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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
38/86

岩の扉 1

満天の星が輝く夜空に向かって火柱が高く上がる。

シェイドの剣が八本の脚を持つ虫の丸い胴体部分を真っ二つにした。体液を撒き散らしながら転がる残骸に見向きもせず、また向かって来る別の個体に向かう。

ルクスもまたメイスを手に八本脚の虫、アラーネアを相手にしていた。

フィアレインは二人と背中合わせになり背後の岩場から突如姿を表したフェルドスコルピオに魔法を放っている。

フェルドスコルピオは二つの長いハサミに四対の脚、長く先に針のついた尾を頭の方に向かって曲げて持ち上げている。

どちらの魔物も猛毒を持つから気をつけろとシェイドは言った。


「くそ!前来た時に比べて数が増えてるな!」


斬っても斬ってもキリがないとぼやく。

ルクスは手近なアラーネアにメイスを叩きつけ、更に向かって来る何体かへ聖魔法の槍を投げながら言った。


「フィア、そちらは大丈夫か?」


平気だと答えようとした瞬間の事だ。

また別の岩間から現れたフェルドスコルピオが突進してくる。

思わず反応が遅れてしまった。

背中に激痛が走り、身体が持ち上げられるのを感じた。

毒針のついた尾で刺され、持ち上げられたらしい。目の前にハサミが現れたと思った瞬間、今度は脚に激痛が襲う。

ルクスが駆け寄る姿が目に入った。

駆け寄ったルクスの攻撃を受け、フェルドスコルピオは尾を振り回しフィアレインの身体を放り投げた。

岩場に叩きつけられて、地に落ちる。そこで自分の片足が切断されているのに気づいた。

尾を刺された背中の傷口も振り回されたことで広がっている。


「くそ!」


シェイドが悪態をついた。負傷した仲間の元に駆けつけようとするのをまた別のアラーネアが邪魔をする。

フィアレインは自分の背後の岩場から新手のアラーネアが現れる気配にため息をついた。



「やっと片付いたか……」


既に消滅した残骸もあるが、まだ新しい魔物の残骸が転がる岩場を見渡し、シェイドは呟いた。

すっかり周囲の気温は下がりきっている。夜も更け、火をおこし暖を取りながら休もうとした時の襲撃であった。

フィアレインは治癒が終わった脚で立ち上がる。シェイドとルクスが近づいてきた。


「大丈夫か?」

「うん」


背中の傷は明らかに心臓に至っていたが、別に支障はなかったし、それも治癒してしまった。

別に首が飛ぼうが、心臓がなくなろうが死なないのだ。

自分やエルフ、魔族と言った者たちが死ぬのは、肉体を維持出来なくなるほど根源たる部分にダメージを受けた時、自我が崩壊した時だと習っている。

根源たる部分とは魔力とエーテル体が絡み合った物だと聞いた。

ふとフィアレインは思った。

それならば何故自分たちには臓器が必要なのだろう。

失われても死なずに生きていられるなら、そもそも必要ないのではないか。

肉の器という物が予めある人間は別として、自分達は魔力で肉体を構成してるのだから。


「どうしたのだ?ぼんやりとして」


はっと気付く。二人が自分の顔を覗き込んでいた。

何やらグレンとアスタロトの話を聞いてから、色々と考えてしまうことが多い。

これが悩み多き年頃というやつだろうか。


「なんでもない」

