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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
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対極の者

「まったく!油断も隙もないよ!」


とりあえずグレンは放っておいて、殻を剥き終わった海鮮を頬張る。

これは美味しい。オクトープスの串焼きと良い勝負である。


「フィアの隙を狙う腕は日に日に上がっておるな」


と、ルクスは笑った。

シェイドが俺のオクトープスで返すと言っているが、グレンはため息をつき断った。


「いいよ。僕も好き勝手に言っちゃったしね……。

ただ君は何なんだろうって思ったんだよ。ごめんね」


全然違う方向を向いて謝られても、なにやら謝られた気がしないが、まあ良い。オクトープスも貰えたのだから。

ついでに言うと、いま食べているこの殻に包まれた海鮮も譲って欲しい。

じっと彼の皿を見つめていたら、さっと遠くに置かれてしまった。


「アルフヘイムがあるのは地と風の大陸だよな」

「そうだよ」

「ハーフエルフの村まであるってことは、けっこうエルフと人間の混血が進んでるのか?」


グレンは酒の瓶から杯に蜂蜜酒を注ぐ。それを一口飲んで答えた。


「生憎なことにそれはない。

色んな所からハーフエルフが集まってくるし、寿命も長いから村の人数は多いけどね。

だけど、僕らハーフエルフはハーフエルフとしか子どもが作れない。

そこから更に人間と繁殖は出来ないんだ」


フィアレインは何となくグレンの言っている事が分かった。

創造主による人間への枷なのかも知れない。

グレンは、そんな事どうでも良いけどと話を変える。


「あのマーマンの大群なんなんだろうね。

僕もこれだけ生きて、世界中まわってるけど、あんなの見たことないよ。

まさか勇者様効果じゃないよね?」


グレンはシェイドを笑って見つめる。

シェイドは少し考え、真剣にグレンを見た。


「実はな、あれは魔界の……」

「ちょっと待った!」


言いかけるシェイドを強い言葉でグレンは止めた。

三人は思わず食事の手も止めてグレンに視線を集中させる。

周りの客もグレンを見ていた。それもこれも彼の声が大きかったからだ。


「な、なんだよ?」

「何か厄介そうな話になりそうだから。

悪いけど僕、足を突っ込む気はないよ。お金にならない事はお断りなんだ。

そもそもそっちの毛色の変わったハーフエルフの子が何者か気になってただけだし」


フィアレインは思わずスプーンを置く。

このグレンは自分が気になったからだと言った。それはすなわち……。


「なんぱ?」


思わずフィアレインが呟いた一言にグレンは目を見開き、シェイドとルクスは塵でも見るような目でグレンを見つめた。


「な……なんでそうなるんだよ!」

「こんな小さい子にアンタ何考えてんだ!」

「いやいや。その発想がおかしいだろ?

君たちどういう教育をしてるのさ!」

「勇者殿と光の神の聖職者による英才教育だ。何か問題があろうか?」

「問題ありすぎでしょ!

