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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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不安

手も足もない紐状のその身体は成人男性が二人でやっと手がまわる程の太さで、その長い全長のうち半分以上が砂に埋まっている。

頭部と思われる身体の先端には目すらなく牙がはえた大きな口だけが存在し、獲物を狙うのだ。

砂から現れてはその身を隠し砂漠を渡る旅人を襲う魔物サンドワームである。


フィアレインは目の前のサンドワームを杖で思い切り殴りつけた。

もう一息だ。

更に勢いよく振りかぶり横薙ぎに叩きつけようとしたその瞬間。

杖が手からすっぽ抜け、勢いよく前衛の方へと飛んで行く。

武器を失い好機と見たのかサンドワームがフィアレインに肉迫する。

それに飛び蹴りを食らわせて、慌てて飛んでいった杖を追い、前衛の方へと駆けた。

飛び蹴りをもろに食らったサンドワームの頭部は潰れ、力を失い砂上に倒れる。

グレンとルクスは勢いよく飛んで来た杖に気付き、サッと避ける。

そこにシェイドが残された。


「ん?……ギャ!」


杖は思い切りシェイドの頭部へとぶつかり、更に飛んでいった。

杖がぶつかった瞬間、シェイドの首からグキッと嫌な音がしたのを聞き、横を駆け抜けながら治癒魔法をかけておく。

大丈夫。

死んでないから治癒魔法で平気だ。

死んでも蘇生魔法を使えるから問題ない。

やっと追い付き、地を蹴り手を伸ばし杖を掴む。

杖を手に振り返ると、シェイドが自分の首を撫でていた。

そんなに痛かったのだろうか。


「ごめんね。杖飛んでいっちゃった」

「いや……ちょっとばかし痛かったけど、まあ……大丈夫だ。首の骨も折れてないし……」


ルクスとグレンは笑いをこらえながら砂中から現れたサンドワームに攻撃している。

それにしても首の骨が折れただけで死んでしまうとは、人間とは弱すぎる生き物だ。

シェイドの話では、頭をかち割られても死に、首をはねられても死に、心臓を抉られても死ぬと言う。

困ったものだ。そんな事くらいで死ぬなんて……。

やはり一度くらい蘇生魔法の練習をしておかねばなるまい。

実は知識はあっても、使った事がない。

かと言って仲間に練習したいから一度死んでくれと言うのも……。

フィアレインはじっと三人を見つめる。

何やら三人は身震いをし、慌ててフィアレインに背を向けて敵に向かって行った。



「なんか最近フィアが戦士化してない?」


サンドワームを全て片付け終わり、静かに剣を鞘へと収めたグレンが笑いながら言う。


「確かに、見事な杖術であるぞ」


ルクスは手巾で汗を拭いながら笑う。

ちなみに杖での戦い方の基本はシェイドに教えてもらったものである。

戦士……その言葉にフィアレインの胸は高鳴った。

剣を構え振りかぶる自分の姿を想像すると、なかなか悪くない。

バッサバッサと敵を斬り捨てるその姿は実は憧れだったりする。

戦士……いいかもしれない。

格好がいい。

思わず顔をあげて宣言しようとした。


「フィアも剣を……」

「ちょっと待った!」


フィアレインの言葉を遮ったシェイドが厳しい視線をこちらに向ける。

何だろう。


「あー、その……えっとだな。子どもにはそんな刃物は危なすぎる!大人になるまで禁止だ!」


シェイドはフィアレインに歩み寄り、腰に手を当て見下ろしてきた。


「古来より、火遊びと刃物は子どもには禁止と決まってる。よってあと百九十四年は駄目だ」

「でもフィア、火魔法使ってるもん」

「魔法は別。大人がいないところでの焚き火とかは駄目だぞ」


何やらその違いがわからない。

シェイドは何やら落ち着きがなく自身の首筋を撫でている。

まだ先ほどの杖がぶつかったところが痛むのだろうか。

もう治癒は終わってるはずだが。


「フィア……よくわかんない」

「その違いが分かるようになってこその大人だ!」


そんなものかとフィアレインは渋々頷く。

