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フィオーレの民2

広場にあるいくつかの屋台の中の一つ。

芋の中でも甘みの強い種であるイポメア芋を、焼き石によってじっくりと焼いた焼きイモの屋台。

髭面の店主はここ数日毎日訪れ、すっかり常連となったフィアレインに声をかけた。


「よう、嬢ちゃん。今日も早いな」

「おはようございます。焼きイモ一つ、おっきいので」

「いつも通りな。今日は当たりだといいな」


懐の財布から銅貨を差し出したフィアレインに店主は朗らかに笑った。

まさに秋から冬に移り変わるこの時期。イポメア芋は旬である。

ましてこの近辺はイポメア芋の産地であり、質の良い芋がとれるのだ。

だからこの店の焼きイモもとても甘く美味しい。

だが稀にハズレもある。

あくまでフィアレインの基準であり、好みの問題だが。

たいていはねっとりとして甘い黄金の芋である。ただ時々、ちょっとパサついて甘みの少ない芋にあたることがあるのだ。

甘いものを好むフィアレインからすると前者の芋のほうを望む訳だが、こればかりは割ってみるまで分からない。

この街に来てから毎日、下手すると日に二回はこの屋台に通っているが、今までにハズレは二度ある。

あの時の落ち込んだ気持ちを思い出すと、外からでも芋の中身を判別できる魔法を作成したいくらいだとリリーに語ったら笑われてしまったけれど。


「熱いから気をつけてな」


大きめの植物の葉で包まれた熱い芋を受け取り、また別の屋台へと向う。

そちらの屋台は坊主頭の店主が大鍋をかき混ぜていた。

よい匂いが漂ってくる。

新鮮な搾りたてのミルクと独特な甘みと香りをあわせ持つ樹皮を乾燥させた香辛料のシンナム、細かいチャの葉、ちょっとピリッとした辛味を持つジンジベールを入れて煮込んだ暖かい飲み物はこの街の名物だ。


