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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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世界の歯車

魔法の起こす閃光、爆音、人の叫ぶ声、魔物の咆哮。

ここまで近寄って来ている魔物はごく一部だが、後続の魔物の数を見ると先が危うい。

ルクスは街の住人を指揮して近づいた魔物を倒している。

フィアレインを含む三人はまだ魔法攻撃中だ。


「キリがない!」


マーマンの時の様にこの辺一帯の魔物が押し寄せているのかもしれない。あの時と今ではこちらの戦力が違う。

そんな事を考えていたフィアレインに突然激しい頭痛が襲う。

何だこれは。

思わず杖を落とす。杖が地に落ち転がる音にシェイドがこちらを見た。


「フィア?」


ガンガンと頭を殴られるような激しい痛みに頭を抱える。


「ちょっとどうしたの?」


グレンもフィアレインの顔覗き込むがそれどころではない。

頭が割れそうだ。

徐々に周囲の喧騒が遠くなる。

目の前が真っ白に染まり薄れていく意識の中、シェイドの声が遠くで聞こえた。

それを最後にフィアレインは意識を失った。



フィアレインは意識を取り戻した。だが何やら変である。

身体の感覚がないのだ。

手も足も動かせない。いや動かせないと言うのは少し違う。

自分の肉体そのものが存在しないのだ。

これはどうした事だろう。

肉体を喪ってしまったのだろうか。だが全く覚えがない。

覚えているのはオアシス都市での戦い、突然の頭痛とそれで意識を失ったことだ。

あの後、自分の肉体に何かあったのだろうか。


周りの様子を伺う。

そこは皆で戦っていたオアシス都市ではない。

何もない場所だ。場所と言うのが正しいかすら分からない。

そんな何もない空間にフィアレインは意識だけで漂っているようなものだ。


「早く戻らないと」


思わず言葉が漏れる。肉体のない状態で喋ると言うのは何やら変であるが、確かに自分は思いを外へと発していた。


「何故戻らねばならない?」


フィアレインは驚いた。まさか自分以外の誰かがいるとは思わなかったのだ。

いや先ほど散々周りを観察したが誰もいなかったはずである。

それに今もここには何の姿もないのだ。

となると、この声の主も自分と同じように肉体がないのかもしれない。

そう納得し見えない声の主に答える。


「だって皆で戦ってたんだもん。

魔物がいっぱいで……死んじゃうかも」


何やら堪えがたい焦りが込み上げてくる。


「人間は死ねば生まれ変わる。エルフや魔族は混沌へと還る。

この世の全ての存在は皆ただの世界の歯車。いくらでも替えのきく存在」

「そんなことないもん」


何やらフィアレインはむっとした。

この男か女かも分からない相手は何を言っているのだろう。


「何故そう思う?

