フィオーレの民1
フィアレインは切り株に座って少し休んでいた。
かなりの距離を歩いたと思うのだが、まだ麓の集落にはたどりつかない。
ふと以前にヴェルンドから聞いた人は移動に馬という動物に乗ると言う話を思い出した。
四本足で角があり、背に人を乗せたり馬車というものを引いたりするのだそうだ。
確かに人は肉体的にもエルフや魔族に劣るのだから、自力での移動には限界があるのかも知れない。
ましてや魔力の余程高い者でない限り転移魔法も使えないだろう。
フィアレインとてヴェルンドに転移魔法は習ったが、おそらく行ったことのある場所しか行けない。
だから現時点では生家にしか行けないため、何の役にもたたないのが残念である。
修練を重ねればもっと術の自由度は上がるだろうとは思うけれど。
それにしてもこのままだと、夜になっても麓にたどり着けないかも知れない。
なるべく今日のうちには着いてしまいたい。
かと言って馬などいないし。
ふと良い考えを思いついた。
フィアレインは立ち上がり、呪文を唱える。
「サモン・ゴーレム」
足元に魔方陣が赤い光を発しながら浮かび、そこから土が盛り上がってくる。
フィアレインが見上げる程の高さまで盛り上がった土は、そのまま人型を形成しはじめた。
ゴーレムである。
ゴーレムは土でできた太い二本の腕を伸ばし、フィアレインを抱え上げた。
そしてそのまま歩きはじめ、山道を下りはじめる。
さすがに巨大なゴーレムだけあって、歩幅はフィアレインとは比べものにならず、どんどん山の斜面を下っていく。
もし人が見かけたら仰天するような光景だろうが、人の気配を感じたら隠れればいいのだ。
人間とやらを見たことはないけれど、よく似た生き物だとは聞いている。
フィアレインは耳が尖ってなければ人間だろう程度の認識でしかない。
そもそも三年生きていて、母とヴェルンド以外に会った事がないのだ。
たとえ人間に遭遇してもどのように近づき、どうやって交流を持てば良いのだろう。
今まで必要最低限の事しか喋った事もないのに。
麓の集落に行って人間世界の情報、おそらくこのマルクト王国の話にはなるだろうが、それを仕入れる。
一番良いのは王都へ向かう事だろう。この王国で一番栄えている都市なのだから。
王都へ向かう手段を得られれば良い。
自分はまだ子どもだけど、魔力も強いし、魔法の知識もそこらの人間の魔法使いなどよりある。
知能だって普通の人間の子どもより高い。
だから魔法使いとして生きていける可能性がないとは言えない。
今はその可能性にすがるしかないのだ。
もし無理ならまた別の方法を考えよう。
***
しばらくゴーレムに抱えられ山道を下ったが、未だに人と遭遇しない。
意外なことだ。
この山はかつてエルフが集落を築いたに相応しく実りが豊かな山である。
かなり下ってきたのだから、麓の集落の人間が採集に来ていてもおかしくない。
ましてや、まだ日が高い時間帯だ。
そんな事を考えながらゴーレムに揺られていた時。
フィアレインの尖った耳がぴくりと動いた。
少し離れた場所だろう。女の叫び声だ。
少し迷い、だがゴーレムに命じた。
「急いで」
ゴーレムはフィアレインを抱え、命じられるがまま急ぎ山道を駆け叫び声のした場所へと向かった。
***
散々ゴーレムに揺られてやっと到着した。
そこはすでに山の麓であり、集落からも程近い場所であろう川辺だった。
一人の十代半ば程の少女が二匹の熊の魔獣に追い詰められている。
川辺には釣り具と釣り上げた川魚が転がっている。熊の魔獣は川魚には見向きもせず、少女ににじり寄っていた。
魔獣とは魔物とはまた違う生き物だ。
自然界の獣が魔物の瘴気にあてられると、凶暴性と力が増し魔獣となる。その際に瞳は血のような赤に変色するのですぐ分かる。
まさに目の前の熊は二頭とも魔獣であった。
魔獣は目の前の少女に気を取られこちらに気づいてはいない。
フィアレインは術を構成し、聖属性の矢を二頭に向けて放った。
聖属性の魔法の中では一番簡単な術、聖なる矢。
このレベルの術ならば、フィアレインなら詠唱も無しで放てる。
たかだか熊の魔獣ごときならばこの程度の術で事足りる。
背後からそれぞれ攻撃をくらった魔獣はよろめき倒れて動かなくなった。
「だいじょうぶ?」
襲われていた少女は呆然とゴーレムに抱えられているフィアレインを見上げていた。
***
魔獣に襲われていた少女はリリーと名乗った。
彼女はフィオーレの民という、定住をせず各地を転々とし音楽や踊りと言った娯楽を提供する民族だという。