剣使いになる夢は一旦お預けだ。残念だが仕方ない。

この調子ではごねても剣術を教えてくれないだろう。

何やらグレンはこちらに背を向けて肩を震わせ、ルクスはいつもの胡散臭い笑みで見守っている。

よくわからないが、大人への道は遠い。



フィアレインが地底から戻ったあと、一行は水の神の教団本拠地クロウカシスへ行った。

クロウカシスの大神殿は白い氷を思わせる美しい石造りで、その構造自体は他の教団と変わらない。

砂漠の中だと言うのに掘には水が流れ、敷地内には多数の噴水まである。

まさに水の神の教団の本拠地の名に相応しい場所であった。

フィアレインは迷ったが、地底にいた昔教団に封じ込められたという白き化け物を倒したことをシェイドに伝えた。

その話は彼から水の神の法王へと伝わり、たいそう喜ばれた。

かの白き化け物は、かれこれ二百年も地底に閉じ込められていたそうだ。

それを聞くと何とも複雑な気分となって、感謝の気持ちとやらにも上の空でしか頷けなかった。


フィアレインはその白き化け物がかつて人間であったことを仲間には言ってない。

それが人間と高位魔族の混血であったことも。

どうしても言えなかった。

自分自身まだ気持ちの整理がついてない。

僅かな恐怖を捨てきれないのだ。


滞在中、シェイドとルクスはエルフの都に入る手段がないか過去の文献を漁る為、大神殿の書庫にずっとこもっていた。

各地を巡っていたグレンが知らぬ情報を持っているとすれば、教団くらいだろう。

だがエルフは神の仇敵であるというありきたりの文書しかなく、何の手がかりも見つからず終わった。

結局、消えた王都について火の神の教団に報告したのと同じ内容を報告し、一行はクロウカシスを経ったのだった。


そして今いくつかの街を経由し、港町へと向かっている。

この大陸に来た時とは別の港へと。

そこから闇の大陸へと渡る予定である。

闇の大陸には有名な魔法研究都市がある。

もしやそこならばエルフの都へ入る手段も見つかるかも知れないとシェイドは言っていた。

もちろんグレンからは一笑に付されていたが。



「闇の大陸ってどんなとこ?」


フィアレインの問いにシェイドがそうだなと少し考え答えてくれた。


「他の三つの大陸に比べると、小さい。それに独特の文化を持ってる。

例えば家の中には靴を脱いで上がるんだ。食文化も少し違うな」


シェイドの答えにグレンは頷く。


「僕は闇の大陸の食事、けっこう好きだね」


そして彼は闇の大陸で食べた美味しい食べ物の話を色々と聞かせてくれた。

特に魚が美味しいと。

フィアレインも魚は大好きだ。川魚でなく、海の近くでしか食べられない海の魚介類。

もう間もなく到着する港町でも、きっと新鮮なそれを食べられるだろう。

ふとフィアレインは思い出す。闇の大陸と言えばシェイドの出身地でないか。


「シェイドのお家もあるの?」


フィアレインの問いにシェイドは曖昧に笑う。

そばで聞いていてその反応では納得しなかったグレンが更に言葉を重ねる。


「君の実家ってどこの町?すごいど田舎だったみたいな事、前に言ってたよね」

「……勇者の村だよ」

「は?」


思わずフィアレインとグレンはシェイドの顔を凝視した。

だが彼は冗談を言っている雰囲気ではない。

シェイドの代わりにルクスが語り始める。


「勇者の村な。なるほど言い得て妙だ。

二人は知らぬのだから仕方ない。これを知るのは教団の者くらいだからな。

勇者は生まれてすぐ、実の親からも引き離される。

そして教団が代わりの親を用意し育てる。親だけではない。

しかるべき教師たち、村の中で自給自足出来るよう必要な村人、そういった全てを教団が用意する。

間違った道に進まぬように相応の年齢になれば友人役もな。

そうやって村の中で全てが完結するようにし、外部との交流を断ち、勇者を育て上げる。

勇者本人がそれを知るのは十六歳の誕生日、己が勇者であると知らされた時だ」

「何か薄ら寒い話だね」


グレンが呆れたように言った。

確かにそうだ。

シェイド本人は事実を知った時、どう思ったのだろうか。


「じゃあシェイドのお家はないの?」