例えば勇者、確かにあれは世界で一人の存在。でもあれが死のうとも即座に世界は滅びるかと言えばそうでない。

過去の勇者達がそうであったように、あれが死ねばまた時が来て別の勇者が生まれる。

僧侶の方とてそうだ。あれが死んだからと言って何か影響がある訳ではない。

世界は大きな影響を受けることなく続いて行く」


フィアレインはこのトンチンカンな相手にどう説明すれば良いのか考えた。

そこで一つ疑問が浮かぶ。


「ねえねえ。世界って何?」


すぐに答えは返ってこない。相手の姿を見ることが出来ないとは何とも不便な事だ。

表情などで読み取ることも出来ないのだから。

それはお互い様だろうけれど。


「世界とは存在する全てのものを包容する箱庭のようなもの」

「ふぅん」

「その中ではお前も、お前の仲間もみな替えのきく存在だと言っている」

「でもフィアの箱庭の中じゃシェイドもルクスも替えのきく存在じゃないもん。

二人ともフィアのこと居なくなってもいいなんて思ってないもん」


人の気持ちは分からないから確実とは言えないが、おそらくそうだろう。

仮にこのまま自分が戻れなくなったとして、あいつ居なくなったね、替えがきくからいいやなんて彼らが思うとは思えない。


「お前の箱庭?」

「うん」


誰しもそうではないのか。皆がそれぞれ自分の世界を生きる。

そしてそれが己にとって全てなのだから。

それぞれの歯車の繋がりから大きな世界を垣間見ることはあっても、実際生きていくのは自分の世界の中である。

大体人のことを歯車だの替えがきくだの好き勝手に言っているが、こいつ自身はどうなのだと言いたい。


「わたしは特別。歯車になどならぬ」


自分は何も言ってないが、こいつは思考を読めるのだろうか。

だがその回答にフィアレインは閃いた。

これはあれだ。いじけ虫だ。


「い……いじけ虫?」

「ひとりぼっちで誰にも仲間に入れてもらえないから、あんな意地悪言うんだ!」


そうだ。お前たちなんかいくらでも替えがきくんだぞと強がっているに違いない。

思わず納得し、だが同時に気の毒になった。

ひとりぼっちは寂しい。それは良く知っている。

そしてこれはきっと仲間に入りたくても入れないのだろう。

だから自分の仲間に入れば良いとは言えない。

自分に出来るのはこの孤独な存在がいると言うことを覚えておくくらいだ。


「…… 妙な娘だ。まあそれも仕方ないのかも知れんが」


その時眩しい光に包まれた。


「あの者が干渉してきたか。まあ良い。娘よ、帰るがいい」


そう言えばこいつは何者なのだろう。肉体がないにも関わらず、どこかに引っ張っていかれるような感覚がある。


「わたしは…… 」




***

自分の頬や額に冷たい雫が落ちてくるのを感じた。

とても怠いし、眠い。これは安眠妨害である。

腹がたってきたフィアレインは勢いよく寝返りをうった。

その時、握り締めた己の拳が何者かにぶつかり良い音をたてる。


「ウキャ!」


何かの叫び声、そして地に倒れる音。

つい気になって薄っすらと目を開けると、かの真っ白な猿が隣で失神していた。

どうやら寝返りがてら、この猿を殴ってしまったらしい。

フィアレインは重たい身体にムチを打ち何とか起き上がる。

自分のすぐ脇には泉がある。

どうやらこの猿があげた泉の水の飛沫が顔に飛んできていたらしい。


「あれ?」


失神した猿の手のひらからアムブロシアと思われる赤い宝石がこぼれ落ちた。

咄嗟に拾い上げる。

そして周囲を見渡した。ここはオアシス都市の水辺だ。

外は明るい。朝だろうか。

そこでハッと我に返る。

自分は門の前で魔物たちと戦っていたはずでないか。

何故このような場所にいるのだろう。

とりあえず皆の元へ、とアムブロシアを握り締めて一歩踏み出したその時。

目の前に一つの影が現れた。


「おはようございます。

無事戻られて何よりですね。

アムブロシアもしっかり手に入れられた様ですし」

「メフィストフェレス」


朝っぱらからあまり会いたくない相手である。思わず顔を顰めたら、メフィストフェレスはそれを見て笑う。


