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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
39/86

岩の扉 2

洞窟の中は簡単な構造で迷うような場所でない。

フィアレインは灯りの代わりに魔法で光球を作った。

三人は人の気配に警戒しながら進む。遠くから人が騒ぐ声が聞こえた。

先ほど水鏡の欠片で見た宴会が奥で行われているのであろう。

しばらく歩き、階段をいくつか昇って目的の部屋の前にたどり着く。

シェイドは迷う事なく部屋へと入った。

ルクスとフィアレインもその後に続く。

その部屋はかなり広く、中では男達が騒ぎながら飲み食いしている。三十人位だろうか。結構な数だ。

その一番奥で入り口を向き、多くの男に囲まれていた青年が入ってきたシェイドに気付き立ち上がる。

その青年の様子に周りの男達も侵入者の存在に気付き立ち上がった。


「何だ!おまえ……」

「あんたがフェゴか?」


シェイドの問いに周りの男達が色めき立つ。だがそれを無視してシェイドは自己紹介をし、用件を伝えた。

しかし青年達は笑い転げて話にならない。


「ゆ……勇者様だと!」

「勇者様の登場だ!」


フィアレインはげんなりした。何なんだろうこれは。

話が通じなさすぎる。

それに物凄く酒臭い。

シェイドもため息をついて一歩踏み出した。


「まあ別になんでもいいんだが。とりあえず赤い宝石だけは処分させてもらうぞ」

「ふざけんな!おま……」


近づいて来たシェイドに掴みかかり怒鳴ろうとした男の身体が飛び岩壁に激突する。

シェイドはやってしまった、という表情で呟いた。


「くそっ、力加減が難しい」


地に落ちた男を見て、男たち全員が武器を取り立ち上がる。

どうやら力の差も分からないらしい。

もっともそんな事がちゃんと分かるならば最初からアムブロシアを渡すだろうが。


「これは予想通りに事が運んだな」


何だかルクスが楽しそうだ。

その場にいた男たちが全員向かって来る。

フィアレインは魔法を使うなと言われたことを思い出し、杖をかまえた。

すでに何人か殴り飛ばしたシェイドが振り返り叫ぶ。


「フィア!全力でぶん殴るなよ!お前の力で殴られたら首がもげるからな!」


それを聞いて武器を持ちフィアレインに向かって来ていた男達がギョッと足を止めた。

そして何やら回れ右してシェイドとルクスの方へ向かっていってしまった。

何だろう。取り残されてしまった。

せっかく杖を構えたのに。残念である。


シェイドは向かって来る相手を殴り飛ばし、蹴り飛ばししている。

既に倒された者の数はかなりに上る。床には意識を失った者たちがゴロゴロと倒れていた。


「ああっ!すまん!踏んだ!」


つい倒れていた者を踏んでしまったらしい。律儀に謝っている。

反対にルクスは平然と踏みつけ、向かって来る者を拳で殴り倒しているが。

これはもう性格の違いだろう。

フィアレインは手持ち無沙汰な自分に格好の作業を見つけた。

シェイドとルクスの邪魔にならないように注意しながら、倒れた男たちに近寄る。

そして両手で掴み、部屋の端っこへと投げ飛ばした。それをどんどん繰り返す。

あまり積み上げ過ぎると圧死するかも知れないので、ある程度分散させながら放り投げる。

こうやって床を片付ければ二人の邪魔にならないだろう。

一通り投げ終わった所で、今まで薄暗くて気付かなかった別の部屋への入り口らしきものに気付いた。

そう言えば、この部屋には強奪してきたお宝らしき物はない。

もしかしたらと思い、その入り口に駆け込んだ。

ここはシェイドとルクスだけで大丈夫だ。

三人の目的はアムブロシアを探すことなのだから、手の空いている自分が見つけてしまおう。


やはりその部屋は強奪品を置いておく部屋だったらしい。

壁際には粗末な少し傾いた木の棚があり、所せましと物が並べられている。

床にもいくつか箱や袋が無造作に置かれて、何やら詰め込まれている様子だ。

先ほどの部屋ほど広くはないが、何しろ数が数である。

この中から小さな一粒を探すのは至難の技ではなかろうか。


「キキッ」