こちらでもまた最近常連と化しているフィアレインに焼きイモ屋の店主と同じ事を、坊主頭の店主は話しかけた。


「今日の芋は当たりだといいな」


フィアレインは頷くと、銅貨と引き換えに木の腕に入ったチャを受け取る。

焼きイモとチャを買い、この広場で飲み食いするのは、この街を訪れてからの日課となっている。

木の腕の中身をこぼさぬように気をつけて歩き、手近な木のベンチに腰を掛ける。

とりあえずチャの腕を隣に置き、芋を包む葉を開いた。

二つに芋を割り、赤紫色の皮の中を見て、思わず笑みが浮かぶ。

どうやら今日は当たりだったようだ。パサパサした芋でない。柔らかく糖分を含んだ黄金色の芋である。

芋を口に入れ、その甘みを堪能する。

その甘さが口に残るうちに、チャを飲む。

芋の甘さと煮込まれたミルクのまろやかな味わい、香辛料の香りとピリリとした辛さがあいまって、なんとも言えず美味しい。

再び芋を口に運び、このねっとりとした口当たりが苦手だと語っていたリリーを思い出す。

こんなに美味しいのに。惜しい事だ。

暖かい焼きイモとチャ、この二つだけで十分に幸せだ。

これだけでこの街に来た甲斐がある。

この街を発つまでの間、しっかり味わっておこうとフィアレインは決めた。





***

昼を過ぎた頃、一座が滞在する宿にも新しい客が何組か訪れていた。

どうやら商人らしい。

この街は規模は大きくはないが、イェソド帝国のマルクト王国の国境に程近く、二つの国をまたいで位置するクレーテ山の麓に位置する。

マルクト王国内にある光の神の教団の総本山を、イェソド帝国から訪れようとすれば必ず通らなくてはならない場所だ。

全く別のグループであろう商人達が深刻そうに何やら話し合っている姿を眺めていると、後ろから声をかけられた。


「どうしたの、こんなところで」


出かけるのだろうか、身なりを整えたリリーが背後に立っていた。


「ううん。なんか商人の人たちが皆で集まってるから……何かなと思って」

「ああ。何でもクレーテ山にハルピュイアが沢山現れるようになったんですって。

それも尋常じゃない数とかで、傭兵ギルドにも討伐の依頼が出てるらしいけど、まだ解決されてないみたいね」


ハルピュイアは上半身は人の女性に似ているが、腕がなくかわりに鳥の翼を持ち、下半身は完全に鳥の姿をした魔物である。

鋭い爪と翼で縦横無尽に飛びまわり、それなりの知性を持つため仲間で群れて襲いかかる厄介な存在だ。

もともとクレーテ山はハルピュイアが出没すると言われていたが、何らかの理由で大量に発生しているらしい。

魔物は破壊の神に創造されたと言われる魔界の生き物。

魔獣などとは比べものにならない。

とくに知性があり、仲間と群れて襲いかかる魔物は面倒くさい。

フィアレインはこの街に来る途中の事を思い出し、思わず顔をしかめた。


「やだ、フィアったら難しい顔してどうしたの」

「ブラッディウルフの事、思い出して……」


ああ、と納得したようにリリーは頷く。

この街にやってくる途中、街道で襲いかかって来た魔物ブラッディウルフ。

やつらもハルピュイア同様に群れて襲いかかり、なかなか知恵の働く魔物だ。

一匹一匹はたいした力を持たないが素早い仲間と連携した動きでこちらを翻弄する。

手間取っていると更に仲間を呼ばれ物凄い数を相手にする始末となるのだ。

フィアレインは自分の魔力にも魔法の知識にも自信があった。

でも、自分一人ではなく、誰かを守って戦うというのはとても難しい。

気を抜けば無力な彼らを襲おうと魔物は向かって行く。

使う魔法も戦略的に選ばないと、強い魔法を使えればいいという訳でない。


「あの時は大変だったものね。

でも今回はしばらくここにいる予定だし。

私たちがマルクト王国に向う頃には討伐されてるんじゃないかしらね」

「マルクト王国……」

「久しぶりよね。フィアは生まれ故郷だし、マルクト王国の王都も気に入ってたみたいだったから懐かしいでしょ」


ここしばらく一座はイェソド帝国内を巡っていたから、マルクト王国は一年以上ぶりだ。

生まれ故郷という言葉がどうにもしっくりこない。

確かに王都は素晴らしいところだったけど。食べ物が美味しい。


それにしても、とフィアレインは思った。

年月がたつのはあっという間だ。

母を殺し、リリー達と出会い旅立ってから三年が経とうとしている。

フィアレインは6才になっていた。


なにやら望まぬ方向へ話が向かいそうなので、話を変えた。


「ところでリリー、どこかへ出かけるの?」


今度はリリーのほうが顔をしかめた。


「そうなのよ。腐れ聖職者のところへね」

「光の神の教団の?」

「そう。この街の神殿の大司祭様のおつかいとやらがさっき来てね。

私たちの罪を許し穢れを祓う為に献金させて下さるんですって。

だから母さんと一緒にありがたく神殿にお詣りさせて頂くってわけ」


心底嫌そうにリリーは首を振る。

この一座のように人びとに娯楽を与え各地を巡るフィオーレの民達は、教団から『風紀を乱す』とあまり良く思われない。

金を差し出す事でお目こぼしを頂くというわけだ。

フィアレインはまだ幼いが何となく気づいてはきている。

この一座が娯楽として人びとに提供するのは歌や踊りだけでない。

一座の若い美しい男女が、こっそりと座長に耳打ちされ宵闇に消え朝まで戻らないのは多々ある事だ。

その中にはリリーも含まれる。

この一座の中で例外と言えるのはフィアレインくらいだ。