「水鏡の欠片とアムブロシアを回収しに来たのです」


なるほど、と頷き懐に手を入れる。そこから水鏡の欠片を取り出し、アムブロシアと一緒にメフィストフェレスへ渡した。


「では私はこれで。またお会いしましょう」


あっさりとメフィストフェレスが去って行き拍子抜けする。

だがこうしてはいられない。仲間の元へ行かねば。

この平和な朝を見る限り、魔物は無事撃退出来たのだろう。

そうは言っても自分は戦闘中に突然倒れ行方不明になった身である。

心配されているだろう。

そう思い、転移を開始した。



突然現れたフィアレインに朝食をとっている最中だったらしいシェイドとルクスが思わず立ち上がる。


「フィア!」

「無事であったか!」


二人に頷き、空いている椅子へと座る。

昨日夕食も食べていない。お腹がペコペコなのだ。

二人もそれぞれ自分の椅子に座る。ここは宿屋だろうか。給仕らしき女性にフィアレインの朝食をルクスが頼む。


「急に倒れて消えたからびっくりしたんだぞ。大丈夫なのか?」


シェイドの言葉に頷く。あれが一体何だったかは分からない。

だが今は体に問題はなさそうだ。


「今までどこにいたのだ?」

「わかんない。気付いたら水辺にいて……」


シェイドとルクスが顔をみあわせる。

訳が分からない話だろう。自分自身そう思うから仕方ない。


「何であろうな……。だが倒れる前に何やら苦しんでいたと言う。

覚えてなくても仕方ないのかも知れぬな」

「そうだな……」

「それで、起きたら横にあの猿がいて、アムブロシア取り戻した!」


その時目の前に朝食が運ばれてくる。

パンだろうか見たこともない真っ白なものと、具がたくさんの煮込み。

スプーンで煮込みをかき混ぜ、嫌いな物が入ってないか確認した。大丈夫そうだ。


「アムブロシアは?」


シェイドの声に我に返る。


「メフィストフェレスが現れて水鏡の欠片と一緒に渡した」


メフィストフェレスの名前が出ると二人は渋い顔をした。


「メフィストフェレスは?」

「帰ったよ」

「ならば良いのだが……」


それにしてもこの真っ白な物体の食べかたが分からない。何やら粘り気があるが、どう食べるのか。

するとシェイドがお手本を見せてくれる。少し千切り、匙のような形にする。それをスプーンの様に煮込みに入れ、汁を掬って一緒に食べる。


「食べづらかったら千切って煮込みに入れて、それをスプーンで食うといい」

「うん。昨日あの後どうなったの?」


気になっていた事を聞いた。二人が無事と言う事は、魔物は全て倒されたのだろうけれど。


「それがなぁ……」


何やらシェイドとルクスが目を見合わせている。そこには困惑があった。


「フィアが消えた時なんだが。

魔物たちの密集してるとこに黒い靄みたいなのが現れて……けっこうな数の魔物が消滅したんだ」

「我々はフィアが何かの魔法を使ったと思っておったのだが。違うのか?」


黒い靄、突然の消滅。それは魔の消滅魔法だろうか。わからない。


「わかんない」

「そうか……」

「おはよう!早いねって君、無事だったの?」


背後からグレンが歩いて来た。彼もここに泊まってるらしい。


「うん」

「びっくりしたよ。急に失踪しちゃって。

でもまあ、魔物をしっかり減らしてくれたから後が楽だったけどさ」


フィアレインは黙っていた。その魔物を消した力が何なのか分からないし、うまく説明も出来ないからだ。

それにしても、とグレンは話を変える。


「今回の報酬は大盤振る舞いだったね。流石に勇者ご一行」


グレンは満面の笑みだ。よほど沢山お金をもらえたらしい。


「まああの数をほぼ四人で倒したようなもんだし」

「いやいや。何だかんだ言ってもここの連中は排他的だよ?

その連中にあれだけ支払わせるなんて流石だと感心したよ」

「いや、まあ今回は何と言うか、色々と事情が」


ごにょごにょと言っているシェイドの言い訳をグレンは聞き流している。


「それでさ。一晩僕も考えたわけ。

突然だけど、僕も一緒に連れて行ってくれない?

