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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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イグニート

作中に出てくる植物のモデルはウェルウィッチアです。

火の神の教団本拠地であるイグニートは砂漠の中のオアシスに成立した宗教都市である。

大神殿のつくりそのものは光の神の教団本拠地ウァティカヌスのそれと大して違わない。

ただその建材は赤い石であり、フィアレインは燃える炎を連想した。


「法王猊下が会って下さるそうだ」


大神殿を訪れてすぐに通された

部屋でルクスを除く三人は待っていた。

客人を待たせる為の部屋であろう。壁のところどころに絵画を飾り、色鮮やかな敷物の上に長椅子と一人掛けの椅子、低い卓が置いてある。

何やら用事があると言い部屋から出ていたルクスが戻るなり告げた言葉にシェイドは頷く。

王都が突如何の痕跡も残さず消えたことに、案の定大神殿は混乱していた。

シェイドはここを訪れた事がある為、法王とも面識があり、主たる聖職者に顔を知られている。

だが入り口で来訪を告げた後、この部屋に案内され飲み物を出され、かなりの時間放置される位には大神殿は慌ただしい。


「法王ね。僕はいいよ。そういうのに興味ないし」

「フィアも」


そんな二人にシェイドは苦笑している。


「じゃあ俺とルクスで会ってくる。と、言ってもなぁ。こちらから与えられる良い情報もなければ、向こうから何か情報もらえる事もないだろうが」


教団側よりも自分たちの方が情報は持っている。状況を打開するような情報ではないが。

王都でメフィストフェレスとルキフグスロフォカルスが去った後、シェイドはルクスとグレンに魔族二人から聞いた事を語った。

話を最後まで聞き頷いた後、ルクスは疑問をあげた。

魔族たちは神が役割を放棄したと言うが、それはおかしくないかと。

何故ならここには魔の者から人間を守る為、神より加護を与えられた勇者がいるのである。

魔族達の話ぶりでは神が役割を放棄したのは昨日今日ではなかろうし、それなのに勇者と言う存在を作り出すのは矛盾していないか、と。

人間世界の救世主として勇者という存在をこの世に与えるのならば、役割を放棄したりしないのでないか。

もっとも魔族からの神への評価に信憑性があるのかと言う問題もあるけれども。

その疑問については道中何度か話し合われたが、結局結論は出なかった。

そこで教団側へは神についての話は伏せることにし、強い空間の歪みを感じたのでそれが原因でないかと伝えることにしたのだ。

あまりにも端折りぼかした報告であるが、一行に出来る報告はこれが精一杯だろうと判断したのだ。

教団の者の中ではルクスのような者は少ないのだ。神が役割を放棄したなどと言えば、大きな問題に発展する可能性がある。

そしてフィアレイン本人が姿を消していた間のことを覚えていない為、干渉してきた力とやらも何か分からない。

魔族達の口ぶりでは安否すら分からぬ王都について期待させるような事を教団に言えないのである。

だからそのような報告をすることに決めたのだ。


結局のところ、教団側だけでなく勇者側もこの一件については手詰まりなのだ。


「じゃあ行ってくる」


出て行くシェイドとルクスを見送りフィアレインはまた長椅子に腰掛ける。

チャにたっぷりの砂糖と何か動物の乳を入れた飲み物を一口飲んだ。


「それにしても、辛気臭くて退屈なとこだねぇ」


グレンはもう一つの長椅子にだらしなく寝そべった。