「ああ。俺が旅立つ時に皆お役目を終えて、それぞれの場所に帰って行ったよ」


シェイドは苦笑した。そして進行方向を指差した。

もしかしたら話題を変えたかったのかもしれない。


「港町、見えて来たぞ」


シェイドの声に顔をあげる。

視線の先には港町と紺碧の海。

陽の光をキラキラと反射する青い海を見たら、ずっとどこか憂鬱だった気分が少し慰められた。



町に入り、宿を取る。

グレンお勧めの値段はお手頃で部屋も食事もなかなかの宿である。

二人相部屋で二部屋だ。

シェイドは闇の大陸へ渡る船を探す為すでに外出している。

まだ夕方まで時間がある。

窓の外の海を見ていたら外へ出たくなった。

フィアレインは少し気分転換の為に散歩に出ることにした。

戻って来たら読み書きの勉強を見てもらう約束をルクスに取り付けて、部屋を出る。

古いが綺麗に磨かれた狭い廊下を歩き、階下へとつながる階段を降りる。

一階は食堂だ。この時間は人はいない。

食堂の脇を通り抜けて宿屋の入り口へと近づき、その扉を開けた。

フードをかぶり通りへと出る。

潮風に吹かれながら、プラプラと町を見てまわった。

小遣いをもらっているから屋台で買い食いも可能だが、夕食前なので勿体無いかも知れない。


「あれ?」


ほんの僅かな気配を察し、フィアレインは顔をしかめる。

魔族の気配だ。

思わず気になり、その気配の出どころを辿り道を歩く。

大通りから入った細い路地。その路地にある小さな古い酒場。

そこから魔族の気配は流れ出ていた。

だが妙である。

完全に気配を露わにするわけでなく、消すわけでもない。

おそらくこの気配の主はフィアレインを誘き出そうとしているのだろう。

ここまで近づくと、この気配の主が誰なのか何となく分かった。

本来ならば関わりたくないけれど、今は聞きたいことがある。

躊躇うことなくフィアレインは古ぼけた酒場の扉を開き、中へと入った。


「いらっしゃい。小さなお客さんだ」


酒場の主だろうか笑いながら迎えてくれる。

店の奥にはカウンター、それ以外にテーブル席が六つ。

こじんまりした店だ。


「私の連れだ」


カウンターに一人腰をかけている男が言った。

思った通りの男がそこにいた。

フィアレインはカウンターへと近づき、高い椅子に座ろうとする。

だが、自分の身長ではとても届かずにジタバタともがく事となった。

その男、アスタロトは手を貸すでもなく面白そうに眺めている。

やっぱり性悪魔族だ。

笑いながらカウンターの内から出てきた酒場の主が抱えて椅子に座らせてくれる。


「何にしましょうかね。お嬢さんに出せるって言うとミルクくらいか……」


酒場の主はそう言いながら再びカウンターの中へと戻る。

フィアレインは頷いた。

酒など飲んで帰ったら説教ものである。

アスタロトの前には酒の瓶とそれを注いだ杯、つまみが盛られた皿がいくつか置いてある。

さすがに昼間だけあって他に客はいない。

だが、だからこそ話している内容が酒場の主に筒抜けになるのでないかと言う不安を持った。

目の前に蜂蜜をたっぷり入れた温めたミルクが入った杯を置かれる。

一口飲んで思った。

酒場のカウンターで飲むミルク、これで自分も大人の仲間入りかも知れない。

何だかちょっと格好がいい。

大人の世界だ。

そんな関係のない事をとりとめもなく考えて、肝心なことを切り出せない。

話したい事があって来たのに、なかなか言い出せずにいた。

チラチラと酒場の主を見ていたら、アスタロトが言った。


「魔法をかけてある。聞かれても問題ない」


フィアレインはふと疑問に思った。

何故アスタロトはここにいるのか。

シェイドが言っていた、みっしょんいんぽっしぶるとやらが関係しているのか。

それが何かも分からないが。

とりあえず今は重要な話が優先だ。


「あのね、聞きたい事があるんだけど」

「お前が私に?何だ?」

「フィアもいつか……化け物になっちゃうの?」


フィアレインの問いに、アスタロトの表情が消えた。

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