「そっか。じゃああいつらが現れたせいでお預けになってたが何か飲んで休もう」


シェイドの提案に二人は頷いた。自分は問題ないが、人間である二人には厳しい砂漠の環境は堪えるだろう。



追っている商人の身元はルクスの調べで大体分かっていた。

彼はあの港町で荷を受け取り、まず町の小神殿へと商品をおさめてから、火の神の教団本拠地であるイグニートの大神殿へと向かう。

ミノタウロスの討伐が終わりかかった夕暮れ前に港町を出発していた。

なので急げば数日もしない内に追いつける予定だったのだ。


だが事態は急変した。

一行は定期的にアムブロシアの持ち主の様子を水鏡の欠片で確認していたのだが、様子がおかしい。

あの肥え太った商人の姿が映らないのだ。

その代わりに顔を布で覆い、ラクダという三人も乗っている動物に乗って移動している男たちが映る。

顔を覆う布はその顔の一部しか露わにしない為、はっきりとその風貌は分からない。

だが彼らは十人以上で隊を組み、フィアレイン達が進むのと同じ石がゴロゴロ転がった砂漠を進んでいる。


「こいつら何処にむかってんだ?」


シェイドは休む為に用意したテントの中に寝そべり、うんざりと呟いた。

外にはフィアレインが作り出したゴーレムが見張りがわりに配置されている。

水鏡のなかの彼らも休憩中だ。


「持ち主が変わってしまった今となっては、行く先が分からぬ」

「そりゃ分かってるけどな」

「確実なのは商人を追って、この者たちの事を聞く事であろう」


シェイドはため息をついて、水を飲む。そして言った。


「あの商人があいつらにアムブロシアを売ったって?」

「……そう思いたい」


シェイドとルクスが黙り込んだのを見てフィアレインは首を傾げた。どうしたのだろう。

なにやら二人の醸し出す深刻な雰囲気に口を挟めず、とりあえず自分は寝る事にした。




***

その翌日三人は商人一行に遭遇できた。

正確にはかつて商人一行であった残骸だが。死体の様な物が転がっているが、それはもはや魔物や獣に食われ殆ど形を残さない。


「やっぱりか」


シェイドは苦々しく辺りを見渡す。ルクスは散らばった荷の残骸を確認していた。


「運びやすい大きさの金目の物だけ奪って行ったようだな。随分手馴れている」


ルクスの言葉にシェイドは少し考えてフィアレインに手を伸ばした。


「水鏡貸してくれ」


フィアレインは懐から水鏡の欠片を取り出して手渡す。

彼はそこに映る映像を黙って眺めていた。

痺れを切らして声をかける。


「何かわかった?」


シェイドがフィアレインを見下ろした。そして水鏡を返す。

ルクスもじっとシェイドを眺めていた。


「ああ。何となく、奴らの行き先が分かった気がする。

行く先、と言うよりも連中が何処の人間なのかってとこかな」

「と、言うと?」

「ここから少し行ったところにあるオアシス都市。

おそらく奴らはそこに住む、この国の少数民族だ」


ルクスが表情を曇らせた。

散らばった遺体の一部を集め聖なる炎で燃やし祈りを捧げてから、シェイドに向き直る。


「そのオアシス都市はイグニートへの経由地だったと思うが」

「ああ……実はな、あの都市の住人がそんな風に砂漠を通る者を襲う事はたまにあることなんだ。

でも住人全員がそうじゃないし、オアシス都市の中で殺戮や盗みをやる者はいない。

それもあって経由地として使われるんだ」

「そのオアシス都市を経由せねば、待つのは更に厳しく遠い道か」