辛気臭いかどうかは分からないが確かに退屈だ。かなりの時間ここでやる事もなく座っているのだから。

ちょっと外でも見てこようとフィアレインは思いつき、立ち上がる。


「どうしたの?」

「外、お散歩行ってくる」

「ふぅん、気をつけて行きなよ。僕はここで待ってる」

「うん」


大神殿は広く、ここから出入り口の道のりをフィアレインは覚えていない。だから転移魔法で入り口まででた。

ここがオアシスと言う事は泉があるはずだ。水辺に行き、水遊びでもしようとその場で目的地を決めた。

入り口を守っていた僧兵に行き方を聞き、軽快な足取りで向かう。ここの水辺に猿がいなければいいが。

自分と猿の相性はきっと悪いに違いない。また遭遇したら、こちらはその気がないのにも関わらずボス猿の座をかけて争うことになるかも知れないのだ。

そんなのは御免である。ちなみについ最近まで、グレンからボス猿という渾名で呼ばれ迷惑したのだ。

オアシス都市の人々からも猿の悪戯を何とかしてくれと何度か言われたが、自分は猿ではない。意思疎通は無理である。


分岐の少ない道を通り、水辺が見えた。

そこで水辺に人影があるのに気付いた。長身の男だ。

まじまじと眺め、その男の正体に気づき背の高い木の陰にとっさに隠れる。

休暇と称して港町で美食を楽しんでいたはずのアスタロトがそこにいた。


何故またこの男がここにいるのか。

遭遇するのは猿かアスタロトかと問われれば、究極の質問に近い。だが辛うじて猿の方がマシだ。

何故なら自分は勝てる。そして貢物まで貰えるのだ。

それにしても、ウァティカヌスの時のようにペットを泉で飼うつもりだろうか。そんな迷惑行為はお断り願う。

せめて教団の許可を得てからすべきだ。大人の良識として。

これは何をするつもりか見張らねばならない。その為に少し近づきたい。

フィアレインは周囲を見渡した。そしてその植物を見つけた。

それは地に這うように生えた奇異な植物。

中央に花が咲き、その周りを囲むように細長い葉が無数に伸びている。その葉の長さを見る限り、自分の身長より長い。

これだ。これに決まりである。

おもむろに近づき、力を込めて引っこ抜く。あっさり抜けたそれを強く振り、土を落とした。

そしてそれを頭にかぶる。

この長い葉が己の姿を隠してくれる。視界は葉の間から取ればよい。


これで自分も立派な密偵だ。


準備は整ったので木の陰から出て、そろそろとアスタロトの背後に近づく。

振り向きそうになれば足を止めしゃがむのだ。

ターゲットのアスタロトは何やらしゃがみ込み肩を震わせている。

どうしたのだろう。

だがそれも彼が何かに気付いた様子で懐から小さな水晶のような物を取り出した時にとまった。

アスタロトの手の中で輝く石が光を反射する。

突然アスタロトは喋り出した。


「……はい。えっ、ああ!誰かと思いましたよ!

今ベルゼブブ様と暴食ツアーに行かれてるじゃないですか?

はい?旅館の魔界TVの番組がつまらない?そんなこと私に言われても……。

ちなみにchはどこですか?」


フィアレインは辺りを見渡す。誰もいない。一体アスタロトは誰と喋っているのか。

気になり、更に彼と距離を詰める。

だが突然アスタロトは振り向いた。

慌てて立ち止まりしゃがむ。

こちらに来るかと思ったアスタロトはフィアレインの横を通り過ぎ、水辺から離れて木にもたれて座る。

大丈夫、気付かれてない。

それにこの距離なら話も聞こえる。


「は?アスモデウス様の色欲chですか?

それは駄目ですよ。あそこはヤマなし!オチなし!イミなし!で有名ですから。

そんな事よりも今のうちに外出されて暴食を堪能されては如何です?