なんであの話の流れでナンパになるんだよ。君達もそれに乗るなよ」


もう疲れた、とグレンは立ち上がる。


「ま、今回の件がなんなのか知らないけど。

せいぜい頑張りなよ、勇者ご一行。じゃあね」


グレンはそのまま食堂から去って行った。

シェイドはため息をつく。


「そうだよな。金にならない事なんて誰も関わりたくないよな。

俺もそんな台詞言ってみたい……」


何やら遠い目をしてそう呟いた。




***

次の日の昼、三人は昨日マーマンの襲撃で昼食を食べ損ねた店に来ていた。

店の主が町を救ってくれたお礼にご馳走させて欲しいと言ってくれたからだ。

昨日目の前にまで来ていたものの、食べることが出来なかった数々の料理を思い浮かべ喜び勇んでやって来たのだ。

卓にこれでもかと並べられた料理に笑みがこぼれる。

早速スプーンを手にした。


一行は昨日夕食後も今後どうするか話し合った。

まず魔界からこの世界に落ちたアムブロシアとやらを放ってはおけない。

それが食べこぼしだと思えば何やらやりきれない気分になるが仕方ない。

問題はこの町から消えた、とアスタロトが言っていたそれをどう探すかである。

たとえ宝玉に姿を変えようとも小さな物体である。

それを何の手がかりもなく探すのは気が遠くなるような作業だ。

魔物の大群が押し寄せた所に行けばそれは存在するのだろうが、魔物の襲撃に対して後手に回ることになる。

何よりその時すぐさま駆けつけられるか分からないのだ。


「どうしたもんか」

「昨日のうちに町を出た者を洗い出すのが地道であろうな」

「確かにそうだが……。昨日は陸からはミノタウロス、海からはマーマンの襲撃があって、人が町から出られるとすれば時間は限られていた。

とは言え、その数は少なくないぞ。

ここから大陸中へ移動して行った人間の足取りを探るなんて不可能に近い……」


フィアレインは二人の会話に耳を傾けながら、店内を見渡す。

とある人物を探していた。恐らく今日もいるだろうという確信を持って。

そしてその者はフィアレインの予想通り居た。

フィアレインは卓の串焼きが盛られた皿を持ち、立ち上がる。

それに気付いたシェイドが声をかける。


「フィア?」

「大丈夫。気にしないで」


フィアレインは皿を持ち、その男の卓まで歩いて行った。最初からこちらの存在に気づいていた男はフィアレインの動向を見守っている。

その男の卓まで辿り着くと皿を卓に載せ、その前の空いている椅子に座る。

ずっと様子を見守っていた男が口を開いた。


「なんだ?今日は串はやらんぞ」


その男、アスタロトは笑っている。

フィアレインは適当に頷いた。自分には持ってきた串焼きがある……今はまだ。


「何用だ?」

「あのね、聞きたいんだけど」

「お前が私に?」

「うん。ねえフィアって何なの?」


思いも掛けない質問だったらしい。アスタロトは驚いたように、フィアレインを見つめた。

しばらくの沈黙の後、やっとアスタロトは答えた。


「私はその質問には答えてやれん」

「じゃあ知ってるってこと?」


アスタロトは視線を彷徨わせる。


「では私からも一つ聞くが何故急にそんな事を聞く?」

「昨日別のハーフエルフに会って……」


グレンから聞いた話をアスタロトにする。

なるほど、と彼は頷いた。


「根本的な部分で我々とエルフとはそりが合わん。

我々は破壊の為、エルフは創造の為に存在するのだから」

「創造のため……?」


フィアレインは串を一本食べながら黙って少し考えた。

前に確かにアスタロトは言っていた。魔族の本質は破壊だと。それは何となく分かる。

神が創造する存在ならばその対極は破壊であろう。

実際魔界の神は破壊の神と呼ばれている。

だがエルフが創造の為に存在すると言うのはどう言う事だろうか。

フィアレインは食べ終わった串を置き、顔を上げた。それも気になるが、今聞くべき事は別だ。


「どうしてアスタロトはフィアの質問に答えられないの?」


アスタロトは困ったように笑う。


「その権利がない。どうしても気になるならば、そうだな……魔界へ行き、あのお方にでも聞くがいい」


今回三人の頭を悩ませる食べこぼしの元凶が話に上り顔を顰める。

どうやらこの男はこれ以上自分に情報を与えるつもりはなさそうだ。ならば別の事を聞こう。


「食べこぼしのアムブロシアって魔法で探せる?」

「今のお前では難しいな。しかし食べこぼしとは……」


何やらアスタロトが顔を引きつらせているが、そんな事はどうでもいい。

魔法で探せないならどうすれば良いのだ。

そもそもシェイドやルクスが言うような、町を出た者の中からしらみつぶしに調べても持ち物の中に隠されたら魔物の襲撃が無い限り分からない。

人を狂わせる宝玉を手にした者があっさり手放すだろうか。

そうは思えない。

その時、水に何か物が落ちたような音がした。

音がした方を向く。正確にはアスタロトのスープ皿だ。

なにやら海鮮に紛れ透明な青い輝きを放つ物体が浮いている。

アスタロトはため息をついて、それを拾い上げた。

スープが滴っている。

それは手のひらに収まる程度の平べったい円形だ。


「これを使えと仰せだ」


アスタロトが差し出すその物体を見つめる。

しかも仰せだとはどう言う事だ。

受け取ろうとしないフィアレインに更にアスタロトが言葉を続ける。


「これはあのお方の水鏡を一部結晶化したもの。

これを覗けば、お前たちの探す物の場所が分かるであろう。

あのお方が与えて下さったのだ。交換条件つきで!」

「交換条件?」

「そう。この後一切、この地に落ちたアムブロシアをあのお方の食べこぼし呼ばわりしないこと、だ。

あのお方の名誉に関わるだろう!」


別にフィアレインはあのお方とやらの名誉に興味はない。

とはいえ、アムブロシアの行方を探せるなら願ってもない話だ。

だが……。

水鏡の欠片を見つめる。


「やだ」

「は?何故……」

