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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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原初のエルフ

「ヴェルンドが血相変えて戻って来て、訳の分からないことを言うから。私が遥々、君の夢の中まで侵入して来た訳だ。

それにしても……死んだ女の名前を君につけるとはね。あれも中々良い趣味をしてる。

クローディアもたまったものじゃなかっただろう」


己の母親の名前まで出てきた。フィアレインはフレイに問い返す。


「おかあさんの事、知ってるの?」

「知ってるよ。とても良く。彼女の己の欲望にひた走る姿には共感が持てたよ。好きか嫌いかは別にしてね」


黙り込むフィアレインに代わり、シェイドがフレイに尋ねた。


「さっき言ってたが……本当にここは夢の中なのか?」

「ああ。そこの娘の夢の中だ」


事も無げに頷くフレイにシェイドは困惑を露わにする。


「では俺は?」

「そこの娘に意識だけ呼び込まれたのだろう。肉体は現実の世界にちゃんとある」


シェイドがフィアレインを見下ろした。

フィアレインは思い出す。確かに自分は彼を呼んだ。


「フィア……出でよ、勇者!って思ったかも。だって剣抜けなかったんだもん……」


フィアレインの言葉に彼はがくりと肩を落とした。だがすぐに立ち直り、再びフレイへと向き直った。


「俺はフィアに呼ばれて夢の中へと引き込まれた。なるほどそれはいい。

じゃあ、あんたは何なんだ?フィアの正体を知りたいと言っていたが、それが何故夢に侵入することになる?」

「夢から更に奥へと。その深い奥底へ潜るためだ。

本人ですら思い出す事も出来ない記憶や情報を知る事ができる」


夢から更に奥へ。その言葉を聞いてフィアレインは顔をしかめた。

本人の許可もなく勝手な真似を。これは覗きである。

このエルフは変質者に違いない。

やっつけなければ。

そう思うとぐるりと周りを見渡した。


「それで?ご所望の情報は手に入れられたのか?」


フレイは緩く首を振った。


「残念ながら、何も。正確に言うと干渉を拒まれた。

こんな事は初めてでね。だからここで待ってたんだ」


シェイドの剣を握る手に力が入る。


「どうするつもりだ?この子に聞いても、あんたが既に知ってる事以上の事は聞き出せないと思うが」

「まあ、会ってみてどうするか決めるつもりだったんだが……。

そんな警戒する必要はない。私は君たちに危害を加えることが出来ない。ここはその娘の夢の中、その娘の領域だ。

いくら私でもその中では無力。

逆に言えば、君たちが私を傷つけることも出来ない。

私の本体はここにないのだから」


フレイはフィアレインへと視線を移す。


「君は自分が何か知ってる?クローディアから何か聞いてない?」

「何も知らないもん」

「そうか。まあ調べる手段はいくらでもある」


面白そうに笑うフレイに嫌な予感がする。聞かない方がよいのかもしれない。でも自分の身に関わることだ。


「調べるって?」

「君たちはあそこの施設を見たのだろう?

