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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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魔物化

無表情のままアスタロトが問い返す。


「化け物とは?」

「えっと……。この前、高位魔族と人間のハーフだったって化け物とあったの」


あれを魔物と呼んでいいのか悪いのかフィアレインは未だに分からない。

アスタロトは特に反応を見せず先を促した。


「それで?」

「だから……フィアもそうやってなっちゃうのかな……って」

「なるほど。その化け物とやらはお前の前で異形化したのか?」

「ううん……何百年も前だって」


そこで初めてアスタロトの表情が動いた。

驚いたようにフィアレインを見る。


「その化け物とやらは、お前と会話をしたのだろう?

異形化して数百年も理性を保てるとはな。稀な話だ」


胸が苦しくなる。

アスタロトは何百年も理性を保っていた事に驚いているだけだ。

人と魔族の間に生まれた者が異形化した事には驚いてない。


「化け物になっちゃうのは……当然のことなの?」

「そうだ」


アスタロトは事も無げに頷いて続けた。


「お前は魔獣を知っているだろう?

魔物でもなく、普通の獣でもない。あれの正体を知っているか?」

「正体?」


俯いていたフィアレインは顔を上げた。

魔獣は獣が魔物の影響を受け、瞳が魔族の様に赤くなり凶暴化したものでないのか。

アスタロトは不思議そうなフィアレインに笑いながら言った。


「我々は魔にあてられる、と言う風に言っているのだが……。

普通の獣の近くに魔物が存在すると、それだけで徐々にではあるが獣は魔にあてられる。

その結果、獣は魔獣へと姿を変える。

だがそれは言わばサナギのようなものだ。

その魔獣が更に魔にあてられればどうなると思う?」


フィアレインは光の大陸で熊の姿をした魔物ウルススに滅ぼされた開拓村を思い出した。

あの村の周囲ではそれまで熊の魔獣は見られたが、ウルススは見られなかったと言う。

空間の歪みがある訳で無かったのに、何故あんな多くのウルススが突然現れたのかと最後まで謎のままだった。

それはつまり……。


「魔物になっちゃう?」


アスタロトはよく出来ましたとばかりに頷いた。


「そう、もとより魔物として生まれた物は別だが……。

一般の生物は突然魔物にはなれない。

だから徐々に魔に染まっていく。

だがな、人間だけは創世主より様々な枷が掛けられている為、魔にあてられた位ではなかなか魔物化できん。

例えば我々のような存在に特別な力を与えられた場合は別だが」


意味深にわらうアスタロトに、黒い翼の鳥人間となってウァティカヌスへと乗り込んだ人間を思い出した。

あれを変えたのはアスタロトである。

嫌そうな顔をしたフィアレインに構わず、アスタロトは続ける。


「誰かの力を受けず人間が魔物化する場合はただ一つ。

魔族との混血であった場合だ。

生まれつき持つ魔族の血によって肉の器が影響を受け異形化する」


酒場の主が湯気のたつ皿を運んで二人の前に置いた。

これは芋だろうか。

手を出そうか悩み、先に話を聞いてしまうことにする。


「フィアは?」

「分からん」


フィアレインは思わず恨みがましい目で見てやった。


「そんな目で見るな。お前のような存在は前例がないから分からん」


フィアレインは先ほど出された湯気のたつ揚げ物を摘まんで口に運んだ。

やはりパタタ芋である。

アスタロトも同じ様に口に運ぶ。

ちょっとむっとした。芋の揚げ物にまた手を伸ばし鷲掴みにする。そして食べた。

どうだ。

と、思いきやアスタロトも芋の揚げ物を鷲掴みにして、一つずつ食べ始めた。

アスタロトが持っている量と自分の持つ量を見比べる。

手の大きさが違いすぎる分、圧倒的に自分が不利だ。

