術や記憶の操作などだ。当然他者の夢の中へと入り、更にその奥の記憶に潜ることも得意である。

当然ながら自分より力の強い者相手だと容易くはいかない。

だが上手く相手の意識の隙をつけば可能なことも多い。

間違いなく魔界において、他者の内部へと干渉する能力は自分が一番だ。

だから自分に何かさせたいのかも知れない。

もっとも突拍子もない行動が多い主の事、自分には理解出来ない理由で呼ばれた可能性もあるが。


「それでどうなったのですか?」

「娘側に干渉を拒絶された」

「でしょうね。引き下がったのですか?」


メフィストフェレスの問いに主はここにいないフレイを侮蔑するような表情を浮かべる。


「まさか。あの馬鹿がそんな賢明な訳がない。夢の中であの娘と勇者に会い、直接対決だ」

「あの娘はわかりますが……勇者殿が何故?」

「あの娘に無理矢理意識だけ呼ばれたからだ」


主の答えに思わずメフィストフェレスは唸った。現実世界から他者の意識を自分の夢の中へと引きずり込むと言うのは高等な技術である。

そんなメフィストフェレスの様子に主は笑い事も無げに言う。


「その程度の事が出来なければ話にもならん。話を元に戻すぞ。

あの馬鹿エルフは自力で情報を得られなかったから、娘から聞き出そうとした。だか当然ながらあの娘は自分が何かなど知らん」

「そうでしょうね」

「だからフレイの奴は過去人間やハーフエルフどもにそうしたように、身体をバラして調べると宣言した」

「愚かですね……」


思わずメフィストフェレスは呆れてしまう。そういった事は本人に警戒されぬよう、こっそり手を回すべき事である。

相手に宣言してどうするのだ。


「それでフレイはあの娘の夢の中から追放されたのですか?そもそもあの娘の夢の中へ侵入出来た事自体が驚きですが」

「『世界』を通して娘の夢の中へ侵入したようだ」


メフィストフェレスの問いに対する主の答えに、それまで黙って聞いていたアスタロトが笑いだした。そして言う。


「すっかりフレイはこの世の神気取りですね」

「仕方ない。もうあれは居ないのだから」


あっさりと言い放った主にメフィストフェレスは戸惑ったが、その発言を追及することはしなかった。

基本的に主は創世の神について聞かれてもまず答えてくれない。聞くだけ無駄なのだ。


「それでだ。あの娘はフレイを排除すべく攻撃した。フレイ本人から夢の主である自分の優位を聞いたからだろうな。現実と違って反撃を受けることもない。

いかにフレイが強かろうが夢の中では無意味だ」

「そうですか……」

「攻撃されたフレイはどうなったと思う?」


主の問いにメフィストフェレスは首を傾げた。何故そのような事を聞かれるのか。

夢の中での攻撃など無意味だ。せいぜい夢から放り出されるくらいだろう。

そんなメフィストフェレスの考えを見抜いた様に、返答を待つことなく主は続けた。


「今、奴は身体が崩壊しつつある。自然治癒力や治癒魔法で治癒する傍から身体が崩壊し無残な姿だ」


アスタロトは面白そうに卓上の水晶玉を覗き込む。そこに映し出されるのは無残なフレイの姿だろうか。

アスタロトは笑いながら主へと言った。


「これならばいっそ一息に死んだほうがマシですね。私ならばそうします」


自然治癒力に優れ、寿命もないと言っても自分たちとて痛みは感じる。延々と繰り返される肉体の崩壊に正気を保つのは難しいだろう。

だがメフィストフェレスは主とアスタロトの会話を遠くに聞きながら混乱する。


確かに夢の中ではその主が絶対的に有利である。侵入してきた者がどんなに強かろうが一瞬で放り出すことが出来る。

だから侵入する側は警戒された時点で終わりなのだ。

とは言え、夢は夢である。

侵入した側も夢の主も身体の本体は現実世界にあり、夢の中で傷付くこともなければ傷付けられることもない。

所詮そこにあるのはただの意識、精神体なのだから。

