惑う心
シェイドの言葉にフィアレインは驚き、考える。
瞳の色が変わった。つまりそれは……。
「成長期?」
「何でそうなる!」
「さすがに成長期でも瞳の色は変わるまい」
仲間の反応に違うのかとがっかりする。
では瞳の色が変わるとはあれだろうか。怒ったり、何かに熱中した時に目の色を変えるなどと言う言葉があるでないか。
なるほどこういう事か。
フィアレインは一人納得しうんうん頷く。
「なんか……またフィアが変な勘違いしてるっぽいな」
「いつもの事であろう」
「いや、君たちさ。いつもの事とか言う前に訂正しなよ」
「うーん……今なんか言っても聞いてないだろうし。ま、後でな」
ふとフィアレインは鏡を取り出して自分の顔を見る。
だが鏡にうつる瞳の色はいつもと一緒だ。
「お、元に戻ったな」
少しがっかりする。遅かったか。
何色になったか見たかったのだが。まあ、また今度でいい。
シェイドが追い詰められたら覚醒するように自分も覚醒するのかもしれない。
そんな事を考えると何やら嬉しい。格好いいではないか。
「それはそうと、先ほどのエルフは一体どうしたのであろうな」
ルクスの言葉にグレンが顔をしかめた。
「さあ?あいつの考える事なんか理解したくないけど。フィアを……多分目の色が変わったのを見て驚いて消えたみたいだし。何かあるんじゃない?」
「そうだな……まあ、折角消えてくれたんだ。今のうちに俺たちもここを出よう」
シェイドの言葉に全員頷き、フィアレインは仲間を連れて外へと転移した。
その日一行は港町へと戻る途中にある小さな集落に宿を求めた。
宿屋はなかったので空き家を借りる。いくつか食材も快く売ってもらえた。
シェイドが食事の準備する間に他の三人は家の中を簡単に片付ける。さすがに少し埃っぽいのだ。
ある程度片付いた時点でフィアレインは残りをルクスとグレンに任せ、自分は風呂の準備をした。
準備と言っても水と火の魔法でお湯を用意する位だが。
そこまで終わったところで、フィアレインは重要な事を思い出し慌ててシェイドの元へ駆けて行った。
鍋をかき混ぜていたシェイドが駆け込んで来たフィアレインに目を丸くする。
「どうした?血相変えて」
フィアレインは己の企みがばれぬよう平静をよそおう。
「ううん。お風呂準備おわったからお手伝いする」
「そうか、じゃあこれかき混ぜててくれるか?」
「うん」
椅子を運んできて、その上に靴をぬいで上がる。椅子の上に立てばちょうど良い高さだ。
グルグルと言われた通りにかき混ぜた。これはスープだ。具沢山でミルクを入れて作ったコクのある濃厚かつまろやかな汁が美味しい。
かき混ぜながら中に入っている具を確認する。
おそらくコッコであろう鳥肉と数種類の野菜。
自分の嫌う野菜を発見した。煮込む為か大きめに切られている。
やはり急いで来て正解である。
しばらく言われた通りにかき混ぜていると、隣にシェイドがやって来た。
「お、もう良さそうだな」
鍋をのぞき込みそう呟くと、傍に置いてあった深めの木皿を手にする。
フィアレインは怪しまれないように気をつけながら言った。
「フィアがやる」
鍋をかき混ぜていた手を止め、彼に両手を差し出す。
「そうか?火傷しないように気をつけろよ」
「平気」
受け取った木皿にこぼさぬよう注意深くよそう。
この為に慌てて手伝いに来たのだ。
最近気付いたことだが、自分で皿へと盛り付ければ嫌いな野菜を事前に避けることが出来る。
だが今日は隣にシェイドが立ち、フィアレインの手元を厳しい視線で見ているではないか。
これはまずいかもしれない。
慌てて彼の意識をそらすため、話を振った。
「ねえねえ、あの変な所で何見たの?ヴェルンドが何か変な事を言ってたよね」
見ただろう?とか言っていた気がする。
ああ、とシェイドは頷くと、彼ら三人がフィアレインとはぐれた後に見たものを説明してくれた。