フィアレインは皿ごと取って自分の目の前にドンと置いた。

アスタロトは構わず、手にした揚げ物を食べている。


「ジャガイモか」

「パタタ芋だもん」

「魔界ではジャガイモと言う」


アスタロトはフィアレインの方を向いて呆れた顔をした。


「何を泣いてる?」

「だってだって……もしかしたらあんな風に触手がうにょうにょ生えてきちゃったら……うう」


フィアレインは芋を食べながら、もう片方の手でゴシゴシと涙をふく。

だがその万が一の事態を考えると涙は止まらない。

新しく運ばれてきた皿には何かの肉の串焼きがのっていた。

その串を一本掴み、かぶりつく。

美味しい。そうだ人間なんて食べたくもないのだ。


「お前な。泣くか食べるかどっちかにしろ。鼻水が垂れてるぞ!」

「ううっ、ふ……ふくものが無いんだもん」

「ああ、これだから幼体は手が焼ける!」


アスタロトは慌てて手巾を探す。

だが鼻水がズルズルと滴り落ちそうになったフィアレインは手近な布をひっぱり鼻をかんだ。

それも勢いよく。


「ああ!わ……私の服が!」


わずかな光沢のある生地の立派な長く黒い上着の裾で思い切り鼻をかんだのだ。

ついでに芋の揚げ物を掴んで食べたせいで汚れた手も拭いておく。

悲痛な叫びをあげるアスタロトを無視して、また新しい串を食べる。

香辛料がきいていて美味しい。

こうなったらアスタロトのつまみを全部食べてやる。

支払いはこの男だ。

並ぶ皿を全部自分の方へと引き寄せようとしたフィアレインをアスタロトは慌てて止める。


「落ち着け!錯乱するな!」


フィアレインは杯を持ち上げた。

残っていたミルクを一気に飲み干し、ドンと杯をカウンターにおく。


「おかわり!」


飲まずにはやっていられない。

自分も飲んだくれの仲間入りだ。

その様子を見てやれやれとアスタロトはため息をついた。


「大体……お前は魔族の血にもたらされる力を完全に制御出来ているではないか」


呆れた眼差しで見つめられ、フィアレインは新しいミルクの杯を抱え項垂れた。

自分が欲しいのはそんな言葉ではないのである。

あと百万年後も、一億年後も決して変貌しないという保証がほしいのだ。

ある朝起きたら背中から触手が一本生えてたなんて恐ろしすぎる。

だが、こんな性悪魔族に期待するのが間違いかも知れないが。


「人間との雑種を始末するのは我々なのだが……。

面白い事にな、エルフの雑種と違ってどれもこれも生まれつき魔法が使えんし特別な力もない。

変わる前は普通の人間と変わらん」


人間と高位魔族のハーフの話など別にいい。

さっきお前は分からんとか言っておいて、なんだ。

そう思うとフィアレインはそろそろと高い椅子から降りた。


「フィア、帰る」


そのままアスタロトに背を向けて酒場の出口へと向かう。

ルクスに文字の勉強を見てもらう約束もあるし、何よりアスタロトから聞いた話をシェイドにしなければ。

周期的な魔物の増加はそのサナギたる魔獣の魔物化のせいなのだろう。

今までは魔におかされた獣程度の認識だったが、まさか魔物と変わる前段階だったなんて。

魔獣と魔物があまりに生き物としてかけ離れていたから、誰も想像もしなかったのだ。

犬が朝起きたら狼になっていたどころの話ではないのだから。


気分は重いが仕方ない。

扉に手をかける。

背後でアスタロトが何かブツブツ言っているが無視した。

そんな事より聞いた事を忘れないようにちゃんと整理して話さなければ、またお使い失格だ。


「大体……肉の器を持つ人間と違って、魔力で身体を構成するエルフと我々の二つの間に生まれたのに身体が異形化する訳がなかろう……」



フィアレインは来た道を逆戻りして宿へとトボトボ歩く。

またお腹が空いてきた。あんなに食べたのに。

これが俗に言う自棄食いか。

ふと顔をあげると自分が歩くずっと先をシェイドが歩いている。

闇の大陸へ渡る船を探した帰りだろう。

フィアレインは思わず駆け出した。

そしてそのなじみ深い背中に飛びつく。


「うわ!フィアか?」