「だって魚くさくなってるもん、それ」


間違いない。あれだけの海鮮の旨味が出ているスープに浸かったのだ。

何でよりにもよってスープの中などに転送するのか。

色々とあのお方とやらの感性を疑う。


「お……お前という奴は……」


アスタロトはスープが滴っている水鏡の欠片に魔法を使った。瞬く間に綺麗になる。

そしてそれをフィアレインに押し付けて、再度念を押してきた。


「いいか?今後は食べこぼしの名は厳禁だ」

「うん。頑張って食べこぼし探す」


顔を引きつらせるアスタロトを放置し、水鏡の欠片と自分の食べかけの皿を抱え、シェイドとルクスが待つ卓へと向かった。



フィアレインは元の席に腰掛けた。

そして様子を見守っていた二人に水鏡の欠片を見せ、事情を説明する。


「なるほど、アムブロシアを探す手段が手に入ったのは良いが。

あのお方とやらの真意が分かりかねるな」


シェイドも頷く。


「とは言ってもな。その真意を理解するのは出来ないだろうし。

何よりアムブロシアを探し出すことが優先だからな。

不本意ではあるけど、そいつを使うしかないか……」


フィアレインは水鏡を見つめた。キラキラと輝くその透明な円の中に何やら映像が浮かぶ。


「見てみて」


二人に差し出した。

そこには何やら笑みを浮かべながら赤い宝石を握り締める中年の男が映っていた。

赤い宝石は禍々しい程美しい輝きを放っている。


「この男か」

「ちょっと待て!」


覗き込んでいたルクスが鋭い声をあげた。

すると驚いたことに水鏡に映る映像が止まる。


「どうしたんだ?ってか、これ止まってるな。すごいな」


ルクスが映像の一点を指差した。

赤い宝石を持つ男の背後にある木箱に描かれた紋章だ。


「これは……」


シェイドが何かに気付いたような顔をするがフィアレインには分からない。

ルクスはシェイドに頷き、フィアレインに説明してくれる。


「この紋章は火の神の教団のものだ」

「じゃあこの人、火の神の教団の人なの?」

「いや。この身なり。教団の者ではあるまい」


シェイドは水鏡を覗き込む。フィアレインもまじまじとその男を見た。


「あまりセンスの良くないけばけばしい服に宝飾品、だらしなく太った身体。

背後に並ぶ木箱。教団の紋章入りだけじゃないな。

ってことは、出入りの商人か。それもけっこう景気が良くて手広く商売やってそうだな」


うんうんとシェイドが頷く。

ルクスが立ち上がった。二人は思わず見上げる。


「シェイド殿、私は昼食も済んだことだし、この町の小神殿へ行き少し情報集めてくる」

「ああ。恐らくあの商人の行く先は大神殿だと思うが……」


どうやら火の神の教団の大神殿へ向かっているだろうあの商人を追うことになったらしい。

だが、自分たちが追いつくまでにあの男は無事でいるだろうか。

アムブロシア目当てに襲いかかってきた魔物の大群を防ぐほどの護衛は連れていないだろう。

フィアレインはそう思い二人に尋ねた。


「いますぐ出発しなくていいの?

あのおじさん魔物にやられちゃうかも」

「ここから大神殿へは砂漠を通る事もある厳しい道のりだからな。

ちゃんと準備していかないと、俺たちも危ない。

それに向こうは見た所かなりの荷を持っての移動だから速度も遅い」

「そうだな。それに不幸中の幸いか、ここから次の町までは少々距離がある。

この商人が次の町に辿り着くより前に我々が追いつくのが早かろう」


もし一行が追いつく前に、この町と次の町の間で商人が魔物に襲われてしまったら……それは仕方ないことだと諦めるしかない。

神でない自分たちは、出来る範囲で最善を尽くすしかない。

その様にシェイドは説明して、フィアレインにとっておいた皿を幾つか差し出した。


「ありがと」


フィアレインはスプーンを手に取る。

先ほどのアスタロトの言葉をふと思い出した。

破壊と創造。魔族とエルフも魔族と主神同様に対極の存在。

真実を知りたいなら魔界へ。

果たしてその真実は自分に必要なものだろうか。

分からない事ばかりなのは事実だが。

何はともあれこのスープを飲む事の方が今の自分には重要だ。



準備が整い、夕方に出発が決定した。これから暗くなるこの時に、と不思議そうな顔をしたフィアレインにシェイドが説明してくれた。

砂漠の昼は暑くて移動に適さない。

だから夕方に出て、冷え込む夜は休む。そして早朝にまた移動を始め、暑くなる昼はまた休むのだと。

いつもと行動時間帯が変わるから何やら不安である。

必要な物資を買い集め、移動の足も手に入れた。

フィアレインは目の前の不思議な動物を見つめた。

馬に似てる四本足の動物だが、背中にコブがあり、睫毛がながい。砂漠の移動にはこれを使うのが一般的と言う。

薄暗くなって来た中、一行は港町を出発した。

多くの人びとが見送りに来てくれ、その中にアスタロトの笑顔があったことに少し腹を立てたのだった。


町を出て進行方向と逆側に深い森があるのに気づいた。

今進んでいる方向は石がゴロゴロと転がり、その地面から草の一本も生えている気配がない。

全く対象的な光景である。

あまりに熱心に背後を見ていたからだろうか。

ルクスが教えてくれた。


「あれは遥か昔、神がこの恵みのない土地に住む者を憐れみ与えてくれた神聖な森だ」

「その神聖な森からミノタウロスが押し寄せて来たんだから笑えないな」

「石がゴロゴロしてるここも森にしてあげれば良かったのに」

「人生苦あれば楽ありよ」


そんなのでいいのだろうか。

本当に神というのは分からない。

眠たくならないようになるべく二人と会話する様に心掛けていたが、何やら嫌な気配がする。

ピリピリとした殺気立った気配だ。

周囲が暗いから余計にそう感じられるのだろう。

このまま進めば確実に何か良くない物に出会う。

そんな嫌な予感に胸騒ぎがした。

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