彼女の所属する一座が今麓の村に滞在しており、魚をとるために川辺に来て襲われたそうだ。
「私魔法って初めて見たわ」
「そうなんだ」
不思議に思ったが、種自体が優れた魔力を持つエルフと人間は違うのだとヴェルンドに習った事を思い出した。
人間にも魔法使いはいるが、魔力自体持たないものが多い。
そもそもエルフと戦う駒として作ったのに、何故彼らの神は人間をそんな弱い生き物に作ったのだろうか。
リリーの話を聞き、何故麓の集落の人間を道中見なかったを知る事が出来た。
麓の集落は最近魔物の襲撃を受けたらしい。
ちょうど収穫祭の時期であり、需要を見込んでこの集落を訪れたリリー達の一座は、辿り着いて初めて集落が滅んだのを知った。
その時には既に生きた人はなく、全員死んだのか、生き残りは逃げたのか分からないと。
「少し休んだら別の街へむかう予定だったんだけど、私甘かったみたいね。助けてもらえて良かった」
リリーに繋がれている手を見つめた。
予想外と言うなら自分にとってもそうだ。まさか麓の集落が滅んでいたとは。
リリーに聞かれ、自分の身の上と状況を簡単に話した。
母親がエルフであり、ともに山の中で暮らしていた事。
その母が亡くなり、頼る者もなく、一人家を出たこと。
まだ子どもではあるが魔法で身を立てるため王都に向かいたいと思うこと。
全て話を聞きおわったリリーは少し何かを考えていたが、良いことを思いついたとばかりに目を輝かせた。
「ねぇ、フィア。良かったら私たちと一緒に来ない?私たち各地を転々としてるでしょ。ただでさえ道中盗賊やら物騒な人間もいるって言うのに、最近は魔物も増えて魔獣もよく出るって話だもの。
向こうの大陸じゃ勇者様が旅立ったって話もあるし……。
あなたみたいに魔法使いがいてくれて、道中守ってもらえたら安心だわ。
勿論どうしても王都でって言うなら王都で別れてもいいし……」
「でも……だいじょうぶかな?」
「大丈夫よ。うちの一座の座長は私の母さんなの。私の命の恩人なら大歓迎」
その時、集落の方角から何人かの男女が駆けて来た。
リリーが彼らに向かって手を振るのを見て、同じ一座の者たちである事を知った。
帰りがあまりに遅いため心配して来たらしい。
一座は比較的損壊の少ない雨風しのげる家を宿代わりとしていた。
リリーに連れられて彼女の母親でもある一座の座長のもとへ顔を出す。
ここに来るまでの間に色々考えた。
その結果、もしリリーの母親が自分の同行を許可するなら、ともに行った方が良いであろうと結論を出した。
もしダメならそれは仕方ない。
何のアテもなく王都に行って魔法使いとして誰かに使ってもらおうとするより、自分を受け入れてくれるであろう所に行くべきだ。
何より自分は幼すぎる。
まして人間ではない。
今は何よりも確実な居場所を求めるべきだ。
何と言っても人間そのものの事も、人間社会についても何一つ自分は知らないのだから。
座長は、一座の一員でもあり、我が子でもあるリリーの命を救ってくれたことに、何度も礼を言った。
そしてフィアレインの置かれている状況の説明を受け、リリーの提案である護衛役としての同行を諸手を挙げて賛成した。
あまりにもあっさりと同行が決まり拍子抜けする。
そう言えばハーフエルフは冒険者となる者も多いと聞くから、人間からの警戒は薄いのだろうか。
とは言え、それは人間との混血のハーフエルフだからだろう。
自分のように魔族との混血はまた別の扱いをされるに違いない。
人間にとって魔族とは脅威なのだから。
人型をとれる高位の魔族は魔界から出て来ることはまずなく、存在を辛うじて知られてる程度と言えど油断しないに越したことはない。
人前で露骨に耳や瞳を露出するのは避けるべきだ。
各地を巡るなか、自分が魔族であると気づく相手に遭遇しないとは言い切れないのだから。
ふとフィアレインは重要なことを思い出す。
そう言えば自分は魔力も魔法の知識も十分にあるが、実戦の経験はない。
先ほどの様に気づいてない相手を攻撃するならともかく、こちらに向かってくる相手と戦うとなると別であろう。
すこし戦闘についても学ばねばならないかもしれない。
知能の低い魔獣ならともかく、ある程度の知能を持つ魔物や人間相手の場合、やみくもに魔法を放てばよいと言うわけではないだろうから。
皆で食事にしようと誘われ、リリーに手を引かれ歩きだす。
その手のぬくもりに、せっかく見つけた居場所なのだから、長く上手くやっていければと願った。