精神体を物理的に傷付ける術などないはずだ。他者の内部へ干渉することに長けた自分でも、そんな事は知らない。


メフィストフェレスは主が楽しそうに己の様子を観察しているのに気付いた。

もしや自分の反応を暇つぶしの道具とする為に呼んだのかもしれない。


「何故フレイを害することが出来たか理解出来んようだな。まあ仕方ない。

それはな……ルカッスールが発動したからだ。フレイが深層へと干渉しようとした時点で無意識のうちに警戒し、発動したのだろう」

「おそれながら……私には今のあの娘にルカッスールを使いこなせるとは思えないのですが」


恐る恐る自分の意見を述べたメフィストフェレスを主は笑う。

笑いすぎだ。そんな笑われるような事を言った覚えがないから、もしかして何かを思い出して笑っているのかもしれない。

あまりに笑いすぎて喋れない主に変わってアスタロトが答えてくれた。


「面白い話なんだが、あの娘……ルカッスールを勇者の聖なる剣として実体化させた」


聖なる剣の一言にメフィストフェレスは気が遠くなる。よりにもよって聖なる剣……その本質とは程遠いだろう。

子どもの想像力とは恐ろしい。


「フレイはどうなるのでしょうか?」


メフィストフェレスは卓上の水晶玉を見つめる。自分の立つ場所からはそこに映る姿を見ることが出来なかった。

さっきまで爆笑していた主は実にどうでも良さそうに欠伸などしている。

実際主にとってフレイなど、どうでも良いのだろう。


「さあなぁ。今回奴が受けたのは肉体的なダメージではない。

ルカッスールで直接精神体を攻撃されたのだ。

実際のところ崩壊していっているのは精神体の方で肉体の崩壊はそれに付随するものだ。

いずれにせよ長くはもたんだろうよ」

「そうですか……。本来ならば深層への干渉が拒絶された時点で彼は引き返すべきでしたね」


夢の中では誰しも無防備だ。夢に入られたら最後深層まで潜られてしまう。

それを防ぐには夢そのものへの侵入を拒むしかなく、力あるものはそのようにして己を守るのだ。

夢への侵入を拒むのは本人が意識して防御すれば容易いことなのだから。

だから今回のような事態は極めて異例なのだ。

正体も分からぬ相手の夢の中でそんな事態に遭遇したら、普通の思考回路の持ち主ならば引き返すだろう。だがフレイはそれをしなかった。


「己の力を過信しきった傲慢な愚か者ともなれば仕方ないのかも知れませんが」


メフィストフェレスは思わず呟いた。

はるか昔に主が言っていた言葉を思い出す。『身を滅ぼすのは力の弱さからよりも頭の弱さからくる事が多い』と。

メフィストフェレスも実感している。何故なら己は魔界において絶対的な強者でないからだ。


「エルフどもはどうするのでしょう?」

「どうもしないんじゃないか?あいつらも別に一枚岩じゃないと思うが。まあ分からんな、興味もない」


フレイの神という立場への執着は異様なものだが、それは彼が神に続いて二番目に産まれたものだからだろう。

三番目、四番目に産まれた者が同じような執着を持っている節は見えない。今はまだ。


「それでな、メフィストフェレス。面白い事に聖なる剣として実体化したルカッスールが現実世界にまで現れたんだ」


主が水晶玉を指差しとんでもない事を言った。思わず主へとことわり卓へ近づいて覗き込む。

そこには聖なる剣とは程遠い気配をまとった漆黒の剣を卓にのせ、それを取り囲み話し込んでいる勇者たちの姿があった。


「ゆ……夢の中ならまだしも、現実世界にまでですか……」

「あの娘の創造の力もかなりのものですね。あの歳でそこまで出来るとは」

「その程度は出来て当然だ」


当然だ、とはどういう事だろう。何故主はそう思うのか。

主の真意を探ろうとその顔を見た。

だが面白い玩具を見るような目で勇者たちを眺める横顔からは、主が楽しんでいる事以外なにも読み取れなかった。


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