「そうだ。だから旅人側も妥協する。

オアシス都市側は外での賊行為については見て見ぬ振りだ」


なるほど、とルクスが頷いた。

砂漠の中で人が襲われても、証拠がなければ国や火の神、水の神の両教団から追及される可能性も薄い。


「では我々もそのオアシス都市へ向かうとしよう」

「ああ。フィア悪いが、なるべく小まめに水鏡見ててくれ。

動きがあったら教えて欲しい」

「うん」

「オアシス都市まではそんな遠くない。急ぐぞ」


一行はまたラクダに乗る。跨るまえにシェイドは懐から酔い止め薬なるものを取りだし、口にいれていた。

シェイド曰く、ラクダ酔いするとのことである。



しつこい魔物と戦いながら一行はオアシス都市へ急いだ。

水鏡で見た犯人一行はあの後も旅人を何度か狙いながらオアシス都市へ戻って行っている。

自分たちはかなり彼らに近づいただろう。

水鏡を小まめに見ていて分かったことだが、彼らは若い青年の集団だ。一人の青年を頂点としそれに従う組織らしい。

フィアレイン達は夕日が沈んだ後、やっと壁に囲まれたオアシス都市へと到着した。

犯人一行は既に昼前に到着している。

壁に囲まれたオアシス都市の中は外に比べると何故か涼しい。


「こっちだ」


シェイドが先導する。目的地はこのオアシス都市を治める族長の家だ。

以前ここを訪れた時に会った事があるらしい。

歪に繋がるそれぞれの建物の外壁は真っ白で美しい。材質は何なのだろうかとフィアレインは首を傾げた。

シェイドが繋がる建物を指差して説明した。


「あの繋がってるのが各家の間の通路だ。このクソ暑い中少しでも涼しく移動できるようにしてるらしい」


族長の家は中心部に近いところにあるとかで、少し歩く。

白い建物の先にそんなに大きくない岩山が見えた。


「あれが遺跡とやらか?」


ルクスがその岩山を指差してシェイドに聞く。


「ああ。洞窟式の住居だったらしいな。

まだここの人たちは使ってるって噂もあるが……一般は立ち入り禁止だ」

「よくまたあんな岩山の洞窟で暮らせたものだ」

「学者連中が言ってた、エルフの遺跡説が正しいかもな。ここのオアシスの大きさを考えると。

っと、ついたぞ。ここだ」


シェイドはある家の前で立ち止まり、その扉を叩いた。

中から中年の女性が顔を出した。

シェイドが名乗り、族長に会いたいと伝えると少し待つように言われ再び女性は家の中に消えた。

フィアレインは周りを見渡すのにも飽きてしまった。何しろ何処を見ても真っ白な似たような建物ばかりだ。

それにお腹も空いている。

食事時だけあって周囲からは何やら良い匂いが漂っているのだ。

手持ち無沙汰になり、懐から水鏡の欠片を取りだして見る。

何やら犯人連中は大きな部屋で皆でご馳走を囲み、酒と思われるものを飲んでいた。

思わず見たことを後悔した。余計にお腹がすく。


「それ借りるぞ」


と、シェイドがひょいと水鏡の欠片をフィアレインの手から取る。

その時、扉からヒゲをはやした老年の男が顔を出した。


「勇者殿か。久しぶりだ」

「族長、お久しぶりです。

突然すみません。緊急の用事がありまして」

「緊急?」


その場で話を始めたシェイドに族長と呼ばれた老人は怪訝な顔をする。

アスタロトはアムブロシアに引き寄せられやすい魔物とそうでない魔物がいると言っていた。

今のところ魔物が押し寄せる気配は無いが、油断は禁物だ。


「はい。一刻を争いますので。

この者が誰か御存知ですか?