何かの鳴き声がし、慌ててそちらを振り返る。

死角になっていた所の棚の上にそれはいた。

フィアレインの視線が鋭くなる。

それは真っ白な猿であった。いつぞやの財布泥棒を思い出して不愉快な気分になる。

だがこれは魔族でない。普通の猿だが……油断大敵だ。

床に飛び降りてきた猿とにらみ合う。

杖を手に一定の距離を保ったままフィアレインは右に一歩踏み出した。

それを見て猿も一歩右手に動く。フィアレインから見ると左手側だ。

お互いに決して目を逸らさず、まるで円を描くようにグルグルと動く。猿はまだこちらに攻撃をしかける気配はない。


「フィア?どこだ?」


シェイドの声に気を取られた、その一瞬。猿は猛然とこちらに向かって駆け出した。

咄嗟に杖を構える。

だが猿は高く跳躍し、フィアレインの頭上を飛び越え背後にあった小窓から外へと飛び出した。

呆然とその後ろ姿を見送る。

そんなフィアレインの背中にシェイドが声を掛けてきた。


「こんなとこにいたのか」


どうやら全員片付いたらしい。

その手にはフェゴと思しき青年を引きずっている。

部屋の中に彼を放り出し、二人は部屋中を見渡した。


「よくもまあ、こんなに集めたものだ」


呆れ返った眼差しで置いてある品を見る。


「おい!……あぁ駄目だ、やりすぎたかな」


シェイドはうつ伏せに倒れたフェゴを揺さぶるが反応がない。

ルクスは一つ一つの箱や、袋を上から覗き込んだ。そしてシェイドを振り返る。


「何やら赤い宝石もいくつかあるぞ」


ルクスの一言にシェイドは興味を引かれたのか歩み寄る。そして一緒になって袋を覗き込んだ。

フィアレインはその様子を二人の後ろから眺めていた。倒れるフェゴに背中を向けて。

だから気づくのが遅れた。彼が本当は意識を取り戻していることに。

フェゴが起き上がりフィアレインを拘束する。

その気配にシェイドとルクスが慌てて振り返った。

フェゴは片手をフィアレインの胴体にまわして抱え、もう片方の手で首を掴んでいる。

その様子を見て、シェイドが青ざめ呟いた。


「運の悪い……」


シェイドの呟きにルクスが怪訝な顔をして彼の顔を見返す。


「このガキの命が……ぐぇっ」


フェゴは最後まで語ることは出来なかった。

フィアレインが自由な腕を使い、彼の顎あたりを殴ったからだ。

非常に良い音がして、衝撃でフェゴの身体が吹っ飛ぶ。

フェゴは壁にぶつかって地に落ちた。

フィアレインは彼の腕から開放され転びそうになったが踏みとどまる。そしてフェゴのそばまで歩いていった。

屈み込み、その身体をつつく。

……反応がない。

どうやら本当に失神したようだ。

シェイドはその様子を見て深々とため息をつく。


「やっぱり運の悪い奴だ」


それを聞いてルクスが噴き出した。


「なんだ。運が悪いとはあの者に向けた言葉であったか。

フィアの事を言っているのかと思い、不思議に思ったのだ」


やれやれとシェイドもフェゴに近づく。


「人質とるんだったら相手を選ばないとな。

……完全にのびてるな。こいつにアムブロシアの場所を聞くつもりだったんだが……」


どうも自分は力加減を間違えたらしい。やってしまった。

シェイドの言うとおりである。力加減とは何と難しいことか。


「ごめん」

「謝る必要はない。こやつが悪いのだ」


ルクスが適当に治癒魔法をかけ叩き起こそうと提案し、そうする事となった。



三人はフェゴから聞き出した、商人から強奪した品が入っている袋の中身を検分していた。

宝石らしい物は確かにいくつかあった。


「うぅん……」


フィアレインはそれを魔法の光球に照らして見る。

確かに赤いと言えば赤だが微妙に違う気がする。

二人の方を見た。二人もそれぞれ宝石を見ている。


「何かそれっぽいのないな。そっちはどうだ?」

「赤いのあるけど、あのおじさんが持ってたのと違う……」

「こちらもだ」


三人揃ってフェゴを振り向く。

彼は今フィアレインの拘束魔法で縛られ転がされている。

三人の鋭い視線にフェゴは動揺し叫んだ。


「嘘は言ってない!」


慌てて否定するその姿にため息が出た。あの怯えようである。

確かに嘘ではないのかもしれない。


「別んとこに紛れてるのか?