「何か変な部屋があってな。そこに人間とかハーフエルフのバラバラになった身体が透明な入れ物の中に入れられて保管されてた」
シェイドの顔には僅かに嫌悪感が滲んでいる。彼は続けた。
「一体何の為にそんな物があるのかは分からなかったけどな。
ただ物凄い量で見てて気分が悪くなった」
シェイドの言葉に頷く。エルフたちはあの建物で何をやっていたのだろう。
フィアレインが建物に入る際、入り口の扉の魔法を読み取った。その時分かった事だがあの場所はかなりの年月放置されていたはずだ。
しばらく、それも数百年以上扉を開かれた形跡などなかったのだから。
あれば仲間にそれを告げたし、彼らもそれを聞けば中へ入らなかったはずだ。
「そんな事より……フィア。お前、自分の皿に野菜よけていれてるだろ?」
「にゃ、にゃに!」
しまった。動揺のあまり変な言葉が出てしまう。
しっかりシェイドは隣で見ていたらしい。だがここは認めてはいけないのだ。
「そんな事ないもん……」
「嘘つくんじゃない。今、さりげなく落としただろ。しかもその皿!芋と肉しか入ってない!」
視線をそらそうとしたら、むにゅっと頬をつままれた。
「ほー、じゃあお前の分は俺がよそってやろう」
「うう……ごめんにゃたい……」
頬をむにむにされた為諦め認めてしまった。仕方なく嫌いな野菜を一つずつ自分の皿に加える。
お前な……とため息をつく声が聞こえたが、それ以上は何も言われずに済んだ。やはりバレた時は即座に謝るべし、である。
全員分盛り付けた皿を持ち、テーブルへと運ぶ。既にパンは用意されていた。
祈るシェイドとルクスをおいて先にフィアレインとグレンは食べ始める。
まろやかで白い濃厚なスープが肉の旨味とよく合う。
「それにしてもがっかりだったね。お宝はないし、あの嫌な純血エルフの顔は見なきゃだし」
深々とため息をつくグレンに祈り終わったシェイドが言った。
「まあ今回の事は良い勉強になったよ。勇者の責務から外れる事をするとロクな事がない。あのエルフが消えてくれたから命びろいしたけどな」
「それはそうと……シェイド殿、折れた剣はどうされる?」
フィアレインはパンを千切りスープにつけて食べた。そのままでも美味しいがこれもまたいける。
「港町に光の神の教団の神殿あったよな」
「あそこは極々ちいさな神殿であるから、難しいだろう。武具の作成はある程度の規模の神殿でしか行ってない。
ご存知とは思うが、そもそも教団では武器はメイスしか作っていないのだ。
だからシェイド殿の剣は特別だ。突然ふらりと神殿を訪れて頼んでも対応出来ない可能性の方が高い」
シェイドはルクスの言葉に唸っている。
「そうだ!フィア、ウァティカヌスへ転移出来るよな?」
フィアレインはパンを頬張りながら頷いた。
「じゃあウァティカヌスで剣を何とかしてもらうか……問題は新しく剣が出来上がるまでの間だよな。しばらく素手でいいか」
「君ね……曲がりなりにも勇者なんだから……」
素手、の一言にフィアレインは大切な事を思い出した。格闘術である。
自分も技を身につけるのだ。剣術を教えてもらうまでは、杖と格闘術で敵をなぎ倒すつもりである。
「フィアも格闘術覚える。教えて」
「へ?」
シェイドは素っ頓狂な声をあげた。
「何?」
「い……いや。フィアが格闘術か。ちょっと難しくないか?」
「なんで?」
思わずふくれっ面になる。
何故だ。以前に野営のテントの中で寝てる時、寝返りを打ったフィアレインの拳がシェイドの顔面を直撃したことがある。
あの時彼は青あざの出来た顔で
『見事な裏拳打ちだった』
と褒めてくれたではないか。
フィアレインの不服そうな顔を見てシェイドはしどろもどろになりながら言った。
「ええっとだな。ほら、フィアはまだ小さいだろう。だから手も足もまだ短いから格闘術で魔物と戦うには難しい……。