自分で言うのは何だけど、腕には自信あるよ」

「それは構わないんだが……」


でもな、と続けようとするシェイドをグレンは満面の笑顔で遮る。


「そう?じゃあ早速今日からご厄介になるよ。

いやぁ、勇者様ご一行の仲間になったら儲かりすぎて使い道に困っちゃうね」


フィアレインは口をあんぐりと開いてグレンを見た。シェイドの顔面は蒼白だ。

いけない。グレンは何か勘違いしている。それも激しくだ。

この勇者一行は常に金欠の節約生活である。

港町でのように報酬をもらう事は稀であるし、今回のような大盤振る舞いなどまず無い。

基本は無料だ。

ルクス言うところのシェイドのお人よしによって。

思わずフィアレインは何か言おうとした。だがそれをルクスの視線が止める。

いつもの胡散臭い笑みで首を振っている。良いのだろうか。

シェイドに至っては余りの事態に口もきけないでいるではないか。

グレンは三人の間に流れる空気に気付かず嬉しそうに笑っていた。




***

フィアレインは例の水辺に腰掛けていた。

一行は魔物の襲撃から数日経った今もこの街にいる。フィアレインの体調がまた悪くならないよう様子見の為との事だ。

エルフや魔族は人間と違って病気にはならないから平気だと主張したが、念のためと押し切られた。

何やらお金が勿体無い気もするが、ここで沢山報酬もらったから気にするなと言われてしまったのだ。

そう言うわけで今はのんびりとこのオアシスで身体を休めている。

この涼しい水辺に散歩に来るのはもはや日課だ。


そうこの水辺と言えば、あの白い猿たちなのだが。

その猿たちが変なのだ。

フィアレインがここを訪れると、その場にいた猿たちが駆け寄ってくる。木の上にいた猿までもが木を降りてやって来るのだ。

最初は攻撃されるのかと思い警戒したが何やら様子が変である。

全ての猿が一列に並び微動だにしない。人間ならば直立不動と言うところか。

とりあえず気にはなるものの、放っておき、水辺へと腰掛けると今度は猿たちがそれぞれの手に何やら抱えそばまでやってくる。

そしてフィアレインのそばに抱えてきた品を置くのだ。

それは果実のような食べ物であったり、何やら高級そうな宝飾品や布であったり、何かのよく分からないガラクタであったりする。

フィアレインがそれを手に取るまで黙ってそばで控えて見ているのだ。

仕方ないので食べものだけ貰い、その他の物は置いていったら次の日から全ての猿が食べ物を用意するようになった。

そして帰る時も全員が一列に並びこちらを見ている……まるで見送りのように。

そんな事が続いている。それを仲間の面々に話したら


「すっかりボス猿に認定されたねぇ」


などとグレンに笑われた。

まさかあの図らずも一撃お見舞いし昏倒させた猿がここのボスだったのだろうか……。

あり得そうな話である。

今日もまたこの場の全ての猿に迎えられ、貢物をもらい、そして帰ろうとする今も総出で見送られている。

この状況をどうしていいやら分からないが、あと数日の辛抱だ。別に被害はない。

ボス猿の地位は微妙であるが。

そんな事を考えながら宿への道を歩いていると、前からルクスが駆けてきた。


「フィア!ちょうど良かった。今呼びに行こうとしたところであった」


どうしたのだろうと首を傾げる。わざわざ呼びに来るなど。

よほどの急な要件なのだろうか。


「なに?」

「今、この街に立ち寄った旅人から話を聞いてな。

なんでも王都が丸ごと消えたらしい」

「丸ごと?」


どういう事だろう。それは。

魔物に襲われたのだろうか。


「ああ、あくまで人の見た話だが……その者が言うには、王都があった場所には更地が広がっていたと」

「変だね」

「ああ。魔の物に襲われたとしても建物の残骸くらいは残る……」

「道間違って別のとこに行っちゃったとかは?」

「なくはない。だが何度も王都には行った事があるという者だ。無視するのも難しかろう」


いずれにせよ一行はイグニートと王都に行くつもりであった。

どちらを先に訪れるか夕食の時話し合っていた気がする。


「行くの?」

「ああ。急だが、今日夕方には出発する」


フィアレインは頷いた。

一行は急ぎ出発の支度を整えた。旅に出るという話が街に広まり多くの者が見送りに来てくれていた。

何故かあの白い猿達まで街を取り囲む壁の上にびっしり並んで見送りに来ており、なんとも複雑な気持ちになったのであった。

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