フィア、水鏡は?」


フィアレインは水鏡を取り出す。


「でもこの部屋にあるなら、映ってるのはこの部屋だと思うよ」


だから探すのに意味はない。そう言おうとして止まる。


「どうした?」

「ここじゃない」


二人はそれを聞いて思わずフェゴを振り向く。フェゴは慌てて首を振っていた。

シェイドがフィアレインに歩み寄り、水鏡を受けとる。

そこにはここオアシス都市の水辺と思われる光景が映っていた。

背後にこの岩山や白い建物が見えるから間違いない。


「なぜ……?」


ルクスの呟きにフィアレインは思い出す。

慌ててあの猿が消えた小窓に駆け寄った。そこからは今水鏡で見たと思われる水辺が見える。


「さっき、ここに猿がいた!」

「猿?」


何やらシェイドの顔が引きつっている。どうやら財布事件を思い出したようだ。


「うん。この窓から逃げちゃったけど、白い猿」


シェイドはフェゴを振り返り聞いた。


「お前の飼ってる猿?」

「さ……猿?違う。水辺に野生の猿が何匹か住み着いてる。

手癖の悪いやつらで街の連中も手を焼いてる」

「猿もお前に手癖が悪いなどと言われたくなかろう。

まあ、よい。シェイド殿急ぎ向かうべきだ」

「ああ……フィア、行くぞ!フィア?」


フィアレインは窓の外を眺めていた。

今はもう水辺を眺めているのでない。その更に遠くを睨んでいる。

この街の壁の外。砂漠にある黒い影。ずっと遠くから真っ直ぐにこちらへと押し寄せてくる魔物の軍勢を。


「どうした?」


シェイドが後ろから同じように外を見る。

だが既に外は夜の闇に包まれており、僅かな月明かりくらいしかない。

人間の彼の目では見る事は出来ないだろう。


「魔物がいっぱいここに向かって来てる」


フィアレインの一言にその場にいた者が全て凍りついた。



間に合わなかった。最悪の事態に三人は沈黙する。

だが迷う暇はない。

その間にも魔物の軍勢はここへと押し寄せてくる。

シェイドはフェゴに聞く。


「おい。聞いてただろう。

ここで戦える連中はどれ位いる?」

「自警団の連中くらいしか……」

「じゃあそれでいい。お前は急いで知らせに行け!