ああ、それにフィアはもう見事な飛び蹴りを習得してるからな。あれでじゅうぶんだ!」
「ところで……話を元に戻して申し訳ないがウァティカヌスへはいつ?」
「え、ああ。なるべく早くしたいから明日の日中にでも行ってすぐ戻る」
ルクスはシェイドの言葉に頷いた。
「では私がフィアと二人で行こう。その方があれこれ引きとめられずに済む」
「頼んでいいのか?」
「当然のこと。どれ位で剣が仕上がるか聞いて戻ってこよう。また後日取りに行けば良い」
何だか自分の話を流されてしまった気がする。
剣も駄目、格闘術も駄目。子どもと言うのは不便極まりない。
フィアレインは不貞腐れて新しいパンを頬張った。
静かな夜だ。
虫の鳴き声も聞こえない。聞こえるのは仲間三人が酒を飲みながら笑いあうその声くらいである。
フィアレインは風呂で身体を洗った後、寝床へと横になった。子どもは寝る時間である。
闇の中天井を見つめる。
いつもならば横になればすぐに眠りに落ちるが、何故か今日は眠れない。色々なことがあった一日だ。
ヴェルンドに聞いた話が引っかかっているのだろうかと思う。思えば自分は母の事を何も知らない。
母の事だけでない。自分の父親がどんな相手で、自分はどういう生き物なのだろうかと今更考える。
ふとそこで疑問が浮かんだ。
混沌から産まれたのでない者はたいてい両親がいる。
だがその両親からどうやって子どもが出来るのだろうか。
フィアレインは腕を組み唸った。謎だ。今まで考えたことがなかった。
これは明日の朝一番にでもシェイドに聞かねばなるまい。
そう決意するとまた思考を母の事へと戻す。
母はフィアレインの存在そのものを忌み嫌っていた節がある。ヴェルンドに可愛がられているから嫌い、というだけの話ではなかったはずだ。
では何故自分はここに存在しているのだろう。
街を歩く親子たち。手を引かれ歩く幼子を見つめる母親の優しい眼差し。森の中で見かけた獣の親子たち。捕まえた獲物を仔に与える親の姿。
そのどれもが自分とは程遠い世界だ。だがその世界こそが一般的なのだろう。
アスタロトは言っていた。あのお方に聞けと。
魔界に行けば全てを知る事が出来る。
フィアレインはぶるりと身震いした。
だが真実を知って果たして自分は幸せなのだろうか。
母が死ぬ間際、フィアレインの名前を始めて呼んだ時の事を思い出す。
あの時自分は確かに期待をしていた。ほんの僅かな欠片ほどの期待であったが、それは次の瞬間に打ち砕かれたではないか。
あの様な状況においても尚、自分は母親の愛情を期待し求めていた。
だが現実はそんな優しいものではなかったわけだ。
自らの姉を殺したと言う母。その母を憎むヴェルンド。そしてその母に産み出され忌み嫌われた自分。
魔界に行って得られる情報が自分を幸せにしてくれるとは思えない。
目を逸らし生きていくのは逃げなのだろうか。
徐々に意識が薄れていく。床へと身体が吸い込まれていくような感覚が訪れた。眠りに落ちるのだろう、とぼんやりと思うフィアレインの脳裏に浮かぶのは哀しげなヴェルンドの顔と彼の言葉だ。
フィアはフィアレインに似てる、とはどういう事だろう。
フィアレインは暗闇の中へとおちていった。
騒がしさに目を開く。眩しい。
目に飛び込むのは青空だ。これはおかしい。自分は部屋で寝ていたはずなのに。
慌てて飛び起きる。そして目の前の光景に凍りついた。
自分は高くなっている石造りの祭壇の様な所に横になっていたようだ。そしてその祭壇の上には自分と、立派な台座に刺された剣。
問題はその目前に広がる光景だ。
多くの人々がこちらを見つめ歓声をあげている。
これは一体どういう事だろう。
ぽかんと周りを見渡すフィアレインに興奮のさなかにある人々が口々に叫んだ。
勇者さま、と。