バラバラにされて調べ尽くされた人間やハーフエルフたち。

どんな生命体なのか。それを本人に直接聞くよりもずっと手っ取り早い方法だ」

「その為にあんな……」


シェイドの嫌悪感がこもった呟きをフレイは笑い飛ばす。


「神の創った人間、それと我々の雑種。興味がわくのも仕方ない」


フィアレインはシェイドから聞いたあの建物で見たものの話を思い出す。透明な入れ物に入れられた、バラバラにされた身体。

この変質者は己の事もそうやってバラバラにして調べると言っているのだ。

やはりやっつけなければならない。

だがこのエルフは先ほど言っていた。ここでフィアレイン達に害なすことは出来ないが、逆にフィアレイン達も彼を害なすことは出来ないと。

少し考える。この変質者を野放しにしてはならないのだ。

だから自分たちが絶対に安全であるこの場で仕留めたい。

手段はないのだろうか。

肉体の器に魂が入っている人間ならまだしも、自分やフレイは魔力とエーテル体の塊だ。

ここにあるのは意識だけだとしても、ダメージを与えられるのではないか。

ヴェルンドが言っていたでないか。自我が崩壊すれば我々は死ぬと。

人間ではあり得ないそれはつまり、自分たちにとって意識や精神体がいかに重要かを物語っているのでないか。

普通の手段では駄目かもしれないが、ここは自分の夢の世界だ。

何か手段はあるかもしれない。


その時フィアレインの視界にシェイドが手にした剣が飛び込む。

剣は妖しく光った。禍々しい気配が漏れ出る。

その光を見て、自分でも何故かは分からないがこれを使えばいけると感じた。

まるで剣が自分へと呼びかけているようだ。


だが自分は剣は使えない。かと言って自分の夢の客人であるシェイドで効果が現れるかは分からない。

フレイに警戒されて現実世界へと逃げられたら終わりだ。

彼は自分が安全だと油断しきっている。だからこそチャンスなのだ。


「うわっ」


シェイドの声に慌ててそちらを見ると、彼が手にしていた剣は槍へと何時の間にか姿を変えていた。

これならいける。

フィアレインはシェイドの前にでる。そして自分も槍を持った。


「フィア」


背後から戸惑った声が聞こえる。だが説明は後だ。

とりあえず手伝ってもらおう。


「シェイド、かまえて!突撃準備!」

「へ?あ、ああ……」


訳がわからないながらもシェイドは自分の話にのってくれた。


「私の話を聞いていなかったのか?ここでは私を傷つける事は出来ないと」


やれやれとため息をつくフレイに狙いを定める。そしてフィアレインは叫んだ。


「変質者へ突撃!」


フィアレインとシェイドは二人で槍を抱え、真っ直ぐフレイへと肉薄する。

覗き趣味の変質者を倒すのだ。


「変質者?」


フレイは顔を引きつらせる。自覚がないのだろうか。

槍は真っ直ぐフレイの胸へと吸い込まれていく。自分の安全を信じ込んでいる彼は避けもしない。

鈍い音とともに深々と槍が刺さり、衝撃が腕に伝わった。


「な……何?」


フレイは信じられないと言わんばかりに目を見開いている。

刺さった槍は妖しい光を発し、胸の傷口から彼を侵食し始めた。


「バカな!」


逃れようとするフレイに槍をぐいぐいと突き出す。身体は崩壊を始めているが、まだ倒すまでは至らない。


「フィア!離れろ!」


シェイドの叫びにフィアレインは慌てて槍から手をはなした。次の瞬間、シェイドはフィアレインの首根っこを掴み後ろへと放り投げる。

槍はまた剣へと姿を変えた。

シェイドはなお妖しく輝く剣をもがき苦しむフレイへと振るった。何度か斬りつけた時点でフレイは力を失いその場に倒れる。

倒れた彼は漆黒の魔に完全に身体を喰われて消滅していった。

フィアレインとシェイドは黙ってそれを見つめる。しばらく待っても復活はしてこない。うまくいったのだろう。


「フィア、どういうことだ?」


フィアレインは先ほど自分が考えた事を説明する。あまり上手く説明出来なかったが仕方ない。

だがシェイドはだいたいの所を理解してくれた。


「問題は現実の奴がどうなったかってことだ」

「うん……」


先ほどのフレイのひどい動揺を思い出す。あれは単に傷つけられたことへの衝撃だとは思えない。

現実世界の彼にも影響があるからこそでないのか。

あくまでも推測に過ぎないが。