フィア、魔法を解いてやれ」


拘束を解かれて、フェゴはよろめきながら立ち上がり慌てて外へ駆け出す。


「あの人で大丈夫?」


あれは人殺しで泥棒のはずだ。そのまま自分だけ逃げたりしないだろうか。


「問題ない。ここの連中は身内意識だけは強いからな」

「シェイド殿、猿の方はどうする?」

「ああ……住人も手を焼いてるって話だから簡単には捕まらんだろ。

だからとりあえず魔物を先に何とかしよう。

ここの外は砂漠だからな。猿どもは壁の外には出ないだろうし」


それに今、猿からアムブロシアを取り戻しても魔物の軍勢は止まらない。

フィアレインはシェイドに頼まれ先ほど訪れた族長の家の前へ転移した。




***

灯りを持った男たちが駆け回っている。

さっそく知らせは自警団とやらに届いたらしい。フェゴとやらはちゃんと役目を果たしたようだ。

シェイドが族長に手短に事情を説明している背後にフィアレインとルクスはいる。


「そう言えば、この街には神殿がないのだったな」


やれやれとルクスがため息をついた。

神殿もない、傭兵ギルドもない。

戦力となるのは自警団と僅かな青年くらい。その数も多くない。戦闘能力としても少し魔物と戦える程度だ。

それではあれだけの魔物の軍勢と最後まで戦うのは難しい。

族長は困り果てて呟いた。


「人を雇おうにも他の街へ向かう間に魔物たちは押し寄せるでしょうな……。

我々住人だけでは何ともなりますまい。

勇者殿、何卒お力添えを。謝礼はじゅうぶんに致しますので」

「まあ元からそのつもりだったから安心して下さい。

フィア、今回は気にせずメテオライト使ってくれ。

まあ地面にクレーターくらいならいいだろ」

「うん。でもそれで全滅はしないと思うよ」


何しろ数が多い。攻撃範囲内の魔物は即死だろうが、それに当たらなかったものは押し寄せる。

その一撃で数はかなり減らせるが、次にメテオライトを使うにはまた時間がかかるのだ。


「だよなぁ。もうちょっと戦力あればいいんだけどな。

金も出るから、ここに傭兵ギルドがあれば一発だったんだが」


金、傭兵ギルドの言葉にフィアレインは良い事を思いついた。

思わず立ち上がる。


「どうしたのだ、フィア?」

「フィアいい事思いついたから出掛けてくる」

「今から?もう魔物が来るぞ」

「すぐ戻ってくるから!」


シェイドが諦めたように言った。止めても無駄だと思ったのだろう。


「じゃあこの街の入り口に来い。俺とルクスは先に行く」

「うん!」


フィアレインはすぐさま転移を開始した。とある人物の元へ。




***


「一体何なんだよ!急にこんな所に無理矢理連れてきて!」


夜空の下、人工的な灯りが沢山灯されている中でその人物は叫んだ。

かの港町で知り合ったハーフエルフの魔法剣士グレンである。

どこにいるとも知れない彼の元へ転移し、説明する間も惜しいと無理矢理ここへ連れて来たのは今だ。


「あのね、魔物が押し寄せて来てるの」


フィアレインはまだ黒い塊にしか見えない魔物の軍勢を指差す。


「だから、それが僕に何の……」

「お金いっぱいくれるって」


フィアレインの言葉にグレンは黙った。

何やら考えているようだ。

背後から笑い声が聞こえた。

シェイドとルクスが族長と共に街の入り口に到着したらしい。


「よ、グレン。その様子だと無理矢理フィアに拉致されたみたいだな」

「全くだよ」

「心配すんな。こちらの族長さんが街を救った暁には礼を弾んでくれるってさ」

「どうぞよろしくお願いします」


頭を下げる族長にグレンはため息をついた。


「わかったよ。協力すればいいんでしょ、協力すれば。

その代わり礼の方は頼むよ」


ヒラヒラと手を振る。


「まあ、今回は開戦の一撃がフィアのメテオライトだからな。

こちらの数の少なさは多少補えるだろ」


シェイドの言葉にフィアレインは頷いた。


「よし!じゃあ全員配置につこう!

フィア、タイミング見計らってやつらに一撃食らわせてやれ!」


シェイドの合図で皆が武器を持ち、配置につく。この街の戦える者の中には先ほど叩きのめされた男たちもいた。

彼らはこんな大群と戦ったことはないだろう。その顔色は青ざめて見える。

皆が真剣な眼差しで地平線を見つめる。

フィアレインも黙って押し寄せる魔物達を見つめた。

まだ遠い。急いで魔法を構築する。

松明が燃える音、虫の鳴き声に混ざって今は遠い押し寄せる魔物の足音。

なるべく多くの魔物に当たるように、範囲と距離と発動時間を考える。

やっと攻撃範囲の端に魔物の先頭が侵入した。心の中でカウントする。

今だ。

とどめていた魔法を発動する。

押し寄せる魔物の頭上に降り注ぐ巨大な隕石。

先頭の方を駆けていた魔物たちが一瞬で消えてゆく。止まりきれず惨劇の中に入ってしまった後続の魔物まで巻き込んで。


「よし、連中が射程距離に入ったら俺たちも魔法で攻撃だ」


シェイドの声にルクスとグレンが頷いた。

たしかにメテオライトで数は減った。だがクレーターとなった部分を避け、生き残った魔物達はこちらへと向かってくる。

まだ他の三人は魔法を使える距離でない。

今魔法を使って届くのは自分だけだ。

フィアレインは爆発魔法で魔物を攻撃し、押し寄せる数を減らしていく。


静かな夜に魔物達の咆哮が響き渡った。


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