シェイドに問いかけられ、またじわじわと涙が浮かんできた。

駄目だ、我慢できない。

フィアレインは両手両足でシェイドの背中にしがみついて大声をあげて泣いた。

ちょうど買い出しに出ていて、その場をとおりがかったグレンにその姿を


「木にしがみついてとまってる蝉がやかましく泣いているみたいだよ」


と言われるまでずっと。




***

「なるほどねぇ。それであんな蝉状態だったんだ」


何とか宿に帰り、アスタロトと話したあれこれを時間をかけて語って今に至る。

魔獣の話については、周期的な増加の一因が分かって良かったとあっさりした反応であった。

魔の影響でそこまで生き物が変わり果てるのは衝撃を受けていたが、長く生きて各地をまわるグレンは薄々察していたらしい。

そして問題はフィアレインのことである。

シェイドは唸り、呟いた。


「問題は食費と宿に入れる大きさかって事だ」


フィアレインはぽかんとしてシェイドを見つめた。


「まあフィアは元が小さいから、触手が生えたとてそんな巨大化することはあるまい」

「食費はかさみそうだけどね。触手生えてきても、やれ菓子食べさせろだの芋食べさせろって言いそうじゃない?

食費節約の為にどっかで人間捕まえてきても、こんなの食べたくないって言われて終わりだよ!」


何か話がおかしい気がする。


「で……でも。人間たちにフィア化け物だって言われるよ」


フィアレインの言葉に三人は顔を見合わせた。


「確かにそれもありうるな」

「君たち人間はやたらと神をありがたがるから、勇者のために神が降臨したとか言っときなよ」

「良い案であるな。さすが年の功か。教団は神の姿を語らぬから何とでも言いくるめられよう」


なるほどとシェイドは頷く。

そんなので良いのだろうか。

神様、などと拝まれてもフィアレインは困るのだ。

いやいや、それ以前にいかにも魔物だろうと言われるかもしれない。

そんなフィアレインにシェイドは開き直る。


「ただでさえ世界の為に戦えなんて厄介な役目押し付けられてるんだ!

これ以上、誰と一緒に戦うかなんてとこまで干渉される筋合いはない!」

「まあそれでもガタガタ言ってくるようなら、世界征服でもしちゃう?

エルフ連中も人間の社会には興味ないから横槍いれてこないだろうし」

「ならばその折には、私は触手教の教祖となろう。これもまた出世よ。

一番良いのはフィアが神々しく力に満ち溢れた存在に変わってくれることなのだが……」


うんうんとシェイドが頷く。

困った。仲間たちが変である。

だが困り果てているフィアレインにシェイドが言った。


「ドラゴンとかいいよな、格好いいし」


格好いい、の一言にフィアレインの気持ちが浮上した。

格好いいと言えばあれだ。剣である。


「フィア、やっぱり剣が……」


その一言を勢いよく振り向いたシェイドが遮る。


「刃物は駄目だ!危険すぎる!」


その叫びにルクスとグレンが噴き出した。


「確かに危険であるな」

「主にシェイドの命がね」


シェイドは青い顔で自分の首に手を当てている。

何だろう。

慌ててシェイドは話を変えた。


「ま、まあ……まだフィアが異形化すると決まった訳じゃない。

それにフィアは人間と魔族のハーフじゃないだろ。

エルフなんて神と戦えるくらい強いんだから、大丈夫じゃないか?」


フィアレインはこてんと首を傾げた。

確かに一理ある。

それに今思ったのだが、自分は純血のエルフや高位魔族同様に魔力で身体が構成されているのだ。

魔族の血におかされて異形化すると言うなら、魔力で身体を形成する時点で変貌してそうだ。


「うん」


少しは安心かもしれない。

だが、何だろうか。今日のこの仲間たちの反応は……。

実は三人は『へんな人』だったのだろうか……。

フィアレインは安堵と感謝の気持ちがいりまじりつつも、複雑な気持ちで笑っている三人を見つめたのであった。

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