何しろ自分は他人の夢の中へと入ったことがないのだ。


「あれ?」


シェイドの身体が透き通り始めている。慌てて駆け寄ろうとした。

だが自分の視界も白みはじめる。シェイドが何か言っているがどんどんその声は遠ざかっていった。

もしかしたら目が覚めるのかもしれないとフィアレインは思い、意識はそこでいったん途絶えた。


「フィア!フィア!」


身体を揺さぶられている。嫌々目を開くと、グレンが覗き込んでいた。


「朝だよ!ほんっとに君は寝たら起きないよね」


呆れたような声を聞きながら、周囲を見渡す。古い木の天井、布団、小窓は開かれ明るい光が室内へと入ってくる。

自分が眠りについた部屋だ。

フィアレインは慌てて起き上がる。

自分は夢の中でシェイドとともに変質者エルフと戦ったはずだ。


「シェイドは?」


グレンは寝具を畳みながら愚痴混じりに教えてくれた。


「さっき起きたよ。酒弱いの知ってたけど、昨日突然ばったり倒れてさ。そのまま寝ちゃってびっくりしたんだ」


それを聞くなりフィアレインは立ち上がり部屋の外へと駆け出す。

その背後にグレンの声が飛んでくるが、それどころではない。

夢のなかでの一件について話さねば。別に寝具を畳むのが嫌で逃げた訳ではない。

居間に駆け込むと朝食を運んで来たルクスと遭遇した。


「どうしたのだ?フィア」


彼の手に持つ皿には卵料理がのっている。湯気とともにほのかに甘い香りがたちのぼった。

美味しそうだ。

じっと皿を凝視するフィアレインにルクスは笑いかける。


「そんなに空腹だったのか?」

「ううん、シェイドどこ?」

「シェイド殿は湯を浴びている」

「わかった。ありがとう」


もうすぐにでも朝食だろう。その前に話しておきたい。

フィアレインは風呂場へと向かった。扉を開くと脱衣所があり、その先が風呂だ。中から水の音がする。

迷うことなく扉を開いた。


「シェイド!」

「なっ……」


身体を洗っていたシェイドが慌てて振り返る。髪も洗ったのだろう。濡れた髪から雫が顔へと滴った。

呆然とフィアレインを見つめるシェイドの様子に首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや……なぁ、フィア。俺いま風呂に入ってるんだが……」


フィアレインは一つ頷く。そんなものは見れば分かるのだ。


「シェイド、夢の事おぼえてる?」

「ああ……後で食事食べながらでもゆっくり話そう」

「でも」


重要な話だが良いのだろうか。

特にフレイの一件はいつまた狙われるか分からないのだ。

もっとも奴がまだ生きているならばの話だが。


「フィアの言いたいことも分かるけどな。

あいつが俺たちを狙う気なら、起きる前に襲撃して来ていてもおかしくないだろ?

でも俺たちは無事だ。だからとりあえず落ち着こう、な?」

「うん……」

「フィアも起きたばっかりだろ。着替えて準備したらどうだ。まだ顔も洗ってないみたいだし。髪は鳥の巣だ」


鳥の巣、の一言に慌てて自分の髪を抑える。

大丈夫、何も住んでいない。


「ちょっとー!フィア、ちゃんと自分の布団畳んで片付ける!」


背後からグレンの怒鳴り声が聞こえた。やはり自分でやらねば駄目らしい。


「ほら、行ってこい」


シェイドにまで促され、フィアレインは寝ていた部屋へと戻って行った。


「ちょっとフィア!これなに!」


グレンがフィアレインの布団の中を指差している。彼に近づき覗き込んだ。

そんな怒られるような事はしたおぼえがない。

だがそこにあった物を見てフィアレインの顔が引きつった。


「こんな刃物隠し持って、危ないだろ?って言うか、何で君が剣なんて持ってるの?」


さっきまでフィアレインがかぶって眠っていた布団の中には夢の中に出て来た勇者の剣があった。


「しかもこれ抜き身だし。よく怪我しなかったね」


グレンは呆れた表情でフィアレインを見ている。

だがフィアレインはそれどころではない。何故これがここにあるのか。

これは自分の夢の産物だ。現実に存在するなんておかしい。

禍々しい気配を放ち妖しく光る黒い刀身をフィアレインは呆然と見つめていた。

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