「夜はまたお披露目があるし、稼ぎ時だから時間は無駄にできないから、さっさと行ってくるわ」


そっとフィアレインの頬を撫でてリリーは微笑む。

ふわりと良い香りがした。リリーからはいつも良い香りがする。

リリーだけでない一座の他の娘たちも皆。

以前に聞いたら、マリカーという花の香りだと言っていた。

いつか咲いているのを見かけたら、その花を教えてくれると。


「リリー、行きましょう。大司祭さまがお待ちよ」


宿の入り口から座長が声をかける。

座長の他に数人の若い男女。どうやら何人かで行くらしい。


「いってらっしゃい。気をつけてね」


出かける者たちを見送りながら、悪い予感に胸騒ぎがした。




***

フィアレインは部屋に戻り、そのまま日暮れまで過ごした。

そろそろ夕食だろうと、宿の食堂に向かうことにする。

一座では基本的に食事は皆でとることになっているのだ。


食堂には既に一座の面々がほぼ揃っていた。

何やら顔と顔を突き合わせて、深刻そうに小声で話し合っている。

その内の一人がフィアレインに気づき、それにつられ周りの者たちも話を止め、皆で見つめてくる。

その目にあるのは、恐怖。

それを見てフィアレインは大体の事情を察した。

一人の娘が椅子から立ち上がる。

座長やリリーと共に神殿へ赴いた娘だ。


「フィア、あの……大司祭さまが言ってらしたのだけど……。

あなたが魔族だって言うのは本当なの?」


恐る恐る、その表情にはっきりと恐怖を滲ませながら言う娘に予感が的中していたのを知る。

この街には、今までになく長くいすぎた。

そして自分も警戒心が薄れつつあった。

今まで誰にも何も言われなかった。だから瞳を隠す重要性を忘れつつあった。

神殿に魔族と思われる者が一座にいると知られてしまった。

気づいて報告したのは誰か。

街の人間や宿の者たち、また宿に滞在していた他の客の誰かかもしれない。

もしかしたら、神殿の者かもしれない。

大司祭がこの一座から献金をとるため一座を調べさせた時にでも。

もはや今となっては誰がなどと言うことはどうでもよいことだ。

何か言わなければならない。

でも、何も思い浮かばない。


「わたし……わたしは……」


言葉に詰まっているところに、座長が現れた。

そういえばリリーも座長もこの場にはいなかった。


「お前たち。よしなさい。フィアレインこちらへ。話がある」


座長の部屋へと移動した。

フィアレインに椅子を勧め、自身も向かいに腰を掛ける。

何やら暫し考え、座長は口を開いた。


「知っての通り、今日、神殿に詣でた際、大司祭さまよりお話があった。

お前が魔族であると……真実なのか?」


フィアレインは座長の顔を見つめた。

他の者たちと違い、そこには露骨な恐怖はない。

真実を聞きたいと願う真剣な眼差しのほうが強い。


「わたしはハーフエルフ、ただし父親は魔族。

でも生まれて一度も父には会ったこともないし。

魔族に通じたりしたこともない

黙ってたのは謝る。今更信じて欲しいとか怖がらないで欲しいとか言えないけど……」


言葉に詰まり、思わず俯いてしまう。

座長はしばらくの沈黙のあとに、再び話しはじめた。


「明日の朝、大司祭さまの手の者がここへ来る。お前を神殿へ連れて行く為に。

だから今の内に早く行きなさい。見つからないように」


フィアレインは頭を上げた。

それは神殿から逃げろという意味だろうか。

混乱しきったフィアレインの様子を見て、座長は付け加えた。


「私はお前が邪な者だとは思えない。

だが神殿がそれを理解するとも思えない。一方的にお前を断罪しようとするだろう。

我々では守ってやれない……申し訳ないことに。

だから行きなさい!今すぐに!」


その言葉に我に返り立ち上がる。

部屋を出る前に振り返り、礼を言おうとしたフィアレインを座長は押しとどめた。


「何も言わなくていい。早く!」


急ぎ部屋に戻り荷をまとめる。大した量でないからすぐに終わった。

最後にリリーに別れを告げられないのが残念だが仕方ない。

外はもう暗いが、自分の目には夜の闇も昼と大差ないので問題ない。

部屋を出たところでリリーが待っていた。

手に持っていた袋を押し付けてくる。受け取るとズシリと重く、金属と金属がぶつかる音がした。

金のようだ。


「これ……リリーのお金じゃない?」

「いいの。そんなのどうでもいいの」


リリーは涙を流しながらフィアレインを抱きしめ、頬を寄せてきた。

リリーの涙で自分の頬も濡れる。


「ごめんね。今まで散々守ってもらったのに、ごめんね……」


リリーの香りに包まれながら、ああもうマリカーの花がどれなのか教えてもらえる『いつか』は二度と来ないのだと哀しくなった。




***

夜の闇に紛れ、誰にも見つからず街を出ることが出来た。

悩んだが、クレーテ山を登りマルクト王国へ向うことにした。

万が一神殿に追っ手をかけられた時の事を考えたのだ。

ハルピュイアが大量に発生している今、そんな危険なところにまで追っ手をかける可能性は低いだろう。

自分一人ならばハルピュイアの殲滅くらいは可能であろう。

もはや守らなければならない者たちもないのだ。


秋と冬の狭間、夜は冷え込む。

吐く息が白く染まったのを眺め、つぶやく。


「さびしい」


一人はさびしい。

でも一人で生きていくしかない。

恐怖の眼差しを向けられるのは、もっとさびしいから。


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