ここにいるはずですので、居場所も教えて欲しい」


シェイドは老人に水鏡の欠片を見せる。老人の表情が消えた。


「勇者殿、儂は……」

「俺もここのやり方は知ってます。

貴方が族長としてここの住人たちを守らないといけないことも。

でもさっきも言ったように、一刻を争う。このオアシス都市に魔物が押し寄せる可能性があるんですよ」


無表情だった族長の顔に驚きが浮かぶ。


「この者たちがとある人物から奪った品の中に、魔物を呼び寄せるような品があったんですよ。

だから彼らからいち早くそれを取り戻し破壊する必要がある。

貴方が彼らの事も族長として守らないといけないのは分かるが、ここの存亡の……」


言いかけたシェイドを族長はその痩せ衰えた手で押しとどめた。


「やむを得んようですな。

その者はフェゴ。最近若者らを率いて砂漠に繰り出しておる」


族長は背後にそびえる岩山を指差した。


「あの遺跡を根城にしておると聞いた。

フェゴ達が今宴会をしているその部屋の作りはここの住居でない。

だからおそらく……」

「今はあそこにいる、か」


族長にも見せた水鏡のなかの彼らがいる部屋はむき出しの岩壁だ。

そこに大きな窓のような四角い穴があり、外が見えている。

三人は顔を見合わせ頷いた。

族長に礼を言い、その場を去ろうとした時呼び止められる。


「勇者殿。あの遺跡の入り口は岩の扉で封じられておる。

何かの魔道具だとは聞いておるが……」

「開け方は伝わっておらぬのか?」

「あそこの管理はフェゴの一族が受け継いでおる。父親は亡くなり、今知っているのはフェゴだけだ」


シェイドは困った顔をし、ガシガシと頭をかいた。


「あ、まぁ。とりあえず行ってみるよ。

時間もないしな」

「まあ開かぬのならば、三人で力を合わせてぶち破れば良かろう」


何やら笑顔で断言したルクスの言葉に族長が顔を引きつらせている。


「じゃあ、急ぐぞ」


シェイドはそう言い、三人は駆け出した。




***

三人は岩の扉と思われる物の前で立ち尽くしていた。

岩山を見上げれば、窓と思われる穴から僅かに光が漏れている。

見張りらしい者は誰もいない。

追っ手が来るなど考えもしないのだろう。


「それにしても、事情を話したとてあの者たちが素直にアムブロシアを渡すとは思えぬが」

「そうなんだよなぁ」

「ねえねえ。もしあの人達が武器持って向かって来たら戦うの?」


シェイドが困った顔をする。

以前言っていたはずだ。勇者は人同士の争いなどには首を突っ込めないと。

盗みや殺戮を行っている犯人だが、それを退治するのは彼の役割でない。悪い事をしている連中を役目じゃない、知らないと言い切れないのが難しいところだろう。

ここの都市全体が彼らを見て見ぬ振りし、同族であるが故に庇う以上、捕らえて突き出す相手もいないのだ。

証拠が無い為に見逃している国や教団へ突き出すのも、オアシス都市と彼らの関係を変える可能性がある。

悩み、唸るシェイドにルクスがいつもの胡散臭い笑みで語りかけた。


「何を悩むことがある。彼らは間違いなく我々を敵とみなし襲ってくるだろう。

そうとなれば、こちらのものよ。

殺さぬように徹底的に痛めつけてやれば良い。

大切なのは二度と不届きな事をやろうと思えぬ程に生かさず殺さず叩きのめすことだ」


シェイドはその一言に顔を引きつらせる。


「なぁ、俺時々あんたが聖職者でいいのか激しく疑問に思うよ」

「お褒めにあずかり光栄だ。

フィアよ」


突然ルクスに声をかけられる。ルクスはフィアレインを笑顔で見下ろした。


「魔法では彼奴らが死んでしまうかも知れぬ。

だからその杖でタコ殴りにしてやるといい」

「うん」


まあもし死にそうになったら治癒魔法でも軽くかければ良いが、などと呟くルクスからシェイドは目を逸らした。


「まあ、それもこれも……ここが開かなきゃ意味無いんだよ」


シェイドが岩の扉を軽く拳で叩く。

すでにシェイドとルクスの二人がかりで開けられぬか試した後だ。

その時、フィアレインはとある事を思い出す。

そして扉の前に進み出た。二人がフィアレインを見ている。


「フィア、思い出した」


その一言にシェイドとルクスが顔を見合わせ、そして頷いた。

フィアレインも頷き、そして扉に向かって叫ぶ。


「開け、ゴマ!」

「何だよ!魔法じゃないのかよ!」


思わずシェイドが叫ぶ。

何だろう。自分は間違っていたのか。

先日、ルクスに文字を教えてもらっていた時のことだ。読んでいた聖書の中にこういう話があったのだ。

怒って岩の扉の奥に隠れてしまった神様の元へ行く為、人間が悪戦苦闘する話だ。

先ほどの言葉は、その時岩の扉を開けるのに使った言葉である。おそらく聖なる言葉なのだろう。

ちょっと気に食わないことがあったからと言って、そんなところに隠れるとは何事かとフィアレインが呆れた逸話であった。

その時、三人が見守る中重い音をたてながらゆっくりと岩の扉が開いていった。


「な……こんなんで開くのかよ!」

「うむ、やはり聖書は偉大だ。

よく覚えていたな、フィアよ」


うんうんと笑顔で頷くルクスにシェイドは信じられないと顔を引きつらせ首を振る。


「いやいや、何かとおかしいだろ?」

「何を言っておる。この世は結果こそ全てよ」

「意味わかんねぇし」

「そんなことより行こうよ」


フィアレインは二人の服を引っ張る。

三人は薄暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。

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