今夜はコキュートスchで『追え!勇者の珍道中』がありますよ。あなた様もお好きでしょう?」


何やら勇者と言う言葉が聞こえた。

思わず泉に手を入れパチャパチャ遊んでいたのを止めて、アスタロトの話に耳を傾ける。


「ええ、そうです。今回は『衝撃!消えた王都編』ですよ。

ちなみに特派員は私です」


消えた王都、の言葉にふと思う。

そう言えばシェイド達は王都を探したいのだろうか。それとも諦めて別の所へとまた向かうのか。

メフィストフェレスは王都がどうなったか知らないと言っていた。そうなれば、もう手だてはない。

自分は神になど興味がないが、神がこの世界を放置してる事も仲間達は気にしてるのだろうか。

アスタロトはまだ誰かと話してる。


「何故私が特派員なのかって……。

私が特派員をやった番組はあなた様に人気が高いとかで、頼まれたのですよ。まあ暇潰しにもなりますしね。

ちなみに特派員は交代制の予定ですが……」


全く持って理解できない。

ちゃんねる、とくはいん……何であろうか。

また水の中に手を入れてパチャパチャやる。冷たくて気持ちいい。


「ちなみに一つ聞きたいのだが、随分と変わった帽子だな?」


真後ろで声がして飛び上がる。

勢い良く振り返れば、アスタロトが人をからかう様な笑みを浮かべて見下ろしていた。

バレてしまった。迂闊である。

急いでこの性悪な魔族に言い返す言葉を考えた。

そして閃く。この間、ルクスに聞いたあの言葉が最適だ。


「……トップメゾンだもん」


顔を覆い隠す葉をかき分けてアスタロトを睨みつける。


「ト……トップメゾンか……流石は勇者の一行だな」


アスタロトは何故か俯き肩を震わせている。

しばらくそうやっていたが、やっと上を向いた。それも笑顔で。

何かを思いついたような悪い笑顔だ。

思わず一歩後ろへ下がる。だがこれ以上さがれない。水に落ちる。


「お前は消えた王都を探したいか?」

「ううん、別に」

「否定するな。話が続かんだろう」


別に話はしたくない。

やれやれとアスタロトはため息をつく。


「保護者に聞かんと駄目か……。

お前の仲間達はどうだ?そう思ってるのでないか?」

「メフィストフェレスがどうなったか分からないって言ってたもん。

だから皆方法がないって言ってた」


それを聞き嬉しそうにアスタロトは頷き言った。


「なるほどな。まあそう言うだろう。

だが方法はなくもない」

「なくもない?」

「そうだ」


アスタロトは突然魔界へと空間を開く。

独り言をブツブツと言いながら。


「上手くいけば、スペシャル番組として番組枠拡大して放送出来るな。

まずあのお方にお話ししてみてご許可とご協力を頂いて……。

それから勇者に交渉か」


そしてそのまま魔界へと去ろうとする。

フィアレインは慌てて駆け寄りアスタロトの背に飛びついた。

今逃げられては困るのだ。

ちゃんと全部吐かせねば密偵失格である。


「うわっ!またか!」

「どういう事!」

「今は話せん。あのお方と話してからだ。それにもう王都が消滅していれば話は終わりだしな。

後で勇者の元に行くから首を洗って待ってろと伝えておけ」


そういうなり背中のフィアレインを掴み放り投げ、魔界へと消えた。

いつぞやの様にまた性悪な魔族は泉の中へと放り込んでくれた。

慌てて水面に顔を出すも、既にその姿はない。

少し離れた水面にかぶっていた植物がプカプカ浮いていた。



重要な事を何も聞き出せなかった。

失意の中、大神殿へと戻る。

転移して元の部屋に戻れば、既にシェイドとルクスはそこにいた。


「おかえり。散歩行ってたってな。どうだった?」

「アスタロトにまた会って……。

シェイドに首を洗って待ってろって伝えておけって言われた」


シェイドの顔が一瞬で青くなる。


「は?俺……何かしたか?」


シェイドは立ち上がりかけたのに椅子に座り込んでしまった。

グレンとルクスは顔を見合わせている。


「我々は今のうちに逃げるか」

「そうだね。申し訳ないけどさ」

「は……薄情者!」


その様子に思わずといった感じでルクスが噴き出し笑う。


「いやいや。冗談だ。それよりフィアよ。それはどういう事なのだ?」


ルクスに聞かれ思わず唸る。

そう言えばどういう話だったか。すぺしゃるばんぐみとか言ってたが。

椅子に腰掛けている三人の仲間が自分を見つめている。

特にシェイドは食い入るような視線で。

ここで思い出せねば密偵どころかお使い係も失格だ。

そこで何とか思い出した。


「……王都の事!何とかなるかもって」

「何とか?」

「あのお方と話してからまた来るって言ってた」


その言葉に何とも言えない表情を三人は浮かべている。


「また、あのお方かよ……」

「だが、王都とその民を救えると思えば多少の辛抱も必要よ」

「多少の辛抱ならいいけどな!どうせろくでもない事に巻き込まれる」

「って言うか、そもそもさ。勇者様が魔界のお偉いさんの協力を得るってどうな訳?」

「甘いなグレン。利用できる者は何でも利用してこその勇者。救世に手段など選べぬ」


好き勝手に二人で議論し始めたルクスとグレンを放って、シェイドは一人俯き何やら考えている。

フィアレインは役目を果たした達成感に満ち溢れ、安堵して自分も椅子に腰掛けた。


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